非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

第一章 リアルヴァンパイアはVの者

019 配信する時は、窓を閉めよう

公開日時: 2020年11月10日(火) 18:00
更新日時: 2021年11月20日(土) 12:24
文字数:3,357


「ああぁぁぁぁああ!? クソッ! まじでなんなん! ゴミカスがよぉおおお!?」


 夜。

 腕時計を確認すると、午前2時21分。


 りーりーと鈴虫がささやく田舎道に響いたのは、女の叫び声だった。

 あたりには畑と山が広がり、土地を存分に使った日本家屋の一室から、その嬌声ならぬ狂声きょうせいが飛んできた。


「ご丁寧にあおりまくってんじゃねえよクソガキがぁ!? おらアピールしてんじゃねえぞ! 早く寝ろよお! 死ねよやああぁぁ!」


 罵詈雑言ばりぞうごんが次々と日本家屋から飛び出てくるが、この辺りは都会のように家が密集しているわけではないので、近隣に迷惑がかかっている心配はないだろう。


 まぁ、唯一の心配点は同居している家族に小言をもらうか、通りすがりの一般人に聞かれるかの二択ぐらい。

 僕、神楽坂かぐらざかみなとは残念ながら、後者である通りすがりの一般人だった。


 ばりん。


 それはガラスが割れた音のようにも、石が破裂した音のようにも感じられた。

 そして、叫び声の原泉である立派な日本家屋の一室から何かが飛んできた。


 僕めがけて


「いて」


 いや、実際は痛くない。

 いや……本当は痛いのだろう。


 なんでこうも曖昧な表現になってしまうのかは、またおいおい開示させていただこう。


 部屋から飛んできたものは、それはそれは超硬質な塊だった。

 殴ってストレスを発散する用の柔らかいアイテムでないそれが当たったのなら、痛いという反応を示した方が健全だと考えてのリアクションを取ったわけだ。


 塊は僕の脳天にクリーンヒット。

 ぶつかった衝撃で推力をなくし、落ちてきたそれを両手でキャッチ。

 足の指へ襲い掛かる二次災害を防ぐ。


 うん、人間ならこれが当たっていたら、まず死んでいる気がする。

 

 砲丸投げに使う鉄球を思い浮かべてもらうと最適だろう。

 ただし、人が持てるような重さをしていない。

 厳密に言うと、自動車より重く、トラックより軽いぐらいだ。


「えっ」


 屋敷の一室。

 先ほどまで叫び散らかしていたのが嘘みたいに、一瞬静寂が訪れた。

 かと思ったら、恐る恐るうかがうような声が聞こえてくる。


「……あのー、だれかいます……?」


「誰もいませんよ」


「いますよね!?」


「いないですー」


 そう言いながら、僕は飛んできた鉄球を田舎道の柔らかい土にそっと置いて、全力ダッシュの準備をする。


「ここに置いておくんで」


「まって!」


「では!」


「させるかあぁぁ!」


 丑三つ時の田舎は満点の星空が輝いており、失踪をするのは気持ちが良かった。

 いや、疾走だ。はやてのごとく駆け抜ける方だ。


 女の子の部屋を覗いたとか、干されていた下着を盗んだとか、そういったやましいことはしていない。

 清廉潔白の疾走だ。


 なのだが。


「追いついたぞぉ!」


 残念、頭上を越えて回り込まれてしまった。

 しかも、それはただのダッシュから跳躍で先回りされたわけではなく。

 コウモリのようなによる飛行で、空中から先回りされたのだ。


「げっ、その翼、やっぱり吸血鬼か……」


「あ、あんたこそ何者よ! どうしてこんな夜更けにこんなところをうろついてるのよ! もしかして、リストーカー!?」


「何それ」


「ストーカーしてくるリスナーのことよ!」


「むしろ逃げた僕を追いかけてきた君の方がストーカー予備軍っぽさあると思うのだけど、そこらへんはいかが?」


「正当防衛よ!」


 まるでストーカーされたらストーカーしていい理論だ。

 痴漢されたらやり返せ、みたいな?

 うーん、わりと効果ありそうなのがなかなか。


「違う違う、僕はたまたまここら辺を通って家に帰ってる最中だったんだ、ストーカーじゃないし、君のことは全く知らない」


「いや、おかしいでしょ! こんな田舎を通って帰るなんて、嘘も大概にしなさい! 私の家の裏は山よ!? こんな夜中に山から下りてきたっていうの!?」


「うん、そう。ほら見てよ、僕の衣服ぼろぼろでしょ? 山から降りるときに、結構汚しちゃってさ」


 もともとは長袖のジャケットとジーパンだったものが、ハイダメージデザインかと言わんばかりのレベルに劣化しており、短パン小僧な状態になっている自身の体を見せる。

 今は3月だ。冬の衣服とはとても言い難い。


「……だとしてもよ」


「うん?」


「さっき、私のものが、当たってたでしょ」


「いや?」


「嘘を通せるなんて思わないで、夜の吸血鬼を舐めるな」


 びりびりと、赤黒い殺気が彼女の背中に漂っている。

 彼女、というより吸血鬼の場合、夜になると五感が鋭くなるのだろう。


 鉄球が当たった時に発した、つぶやく程度のリアクションを聞き取ったぐらいなのだ。

 ……ここは正直に言うか。


「……あーうん、あれは当たりました」


「……なんで無事なのよ」


「まあ、君と似たような生き物だって思ってくれていいよ」


 実際、そうとしか言えない。

 僕だけでなく、彼女もそう。


 そういうものなのだ


 初対面の相手に素性を明かすことが、どれだけ不利に働くかを、僕らはよく理解している。

 だから明かせない。

 けれど、どうしたってばれてしまうことはある。


 目の前でこちらをじいっと睨んでくる彼女は、全力で逃げる僕に追いつくためにコウモリの翼を使ったように。

 ふとしたタイミングで自分の特性が出てしまい、何者であるか露見してしまうことは、まれによくあるのだ。


「……本当にストーカーじゃないのよね」


「違うって」


「わたしがVtoberだってことを知って、身バレさせようと実家まで這い寄ってきたキモオタニートじゃないのよね」


「言ってる言ってる!?」


「あっ」


 自分からほいほい素性明かしちゃって、馬鹿かな!?

 いや、一周まわってこれは個性だな!

 そう思ってあげよう!


「ああぁ……あ、あの……なんでもしますので初めてだけは奪わないで……」


「いやいや! 大丈夫! 僕はそもそもVtoberそんなに見てないから! だから多分見つけられないから、うん!」


「普段は清楚キャラでやってるから身バレしたら人生終わるんです、お願いします……」


 清楚?

 あれが?

 まあ……そういうスタンスということにしておこう……。


「そ、そっか! そうだよね! スキャンダルはよくないもんね! うん、僕は今日何もなかった! 山から帰ってる最中に女の子の絶叫も聞かなかった! というか君の投げた鉄球が脳天ぶち抜いて、記憶喪失になった!」


「あ、そうすればいいんですね」


 ……うん?


「わたしがいま、あなたをころせば、それですべて解決……しますね」


「……まって」


「大丈夫、こわくないですよ。一瞬の痛みすらありませんよ」


 先ほどまで、自分に這い寄ってくるストーカーを撃退するぐらいで許そうといった感じで、メラメラ赤黒く燃えていた殺気が――


 じゅくじゅくと、紫色の煙に変貌し、彼女の全身から沸きあがる。

 嫌な予感が、全身に走る。


「落ち着け! 話し合おう!」


「下等生物と話す余地なんてないわ」


「ぼ、僕は君と似たような者だって!」


「それなら、なお都合がいい。ちょっと行き過ぎた喧嘩で殺しました、で済むからね」


 吸血鬼のまわりに舞う紫色の煙が、ぶわりと風に乗る。

 思わず手のひらで口をおさえたが、その煙は目や皮膚だけでなく、体中にある穴という穴から、僕の中へ入り込む。

 それが体をむしばむ毒の煙であることは、一目瞭然だった。


 しかし、それは煙の色が紫だったからではない。

 僕にとって、これが毒であるかどうかは色が判断基準ではない。

 毒であるからこそ、一目でわかってしまったのだ。


 この程度なら、僕は大丈夫


「……え!? な、なんで……」

 

「はぁ……あのさ、頼むからこういうことを誰にでもやらないでよ? 普通にこれ、人どころか軽い人外でも死んじゃうレベルの毒だよ?」

 

「そ、そんな……どうして!」

 

「とりあえず、その怒りの矛はこれで収めてもらえない? 飛行にも攻撃にも力を使って、それなりに落ち着いたでしょ?」


 言って、腕をぶんっと振り払う。

 全身を覆っていた紫色の煙は、鈴虫が鳴り響く夜の天へ消えていった。


「あ、あんた……何者なの?」


 驚愕の表情を浮かべながら、彼女は僕に聞いてくる。


「……うーん、あのさ」


「……はい」


「服、貸してもらえたりしないかな?」


「……へ?」


「いやね、君の毒が染み付いたこの服で帰ると、パンデミックが起こるからさ」


「……本当に何者なの……?」


「そうだねぇ」


 ここは、言ってしまった方が心を開いてくれるかな。


「なりそこないの神様、だよ」


 これが、半神半人の僕と吸血鬼Vtoberの激烈で、破滅的な出会いだった。

 

 

 


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