白衣を着ている女性は、姉さんがぶち壊した扉の先から恐る恐る、僕らを見ている。
彼女の後ろには白衣を着た研究者らしき人たちと、軍の特殊部隊も顔負けな全身フル装備の人たちが、僕らに注目していた。
「虹羽さーん……結奈さんを止められるのはあなたぐらいしかいないんですから、頼むのでしっかり言ってあげてくださいぃ……。この扉だけでも直すのにどれだけの費用がかかると思ってるんですかぁ……」
弱々しい声色だが、しっかりと伝えたいことは言っており、どことなく芯の強そうな女性だ。
「扉を開けてくれなかった、あなたたちが悪いです」
ぴしゃっと姉さんは殺気混じりに言い切る。
その逆ギレに研究者だけでなく、フル装備の戦闘員までびくっと震えていた。
大の大人たちを恐怖で震え上がらせるなんて、ほんと何者なんだ、姉さん……。
「まあまあ結奈ちゃん、弁償代ぐらいは用意してあげたら?」
虹羽さんは苦笑しながら語りかけるが、姉さんは目線すら合わせずに絶対零度の冷気を漂わせる。
「虹羽先輩、ひとつ貸しを忘れていませんか。一週間前、私をあちこち飛ばして任務をさせたこと、私は貸しだと言いましたよね?」
「……僕も、その貸しは了承した気がします……はい……」
「では、わかりますよね?」
「これでチャラにさせていただきます! 喜んで! はいな!」
「よろしいです」
虹羽さんって、姉さんの上司……なんだよな?
姉が上司を手玉に取りすぎていて、陰でいじめられてないか心配な件。
緊張感のない話を続けていたら、突然耳をつんざく大音量のベルが、施設内に鳴り響き、続けて平坦な声のアナウンスが流れた。
『非常事態発生。下級怨霊の大群が本部付近で発生。非戦闘員はシェルターまで退避。繰り返す、非常事態発生――』
大音量のアナウンスに、白衣を着た研究者や武装している人間たちがばたばたと慌て始める。
「おお、もう勘づかれちゃったみたいだね。さすが神様って感じだ」
慌てる彼らと違い、虹羽さんは特に動じず、むしろ感心したように電子タバコを吸う。
ぷかぷかと虹色の煙が出ていることが気になってはいたが、そんな悠長なことを聞いてるタイミングではなさそうだ。
そんな彼がなぜか僕の元へ近づいてきて、他愛無いスキンシップのように、左肩に手を置く。
「え、あのこれって大丈夫な状況なんですか?」
「まさかぁ? 下級とはいえ怨霊は人に害をもたらすからね。排除しないといけないよ」
抱きついていた姉さんはいつの間にか僕から離れており、虹羽さんをにらんでいた。
「虹羽先輩、みなとの肩に置いてる手はなんですか。……まさか、みなとを連れて行くつもりじゃないでしょうね?」
「その通りさ」
「だめです」
「ははぁ、弟くんが心配なんだね? けどこれからこんな状況にいくらでも直面するんだから、座学で教えるより実戦で慣れるほうが早いよ?」
「それでも、危険です」
「んじゃ、結奈ちゃんも一緒に行こっか。それなら安心でしょ?」
有無を言わせない雰囲気で虹羽さんは姉さんの肩に右手を置いた。
次の瞬間。
僕の視界はコンクリート一色の監視牢獄だった世界から。
高層ビルの屋上――の高さから、超高速で周りの景色が上へスクロールしていく視界へと変わった。
なにも掴むものがない空中から、僕の体は都会のアスファルトに向かって、垂直落下していたのだった。
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