僕は思い出す。
昔の記憶を走馬灯のように振り返る。
あれは、今から八年前。
僕が九歳で、姉さんが十三歳の頃だ。
その記憶というのは、懐かしく悲しい思い出であり、忘れることのできない絶望である。
五月雨が続く梅雨の時期。
僕たちは、最愛の家族を失った。
再婚して一緒の家で暮らすようになっても、神楽坂結奈は僕にも僕のお父さんにも無愛想だった。
いつも澄ました顔をしていて、感情のよくわからない義理の姉だったが、そんな彼女も実母の死には泣き崩れたのだ。
そんな姿に不謹慎ながらも僕はどこか安心してしまった。
この人もちゃんと人間だと、わかったのだから。
最愛の家族というか、お互いの実親との別れは、唐突だった。
僕の父親と、姉さんの母親二人が車で出かけた際、山道を回り切れずスリップして崖に転落し、交通事故で亡くなった。
事故死、と認定された。刑事さんや、警察の人たちが僕らのことをいろいろ気にかけてくれたことも覚えているし、事件の詳細を調べてくれたことも、脳裏にこびりついている。
だが、今になっても僕は不自然さを覚えているし、忘れていなかった。大人たちがどうしても僕たちに言えない秘密を抱えて話しかけてくる悲哀に満ちたあの目が、根強く記憶に残っている。
それでも時間は無慈悲なことに過ぎていくもので、規模の小さな葬式を終えても、血の繋がっていない結奈姉さんは悲しみに明け暮れて、ずっと引きこもっていた。
仕方ないことだろう。
誰だって、自分の好きだった親がいなくなって寂しくないわけがない。
むしろ目を離した時には母親の後追いをしていてもおかしくないほど、姉さんは憔悴しきっていた。
失意に耐えきれず、部屋の中で寂しく泣き続ける日々を過ごす姉さんに、僕は何かしてあげらないかと考えた。
血は繋がっていないといえども、再婚後の一年弱は同じ屋根の下で暮らし続けてきたのだ。そんな義理の姉に全くの情がわかないわけがない。
僕以上に。
僕よりずっと悲しそうに。
めそめそと泣き続ける日々を過ごす彼女を、僕は放っておけなかった
「姉さん」
部屋に閉じこもってた彼女に近づいて、声をかける。
僕も、実の父親と義理の母を亡くしたから、悲しい。
それでも、この時に限っては。
人生においてたった一度きりの、このタイミングだけは僕が気を強く持たないと、最後の家族まで失くしてしまいそうな気がして怖かったのだ。
「姉さん、まだ僕がいるから」
「…………」
「お父さんと、母さんはいないけど。僕は、姉さんと一緒にいるから」
肩は震え、頬には涙の跡がくっきり残るほど憔悴している義理の姉に近づいて、頭を撫でた。
それは、僕が泣いてた時、お父さんがよくしてくれた仕草だった。
「今日はいっぱい泣いていいから、明日は強くなろうね」
これは、僕の父親が慰める時に決まって言う台詞だった。
泣いている人への慰め方を心得てなかった僕は、自分の父親の真似をした。
結局それがこの時するべき最善の行動だったのかどうかは分からない。
けれど、小学二年生の男の子が必死に励まそうとしている姿に心打たれたのか、姉さんは暗い表情を無理やり崩すように、へにゃりと笑った。
「……みなと君は、優しいね」
「やさしい、かな?」
「うん、とっても」
頭を撫でる僕の手を、彼女は感触を味わうようにぎゅっと包み込んだ。
「……姉さん、がんばるから。みなと君の優しさに報いるために生きるから」
そう言って、彼女は僕の体を包むように抱きしめてくる。
彼女の抱きつき方は、どこか父親に甘える娘のようだった。
涙で枯れきった声のまま、耳元で囁いてくる。
「だから、一緒にいてください……」
さらに力を込めてくる姉さんの頭を撫で続け、その日はそのまま一緒に同じベッドで眠った。
この日、僕は何があっても姉さんと一緒にいると誓った。
学業や趣味、人生や魂を投げ捨ててでも。
最後の家族である、神楽坂結奈の力になると、決意したのだった。
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