『初めまして、神楽坂みなと君。
この手紙を読んでくれている今、俺はどこかにいるが残念ながら君の近くにはいない。
本来なら面と向かってしっかり礼を述べたかったが、君が戸牙子と知り合っている時点でどうしてもそれができない。許してほしい。
神に許しを請うなど、俺も焼きが回ってきたと思わざるを得ないが、しかしながら君のような人がいることを思えば、人生は人それぞれ色々あるものだと物思いに耽るのも、ひとつの楽しみであることさ。
年を食って丸くなったなどとは思われたくないから、どうかこのことは内密にお願いしたい。くれぐれも、ロゼや六戸に言わないでおくれよ。
だが、俺の願いはそれだけだ。ただ口外してくれなければいい。俺の秘密を持っていてくれたらそれでいい。
今回の件、最後の役を務めてくれた半神半人に、心からの感謝を。
ありがとう。俺の大切な家族を救ってくれて。
君なら、俺が何者でなぜこんな手紙を送ってくるのか、大体分かっているだろう。
けれど手紙というのは返信すら手間のかかる、一方通行の拙いコミュニケーション手段だ。
それが味だというやつもいるが、俺はやはりいまのメール文化の方が早くて確実で良いとは思うのだが、しかしそれ以上に手紙は「処理が楽」というメリットも大きい。
この手紙は君が読み終えたら、勝手に燃える。
君は熱さに強いだろうが、ボヤ騒ぎにはならないように気を付けておくれよ。
さて、それでは手紙ならではのコミュニケーションといこうじゃないか。
今回君が巻き込まれた事件について、俺から説明できる限りのことを書きしたためるよ。
始まりから説明はしなくてもいいだろう。
俺の推測だと、君はロゼから大体のことは聞いているとみた。
であるなら、俺しか知らないような細部に至る情報を教える方がいいと考えた。
もちろん足りない情報があって、理解が難しいものがあったのだとしたら、それは申し訳ないが忘れてくれ。
知らなくていいことが、世の中にはたくさんある。
それは理解ができないから、ではない。
覚えていられないことは、忘れてしまう方がいいという意味で受け取ってほしい。
話すべきことは、ふたつだ。
ひとつは「夜霧の帳」について。
もうひとつは「山査子戸牙子の変遷」についてだ。
まず前者の説明から始めよう。
俺がロゼから無理やり植え付けられた術式は、土地に根付いているものでありながら、特殊な因果関係で繋がっている異象結界だ。
何と何が繋がっているか。
ここが特にややこしいものでな。二種類ある繋がりが存在しているなか、どちらか片方が常に発動している。
戸牙子と俺の“個人”と、土地と山査子家の“根城”がお互いを結び合うように成り立っている術式が、夜霧の帳というわけだ。
戸牙子⇔俺
と、図で表すならこんな感じだろうか。
俺はもともとあの家にいた人間だから、人であると同時に土地の家主でもある。
だがな、戸牙子は俺と六戸とロゼ三人の血が混ざって生まれた、山査子家の家主なんだ。
実はな、俺の苗字はもともと違うんだよ。ロゼが入ってきたのと同時に、あいつが暮らしやすい環境づくりの一環として、新しく苗字を作り直したんだ。あいつはホーソーンだからな。
まあとどのつまり、俺は新しい家主ができたことであの土地から追い出されてしまった。
しかしな、それはあとから見た話なんだ。
俺が追い出されたように見える構図なんだが、実際のところは戸牙子を束縛する術式になっていたのは、君も直視したから知っているだろう?
逆なんだ、追い出したやつが。
怪異であれば、何かしらに繋がりを持って存在を維持し続けるものなんだが、よりによってかけられた術式が「認識を消す」とかいう非常によくない働き方をするものだったからな。
俺は良いんだ。ロゼに吸われはしたが、まだ人もどきとして生きているからな。
だがな、俺を繋がりとして生まれた戸牙子が一番厄介なんだ。
あいつはな、ちょっとほったらかしにしたらすぐ消えてしまうほど、存在があやふやなんだよ。
当然ではあるんだけどな、繋がっている俺が消えてるようなものなんだから。
どうやらロゼの不死性を分け与えられたようだが、それだと解決にはならないのさ。
だから俺も探したよ、術を解呪する手段をな。
いや、俺のは解呪というより、抹消だがな。
調査していく中で、可能性として九割近く成功しそうな方法が「土地の破壊」だったんだ。
ただ単に屋敷を破壊するんじゃなく、根付いている結界を抹消する。
しかしそれは、「戸牙子を外に出した状態で」だ。
これが難しかったことは、言うまでもないだろうな。
土地を依り代に生き延びている戸牙子が外に出ようとすると、あいつの中に眠る本能が勝手に連れ戻してしまうんだよ。
一時的に、それこそロゼの異象結界に無理やり連れ込んで、その間に破壊する選択肢もあったんだが、危険だと判断した。
なぜなら、戸牙子の帰る家が無くなったらあいつ自身が消えてしまうかもしれないからだ。
ちなみに、もし俺だけが死んだとしても土地が残っているせいで、結界術は消えないんだ。
もし消し去るのなら、俺も土地も同時に消えないといけない。
これが面倒で厄介な法則さ。
そこで俺は、六戸の持っていた性質を思い出してもう一度計画を練り直した。
それが「新しい繋がりで本来の性質を上書きする」だった。
君が六戸のことを詳しく聞いているかは分からんが、もし仮に戸牙子にも六戸の性質が受け継がれているのなら、忘れられてしまう因果を上書きすることができると踏んだ。
六戸に名前を与えて、存在が消滅することを防いだようにな。
実は俺は今から十年前、一度だけ戸牙子に会いに行ってるんだよ。もちろん、素性は隠してな。
会話の口実に道を尋ねたんだが、陰気な顔してたよ。
生まれたことに後悔して、絶望して、しきって。虚無に逆らうことも終えてるような、暗い顔さ。
それを見て、こんな俺が「可哀想」だって親心が生まれるぐらいにはな。
俺との繋がりを持っている戸牙子は、俺のそばに居ればなんとか外に出ることができた。本能が「土地から離れても、こいつが居るなら大丈夫」って判断したんだろうな。
けどまあ、一応初対面だったからな。
俺は父親だが、初対面の男と夜を一緒に過ごすのはさすがにやばいさ。
だから、つい聞いてしまったんだよ。いつもの癖だったというか、悪い常習癖というかさ。
「泊まるところはあるのか?」って。その時の俺も今の俺も、住んでいる家なんて無い放浪の身なのにさ。
そしたら、あいつなんて言ったと思うよ。
「帰りたくない家ならある」だとさ。
自分の娘と言っていいのかは分からないが、こいつの先行きが心配になったんだよ。誰にでも誘い受けをしそうだとな。
もう少し世間を知らないと、まずいんじゃないかってさ。
だから俺は、その時ひとつだけ教えたんだよ。
インターネットをな。
外に出ずに、情報を得られる手段。
そして同時に、山査子戸牙子ではない者として、新しい自分を作り上げることができるかもしれない、可能性の世界を。
だがまあ、長期戦になると思ってたよ。
実際、アバターを作り上げて魂とガワが全くの別人として活動する、Vtuberの文化が出てくるなんて、俺も予想できていなかったからな。
俺のプランだと、十年どころか、何十年もかかるとすら思っていた。
俺が死にそうになったら、すべての情報だけロゼに託して、あとは任せる未来だって見えてたさ。
だが、それでもたった十年だ。
人間としての指針が出来上がるのが思春期の期間だってよく言うが、その哲学が面白いぐらい当てはまったことになる。
だから戸牙子は人間であり、鬼であり、吸血鬼なんだろう。
ハーフどころかクオーターって感じだな。
そもそも六戸が鬼と天狗が混ざってる感じだしな。
ま、それは置いといてだ。
結果として、戸牙子は十年前からインターネットを使い始め、自分のガワを二次元の世界で作り上げ、少しずつ少しずつ外界からの介入を許せるようになった。
だからさ、俺はみなと君が桔梗トバラの身バレに立ち会ったのは、シンデレラストーリーの序章だったんだと思っている。
百万人の登録者を持ったあそこが、底辺だった。そこから這い上がってこれたのは、なんだろうな、君が拾う神だったってことなのかね。
タイミングとしてもよくできているよ。
なんせ君が戸牙子の身バレに立ち会った日というのは、登録者が百万人を突破した次の日だったからな。
もちろん俺もそうなり得るように仕向けはしたが、運命っていうのは不思議なもんだよ。
それが壁だったとしたら、人生を賭けた配信者ってところだな。しかし、これはできれば君だけが知っている事実であってほしい。
俺は今嘘を書いているつもりはないが、複雑に入り乱れた問題を、多数の視点でそれぞれの見解を聞かされているわけだからな。
何が嘘で、何が真実であるかなんて気にしなくていい。
君が気にするべきことは、そうだな。
桔梗トバラのファンにストーカーでもされないように、ぐらいじゃないかな。
君があの子の彼氏になってくれるなら、俺も文句はないさ。むしろどうぞもらってくれって感じだ、暴言腐女子をな。
しかし、ロゼには気を付けておきな。
あれはあれで結構やきもち焼きだからな、仲良くしているところを見ていたらいつの間にか後ろから刺されていたり、なんてな。
脅すようなことを書いてしまったが、これは手紙だからな。
書き直しもできない、一方通行のコミュニケーション。
うむ、俺も一方的に喋り倒す配信者という職業に、案外向いているかもしれんなんて、夢を見ることを忘れないようにして、残りの人生を静かに暮らしていこうかな。
夢を見ること忘れない。
寂しい生き方であっても、孤独な人生ではなかったと。
頑張っている娘がいて、父親が胸を張れなくてどうするってな。
みなと君。
君が助けを求めるのなら、俺は君を人間としても怪異としても扱わず、君のために力になろう。
俺の夢を叶えてくれた半神半人へ。
すべての恩を忘れずに。
玄六』
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