非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

081 放任

公開日時: 2021年6月23日(水) 21:00
更新日時: 2022年4月11日(月) 14:34
文字数:3,017


 家族。

 それは血のつながりかもしれないし、心のつながりかもしれないし、魂のつながりかもしれない。

 一緒に住んでいても、遠くに離れていても、この世にいなかったのだとしても。

 

 誰もが、誰であっても、家族だと呼べる。

 人類皆家族だと、そう考える人だっている。

 

 広い目で見れば、僕らは人類であり、猿から進化した生き物であり、同族であることに変わりはない。

 遺伝子の情報が似通っていて、子を育むことができる間柄であるのなら、それはもう家族だと。

 

 極論がすぎるかもしれないが、それぐらい「家族」というのは曖昧で、広い意味に取れてしまう言葉なのだ。

 人によって違うし、価値観でも変わってくるし、生きてきた時代が変えることもある。

 

 だが、たとえ名字が同じであったとしても、血のつながりがあったのだとしても。

 家族だと、言えないような間柄の親子はいる。

 

 その例が、雅火家だ。

 

 あの家庭は、一度離婚をしているが、娘の世話をするために再婚している。

 咲良の母親だった人が、もう一度母となって、咲良のことを世話した。

 それは間違いない。

 

 だが、もしそうであるなら、今の状況はどうなる。

 

 咲良は、雅火家の一人娘ではあるが、寮暮らしだ。

 それはつまり、僕たち神楽坂家のお隣にある、雅火家の一軒家に咲良はいないということになる。

 

 娘の世話をするという理由があって、そのための取引を父と母が結んだから、彼女の家は成立していた。

 しかし、今は?

 

 咲良の母親は、咲良の世話をしていない。

 子育てをする必要がないわけではなく、子育てをする相手が身近にいない。

 なのに、未だに母親は雅火家に残っている。

 

 もちろん、理由がなくても娘のそばにいたいという親としての愛情が、咲良の母親にないわけではない。

 僕は一応、それなりに近くで咲良の母親を見てきたので、彼女が娘に対して抱く感情に「鬱陶しさ」がないことは、ずっと知っているし、理解している。

 

 咲良のことを、産んだ娘を心の底から大切に思っている。

 だから、再婚に応じたまであるのだ。

 父となった人とは馬が合わなかったが、娘のことまで嫌っているわけではない。

 

 そうであるから。

 そこを知っていたから。

 

 僕は、咲良の母親からかかってきた電話の内容に、耳を疑った。

 

 咲良が、始業式に出ていない


 学校から、「雅火咲良さんが寮に戻っていないのですが、そちらに帰っていますか?」と、電話がかかってきたらしい。

 

 もちろん、それは咲良が通う高校の始業式の夜であったため、今から一週間前になる。

 それだけで、親としては心配に思ってもおかしくないはずだ。

 僕だって、不安になる。友人が行方不明になっているかもしれない状況を聞かされて、何も思わないわけがない。

 

 ましてや、あの大切な幼馴染みの咲良となれば、なおさらだ。

 

 だが、僕が耳を疑ったのは、その行方不明の事実ではない。

 いや、人間としての神経を疑ったのが、咲良の母親から聞かされたことの、他の部分にある。

 

 ありえないと、思ったのだ。

 そんな風に考える「家族」なんて、おかしいとすら。

 

「家族」という言葉の定義を疑ってしまうような、例えたくもない苦い感覚に陥るほど、咲良の母親が持つ考え方に、寒気がした。

 

「きっと、いつものことでしょう。みなと君のお家にお邪魔しているんでしょう? あんまり心配させると、内申点にも響いてくるから、『季節外れのインフルエンザ』って言っておいたけど、早めに出るように言ってあげてね」

 

 疑った。

 娘への理解をしているようで、なにもしていない事実を。

 

 咲良の母親は疑わなかった。

 自分の娘が神楽坂家にいることが、まるでさも同然な事実であると信じ切って、学校に嘘の申告をしていた。

 

 それは、信頼や信用というには、あまりにも度が過ぎているのではないのだろうか。


 放任。そう例える方がしっくりくる。

 咲良が悪い子である例え話を持ち上げはしたが、あの母親は娘のことをそんな不良だと思っているのだろうか。

 

 しかし、実際そういうことは今まで何度かあったらしい。

 寮暮らしの咲良は、仮病や家族からの守りで学校をズル休みすることができない。

 

 彼女が休みを会得するためには、大義名分となる理由が必要だと。

 例えばそれは、「実家にいる母が熱をだして」だとか「父のお手伝いをしないといけなくて」だとか、そういう「仕方のない」理由と「逃げ場所」が必要だった。

 

 それが実家の時もあれば、神楽坂家の時もあった。

 言ってしまえば、「友達の家にお泊まり」という嘘で「恋人とお泊まり」をカモフラージュするのと似たようなものだ。

 

 後ろめたい理由を隠すのには、知らない関係者の協力が一番だと。

 咲良自身が、母親に「休みたい日があったら、神楽坂家にお邪魔している」と前々から言っていたそうだ。

 

 理由は雅火家で作り、場所は神楽坂家でカモフラージュ。

 

 その事実を、僕は電話のやり取りで初めて知った。

 だが、驚きは隠した。

 いや、どちらかといえば声を失ったという方が正しい。

 

 驚愕が大きすぎて、何も言えずに、ぼろぼろと情報を漏らしてくる咲良の母の話を、少しずつ頭の中に溶け込ませていった。

 そのおかげで、応答に対する遅れは生じたが、話の裏側まで理解をするのに十分な時間は確保できたのだ。

 

 だから、僕は一通り話を聞き終えて、だいたい数十分ほどの世間話のあとに、ひとつだけ質問をした。

 

「咲良って、春休みにこっちへ帰ってきたことあります?」

 

 全くない、と咲良の母親は言った。

 今年だって帰ってきていない。あの子はいつも正月にしか帰ってこない。

 

 その瞬間、込み上がってくる胃液の感覚が全身を包む前に、手短に言った。

 

「わかりました、咲良に先生が心配していると伝えておきます」

 

 僕も、ズル休みと嘘の事実を作り上げることに、協力した。

 共犯になることを、享受した。

 それがこの場を、電話での応対を穏便に収められる策だと考えたから。

 

 電話を終えた後、寒気と吐き気がこみあがり、駅のトイレに駆け込んだ。

 

 咲良が行方不明。

 母親は真実を知らない。

 そもそも、この前帰ってきた時のことを、咲良の親は知らない。

 

 それはおかしいはずだった。

 だって咲良は、夕食のあとに四人でゲームをしたあと、間違いなく僕たちの家をあとにしたのに。

 あのあと、雅火家に帰っていなかったということになるのだから。

 

 個室トイレで、便器の端を掴みながら、血の気がどんどん引いていく。

 ひとりがあまりにも心細かった。

 あれだけ謳歌しようとしていた孤独を、今の僕は全く欲していなかった。

 

 隣にいま、相棒ミズチがいてくれればと。

 不覚にも、そう思ってしまった。

 

「……探さないと」

 

 独り言に答えてくれる半身はいない。

 半神は、僕のそばにいない。

 

「咲良、頼むから、生きててくれ」

 

 これまで、一度も帰ってこなかった春休みに、彼女は帰ってきた。

 しかし、雅火家には帰らずに、痕跡を残さずに、僕にだけわかるように自分の大好きな刑事ドラマのコンプリートボックスだけ、渡してきた。

 

 咲良なりの、今生の別れ。

 そんな風に飛躍して考えている僕の心を、ぶん殴りたかった。

 

 SOSに気づきやすいと評価されていた自分が、嫌になった。

 一番身近な友人のことを見ていなかったことを。

 

 幼馴染みだなんて関係性に甘えていた、自分自身が。

 憎くて、不甲斐なくて、仕方なかった。


 考える間もなく、僕の足取りは、とある駅に向かっていた。

 学校から、さらに遠く。

 神楽坂家と雅火家から、さらに遠い。


 咲良の痕跡が僅かでも残っていると、信じたい、その場所へ。


 幼馴染の通う、全寮制の高校へ。

 僕の足は、向かっていた。

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