巨人の放つ槍が壊れない条件。
それを分析しようにも、正直今の精神状態では難しかった。
目の前の巨体から放たれる殺気は凄まじく、姉さんに守られているとはいえ、情けないことに僕は膝が震えている。
それでも、先ほど彼の呟いた物騒な話がどうしても気になってしまい、恐る恐る問いかける。
「……巨人さん、仲間が殺されるっていうのはどういうことなの?」
「おまえ、ころしたら、おれのなかまとこうかん、してくれる」
振動を帯びる重低音にはふつふつと煮え立つ怒りが混ざっており、確実に失言してしまったのを痛感する。
「そんな……なんで僕を殺したら交換できるんだ?」
「みなとはね、いま日本円で九億円近い価値が付いてるの。生死は問わずにね」
「えっ、九億円!?」
驚く僕をよそに、姉さんは銃を巨人に構えたまま、冷然と話し続ける。
「黒いピエロが襲ってきたあの日、みなとが半神半人になった情報が一気に裏世界に広まったの。懸賞金はどんどん上がっていってて、多分これからもあがるわ」
「ど、どうして僕にそんな価値が付いてるの……?」
「半神、っていうのがかなり価値の高くなりやすい要因なの。死んでいたとしてもその体には神格が宿っているから、高値で取引される」
「じゃあもしかして、虹羽さんの『これからいくらでも危ない目にあう』っていうのは……」
「まさに、異形を扱うやつらから命を狙われる存在になってしまったってことよ」
自分自身にそんな価値がついたことに対していまいち実感がついてこないが、先ほどから何度も殺されかけているのだし、納得せざるをえないか……。
「おれのなかま、どれいでうられる。そいつをかうために、おまえをころせと、いわれた」
巨人は転がっていた槍を矢筒に戻しながら、相撲の力士のように腰を落として両手を構えた。
「ま、待って!」
「まてない。おれのなかま、あしたにはもう、うられる」
火山が噴火したような揺れと、道路がひび割れる音を皮切りに、轟速で巨体が迫る。
思わず、目をつぶって顔の前で両手をクロスさせた。
だが、衝撃はこなかった。
ピエロから黒い弾を撃たれた時のように、神様の自動防御システムが働いたのかと思ったが。
「みなと、防御行動はいいけれど目を閉じるのはだめ、戦闘センス減点よ。視界を一瞬でも途切れさせたら、状況が一変することもあるのだから」
姉さんはハンドガンのグリップの底面で、巨人の突進を止めていた。
表情を変えずに巨人の兜に押し付けているさまは、まるで小さな子供の頭をわし掴みにしてあしらっている大人のようだ。
ただ一つ、違和感があるとするなら。
大人と子供のサイズ関係が逆転していることだろう。
「おまえ、やっぱりつよいな!」
巨人は嬉々とした声を上げつつ一歩後退し、間合いをつくる。
戦闘を楽しんでいる節も見えるが、それ以上に彼は目的があって殺しに来ているといった印象を受ける。
仲間を助けるため。
少なくとも、僕の心臓をためらいなくつぶしたあのピエロ男なんかより、よっぽど理念を感じられる。
何かを為したいためで、憂さ晴らしなんかではない。
だとしたら、話し合える余地はあるはずだ。
「巨人さん、さっきの発言を謝りたいので、名前を教えてもらえませんか?」
意を決して、僕は一歩退いた巨人に真剣なまなざしを向ける。
「……おれは、ノスリ、だ」
「……ノスリ。僕はみなとっていいます。さっきは、君の仲間を無駄だって聞こえてしまうようなことを言って、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる。
巨体は動かず、ただじっと僕を見据えている。
びりびりと刺さっていた視線と殺気が、少しだけ和らいだ。
そのおかげで僕も緊張が解け、どくどくと騒いでいた心臓の鼓動が、少しずつ収まり始める。
「おまえ、へんなやつだ。ころされるのに、なんであやまるんだ」
「君を怒らせたのは、僕の失言のせいだ。うっかりした発言で不快にさせたんだから、ちゃんと謝りたいんだ」
「かわってるぞ、おまえ」
「はは、まあその教えをくれたのはこの人だから、僕だけが変わり者ってわけじゃないよ」
澄んだ夜の風で銀色の髪をなびかせる人を指さす。
当の本人は、呆れたようにため息をつきながら苦笑していた。
「ノスリ、君が誰かを助けるために僕を殺そうっていうなら、それを手伝いたい」
「んお?」
「はっ?」
巨人のノスリは不思議そうに声を上げ、姉さんは素っ頓狂な声を上げる。
「みなと、何を言ってるの? 化け物の肩を持つの?」
「姉さん、ノスリには事情があるかもしれない。それを聞けば、もしかしたら別の解決策が見つかるかもしれないんだ」
「……あなたが優しい子であることは私が一番知ってる。でも、ただ話をするだけで相手を操ってしまうような異形だっているのよ? あなたが今やろうとしているのは、敵に足元をすくわれるかもしれない、危険な行為なのよ?」
「……それでも、何もしないよりかは……」
今まで巨人の方に銃を向けていた彼女が、くるりとまわり、僕の目をまっすぐ見据えながら眉をひそめる。
「なんの力も持たない人間が、異形を助けようなんておこがましいと思わないの?」
ぴりっと、静かな怒気を浴びる。
普段、優しく諭してくれる姉さんから放たれた叱責とは思えないほど、強い口調に気圧されてしまう。
だが、負けてはいけない。
ここで折れるぐらいなら、言い出すことすらしない。
「……力なら、あるよ。今の僕なら、神様の力がある」
「コントロールできない爆弾を、力とは言わないわ」
「きっと、できるよ」
「きっとなんて曖昧な力は信用できないわ。絶対できるじゃないと、だめ」
「じゃあ言い切る、絶対できるよ。なんならいま、証明する」
なかば、やけではあった。
できるわけないと言われて、ムキになったとも言える。
けれど、やれる自信はあった。
目をつぶり、全身をめぐる血液に意識を集中させる。
心臓から流れる赤い液体に宿っている者を、奈落の底から呼び起こす。
海に流れゆく川の如く。
空を渡る雨の如く。
自然を巡り渡る水の如く。
すべての流れが体のなかで一つの交わりを起こし、鱗にまとわれた心臓に、流動する力が集約される。
次に目を開けた時。
暗闇であるはずの夜の都会が、明るく鮮明に映っていた。
完全に覚醒状態だ。
ピエロから襲撃にあった夜と同じ感覚だ、間違いない。
全身が軽くなって、高揚感に包まれていた。
先ほどまでは、目の前にいたノスリの巨体に内心ビクついていたのだが、今となってはそんな感情、かけらほどもない。
恐怖心も、どこ吹く風のように消えていた。
「はぁ……みなと、あなたね……」
「姉さんから見ても、これなら大丈夫って思えるでしょ? たぶん」
「……使い過ぎは厳禁。あなた、髪色まで変わってしまってるわよ」
「え?」
姉さんが手鏡をぱかっと開き、その先に映る自分を見る。
そこには、髪色が黒から深い青になっている神楽坂みなとがいた。
「うわ、え、これ戻る?」
「あなたが眠っていた一週間の最後あたりで、ようやく黒に戻っていたわ。まあ今の時代、ファッションだって思われるかもしれないけど」
学生のうちはほどほどにしなさいと、小言を言いながら手鏡をしまって諦めたように嘆息した。
渋々といった態度ではあるが、とりあえずこれで姉さんの許可はもらったと言えるだろう。
あとは、ノスリとの話し合いだ。
「ノスリ!」
「お?」
「君が助けたい仲間の話、詳しく聞かせてもらえないかな!」
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