非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

102 ヴァイパル・バレット

公開日時: 2021年8月11日(水) 21:00
更新日時: 2022年5月30日(月) 12:30
文字数:3,642


「…………は?」


 声が、かすれた。

 ありえないことを言ったミズチに聞き返そうとして、言葉の意味を理解した頭が先にパニックを起こし、言語能力に乱れが生じる。

 呂律を回そうとして、回らなくなる。話そうとしても口内が異常に渇き、飲み物が欲しくなる。

 

 冷静になるのも忘れて、喉から無理矢理声をひり出す。


「あの、ミズチ。まさかそれって……」


「ああ、お前さんが今頭のなかで思っている通りじゃろう。また起きようとしている」


「でも、封印はしたでしょう。私たちで」


「わしらが封印したのは所詮、みなとのなかにいる一部に過ぎん。コピーを封印できたところで、大元の本体にまで影響があるかといわれたらのぉ」


「じゃあ、今その第六感を与えているのは……」


「与えているではない、あれはみなとが『奪っている』んじゃ。我が相棒ながら恐ろしくもなる、あれはもはや神喰いの業じゃろうて」


 力を奪って、自分の物として扱っている。

 つまり、いよいよ無視できなくなってきたということだ。

 徐々に、そして少しずつ、みなとは取り戻そうとしている。


 自分の失ったものを、奪われたものを取り返そうとしている。

 それが本能に基づいているのか、それとも彼のなかに確固たる意思があるのかは確認してみないとわからないが。

 

 だがきっと、彼は天然だから。

 無意識に、第六感を使いこなしているのだろう。

 

 そしてその糸口は、きっと霞さんが与えた。

 いや、与えたのではなく、似たような業を扱っているのを見たのか聞いたのか、霞さんの立ち振る舞いから、彼は学習したのだろう。

 

 そういう子だ、みなとは。


「ええっと、お姉様、みなとの話……なんですよね?」


 戸牙子ちゃんは何がなんだかわからないようで、惚けた顔をしながら私とミズチを交互に見る。

 しかし、それは当然の摂理だろう。霞さんのような吸血鬼の王であり、ミズチほどではないにしても長く生きてきた人なら察しはきくかもしれないが、裏事情を知らないまま話を進められているのだから。


 ここは、情報を開示しておこう。


「戸牙子ちゃん、あなたは『初夜逃し』っていう数ヶ月前に起きた事件を知ってるかしら」


「た、たしかお姉様とみなとが暴れまわったっていう……」


「そう、暴走した怪異『水神竜ミナトミヅチ』が怪異の国々を蹂躙し、潰しまわり、それを止めるために私が彼を封印した事件のことよ」


「封印した……? え、みなとは、普通に動いてますよね? それに、ミズチも。とても封印されているようには見えないというか……」


「まあね、あくまで封印したのは『ミナトミヅチ』であって、神楽坂みなとでも、ミズチでもないから。むしろ私とミズチにみなと、三人で協力して封印したのよ」


「……ミヅチ? あれ、なんか、読み方違います?」


「よく聴いてるわね、その通りよ。ミナトミヅチは神龍であり、みなとの中で産まれた新しい怪異。彼がずっと昔に結んだ神との盟約で生まれた、新種の怪異」


「新種……?」


 訝しむ戸牙子ちゃん。

 信じられないのも当たり前だろう。なぜなら、新種の怪異という概念は、いってしまえば「元素を発見した」のと同じようなものだからだ。

 水、空気、鉄。そういう原素的な物質が見つかったというのは、歴史を塗り替えるだけの真実が露呈した、ということでもある。


「詳しく説明すると長いというか、日を跨いでしまいそうだから、ざっくりとしか言えないのだけど……こほっ」


「え、大丈夫ですかお姉様?」


「ああ……こほっ、ごめんなさい、話しすぎて喉がれたのかも……」


 急に、喉のあたりや、体が熱く感じてくる。

 まるで燃えている焚き火のそばで、散り咲く火花が肌を撫でる、そういうすこし異常で異様な乾きが全身を埋め尽くした。

 思い当たる節はあるというか、ミズチとの合流で使ったガラス弾、「v・b」の反動かもしれない。

 

 半神半人の監視兼緊急事態用の特注弾、『ヴァイパル・バレット』

 

 相手のもとへ瞬間移動する「移動結界術の弾丸」である。

 常に監視しなければならない、破壊と凶悪の権化という半神半人だからこそ、作られた。

 

 インスタントV・Bの『瓶』を起点として、弾丸の破裂と瓶の破壊を同時に起こして、発射点の座標を入れ替える。

 

 本来は、瓶を持っているみなとのもとへ緊急時に移動するためのものだった。

 のだが、「作ったことのないもの」であったため、私は治験に半ば無理矢理付き合わされたようなもの。

 安全性なんて、実証しなければ分からない。だから多少の反動は覚悟していたが。


「『v・b』は喉がかわいてしまう副作用があるのかしら……」


「あ、ちょっと待っててくださいね! あたしお水持ってきます!」


 そう言うと戸牙子ちゃんは手早くすっと立ち上がり、足早に部屋を出て行った。

 部屋に残されたのは、私とミズチと霞さん。こうして三人揃ってみると、まるで保護者会の気分だ。


「いい子ですね、戸牙子ちゃんは」


「そう言っていただけて嬉しい限りです。母親らしいことは全然してあげられなかったので、褒められる権利なんてありませんが」


「いえ、きっと今は幸せだと思いますよ。親は、子が望んでいるのならそばにいてあげるほうがいいです」


「そうですかね。それより結奈さん、喉は大丈夫ですか?」


「まあ大丈夫ですよ、この程度なら別に命に別状は……」


 ふと、思った。

 私は仕事柄、常に気を張っていて、他者からの攻撃や脅威に対して敏感に察知できるつもりなのだが。

 今の私に襲いかかってきた渇き、つまり喉元に感じる暑さというのは、生理現象のものとは明らかに違う。


 私のなかにある感覚がしっかりと判別をしているのだ。これは怪異のものだと。

 だが、無作為にあたりの怪異現象を察知したところで、自分に向けられる害意を判別できなければ、どこから攻撃がくるのか予想をすることもできない。


 そこが、おかしかったのだ。

 いや、おかしいと感じるのは少々遅すぎた。


 今襲ってきている暑さは、私に対する害意がまったくない怪異現象であるのに、私を攻撃している

 まるで自然現象のように、天災のように。

 誰彼構わず襲いかかる厄災のような、無差別で無作為な攻撃が襲ってきていることに、違和感を覚えるのが。


 遅すぎた。


「ミズチ」


 私は、隣にいる神へ食い入るように、視線をずらす。


「遅いわい」


 さらりと端的に、そして鬱陶しそうに小言を呟きながら、ミズチはぱたりと、顔から倒れたのだった。

 

「ミズチ!?」


 意識が飛んで行ったように頭から倒れたミズチへ、駆け寄った。

 床に打ち付けられた二本のツノがごんっと鈍い音を立て、空気を抜かれた風船のように萎縮していく。


「ミズチ! どうしたの!?」


 うつ伏せに倒れた彼女を抱えて、上半身をくるりと半回転させる。

 抱きかかえても抵抗せず、だらりと流れる身体は、熱湯のような高温になっていた。


「あ、あつ……!?」


「結奈さん! 右腕!」


 霞さんの切羽詰まった声が、端的ながら正確に情報を伝えてくる。


「こ、これって……」


 言われた部位を見据えると、そこは異常な光景だった。

 ミズチの右腕が、溶けていた


 どろどろと流れるマグマのように、右肩から先のすべてが床に流れ、溶け落ちていた。


「な、何が起こっているの……? まさか、誰かの攻撃!?」


「結奈さん落ち着いて! この山査子家付近で貴方達を襲えるのは私ぐらいしかいません! これは、遠隔攻撃ではありません、みなと君の方です!」


「あ、でも……」


「しゃんとしなさい! お姉さんでしょ!?」


 バケツいっぱいの冷水を浴びせられた気分になる。

 目の前で私のことを叱る霞さんの顔は、母親のそれだった。

 家に侵入されても、まったく動じず朗らかに話していた霞さんの鬼気迫る表情のおかげで、私の頭は一瞬で冷静さを取り戻した。

 

「そ、そうですね……そうですよね。ミズチだけがダメージを受けているのに、私にはほんの少ししか影響が出ていない……。ということは、みなとの身体に何か異常があって、リンクしているミズチに余波が現れた……」


「そうです、そう考えるべきです。こういう時こそ冷静に、当事者ではないけど一番近しいあなたが、理性的な思考を持っていなければいけません。ミズチを救えるのも、みなと君を助けられるのも、あなたしかいないのです」

 

 霞さんの落ち着いた状況分析と激励に心を救われる。

 そうだ、私がしっかりしなければ。

 

 ミズチが、相棒が苦しんでいるのなら、その痛みは私も一緒に背負わないといけない。

 みなとほどではないにしても、私もミズチとは家族のようなものなのだから。

 

 しかしそんなミズチは、うめき声を上げながら苦しそうにしている。

 普段の余裕綽々よゆうしゃくしゃくな態度とは打って変わり、高熱に脅かされ、夏の炎天下でうなだれる老人のように見えてしまう。

 

 そんな彼女を少しでも支えたくて、溶けている右手の代わりに、左手を握りしめた。

 病人に付き添う家族のように、本人が一番苦しいはずなのに、力を込めてしまう。

 

 だが、そんなことはお構いなしに、ミズチはか細く口を開いた。

 私に何かを訴えようとしている強いまなざしを感じて、彼女の口元へ耳を近づけて、聞き取る。

 

「結奈、殺してくれ


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