非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

060 ハーフヴァンプのエピローグ 天

公開日時: 2021年4月28日(水) 21:00
更新日時: 2022年2月21日(月) 08:55
文字数:4,059


 さて、虹羽さんからもらったお小遣いとはとても言えない、文字通り桁外れの金銭を得てしまった僕がとった行動は、お察しの通り。

 その全額を、山査子家に提供することだった。

 

 募金にしても寄付にしても、推しに対する投げ銭として見ても、さすがにやり過ぎなのではないかと言われるのも承知で、だ。

 確かに配信機材や回線工事、引っ越し費用、その他諸々含めた雑費として使っても、差し引いた残額で数年は何もせずに暮らし続けられる金額だろう。

 

 だが、戸牙子は人間界の生活には慣れているが、母親とお兄さんは違う。

 もしかするとロゼさんなら人間界の金銭感覚を持っているかもしれないが、それも二十年以上前のものになるとさすがに訳が分からなくなっているかもしれない。

 

 現代の技術発展はめざましく、玄六さんと一緒に暮らしていた頃の日本はまだ携帯の普及すら怪しかった時代、らしい。

 連絡手段にポケベルというものがあったようだが、どんなものか聞いてみただけだと随分使い勝手が悪そうだ、なんて思ったぐらいである。

 

 現代機器の発展は、それすなわち物価が上昇しているとも言える。

 昔より便利なものが蔓延する時代となった今では、ロゼさんの持つ古い金銭感覚だと危険な可能性が浮かんできたのだ。

 

 それに、いざという時に使えるお金が手元にあるのは安心にもつながるだろう。 

 なんせ彼女たちはこれから、家族として暮らしていくのだ。

 

 色々な不安要素もある、再スタートの時に別の不安要素を抱えたままというのも辛いものだろう。

 

 だから、この寄付はご祝儀みたいなものだ。

「再出発おめでとう、応援してます」といった感じで。

 

 まあその話を山査子家に持ち掛けようとした際の、つまるところ「虹羽さんからもらったお小遣い」の使い道を姉さんに軽く話してみたところ――

 

「みなと、私をその山査子家とやらに会わせなさい」

 

 と、冷淡に感情のこもっていない声で言われた時、僕は選択を誤ってしまったと思った。

 そもそも世間話として振らずに、隠し通せばよかったのだが、僕自身きっと大金をもらったことに結構な罪深さや自責を抱えていたんだなと、振り返ってみると再確認できる。

 

 そして姉さんに流されて押されるまま、僕はローゼラキスの異象結界まで訪ねることになった。

 

 訪問してまず最初に嬉しかった出来事が、ひとつある。

 姉さんは吸血鬼の女の子を、しっかり覚えていた。

 山査子戸牙子という、僕のよき友人であり、つい最近知り合った人外であることを忘れずに。

 

 まあ、熱中症で倒れた戸牙子を僕の家に連れ込んで、看病しようとしたら威圧だけで泣かせた彼女のことを忘れていたのなら、ドS気質も甚だしいと、一周回って笑えてくる。

 いや、ドSヤンデレなんですけどね、結奈姉は。

 

「また会ったわね、和服吸血鬼ちゃん」

 

「殺さないで……」

 

「前も言ったけど、殺すなら一瞬でやるわ」

 

「あ、そうですか……さぞ楽で相手に苦しみを与えないやり方でいいと思います……」

 

 一緒にいた六戸とロゼさんが困惑と驚愕を混ぜた表情をしていたから「大丈夫、安心して、あの人はいつもあんな感じです」と必死で弁護することになった。

 さすが怪異界隈では有名な神殺し。その威圧と殺気もう少しどうにかしてくれ。

 

「似ている……」

 

 と、姉さんを見ていたロゼさんが不意に呟いた言葉になんとなく、本当にほんの少しの違和感を覚えて僕は聞いた。

 

「どうかしました?」

 

「……あの、みなと君。君とあのお姉さんは、姉弟なんだよね……?」

 

「えと、義理です。血は繋がっていません」

 

「ならもしかして……いえ、きっと他人の空似でしょう。それより、お話があるんですよね? お茶を淹れますから、どうぞお入りください」

 

 通された応接室でロゼさんの淹れてくれた紅茶を飲みつつ、早めに本題に入った。

 僕が持ってきたアタッシュケースに入ったとてつもない量の札束を見て、ロゼさんと戸牙子は目の色がみるみる変わる。さすがに六戸は金銭感覚が分かっていないようで、無口のままきょとんとしていた。

 

 今回の件で様々な迷惑をかけ、さらに間接的ではあるが山査子家の大事な屋敷を壊してしまったお詫びも兼ねて、と説明した。

 そんな提案、ならぬ押し付けを彼女らが素直に受け入れるわけもなく、「みなとにはむしろ助けてもらったから」とか「みなと君にはお礼をしたいぐらいであって、お詫びされる筋合いはないです!」とか、色々ごねて受け取ろうとしてくれなかった。

 

 しかし、この申し出を拒絶される可能性が見えていたからこそ、姉さんは付いてきてくれたのかもしれない。

 弟のお小遣いの使い道を正そうとして見張り役になったわけではなく、弟の願望を後ろから押してくれたのだった。

 

「私はあなたたち山査子家の事情を――いえ、カルミーラ・ホーソーン家の事情をみなとから伺いました。今回の件、私たち人間があなた方に迷惑をおかけしたのは事実ですし、そちらの責任を取らせていただくべきだと考えております。しかし、カルミーラと取引をしたなどと知られれば、私たち人間側があまりにも顰蹙ひんしゅくを買います。最古で最後の王、ヴァンデグリアの娘である、ローゼラキス様。あなたの存命が公になれば、新しい戦争の火種になるかもしれません」

 

「……はい、それは承知しております。あなた方人間の都合も、私たち怪異の都合も。私、ローゼラキスが復活してしまえば、それについてくる勢力はきっといるでしょう。怪異としての威厳を取り戻そうと、躍起になる若い子が、また屍の山になる未来も……」


「ですので、これは手打ちの示談です。みなとの意志は、私たち黒橡の方舟としての意志ではありません。神楽坂みなとという、一人の人間が勝手に起こした行動であって、組織の介入する余地はありません」

 

「……あくまで、黒橡の方舟の誠意はすべて、みなと君へ一任するということですか?」

 

「そう取って頂けましたら、こちらとしても融通が利きます。少なくとも、あなた達家族が安全に暮らせるような場所を、斡旋して紹介することもできますし、最大限のサポートもさせていただきます」

 

「いいえ、その必要はございません、神殺しさん。もしそこまで介入してしまったら、あなたたちが足元を掬われるかもしれません。こちらが受け取るものは、みなと君の誠意だけで充分です。あとは私たちで、ひっそりと慎ましく生きていけます」

 

「女王様、厚く御礼申し上げます」

 

「いえいえ、もうただの母親ですよ」

 

 ただの、ではあっても。

 ロゼさんが自分のことを、母親だと認めることができたことに、僕は少しだけ涙が出そうになった。

 あれだけ母であることを拒み続けた人が、一歩だけかもしれないが、進むことができたのだと。

 

「……けれど、ええっと……神楽坂結奈さん、ですよね?」

 

「はい、そうですが?」

 

「あの……少しお聞きしたいのですが、あなたの知り合いにあなたのような銀髪で、目つきが鋭くて、長身で黒スーツに身を包んだ女性って、いますか……?」

 

「私と同じような銀髪、ですか?」

 

「そうです。その、白に近いけれど銀の性質を持つ混ざり方をした髪色が、とても見覚えがあって……」

 

「……その人、右の指すべてに色違いの指輪を付けてました?」


 五本ある右指すべてに色違いの指輪。

 話を横で聞いていた僕も、姉さんの言った特徴を聞いて心当たりがあった。

 

「あっそうです! もしかして、知り合いですか!?」

 

「………………」

 

 無言だった。

 僕はその人と、姉さんの関係を隣でよく見てきたからこそ、なぜ気難しそうに沈黙しているのかが分かっている。

 答えづらそうだし、ここは僕が助け舟を出そう。

 

「ロゼさん。その人は多分姉さんの、叔母さんです」

 

「あ、そうなんですか!? 嬉しいっ、こんな偶然があるなんて……! その人は今、どこにいますか!?」

 

「ええっと……分からないです」

 

 嬉しそうに表情を明るくしたロゼさんの顔が、不思議そうな色に変わる。

 

「音信不通なんです。今どこにいるのかは、本当にさっぱりです……」

 

 僕と姉さんが二人きりになったあと、体裁として保護者になってくれた、姉さんの叔母。灰蝋かいろうともえ

 身寄りの無くなった僕を嫌な顔せず、家族として受け入れてくれた恩人でもあり、姉さんからすれば身内でもある。

 

 だが、今となってはもう連絡も取れない。

 どこにいるのかも、生きているのかも、分からない。

 

「すみません、叔母さんはずいぶん前にうちを出て行ったきりで……」

 

「あ、そうでしたか……すみません、失礼なことを聞きましたね……」

 

「……あ、そうか。こういう時に使えばいいのか」

 

 思い出した。

 自分の知り得ない情報を、裏で取引している情報屋との連絡手段を僕は持っていたことを。

 

 漆の持ち手と金の穂を持つ、金伝手かなつての筆を取り出した。

 筆を構えて、毛先に黄金の光がまとい始めるのを確認して、空中に筆を走らせる。

 

『玄六さん、灰蝋巴って女の人が今どこにいるか、知ってますか?』

 

灰刀かいとうの巴嬢か。一ヶ月ほどかかるかもしれんが、手掛かりを見つけたら教えよう』

 

 と、不思議な筆で不思議なやり取りをしている僕を見て周りのみんなは怪訝そうにしていた。

 唯一、ロゼさんを除いて。

 

「み、みなと君……その『金伝手の筆』はっ……!?」

 

「あ、えっと……なんといいますか……」

 

「……ああでも、そうですね。だめですよね、これは。聞いたらいけませんし、この場で明かしてはいけないことです。それは、私もよくわかっています。ですがひとつだけ、これだけいいですか……?」

 

 悲しそうに、懺悔するように。

 苦痛に歪めた表情で、恐る恐るロゼさんは聞いてくる。

 

「その人は、元気にしてますか?」

 

 ロゼさんの問いは、僕が答えられるものではない。

 玄六さんは確かに存命しているのだろうけれど、だからといって彼が今どうしているのかまではわからない。

 嘘をつくわけにもいかないと、そんな風に思って答えを濁していたら。

 

 黄金の筆跡が、形を変えた。

 

『誰かさんのおかげで、人間より元気だぞ』

 

 それは、ロゼさんの座っている方向に。

 ロゼさんにしかわからない言い回しで。

 彼は、答えた。

 

 すべての十字架を外されたように、ロゼさんはくしゃりと笑った。

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