非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

132 六百年の忘失

公開日時: 2021年11月15日(月) 21:00
更新日時: 2022年8月8日(月) 16:16
文字数:3,378

「嘘、ついてたの? あの時、私の部屋で話したことは、私を味方に付けるための同情だったとか、そんなことないよね? いや、もしそうだったのだとしたら、今だけは嘘つかないで欲しい。怒らないし、何言われても許すし、本心を聞きたいだけなの。頼ってくれてたのなら幼馴染みとして嬉しいし、利用するつもりだったのなら、その、ちょっと……悲しいけど、それぐらい私を信頼してくれてたんだなって思えるから、だから――」

 

「嘘じゃない」

 

 涙声になっていく咲良。友人を責め立てる言い方に耐えられなくなったのだろうか。

 そんな彼女に僕は根負けしてしまった。視線は合わせず、背中越しに言う。


「ごめん咲良、確証のない情報まで教えるわけにはいかなかった。あの時、初めて怪異に触れたばっかりの君に言っても混乱してしまうだけだと、そう判断した」

 

「じゃあ、嘘ではないんだよね」

 

「……自分の中で整理のついていた事実だけしか言わなくて、それが真実や真相からはほど遠かった。本質的な話を、意識的に避けていたんだ。それは、嘘をついているのと同じだった。だから」

 

 僕は、視線の先で神妙な顔をしていた巴さんに目を向けて、言った。

 

「だからいま、真実を聞こう」

 

 今ここで、今この場で。僕は聞くべきだ。

 僕の知らない真実を、僕の口からではなく、僕のことをよく知っている人から。

 咲良に対して、そして僕自身が知るために。


 真実、真相を。


「巴さん、お願いしたいことがある。遺言代わりに、聞いてほしい」


「言ってみな」


「初夜逃しと、ミナトミヅチについての全容を教えてほしい」


「いいのか? それはお前の所属する方舟の意向と逆らうんじゃねえか?」


「それよりも、僕は幼馴染みへの誠意を示したい。人生最後にできることなんてそれぐらいだろうから」


 巴さんは、下ろしていた白刀をもう一度肩に乗せて、嘆息した。

 臨戦態勢を解いたように見えるが、相変わらず殺気はそのままだ。


「いいぜ、あたしが知っていることを話してやる。咲良もよく聞いてろ、これがお前の幼馴染みがしでかした大罪だってことをな」


 ごくりと、唾を飲む音が背中越しに聞こえた。

 本来なら真実を明かされる僕の方が緊張してしまいそうな場面なのに、咲良は僕以上に気を張っているようにも思える。


「神楽坂みなとは、義理の姉と初夜を迎えようとしたその夜に、忘れていた記憶を取り戻したんだ」


 そうして、灰蝋巴はつらつらと歴史を紐解いた。

 僕の人生を、「神楽坂みなと」という人間の歴史を、ざっくばらんで濃密に。

 僕ですら意識していなかったような事実にまで目を向けて、僕という人間を客観的に分析して、明らかにした。

 

 当事者以上に、僕のことを詳しく話せてしまう巴さんが不思議で仕方なかったが。

 その理由はある意味、真っ当でもあったのだ。

 



「もともと、みなとはあたしの命の恩人なんだよ。あたしが仕事でへまをやらかして、心臓をなくして息が絶えかけていた時に、こいつは知り合いの神と契約を交わして、あたしを蘇らせてくれたんだよ。

 

「意外そうだな? まあ無理もねえよ。これを知ってるのはその時一緒にいた結奈と、契約を交わした神だけなんだよ。みなとは、その代償を払っているから、知らなくて当然だ。


「代償が何かって? そりゃあ、ここまで言ったらおのずと分かるんじゃねえか? 当事者であるみなとが交わした契約だってのに、本人が知らない事実。秘された真実、歪に抜け落ちた穴。つまるところ、『記憶』だ。

 

「だがまあ、実際にはもっとあるんだけどな。絶命にいたった人間の命を、『人間』が肩代わりしたんだ。神様が施しでくれた命でもねえ。神様がやってくれたのは、繋ぎの儀式ってだけだ。みなとはあたしの命と並ぶ、それ相応の対価を、自分の持つもので支払った。

 

「みなとはその時の『記憶』と、元々の『名前』を捨てて、あたしを助けてくれたんだよ。

 

「だが、儀式に余計なものがつきまとった。いいや、これは余計というか、あってしかるべきものと言うべきだな。記憶と名前を捨てても、それじゃあ人間一人の命には届かなかった。みなとがあたしの心臓を肩代わりしてくれたから、とでも言うべきだろうな。

 

「終息する因果、つまるところ決定した未来ってやつが、みなとにまとわりついた。死ぬはずだったあたしの未来を引き受けたみなとは、いつか『心臓を穿たれる運命』に囚われた。

 

「それが、契約だった。みなとを溺愛する阿婆擦れ神が、自分勝手に決めて織り込んだ儀式だったんだよ。いや、もう知るすべはねえけどな。あの時、みなとがそういう事情も知った上で飲みこんで契約したのかどうかすら、あたしにはもう分からねえ。だって当の本人が忘れてるんだからな。

 

「それが始まりだ。事前情報として知っておくべき事実。そこから、時は飛んで数ヶ月前の事件、『初夜逃し』だ。

 

「一応、初夜逃しはみなとが心臓を穿たれて始まった事件として記録されてるからな。二週間暴れ回ったところからじゃねえ。

 

「因果を先に聞いていたら、分かりやすい事件だろ? みなとはいつかそうなる運命だった。誰にやられるかなんていうのは些細なことで、誰がやったとしても同じ結末だったろうしな。あの時、丁度良かったのがピエロの面を被った化け物だったってだけさ。

 

「結奈が過保護になる理由が、分かるんじゃねえか? あいつは契約の場に立ち会って、みなとの状態を知っていたからこそ、いつどこでみなとが死んでしまうかなんて分からなかった。だから自分が守らなければって、使命感に追われた。最終的に、自分の手元に置いておくのが一番だって行き着いたみてーだけど、それがあたしの意見とぶつかった。

 

「あたしは、自分にかかった契約を破棄、ならぬ解呪する道を目指した。自分の異象結界の中で、何年かかろうとも、みなととの縁を絶ちきることを目指した。まっ、六百年近く経ってもどうにもならなくて、結局みなとの因果発動が先だったんだから、今にして思えば結奈が言ってた『一緒にみなとを守ればいい』っていうのが正解だったってことになるんだろうけどよ。

 

「けど、あたしの費やした時間も全くの無駄だったわけじゃねえみてえでさ。実際、あたしが自分の世界で引きこもっている間は因果が薄れていて、みなとは安全に暮らせていたみたいだし。

 

「なのに誰かが、くっそ性格の悪いバカやろうが、仕込みをやったんだ。ミズチの鱗っていう、核爆弾みてえなアイテムをどこかは知らねえが引っ張り出してきて、みなとに送り込んだ。

 

「それがみなとの中にいるやつと呼応して、共鳴して、眠りを覚めさせるのに十分であることを知っている誰かがやったんだ。その黒幕をぶっ殺さねえと、これからどんどんやべえことになる。

 

「いや、その話はおまえらにする必要はなかったな。いらねえ情報まで喋るわけにはいかねえ。

 

「みなとの中にいるやつ? ああ、ミズチの方じゃねえぞ。そうか、それを知らないと分かりづらいか。じゃあ先にそっちを説明するか。

 

「ミズチは名前と権威を奪われた、蛇の神様だ。名無し同士お似合いって感じだが、そんなミズチにも『真名』がある。

 

弥都波能売神ミズハノメノカミ。それがミズチの真名だ。日本神話の原点、国も土地も神も作り上げたイザナミから産まれた水神。ミズチが蛇になる前の、本来の神であった頃の名前だ。格だけで言ってしまえば、日本最高位のアマテラスやツクヨミともタメを張れるレベルなんだよ。

 

「ただなあ、ミズチの過去はややこしくてしかたない。だから、いまみなとと一緒に行動している変態ロリの方を『ミズチA』として、そしてもう片方の、あたしを救った時にみなとが契約を交わした相手の方を、『ミズチX』としよう。

 

「ミズチAとXは名前も出典も一緒だし、同じ神から生まれた存在ではある。同一人物ではあるんだが、信仰を頼りに生きる神ってやつらは、いつの時代も複数の解釈をもたれて存在するからな。まあなんだ、お前らに馴染み深いもので例えるなら、ゲームソフトだとでも思えば良いんじゃねえか?

 

「最初にたくさん作られて、そこから先は世の人々に行き渡るだろ。中に詰まっている情報はどれも一緒だが、プレイしたやつごとにそれぞれ別の思い出を作りあげる。その思い出っていうのが、『信仰』ってやつだ。

 

「まあだから、すっげぇ短絡的に言うとだな。

 

「みなとは中身が一緒だが辿ってきた経緯が違う神を二柱、体の中に住まわせてるんだよ。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート