非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

011 暴走

公開日時: 2020年11月2日(月) 18:05
更新日時: 2021年11月20日(土) 12:09
文字数:2,462


「おお、巨人よ! 標的を生け捕りにしてくるとはよくやった!」

 

「おれ、がんばった」


 奴隷商人と思わしきふとましい男の声と、ノスリが楽し気に話している。

 二人の声はあたりに鈍く反響しており、水が流れる音も聞こえることからここは多分、下水路だろうか。


「やくそく、おれのなかまと、こうかん」

 

「……いや、まずそいつが本物であるかどうか確かめよう。なんせ今はよくできた偽物を掴まされることも多いからな、女巨人との交換はそれからだ」


 ノスリは無言で従い、肩で担いでいたをごとりと冷たいテーブルの上に置いた。

 まるでまな板の上に置かれた食材の気分だ。

 いったいこれからどんな調理をされるのか、おおこわいこわい。


「……おい巨人、こいつに付いている目隠しと手錠はどこで付けた?」

 

「おれがつけた」

 

「お前が? そのでかい図体でか?」

 

「おれ、けっこう、きようだぞ」

 

「……まあ、神の鍛冶屋である巨人なら、できるものなのか……?」


 僕の全身を拘束しているものが誰に付けられたのか、奴隷商人は怪しんでいる。


 そう、いま僕は黒く厚い布で目隠しされ、口にはさるぐつわ、両手には手錠、足はひもでぐるぐるに縛られている。

 まさに、がんじがらめな生け捕り状態だ。

 耳には何もつけられていないので、音だけは聞き取れる。


 傍から見れば、全く動けない状態であることはたしかだ。

 それは、ただの人間である場合の話だが。


「まぁ、まず顔を確認するか」


 目元を覆っていた黒い布が外される。

 ようやく解放された視界の先には、ぶくぶくと肥えている、いかにもといった風貌の奴隷商人がいた。


「ふむ、写真と違いはない。髪色が少し青い気もするが、半神の弊害が表面化してきたということか?」


 そういって商人らしき男は、僕が着ていた上着に手をかけて脱がし、裸となった上半身を確認する。


「おお、間違いないようだ」


 どうやら、僕の心臓近くの肌を見て確信したようだ。

 人肌の皮膚ではない、歪に浮き上がる、うろこに覆われた左胸を。


 商人は興奮を抑えられないのか、舌なめずりをしながら下卑た笑みを浮かべている。

 よだれが口の端から垂れており、吐き気を催すひどい口臭が漂ってくる。


「たいしたものだ、巨人よ」

 

「おお、じゃあ、はやくこうかん」

 

「まあそう焦るな。女巨人はなかなか良い身体を持っておるからな、売り物は安全な場所で保管してある。ここにはいない」

 

「それ、やくそくとちがう! すぐこうかんって、いった!」

 

「ああ待て待て、怒らせるつもりはなかったのだ。お前だって、仲間である巨人が危険な目に合うのはいやだろう? だからワタシが丁重に扱っておったのだ」

 

「ほんとう、だな?」

 

「もちろんだ、ワタシは契約は守るさ。まずはこいつを引き取ってここから撤収し、明日の夜、お前のいる森で女巨人を引き渡そう。引き渡しをする者はワタシではないから、そこだけ覚えていてくれよ?」


 ……なるほど。

 こいつは仲介役にノスリの仲間を引き渡し、自分はとんずらするわけか。


 個人ではなく、組織の一員かもしれない。

 けれど、もしかしたら何も知らない奴にやらせる可能性もある、か?


 いや、まだ分からない。

 ここで動くのは、まだ早い。


「しかし巨人よ、お前はよくこいつを生け捕りにできたな? これの姉は、あの『黒橡くろつるばみ方舟はこぶね』トップランクの殺し屋、神楽坂結奈かぐらざかゆなだと聞いている。身内に手を出すだけで、末端組織まで根絶やしにする冷徹な殺し屋だと聞いていたが、追われなかったのか?」

 

「こいつ、あねと、けんかしてた。そこをおれが、さらった」


 いい嘘だ。

 間違いではない。喧嘩っぽい言い争いをしていたのは本当なのだから。


「そうか、ならさっさと消えないとな。いつ勘づくのかもわからん」


 奴隷商の男は、ポケットから小瓶を取り出した。

 そのなかには炎のような色の雲が浮き沈みしており、陽炎が瓶の周りで揺らめいている。


 それが。

 その小瓶の中にある雲が。

 僕の目には、あまりにも。


 おいしそうにみえた


 * * *



「お、おい! 巨人! こいつはなんだ!? 拘束できてないじゃないか!?」


 奴隷商人が甲高く、情けない悲鳴を上げたのが聞こえたころには、僕は男が持っていた小瓶をバリバリと食べていた。


 口の中がガラスの破片で傷が生まれ、血が湧き出てきても、その鉄の味すらうまい。

 けれどそれ以上に、小瓶の中で漂っていた炎の雲が、わたあめみたいにおいしい。


 いままで食べてきたどんな料理よりも。

 いままで喰ってきたどんな生物よりも。

 

 脳が震え、舌が喜び、食餌を楽しむ。

 甘美で、麻薬に犯されるような快感が、全身に満ち満ちていた。


「お、おいおいおいっ! なんだこの化け物はッ!? これが神が乗り移った人間なのか!?」

 

「お、おれにも、わからない!」


 ああ、なんだか。

 かわいらしく鳴いている肉がいるな。


 一匹はぶくぶくと太って、脂が乗っていそうだ。

 一匹は図体がでかくて、ぎっしりと肉厚だろう。


 うまそうだ。

 おいしそうだ。


 とっても、食べ応えがありそうじゃ。


「みなとッ!」


 聞き馴染んだ声が、重い銃声と共に、こちらへ直進してくる。

 咄嗟に銃弾を避けようと体を捻ったが、腕にかすって鈍痛が走る。


 痛みにうめく暇もなく、銀髪の女がエルボーをかけてくる。

 避けるまでもないと、手で止めようとした。だが、女が繰り出したとは思えないような質量が腕を襲う。


 銃創を中心に骨がぴきぴきと割れてしまいそうな圧に耐え切れず、受け流すようにくるりと体の芯を半回転。


 そのまま裏拳を繰り出すが、女はしゃがんで足払いをしようとしているのを視界の端でとらえ、避けるためにその場で地面を蹴り、宙に浮く。


 銀髪の女の手には、銃の弾丸が握られている。

 弾を込めなおすまでは銃の脅威はないと考え、宙に浮いている体組織の重心を女へ定めて、両手で握り拳を作り、振り下ろす。


「慢心、浅慮、未熟。全部合わせて、減点よ」


 ぎらりと、銀色の火花が女の持っている弾丸から、はじけ咲いた。

 真下から重力を逆らって撃ちだされた銀弾は、こちらの顎をアッパーのように突き上げる。


 脳震盪のうしんとうを起こすレベルの衝撃と共に、ふわりと浮き上がる感覚が全身を襲い、一瞬で目の前が白くなった。


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