非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

042 ヴァンプヴァージン

公開日時: 2021年3月17日(水) 21:00
更新日時: 2022年1月12日(水) 09:50
文字数:3,476


「……おかえり」

 

 にたりと不敵な笑みを浮かべながら、ミズチはぬるりと僕のそばに現れた。

 戸牙子は驚いて椅子から転げ落ちる。

 

「み、みなと! 来るなら来るって事前に言ってよ!? びっくりするじゃない!」

 

「ミズチ、戸牙子にごめんなさいは?」

 

「ごめんなちゃい」

 

「もっと真摯に」

 

「ごめんこうむる」

 

「それは意味が違ってきてる」

 

 さてはミズチ、桔梗トバラのリスナーだな、プロレスといじり方をわかってるぞ。

 

 あ、違うか。

 僕が見てるからミズチも否応なしに見てしまってるんだった。

 うーむ、これは思わぬ布教活動をしていたことになるのかな。

 神様に布教ってのも、笑える話だけど。


「収穫はあった?」

 

「ふむ、教えて欲しいか?」

 

「……うん」

 

「そうかそうか、どうしてもか?」

 

「なんでそんなもったいぶるのさ。言っておくけど、ミズチと取引できる材料は今手元にないよ?」

 

「いやいや、目の前におるではないか」

 

 そういって、ミズチは視線を戸牙子に移す。

 戸牙子は不思議そうにきょとんと首をかしげるが、残念なことに僕はミズチの心中を察してしまう。

 

「ちょっと……姉さんの血あげたでしょ?」

 

「それは『力を貸す』取引で、じゃからな。情報を教える取引としては、足りんなぁ」

 

「このクソ神……」

 

「矛盾してて草、じゃ」

 

「帰ったらもう一度姉さんの血で、だめ?」

 

「それはさっきの契約のうちに入っておるだろう? 取引ができんというなら、わしの機嫌で六戸に関する情報はどうとでもなってしまうのぉ」

 

 血、という単語で察したのか、戸牙子は気づいたようで、もじもじと視線を落とす。

 あれ、もしかして恥ずかしがっている……?


 まあ、僕が処女厨であることも、処女の血でミズチと取引していることも知っているわけだし、神様が求めているものも察してしまえたのだろうが。

 

 なんでそこまであからさまに頬を染めて、恥ずかしがっているのだろう?

 

「かかか、愛い、愛いなあ」

 

「頼むってミズチ、今は我慢してよ。また今度、逸品十段チーズバーガー食べさせてあげるから」

 

「なにっ! それは魅力的な提案じゃが……ぐむむ……い、いや! 今わしはこやつの血が飲みたいんじゃ! 銀のまじった結奈の血ばっかりは飽きたんじゃ!」

 

「本音はそれか……」


 悲痛な吐露に反応するように、うつむいていた戸牙子が顔をあげて、ミズチへずいと詰め寄った。

 

「それは、たしかにまずいよね! 鉄の味が染み付いたのは、なんか自然物すぎるっていうか!」

 

「そう、そうなんじゃ! こやつの姉の血は、素材の味が活きすぎて未調理並みの味気なんじゃよ!」

 

「生野菜をドレッシングなしで食べるみたいな!?」

 

「もっとひどい! 皮や芯ごと食べるような感覚じゃ!」

 

「ひどいっ、かわいそう……!」

 

 なんでこんな吸血トークで盛り上がるんだよ!

 思わぬところで接点見つけてるんじゃないよ!

 

 かと思ったら、ミズチは戸牙子の耳元に近寄って馴れ馴れしく囁き始める。


「のぉのぉ吸血鬼、ここはお前さんが一歩先を行けるのではないか?」

 

「えっ、それは……」

 

「吸血の意味を知らんわけではないじゃろう? お前さんは攻めの手を打つべきなんじゃよ」

 

「で、でも……」


 こそこそと寄り添って話しているが、なぜ戸牙子が恥ずかしがっているのか、意味が全くわからない。

 

「ねえ戸牙子、無理しなくていいよ? こんな変態神様の言うことなんて聞かなくて。時間かかるかもだけど、僕がお兄さんに直接会って聞き取るし」

 

「……いいわよ」

 

「へ?」

 

「あたしの…………血を………………」

 

 意を決するように、迷いを振り切るように。

 

「す、吸って、いいわ、よ…………!」

 

 ほとんど叫びに近い声をあげて、許可してくれた。

 隣でミズチが不敵な笑みをまして、「かかかか」と凄惨な高笑いをし始めた。

 うるさいなぁと思いつつ、本人からの了承をもらえたのなら遠慮はしなくていい……のだろうか。

 

 戸牙子の顔はゆでだこのように真っ赤になっていて、今にも爆発しそうな勢いだ。

 まるで初夜を迎える前の女の子のような、大げさな恥じらい方に疑問を覚えつつ、歩み寄って両肩に手を乗せる。

 

「ひゃっ……!」

 

「……えーっとさ、本当に大丈夫? 血の巡りは良さそうだから、多分一瞬で吸い終わるけど」

 

「い、いやいや! 時間かけていいのよ!? ゆーっくり、味わうように、ちゅうちゅうしてくれて!」

 

「綺麗な肌にそんなことしたくないって……キスマークだって残るし」

 

「あ、あたし吸血鬼だから再生早いし! だからみなとのペースでのんびり長く吸ってくれていいの! 具体的に言うと三十分ぐらい!」

 

「長すぎでしょ! 普通の食事並みじゃん!」

 

「そうそう! 食事だと思って、ね!?」

 

 なぜここまでまくし立てられるのか、聞いてみたら早いのだろうけど。

 ま、さっさと吸ってミズチを満足させる方がいいか。

 

 吸血鬼にとって血がどれくらい大事なのかはわからないが、ハーフだし体から抜き過ぎてしまうのもよくないだろう。

 ほどほどに、適量を吸う感じで。

 

「じゃあ……まあ、いただきます」

 

「ひゃ、ひゃいっ!」

 

 戸牙子の細い首筋へ狙いを定める。

  

 あむり。

 

 ぷつりと、傷のない肌に一点、血液の溢れ出す源泉が作られた。

 

「ふあぁぁ……」

 

 とろんと惚けた声をだして、戸牙子はだらりと椅子に身を預ける。

 吸血体勢が崩れるのをふせぐため、自然と僕の手は彼女の体を支えるように、もっと言うなら抱きつくようになる。

 

 首にぐいぐいと押し込むように舌先を吸い付けて、口内に紫の血が広がる。

 

 とんでもない美味さだった。

 思わず我を忘れ、彼女の提案通り三十分ほど吸い続けたいぐらいには、悪魔的な味だ。

 

 血の味、というより中身に宿っている神性がうまい。

 基本的にミズチの処女好きは「初物好き」とも言え、最初にありつけたのならそれは極上の美味につながるだとか。

 

 戸牙子は今までぼっちだったことからも、間違いなく処女であり、しかも一番乗りであるからこそ、神聖な美味に繋がっている。

 

 多分姉さんの血も、最初はこれぐらい美味しかったんだろうなぁ。

 僕の意識が消えてる時の出来事だから、残念ながら味は覚えていないのだが。


 

  

「おい、もうお腹いっぱいじゃ。それぐらいにしてやらんと吸血鬼が気絶するぞ」

 

「え?」

 

 ミズチに背中を叩かれて気付き、首筋から離れると、戸牙子は白目を剥いて陸に打ち上げられた魚のように痙攣していた。

 

「わあぁ!? ごめん戸牙子! え、ミズチ、僕どれくらい吸ってたの!?」

 

「一時間」

 

「さっさと気づかせてよ!」

 

「熱烈な営みを邪魔するのもなぁと、配慮したつもりなんじゃよ? ま、さすがに日が昇ってきたからの、吸血鬼は眠るべきじゃろうて」

 

 掛け時計で時刻を確認すると六時十二分で、オレンジ色の綺麗な朝焼けが、部屋に差し込み始めていた。

 

「……ね、寝かせてあげたらいいかな……?」

 

「気絶してるようなもんじゃし、それでいいのではないか?」


 たしか寝室は、別の部屋だったはず。

 彼女の体を抱きかかえて部屋まで連れて行き、布団を広げてそっと寝かせる。

 

 まだ体に余波が残っているのか、時折びくっと跳ねる。

 ごめんな戸牙子……起きたらちゃんと謝るから……。

 

「わしより夢中になってたのぉ、むっつりスケベ?」

 

「誰の所為だよ」

 

「いやいや、あれぐらい欲望に忠実に生きる方が楽じゃぞ?」

 

「楽を取るのは楽以外でクリアできる条件が整っている時だけだよ……。先に楽をとってどうするのさ……」

 

「生真面目じゃのぉ、どうしてそこまで己を律しようとするんじゃ?」

 

 本当に純粋な疑問らしく、えらく真面目に聞いてきた。

 

「……僕はさ、誰かの世話になるのってあんまり好きじゃないんだよね。まぁだから、ひとりで完結できるように、って感じ」

 

「ははぁ、虹小僧の言い分がよくわかるのぉ」

 

「虹小僧……? え、ミズチ、虹羽さんのこと区別できるの?」

 

「あんなに目立つ蝶はさすがに覚えてしまうのぉ」

 

 ミズチはあのおっさんを平然と蝶に例えたが、あの人はそんな綺麗なものじゃなくて、カメレオンとかじゃないか?

 

「って、そんなことはどうでもいいよ。さあミズチ、六戸の情報を洗いざらい吐いてもらうよ」

 

「……まて」

 

「なにさ? 一応これは取引なんでしょ? それを反故にするつもりなの?」

 

「…………わしはな、取引と契約は守る。お前さんら人間と違って、わしらは決まりごとにうるさいからな。だからの、これは言ってしまえば、わしのわがままを聞いた、ほんの褒美とでも思え」

 

 あまりにも辛気を帯びた声色に驚き、振り返ってミズチを見ると、神妙な面持ちをしている。

 彼女の口から放たれた褒美とやらは、僕がリスクのある「神足通」をためらい無しに行使する大義名分になった。

 

「六戸、じゃったか。あやつがいま、何者かに襲われておる

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