非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

044 禁忌の受肉

公開日時: 2021年3月22日(月) 18:00
更新日時: 2022年1月14日(金) 10:52
文字数:3,965

 

 寝かせたはずの戸牙子は、交戦していた僕らの真上で翼をはためかせている。

 戦闘の騒ぎを聞きつけたのか、それとも起きて傍に僕がいなかったから、不安になって追いかけてきたのか。

 どちらにせよ、六戸に手を出そうとする人間の前に現れてしまったのは、タイミングが悪すぎた。

 

「な、なんで、お、お兄ちゃんが……みなと! どういうことか説明しなさいよ!?」

 

「戸牙子! 降りてくるな!」

 

 きん。

 

 仕込み杖の閃光が走り、轟音と衝撃波が空に向かう。

 それは戸牙子の片翼を正確に切り裂き、紫色の血が吹きだす。

 空中でバランスを崩し、重力に逆らえなくなった戸牙子が悲鳴もあげずに落ちてくる。

 

 僕は彼女の落下地点に左手で狙いを定め、水のクッションを広げて衝撃を抑える。

 そのまま水を球体にして戸牙子の全身を覆って守り、六戸の近くまで退避させる。

 

 同時に、右手で老人に狙いを定め、針のような水の弾丸を撃ちだし、狙い撃つ。

 武装破壊のために杖に向かって一点集中の攻撃にしたが、それを老人は破壊しようとした杖で難なく受け止め、なぎ払う。

 

 怪異だったら見境なしに殺しまくるのか、こいつは……!

 暗殺者よりタチが悪い、殺人鬼じゃないか。

 

「鬼が二人、なかなか悪くない収穫だ」

 

「……吸血鬼ですら鬼とかいいだすのかよ、あんた。悪魔でも殺しそうだな」

 

「人の仇を殺すのが、ワシの仕事だ」

 

「自分の都合ばっかりおしつけるなよ!」

 

 うるさい口を黙らせたいというのもあった。

 僕は老人の体を覆い尽くす量の水球を仕向けるが、それをたった一閃で薙ぎ払われ、はじけた水球が飛び散って地面へしみ込む。

 

「戦い方がぬるい。行動不能を狙う峰打ばかりでつまらん」

 

「……本気を出したらあんたがすぐ死んじゃうからだよ」

 

「出してもいない本気を語るなど、鬼が笑うぞ」

 

「笑えるか、人間風情が」

 

 ぱり

 

 ぱり

 

 ぱり、ぱり

 

 胸のあたりに熱の持たない何かが、這い寄ってくる。

 人肌の体温が、熱を持たない違うものへと変わり果てていく。

 

 視界のなかでさらりと流れる前髪の色が透けていき、深い青色だったものが、もっともっと透明な水に近いものへと変貌していく。

 まるで、ミズチの髪とよく似たような、空色に。

 

 そして、額の上から異物がぐぐいと生え出すような感覚を覚える。

 

「その角……いよいよ人間ですらなくなったか。これで遠慮はいらん」

 

「遠慮する余裕があったなんて、人間なのに失礼なんじゃないの? 本気をだせよ」


 地を蹴って真正面から肉薄。

 僕の背中には守るべき者がふたりもいる。

 この老人の視線を通してはならない。

 

 右手で作った握り拳は届かなかった。

 なぜなら、僕の肩から先が一瞬で切り落とされたから。

 

 しかし、その程度じゃ僕は止まりはしない。

 どうせすぐ再生するんだから。

 

 額の方に芽生えた不快感を打ち消したくもあり、跳躍のスピードを乗せたまま頭突きを繰り出す。

 これはさすがに予想できなかったのか、老人はもろに食らってそのまま真後ろに吹っ飛んだ。

 

 ごす、と一瞬だけ何か刺さるような感覚があったが、どうやら僕の頭に六戸のような角が生えているようだ。

 しかし、今はそんなこと気にする必要はない。

  

 大地を蹴って、木に打ち付けられて止まった老人へ一直線に飛ぶ。

 さすがに追撃を対処してくると予想して、ピストルサイズの水の弾丸をいくつか、身の回りに浮かせておく。

 もし素手の攻撃が届かなくても、体を抑えれば弾丸で攻撃することも可能だ。

 

 腕も再生完了。

 ぬるりと生まれ変わった腕を胸前で掲げて、盾代わりにする。

 本命は左足での蹴りによる、武器破壊だ。

 

「――白式――」

 

 老人がぼそりと言ったそれを聞き取ってしまったのが、一瞬の判断ミスに繋がってしまった。

 なぜなら、白式は怪異殺しの業であり、人間の僕にそれは効くわけがないと高を括って、迷いなく突撃してしまったから。

 

弥生奏葬やよいそうそう

 

 フラッシュをたかれたように無数の閃光が走った。

 それは全身を包みこむ演奏のように、一瞬でありえない数の裂傷を生み出して駆け巡る。

 傷口からはぶしゃりと血が吹き出て、視界まで血まみれになる。

 

「がっ……! げほ、げほっ……」


 しまった。

 白式の絶対条件は、人間には効かないこと。

 だから多人数戦でも、人間とパートナーを組むなら誤射に気を使う必要がない安全な型だが。

 

 今の僕は、神寄りなのだ。

 怪異にしか効かない白式が効くのは、当然の摂理だった。

 

「はぁ……一度で決めれんとは、ワシも年か」

 

 老人はゆっくりと立ち上がり、目の前で土下座するようにへたり込んだ僕の頭を、杖でこづく。

 

「どうした、なりそこない。本気を出すのではなかったのか?」


 再生ができなかった。

 この程度の切り傷、ミズチモード中ならいくらでも回復できるはずなのに。

 

 これが、この老人の白式か。

 殺傷力の高さは白式すべてが持つ強さであることは間違いないが、こいつの白式は回復力を極端に落としてじわじわ殺すタイプということか。

 姉さんの即死タイプとはまた違う、毒のようにいやらしい性質だ。

 

「さっきからワシの戦闘不能ばかり狙うやり方、どうにもお前はちぐはぐだ。そこまで圧倒的に御せる力を持っていながら、自分の枷を外しきれていない」

 

「関係、ないだろ……戦い方なんて、人それぞれだ……」

 

「だから、戦いですらないと言っている。お前のやり方は殺し合いではなく、戦いの中での対話だ。実戦はプロレスやアニメとは違う」

 

「は、ははっ……ダッサイな、全部ばれてるじゃん」

 

「戦争を知らん奴は理想論ばかり口にする。何も知らん世界で何でもうまくいくと信じきっている。気に入らん」

 

「夢を見ようとして、何がわるいんだよ……」

 

「お前の理想は、曖昧だ。どっちつかずの優柔不断、最適解ばかり求めようとする臆病な姿勢。それで何が叶えられる? 力の使い方をわからん奴が、力に溺れる。典型的な若者だ」

 

「はっ、そうかよ……。僕が典型的な若者だったら、あんたは夢を見ることを忘れた、寂しい老人だ……!」

 

 頭の中で相棒に語り掛ける。

 

 ミズチ、取引だ。

 地面に落ちている、切れた右腕一本、くれてやる

 

 だから、六戸と戸牙子を。

 この場から、逃がしてやってくれ!

 

『かかかか! よいぞみなと、取引成立じゃ』

 

 今まで六戸と戸牙子のそばにいたミズチが、脳内での意思疎通に答えた。

 

 これは、危険な取引だ。

 姉さんからも、虹羽さんからも、方舟に所属すると決まった時にも再三「これはやめておくように」と忠告されている取引。

 血を吸うことはぎりぎりセーフでも、僕の肉体を差し出すのはほぼアウト。

 

 なぜなら、ミズチの目的が受肉だからだ。

 

 切られて転がっている僕の右腕を『食う』ことで、ミズチは右腕が受肉する。

 もう心臓すら差し出しているというのに、これ以上人間の肉体を差し出したら、急な変化でどういった影響が起こるのか未知数だから、禁止されている取引。

 

 だからこそ、ミズチはこの取引を持ち出せば、何のためらいもなく、言うことを聞いてくれる。

 取引の切り札、ジョーカーカード。

 最後の一手は切った。このあとは、相棒に任せるしかない。

 

 ミズチは、地面に転がっている僕の右腕をふわふわと浮かせて近づけ、そして迷いなく、食べた。

 

 ばりばり、がりがり、ずりずり、ごくり。

 

 肉と骨が擦り切れる咀嚼音と、湧き出る血を吸い尽くして飲み干し、あっという間に食べきる。

 至福の時を終えたように恍惚の笑みを浮かべ、目の色が変わる。

 いや、蛇の眼が妖光を灯す。

 

 ミズチの周りに揺らめく流れは、澄んだ水のように美しく、なのに全てを呑みこんでしまいそうなおぞましさがあった。

 逆らうことも恐ろしく、見据えることすら躊躇うような圧倒的な神としての片鱗が、暗く深い海のようにあたりを包み込む。

 


 

「お前っ、受肉を!」

 

 老人は先ほどまでの余裕が崩れ、ミズチに向かって走る。

 が、間に合わなかった。

 

 ミズチは大きな水の膜で傍に居た六戸と戸牙子を覆い隠し、そのまま地面へしみ込むように消え去った。

 

「な、なんという……お前、自分が何をしたのかわかっているのか!」

 

「そうせざるを得ない理由と状況を作ったのは、あんただよ」

 

「これだから小僧は……! 自分の行いの責任を持てるのか! ええ!?」


 刀の閃光が飛んでくる。

 あの衝撃波は僕の水も切り裂いてきた、ということは、防御も無理だろう。

 再生が追いつかず、動けない状態の僕では、よけることもできない。

 

 ああ、嫌だな。

 死にたくないな。

 半神半人になってからそれなりに覚悟を決めていたつもりだったのに。

 

 まだ、戸牙子と六戸を助けきっていないのに。

 最後まで見届けていないのに、ここで終わるなんて。

 

 嫌だよ。

 死にきれないよ。

 

 未練も、未遂の仕事も残っているのに。

 こんなところで、終わるなんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わらせんぞ」

 

 鬼兄妹と共に消えたはずのミズチが、僕の前に立って右腕で、篠桐の放った衝撃波を薙ぎ払った。

 

「お前さんがいなくなったら、わしが悲しむ」

 

 ピンチに現れるスーパーヒーローどころか、神様に見えた。

 いや、そういえば神様だったな、中身変態だけど。

 

「ゆくぞ、みなと」

 

「……え、どこに?」

 

「ふっふっふ、聞いて驚け。未亡人のところじゃ」

 

「……僕、もしかして頭にダメージもらったのかな? 幻聴が聞こえた気がするから、ちょっと目覚ましに冷水でもかけてよ」


 ぷしゃっ、とミズチは右手の平から南極の水かと思うぐらいの冷水を僕の顔面にぶっかけた。

 うん、これで脳は覚めた。容赦も躊躇いもない、クールな神様だよ。

 

「もう一度聞くね、どこいくって?」

 

「未亡人のところじゃ」

 

「もうやだこの神様……」

 

「ほらほらさっさと逃げるぞ、ジジイの相手なんぞ趣味じゃないからのぉ」

 

 そういって、彼女は僕の額に右手をあてる。

 冷たい手が気持ちいいと感じるころには、視界が水に包まれた。

 この感覚は、虹羽さんにもらったネックレスを割った時同じ。

 

 時間や場所の概念を飛んで、固有の世界を通って場所移動をする、神足通とは違った特殊な移動法だった。

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