非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

112 旧友

公開日時: 2021年9月8日(水) 21:00
更新日時: 2022年6月22日(水) 00:42
文字数:4,596


 銃声は鳴った。トリガーも引いた。

 だが、目の前の吸血鬼は、無傷だった。

 

「な、なぜっ」

 

「どうして……」

 

 お互いが、お互いの反応に驚いていた。

 私は確実に決めた。霞さんの油断につけいる形で、「シルヴァ・ストライク」を撃ち込めたはずだ。

 それは彼女も、同じようだった。

 

 完全に急所を貫通するように撃たれたはずなのに、自分の体に傷が生まれていないことに違和感を覚えているようだった。

 

「いやはやお見事だったねぇ、結奈ちゃん、ロゼ。こんなに白熱した決闘、『巴VSローゼラキス』の時以来じゃないかなぁ?」

 

 胡散臭い中年男性の声。

 何でも見透かしたような、神経を逆なでするなよなよした男の声が、私たちの耳に入り込んだ。

 

「あの吸血鬼王の末裔と、今は眠る鬼神の姪っ子との対戦カード。これを実況中継できたら、いろんなところが儲かっただろうね!」

 

「虹羽先輩!?」「ヤノ!?」

 

 キラリと、虹色のサングラスが光る。にやりと薄気味悪い笑みを浮かべるさまは、この世で一番嫌いな男性として取り上げるのに迷いもしないだろう。

 どうして、ここに。

 なぜ、この結界内に入って来られたのか。

 

「やあ、ロゼ。それ以上やるつもりなら僕が相手になろう。だからゆっくり、結奈ちゃんの首を縛るその手を、離しておくれはしないか?」

 

「……命の恩人のつもり? あんた、私の決闘を何度邪魔すれば気が済むの!」

 

「だーかーらー、僕がいくらでも相手になってあげるって再三常々さいさんつねづね言ってるじゃないかー」

 

「あんたの戦い方は燃えないのよ!」


「そうかい? これでも努力はしてるんだけどねぇ」

 

 ぷんぷんと、そういう擬音が似合いそうなぐらいに、霞さんは虹羽先輩に向かって怒鳴る。

 先ほどまで必死にしのぎ合っていた嘘のように、彼女の顔から慄くような剣幕が消え去っていた。

 

「結奈ちゃん、大丈夫か」

 

 ふと、今度は私のそばに、目の前のグラサン男とはほど遠い、甘美な声が入り込む。

 ワースト一位が虹羽先輩なら、その人の声はトップ一位。へたり込んだ私に寄り添ってきたのは。

 

「お、叔父さん……」

 

「よう」

 

 空木叔父さんが、顔全体を隠す狐面を被りながら、私の肩に手を置いた。

 慌てて髪に手櫛を通して、服装を見直すが、乱れきった姿が数秒程度で直るわけもなく。

 

「ゆっくりしとき、面倒話は大人がするからな」

 

 狐面のせいで表情は見えないが、声色から優しさが感じられた。

 

 大人、か。

 私はまだ、この人から見たら子供なのだろうか。

 

 立ち上がった空木叔父さんの隣で、虹羽先輩と霞さんは問答を続けていた。

 

「だから! あんたに協力してやった覚えなんてないのよ! いい加減、遠回しに恩を売る行為をやめろっていってんのよ!」

 

「精一杯の恩義なんだけど、なんだか君は昔から頑固というか強情というか……。ロゼさ、僕らは一度、共に戦った同士だろう?」

 

「ふん! あんなの共闘のうちに入るわけないわよ! それとロゼ呼びをやめろ!」

 

「ええー? 良いじゃないか、今の名前も良いとは思うけど」

 

「あーいやいや! 私をロゼって呼んでいい枠組みにあんたを入れたくないっ!」

 

「ひどい嫌われようだ、僕泣いちゃうぜ?」

 

 ……目の前で虹羽先輩と話しているのは、霞さんなんだよな?

 なんというか、王女としての威厳も、母親としての気品もない。

 包み隠さず言ってしまえば、少女というか、同級生の幼馴染みと絡む学生のような。

 

 ああ、そうか。

 このような光景を、私は知っている。

 虹羽先輩と霞さんが遠慮無く話しまくる関係性が、私のよく知る二人と似ている。

 高飛車なようで、実は繊細で、すべてをつまびらかにしてぶつかり合う。

 

 戸牙子ちゃんと、みなと。

 二人が遊んでいるときの会話を、間近で見ているようだった。

 

「でもまあ、感謝させてよ。今回の件は、君の異象結界による陽動がなければ、かなり危なかった」

 

「……なんのことかしらね」

 

「お、とぼけちゃう? 感謝されるのがむず痒くて仕方ない君の性根がうずいちゃう?」

 

一回ぶっ殺すわよ

 

「あはは、まあ遠回しにしか感謝できないのが、僕の性根だ。悪いがそういうものだからね」

 

「知ってる。だから嫌い」

 

「そうか、僕は君のこと好きだぜ」

 

「寒気がする」

 

 二の腕をさすりながら、霞さんの顔色が悪くなっていた。

 失血するより、虹羽先輩の言葉の方が効くなんて。いや、私も一緒だけど。

 この人に「好き」なんて言われた暁には、ニューロンの隅々まで行き渡る記憶をリセットしたくなる。

 

「んでだ、本題に入ろうか。改めて紹介しよう。この狐面の男は、灰蝋空木って言うんだ。巴の弟だって言えば、分かりやすいかな?」

 

「ああ、そう……って、え? 『三会抹殺』の?」

 

「そ、あの灰蝋空木」

 

「どうして、ここに連れてきたの?」

 

「彼の所属は、『月白の庭園』だ」

 

「……ああ」

 

 所属している組織を言われただけで、霞さんはすべてを悟ったように納得し、じろじろと空木叔父さんを見る。

 厳密には、叔父さんの付けている仮面の方を。

 

「その面は、私に顔を覚えてもらわないためでしょうか?」


「はい、王女様。自分の因果は、お互いの対面が条件にあります。ローゼラキス様との対立を、自分は望んでおりませんので、誠に申し訳ございませんが、このような姿で失礼いたします」

 

「それはあなたの意思かしら? それとも組織の決定?」

 

「自分の個人的な意思であります。組織の介入は、ございません」

 

「それをどう信用すればいいのでしょうか? あなたが持ち帰る情報がどこかで漏れたら、私はあなたを最初に恨まざるを得ません」

 

「構いません。そのために、これをお持ちしました」

 

 そう言って叔父さんは、片膝をついて持っていた細長いアタッシュケースを開いた。

 その中にあったのは、「刃を仕込まれた杖」だった。

 

「あ、それは!?」

 

「はい。これをローゼラキス様に、預かって頂ければ」

 

篠桐宗司しのぎりそうじの、杖……!」

 

 篠桐宗司。

 思い出した。世界から抹消されていた情報が、目の前にある遺物のおかげで、今だけ浮かび上がった。

『月白の庭園』を事実上統率していた「おかみ」に所属する幹部であり、怪異殺しを積極的に行ってきた殺し屋でもあり、みなとの前で殺された、老人。

 

「ああ……思い出せた。忌まわしきあの老人の名前が……!」

 

「篠桐宗司の死は、私たち月白の庭園にとって浮き彫りにしたくない凶報です。庭園の在り方を変えるために必要不可欠ではありましたが、時期尚早というのが本音です。変革にはまだ時間がかかるでしょう」

 

「……それまで、私にその情報を預けると?」

 

「はい。内部崩壊をいくらでも起こしうる爆弾を、ローゼラキス様に預けたく存じます。あなたの一存で、それこそ恨みを晴らすために、いくらでも利用して頂いて構いません」

 

「それが、あなたなりの信頼の売り方ですか。潔いわ、さすがに血筋を感じるわね」

 

「お褒めにあずかり、光栄でございます」

 

 静かに、霞さんはアタッシュケースに近寄る。

 空木叔父さんは、片膝をついたまま一歩下がり、頭を垂れる。

 

「…………あなた、灰蝋空木だったかしら?」

 

「はっ」

 

「巴の弟さん。いつか、私と決闘をすると、約束していただけませんか」

 

 地面に顔を向けたまま、叔父さんは無言だった。

 

「その条件をのんでくれるのなら、この杖は私、『山査子霞』が引き受けましょう」

 

「はっ、約束いたします」

 

 叔父さんはアタッシュケースを閉じて、両手で献上するように持ち上げた。

 にこりと微笑んだ霞さんは、アタッシュケースを翼で持ち、上空へと持ち上げた。

 ある程度空まで上がったケースが、「夜霧の帳」の闇へと吸い込まれていき、とぷんと音を残して消え去った。

 

「お顔は見せてくれないのかしら?」

 

「自分は、三度目に本領を出せますので」

 

「あらそう。ならそれ相応の、場を整えないとね」

 

「はっ、善処します」

 

 笑いながら嘆息した霞さんは、今度は虹羽先輩へ向き直る。

 

「それで、ヤノ。この先どうするつもり?」

 

「まずはみなと君の捜索と救出かな」

 

「そうじゃなくて。そんな目先の話ではなくて」

 

「目先のことしか言えないよ。僕ら老害ができることなんて、それだけなんだよ」

 

「……なすがまま、っていう在り方、気に入らないわ。その癖、あんた自身はあらゆる根回しをしているのだから」

 

「お、心配してくれるのかい? ママになって優しくなったじゃーん?」

 

「…………無理はしないで」

 

「え、ちょっと待って!? 僕こんな王道すぎて飽き飽きするような金髪吸血鬼ツンデレ王女に、マジで初めてなんの誇張もなく、デレられた! おいおいおい、生きてると良いことあるなぁ!」

 

「ぜっっっっっっっっっっったいに、二度と私の目の前に現れないで

 

「おうふっ! デレのあと入るツンは効くなあ! ギャップ萌えどころじゃあないぜ! 燃え盛る激情だ!」

 

 私含め、三人の冷めた視線がわめく男に刺さり込む。

 だが本人はいたって気にしていないのが、気持ち悪い。


「ま、お冗談はこれぐらいにしようか。結奈ちゃん、君に責任を問うつもりはない。君はロゼから仕掛けられた、だから迎え撃った。それだけ。逆にロゼ、じゃなくて、霞。君はこれ以上目立つことはしないでくれ。存在が公になったとは言え、情報が出回るのには時間がかかる。いや、かからせる。だから落ち着いて、君は静かに隠居してくれたらいい」

 

「そのつもりよ」


「ルビーネだっけ、あれは結奈ちゃんに渡しておいていいんだよね?」

 

「ええ、害となる仕掛けはないわ」

 

「でなければ、玉泉だって仕舞えないだろうしね。そこは信頼してるよ。結奈ちゃんを気にかけてくれて、ありがとう」

 

「別に、私が気に入っただけ」

 

 ちらりと、霞さんは私を見据えてきた。

 

「結奈さん、『傷は自分が治すもの』よ。誰かの力を奪ってなんて、やめておきなさい」

 

 吸性の白式で、私の左手を治療するのはやめておけと、釘を刺された。

 そして、大きな溜息をついて腕を組んだ。

 

「はあ……まったく。せっかく気折れしたトバラを気付けして、配信させたっていうのに、アーカイブ残してるかしら……」

 

「あ、僕録画してるよ」

 

「……え、聞き間違い? 今日の桔梗トバラのゲリラ配信、録画してるの?」

 

「うん、切り抜きやってるから癖で」

 

「切り抜きって、編集は? 字幕までやってるの?」

 

「たまに絵も描くよ」

 

「どんな?」

 

「パラパラ漫画形式の、ちょっと少女漫画寄りの絵柄なんだけど」 


「少女漫画タッチで、パラパラ……え、まさかとは思うけど、あんた『レインボーエイト』!?」

 

「あ、切り抜き動画の視聴者様でございましたか。お見知りおき光栄です」

 

「あれ、あんただったの!? 世間狭いわ! 今日の奴も録画してるの!?」

 

「めっちゃ良かったぜ、ドラゴンっ娘の立ち絵をドローイングしてたんだけどさ……」

 

「分かったそれ以上言うな! あとでじっくり見させてもらうから、その映像データ、FLVファイルで寄越しなさい!」

 

「おばあちゃん……! ネット勉強したんだねぇ……! ちょっと前まで配信者っていう仕事を知らなかった君が……!」

 

「早く行くわよ!」

 

 わいわいと、どこか楽しそうに桔梗トバラ、もとい山査子戸牙子について語りながら、霞さんは虹羽先輩の肩を掴んだ。

 虹羽先輩はちらっと私と空木叔父さんを見て、きな臭い笑みを浮かべながら、二人は瞬時に消え去った。

 

 術者である霞さんが居なくなったことで、夜霧の帳が解かれた。

 空を見上げると、黒く染まっていた空が、少し青い。腕時計を見ると、時刻は午前四時十分だった。

 

「えらい騒がしかったなあ、あれがかの冷血鬼だなんて言われて、信じられるかぁ?」

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート