非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

052 神として、人として

公開日時: 2021年4月10日(土) 01:40
更新日時: 2022年2月2日(水) 23:30
文字数:4,197


 ひどい有り様だった。

 長い歴史を積み重ねたであろう日本家屋は、泥棒に荒らされたかのように物が散乱している。

 居間の畳は無理やりめくられていて、壁には無数の斬撃が走っている。

 何か隠しているものはないかと、探ったような痕跡だ。

 

 執念深く緻密な所業。

 こんなことをするやつは、考えなくともわかる。

 

「どうした、いまさら情けでも貰いに来たのか?」


 暗闇の奥から、老齢の鈍く重い声が響く。

 

「まあ、お前があの鬼らの居場所を吐くのなら、考えてやらんこともないがな」

 

「情報だけ抜いて、そのあと僕も殺すんだろ?」

 

「当然だな」

 

「交渉する気ないのが見え見えなんだよ」

 

 篠桐宗治しのぎりそうじ

 黒橡の方舟の元メンバーであり、いまは僕らの上位組織にあたる“おかみ”に所属する老人。

 

 僕からすれば虹羽さんや姉さんなどの上司よりさらに上の存在でもあるわけで。

 まあ、そんな人にたてついたわけだし、クビになってもおかしくはないんだろうけども。

 

「篠桐さん、僕は殺し合うつもりで帰ってきたわけじゃないんだよ」

 

「自分の命で責任を取りに帰ってきたということか、若造の癖に漢気があるのだな」

 

「違うって、話し合いをしにきたんだよ」

 

 彼は心底不思議そうに首を傾げるが、無理やり続ける。

 

「僕は、あんたら組織の部下として来たわけじゃない。怪異として、来たんだよ」

 

「そうか、それなら憂いはないな」

 

「いや待ってくれ、どうか少しだけその矛を収めて、話を聞いてほしい」

 

「怪異を殺すのに理由はいらん」

 

 きん。

 暗闇に一瞬の閃光が走り、金属が跳ねる音が遅れて聞こえてくる。

 部屋の中をずたずたに切り裂いていく細長い衝撃波が僕の脳天に届く前に、思いっきり畳を蹴って縁側からそのまま、夜空へと跳躍して避ける。

 

 ふわふわと浮いた僕を山査子家の縁側から見上げる篠桐は、興味なさげというか、気だるげだ。

 ともすれば、夜の早い老人が眠そうな表情をしているようにも見える。

 

「爺さん、口より先に手が出るのは、悪い癖だと思うなぁ……」

 

「誰が言う」

 

 いや、まあその通りというか、僕も人のことは言えませんけども。

 

「あのさ爺さん、あんたがどうして怪異を殺すのか、なんで見境がないのかをいちから全部否定するつもりはないさ。あんたにだって歩んできた人生があるんだろうし、そうすることでしか生きられなかったのかもしれないんだろうからさ」

 

「知ったような口をきくな、怪異もどき」

 

「そんな怪異もどきの話を聞く気になるのには、どうすればいい?」

 

 またも、理解できないものを見るような目をしながら、老人は首を傾げた。

 

「僕は何をすれば、あんたとの交渉の席につけるか、教えてくれないかな。ほんの少し、たった数分でも良いんだ」

 

「……くだらん」

 

 かつん。

 杖で地面をたたき、嘆息する。

 

「わしに敵わないようなやつの話を聞くわけがないだろう?」

 

「……実力至上主義、か」

 

 篠桐は見た目こそ高齢の男性ではあるが、考え方は意外と脳筋ということなのだろうか。

 時代錯誤な価値観、というわけでもないのかな。

 あれぐらいの年齢の人が生きていた時代だと、実力で物事を解決する主義を持っているのは、当たり前のことなのかもしれない。

 

 そして、自分より下位な存在の話を聞かないあたりも、輪をかけてな老害っぷりである。

 お灸をすえるぐらいはしないと、聞く耳はもってくれないかな。

 

 ま、さっきロゼさんとやり合えなかった闘志を発散する相手としては、篠桐宗司に不足はないだろう。

 けどあくまで冷静に、交渉目的であることは忘れずに。

 

「じゃあ、ちょっと乱暴になるかもしれないけど、あんたを分からせるよ」

 

「はっ、怪異であるお前がわしに一矢報いれるのなら、その話とやらも聞いてやろうじゃないか」

 

 きん、きん。

 不意打ち気味に杖をふるい、閃激が走る。

 白式「弥生奏葬やよいそうそう」は、篠桐の持つ仕込み杖から放たれる、糸のように細い衝撃波だ。

 

 音を奏でる弦のように、細長くしなる白い閃光は一本のように見えて、何度も何度もその場で往復し続けることで瞬間的に無数の刀傷を与える。

 一発入るころには、数百発の閃激が体中を走り回る。

 そしてその一つ一つが、猛毒のような特性を帯びている。

 

 空中に浮かぶ僕のもとへ放たれた衝撃波を、空を蹴って射程範囲から避けて、そのまま地面へと着地。

 白式はミズチの力を使っての防御は無意味だし、かすることすら危険だ。

 

 ならば、別の手を使うまで。

 

「爺さん、あんたは怪異をたくさん殺してきたんだろうけど、それっていわゆる魑魅魍魎ちみもうりょう妖怪変化ようかいへんげの類なんじゃないの?」

 

「当然だ。日本に蔓延はびこり、人に仇名す怪異を殺すのがわしの仕事だ」

 

「その中には、妖怪と人間のハーフも含まれてたりした?」

 

「ああ」

 

「……そういう相手にも、白式って効くの?」

 

「効くな。白式が効かないのは、正真正銘の人間だけだ」

 

「へえ」

 

 やっぱり、そうか。

 純人間であれば、白式は効かない。

 それが、致命的な弱点でもある。

 

 つまり。

 白式は、怪異限定のチートってだけだ。

 

「なあじいさん、後学のためにも良いことを教えてあげようと思ったんだけど、老い先短い老害さんにはもったいない話なんだよなあ。あーあ、やっぱり言わないでおこっかなー」

 

 きん。

 軽い挑発を消し飛ばすように仕込み杖が振るわれ、閃が駆ける。

 闇夜に白い閃光がきらめき、空気を裂く音が光から一刻遅れて迫る。

 

 土と草の混ざる柔らかいあぜ道から跳躍し、体を夜空に浮かせる。

 浮遊した僕のもとへさらに数回、白式の閃光が放たれた。

 

 間髪入れない閃撃。

 容赦のない、手加減のかけらも感じられない殺意の剣閃。

 怪異を殺すことにためらいのない、精神的にも肉体的にも人間離れの所業だ。

 

 しかし、ここで怯えてはならない。

 今は何も迷わずに、ミズチを信じろ。

 

 右腕に、力を込める。

 六戸の治療に使った竜の腕ではなく、六戸が目覚める前に再生させた、真人間の腕だ。

 うろこに包まれていない腕に意識を集中させて、体の前で盾のように掲げる。

 

 本来なら、白式をその身で受け止めるなんて悪手どころか、やってはならない行動だ。

 受け止めるのではなく、全力で避けるのがセオリーなのだから。


 だからこそ。

 これは、僕だからできる常識を覆す裏技である。

 襲い来る白式の衝撃波を、生身の右腕で受けて、振り払った。

 

「な、なんだと!? お前、それは!」

 

「あーあ。やっちまったねぇ爺さん。たとえ白式と言えども、人間にとって無害であっても、同族に向けて撃ってくるなんて。あんたの神経と倫理観を疑うぜ?」

 

「なぜ、人間の腕なのだ!?」

 

 僕の額にはいまだに角は生えているし、髪だって晴天のように透き通る空色だ。

 けれど、そんな全身のなかで唯一、純人間の部位。

 半神半人という種族でありながら、全く神性が宿っていない箇所。

 

 それが、僕の右肩から先のミズチに受肉させたパーツだ。

 

「いいかい爺さん、受肉させた部位っていうのは、混ざり合わなくなるんだよ」

 

「な、なに……?」

 

「混ざる、とかいう概念じゃなくなるってこと。共存できるんだよ、神性も人間性も。だからこんな裏技だってできる」

 

 空を蹴り、一直線に老人の目の前まで肉薄。

 咄嗟に白式をまとった杖を掲げてガードされたが、気にもせず僕は杖の中心を右腕で直接つかんだ。

 

「な、なぜさわれる!?」

 

「だから言ったじゃん、共存してるんだって。切り替えられるんだよ、人と神を。白式ばっかりに頼ってるようじゃ、あんたは所詮チーターどまりだよなぁ!」

 

 攻撃手段の杖を素手で掴んだまま、狼狽している篠桐へ左足で蹴りを入れる。

 杖から手が離れ、そのまま数十メートル先まで老体が転がり飛んでいく。

 

 奪い取った得物をよくよく観察すると、見た目はただの杖だった。

 刃の衝撃波を撃ってくることから、てっきり剥き身の刀身かと思ったが、普段使いするためなのか、艶を持つ木製の外装で刃を完全に包み込んでいる。

 

「悪くない杖だけど、刃が中に仕込まれてるってのが悪質だし、臆病だよ。これじゃあ殺せるのは怪異だけじゃん。趣味悪いよあんた、自分が殺せる相手だけバッタバッタ殺しまくって、悦に浸ってたんだろ?」

 

「なにが、わかる……」


 地で何度も転がってダメージを受けた老人の掠れ声なんて聞き取れるわけもなく、跳躍で近づいて転がる老体を見下げる。

 

「お前に、何が、わかる……」

 

「分からないさ。あんたの趣味が怪異相手の無双なのだとしたら性格悪いって理解する気も起きないし、逃げ惑う姿を追いかけるのだとしたらストーカーすぎて笑えないし、ただ若者を見下してマウントを取りたがっているだけならさっさと老衰で死んでくれとも思うさ。これ以外の理由が爺さん、あんたにはあるのかい?」

 

「お前は、怪異がなんたるかをわかっていない……」

 

 よろりと立ち上がろうとする姿に多少なりとも心を痛めて、僕は持っていた杖を投げ渡す。

 けれど、頑固なのか癪なのか篠桐は杖を持たず、自力で立ち上がって僕を睨む。

 

「人外が、人間に対して向ける視線が、人間が虫を見下げる時よりも、はるかに冷めたものであることを。あいつらは、人間がいなくなる時を刻一刻と待ちわびている」

 

「そりゃあ、絶滅論的な話だろ? 人間が消えたら、たしかに次に台頭するのは怪異だろうさ」

 

「違うッ、人類の滅びを早めようとしているのがあいつらだ!」

 

 怒りを滲ませ、覇気を募らせる。

 それと同時に、空気の色が変わる。当たり前だが、今は夜だしここらは電灯もほとんどない田舎である。

 光がなければ色も変わりようがないし、目視することもできないのに。

 なのに、もっともっと違う色が。世界の色が変わり始める。

 

 篠桐の周りに、星や月明かりすら飲み込むような虚無を持って揺らめく『黒い星』が漂い始めた。

 

「お前のような! 怪異に近寄られた人間から懐柔されて、人間の滅びを内側から作り出すのだ!」

 

「僕は細菌を宿した人間だって言いたいわけ? そうなるとあんたらは怪異に関わった真人間すら殺すスタンスでいかないといけなくなるじゃん。それは非効率だよ」

 

「薬を生み出す時間なんかより、病原菌を封じ込める方が効率的だ!」

 

 直後、金平糖のような黒い星たちが一点に集約し、一瞬で肥大化した。

 まるで、巨大な隕石のように。

 

 黒式―無岩音虚おとなし

 

 聞き取れた、というより認識できたのは、口の動きだけだった。

 篠桐が両手を勢いよく合わせた際に鳴る衝撃音も、詠唱の声も、周囲には全く放たれなかった。

 

 けれど、口元の動きだけでなんとか、何を唱えたかを知ることはできたが。

 

 

 次の瞬間、僕の視界が真っ黒に染まった。

 

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