非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

129 明かされる疑問

公開日時: 2021年11月5日(金) 21:00
更新日時: 2022年8月1日(月) 00:28
文字数:3,571

 

「な、なんでしょう……?」


「なんで一人で行動できるの?」

 

 先ほどから変わりなく、侮蔑を込めた視線を向けながら尋ねてくる海女露さん。

 沈黙を破って会話を始めたのは彼女だが、どうやらそこに気遣いといった優しい感情はないようだった。


「……というのは?」


「いや、だからさ。君みたいな危険人物がどうして監視もされずにのうのうと出歩けるのかって聞きたいの。方舟の平和主義は素晴らしいけどさ、そこまでいくと楽観主義に思えて呆れるわ」


「そうです、ね……」


「……そうですね? ちょっとなにそれ、なんの話をしてるか分かってる? 核爆弾を街中に歩かせるその神経が信じらんないって言ってるんだけど?」


 核爆弾。

 怪異の国を二つ滅ぼした化け物が気ままに外を出歩いている。包み隠さず、遠慮なしに言ってしまえば、凶悪な殺人鬼が刑務所におらず、社会に溶け込んでいるようなものだ。

 そんな状況に危機感を抱かないのは、それこそ頭のおかしい人間か、頭のいかれている化け物だけだろう。だから、海女露さんの感覚は間違っていないことは僕も理解している、のだが。

 

「……実は、僕も分かっていないんですよ」

 

「は?」

 

「人類からも化け物からも、世界からも驚異と見なされている僕を、どうして拘束監禁しないのか。なんでこんな風に野放しにされているのか。その理由は、教えてもらっていないんです」

 

 さきほど巴さんの言っていた「勢力争いのため」というのも、僕は聞いていない。聞かされていない。

 実際そういう意図や策略があったのだとしても、当の本人には言いづらいのかもしれないが。

 

「でも」

 

「ん?」

 

「僕の周りに居る人たちが、僕には見えないところで、僕には見せないように必死に努力してくれていることは、なんとなく分かります。その人達のおかげで、こうして学生らしく生きることも、一人で行動することも許されているんだと思います。その……海女露さんの意見はもっともですし、僕の言い分なんて言い訳にしか聞こえないかもしれないんですけど、すみません」

 

「……気に食わないわ」

 

 あぐらをかいてこちらを見上げ、静かに睨むその形相に慄く。

 まるで若い巴さんを見ているようだった。いや、今でも十分若いと訂正しておきます、心を読まれていてもおかしくないので。

 

「それを分かっているやつがどうして、『友達を探す』なんて言えるのか」

 

「……え? あの、どういう意味ですか?」

 

「君、探している人がいるって言って同行を拒否ろうとしたじゃない」

 

「ま、まあその……大切な幼馴染みで……」

 

「だとしても、怪異達が起き始める夜に危険性を顧みず単独行動。根はいいやつでバカっていうのがこれ以上ないぐらい適切な表現ね。君、巴様が守ってくれてることに気付いてもいないんでしょ?」

 

「……巴さんが、守ってくれてる?」

 

「あの方が『不還ふげんの儀』までして仕事に向かうなんて、滅多にないことなのよ。それぐらい重要で重大ってことだろうし、そこまでしたおかげで、こんな無防備な場所であたし達は待っていられるんだし」

 

「不還の儀っていうのは……?」

 

「……ホントになんにも知らないのね」

 

 海女露さんが呆れを通り越して、諦観の眼差しで僕を見据える。

 まるで子供を相手にしていると思わなければ、と切り替えたように。

 

「巴様が自分のリミッターを壊すために必要な事前作業のことよ。さっき葉巻とウォッカを飲んでいたでしょ、あれのこと」

 

「あ、そういうことだったのか。仕事って言っていた日は確かに、家を出る前に決まって飲んでいたな……」


 自分からは言わず、見せびらかさない甲斐性と気遣いに鼻の奥がつんとする。

 彼女は今でも僕を気にかけてくれている。離れていても、僕にとって巴さんは家族なのだ。

 

「そう……って、はぁ!?」

 

 面倒くさそうに頬杖を付いていた彼女の顔色が一瞬で変わり、金魚のように口をぱくぱくさせている。

 

「え、な、なに!? 君は巴様と一緒に暮らしてたの!?」

 

「はい、そうですが?」

 

「そ、そんなこと聞いていないわ! なんで君なんかと!?」

 

「いや、だって家族だし」

 

「結婚してたの!?」

 

「ちょっと待って会話が飛びすぎじゃないですか!? そこはまず『血の繋がり』とか『どういう間柄』あたりから聞くべきじゃないんですかね!」

 

「あ、そ、そうね。落ち着かないといけないわね。そうよ、確かに巴様は中学生ぐらいの男の子が好きだとは聞いていたけど、だからって見境なく手を出すような人ではなかったと思いたいし……」

 

「願望系! そこはかとなく巴さんが信用されていないのが分かる!」

 

 まあ、巴さんからそういう危うい視線を浴びていた時期がある身としては、他人事ではないというか、非常に共感できる真実ではあるのだが。「十二歳から十五歳の声変わり期が一番変化を感じられて、たぎる」とは彼女の弁であり、性癖だ。

 幸いにも巴さんが出て行く形で別れた時点で、僕はまだ小学校の高学年だったので、真剣な鬼気を実感したわけでもないし、本物の危機に脅かされたわけでもない。

 

 残念ながら男の僕は巴さんが言っていた、俗に言うショタコン的な感覚がよく分からないが、もし理解するために何か別のものに置き換えるとしたら、何になるだろう。ロリが成長していく段階の良さみたいな、そういうのだろうか。

 しかしながらどうにもピンとこない。年上好きなのも影響しているのだろうか。

 

 暴露を受けて悶々と考え込んでいた海女露さんが閃いたように声をあげる。

 

「年齢的にありえそうな可能性は……ハッ、もしかして、隠し子?」

 

「やめとこ? それは帰ってきた巴さんに容赦なくしばかれる話題だ」

 

「年の離れた姉弟?」

 

「それもやばいな、あの人敏感だからかなり遠回しな言い方ですら逆鱗にかするよ」

 

「わかった、甥っ子ね!」

 

「……そうであれば嬉しかったけれどね。まあニアミスというか、僕にとって母親みたいな人だよ」

 

「ママ活……!?」

 

「怒っちゃおうかな! 巴さんはいい人だってことを理解してもらうために僕は声を上げないといけないかもしれないなぁ!」

 

 といった感じで、早押しクイズ番組のノリで放たれる解答の嵐が鳴り止むまで、微妙に答えをかすってしまう海女露さんとのやりとりを数回ほど繰り返した。

 いよいよ答えの尽きた彼女に口を挟めるタイミングが生まれたところで、僕は灰蝋巴と神楽坂結奈、三人で一緒に暮らすようになった経緯を話すことにした。

 一言で言い表すのが難しい関係だったため、海女露さんの隣で同じようにあぐらで座り、数分ほどで説明を終えた。

 

「ふーむ……羨ましい」

 

「え?」

 

「というか妬ましい。あの二人と一緒に暮らせるなんてどういうことなの。前々前世でどんな善行を積んだらそんな人生になるの」

 

「結構昔まで掘り下げられたね! そこまで遡らないとたどり着けないような幸運なのかな……」

 

「は? 君ふざけるのも大概にしてよ。巴様と結奈様の間に割りこんだ虫けらが調子に乗らないで」

 

「やばいて、海女露さん元々怖いなあとか思っていたのに今のが一番ドスきいてる。僕が浴びてるの親の仇に向ける怨恨だって」

 

 溢れ出る殺気に怯えたことはあっても、直接向けられる恨みというのはどこか、質が違う。

 自分の恵まれた環境を自覚していない不遜者への軽蔑。まるで僕は百合の間に挟まる男とでも言わんばかりの蔑視だ。

 

「けどそういうことか。サバイバル力はあっても生活能力のないあのお二方が一緒に暮らしているのに、なぜか家庭崩壊が起きなかった理由が分かったわ。家のことをしてくれる君がいたってことね」

 

「海女露さんは前々から知り合いだったんですよね?」

 

「知らなかったことが不思議? まあ君にはわかりづらい感覚だろうけど、こちら側の人間は一般人の情報を極力開示しないようにするのよ。守るためにもね」

 

「……弱みを握られないために、ですか」

 

「そ、人質とか、いくらでもあり得るから。巴様と結奈様の二人生活に見せかける、よくできたカモフラだわ」

 

「……知り合って長いんですか?」

 

「教えられない、って言ったら?」

 

「いいですよ、それはそれで仕方ないでしょうし。仕事絡みともなれば、守秘義務だってあるでしょうから」

 

「ふーん。少し、拍子抜けしたわ。物わかりは良いのね」

 

「分かるようにならないと、こっちの世界で生きていけないですからね」

 

「……仕事が絡んでいるものはあまり言えないけれど、個人的なものならまあ」

 

 夜風が強まり、木々をこすりながら吹き抜ける。

 彼女の被っていたフードがめくれ上がり、髪の毛があらわになる。黒キャップに隠れていない毛先に染まる緑が、ゆらゆらと風向きを無視して不規則にゆらめいた。

 まるでメドューサの髪かと思うほど、それぞれが意志を持って不自然に動いているように見えたが。

 それは、わずかな光を灯した翡翠の珠玉がおぼろげな陽炎を生み出しているようにも見えた。

 

「巴様はあたしの恩人で、結奈様はあたしの師匠みたいな人よ」


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