「うおっ、え!?」
「はいはーい、観客はいないけど皆様ご協力してくれたみなと君にはくしゅー」
「これって、もしかしてもしかしなくても、ここにある灰ですか?」
「せやな。んーでもまあなかなか、センスあるやんみなと君。手品師目指すかい?」
「僕がやると怪異能力使った詐欺師になりません?」
「おもろそうやん。自分の魂と引き換えにやってる手品とか、プロとしての矜持ありまくりやんな」
「そんな人生をかけた手品やりたくないですね……」
まあ僕なら、切断マジックとか瞬間移動とか、力技で出来そうだけれどさ。
再生するし、神足通あるし。
唯一のネックは、マジック本番前に誰かの血を飲むことぐらい。
種も仕掛けもございません、あるのは処女の血のみ。
「俺がこの一升瓶か、もしくは何か別のものをあげてもさ、ほら、なんか仕込まれてるって考えそうやろ?」
「いや、まあ……」
「否定はできんやろ? そうそう、他人とはそういう距離感でええねん。今日が初対面やで、俺ら?」
「そうでしたね、そういえば」
そんな気がしないほど、打ち解けられた気もするのだが。
初対面でも物怖じしないというのは、小さい頃、巴さんに褒められた長所でもあるけれど……。
この人はフィーリングが合う、という感じなんだよな。
だから気を許してしまう、油断もしてしまう。
もしかすると敵対して、僕を利用するかもしれない、怪異を知っている人間であるはずなのにだ。
「そのビー玉なら俺があげたわけじゃないしな」
「でも、あなたがやってくれたみたいなものじゃないんですか?」
「いったやろ、手品やって。俺が作ったように見せない演出で出来上がったものやから、俺の仕込みが入ってたとしても、それは君の物ってことや」
「へえ」
まあ、少し強引な言い訳にも感じるかもしれないが、僕はその感覚がよくわかる。
いや、怪異に携わるものなら、それは常識にも近い。
ミズチに受肉させて、竜と化した右腕を、他人に見られず人間の腕に戻したように。
怪異にとって『他者からの認識』というのは、命の次に重要な構成要素だ。
「いやな、マジで種明かしするとな、そのビー玉はみなと君が作ったもんやで。俺はやり方を教えただけやし」
「本当ですか? 全然意識してないですけど」
「なおさらやな、神秘術の適性は高いと思うわ」
「しんぴじゅつ?」
まーた知らない単語ですよ。
どうしよっかな、もうそろそろ分からない単語が出てくるたびに金伝手の筆を使って書き出して、玄六さんに聞きまくろうかな。
絶対ウザがられるな。うん、友達の父親に嫌われるのはよそう。
さて、といいながら座り込んでいた彼は立ち上がり、一升瓶を片手で赤子のように抱える。
「んじゃまっ、俺は行くわ。君がどれだけ場を乱すのかは知らんけど、今回の件はどうあっても避けられないと思っておくべきやな」
「んん? どういうことですか?」
「二度あることは三度ある、三度目の正直、仏の顔も三度までってことや。一発で決められなかった物事っていうのは、ながーいお付き合いになってしまうもんってこと」
「また会うかもしれない、ってことですか」
「その日が俺の名前を教える日になるな。そうでなければならない。俺は一度で決めきれん男やから」
豪胆で清々しい彼が、初めて暗い表情を浮かべながら自嘲した。
そして、関西訛りを完全になくし、平坦な声色でいいのける。
「一度目は見逃す、二度目は追わない、だが三度目は向かい合う。覚えとけよ半神半人。お前は誰よりも死を望まれてる人間だとな」
心臓が冷え固まるような錯覚を覚える、冷たい殺気を浴びた。
次に心が熱を取り戻したころには、彼はこの場からいなくなっていた。
「……怖かったなあ、あの人」
「わわわわしはじぇんじぇんこわくなかったし!」
「なんでそこで強がるんだ」
むしろ内心ブルっていたのはミズチの方だろうが。
というかあまりの殺気で寝入ったはずなのに、途中で起きてしまったんだろうな。
しかし、誰よりも死を望まれている人間、か。
人間として見られていることを喜ぶべきか、恨みを買っていることに悲しむべきか。
……恨まれるような罪を背負っているのは事実なのだから、しょうがないけれど。
怪異を見逃した罪。
人殺しを見逃した罪。
そして、国をふたつ潰した罪。
それらの大罪を僕の死で償えるというのなら、むしろひと思いに殺してくれと願うぐらいなのだが。
罰というのは、そう簡単に片付く問題ではないのだろう。
重いな。
結局、僕はひとりで抱え続けてしまっている。
あれだけ姉さんが気遣ってくれ、僕の罪を半分背負って、共犯になってくれているというのに。
どこかへ消えて、楽になってしまいたいと、僕は願っているのだから。
……せめて。
せめて自分で自分の失態を拭うことができるぐらいには、成長しないと。
強くならないと、いけない。
「どうしたみなと、黙りこくって。あ、お前さんもびびったんか?」
「……いや、肝は冷えたけどミズチほどじゃないかな。しかしあれだな、関西弁ってなんか威圧を感じるよな。シオリさんもそうだけど」
「というか、方言はどれも親しみがあるからそう感じるだけじゃないのか? いや、馴れ馴れしいという方が適切じゃろうな」
「ふむ、初対面で方言を使われたら、距離の詰め方に驚いてしまうってことか」
どことなくだが、発火現象の怪異に関して饒舌に語る様は、一聞いたら十以上教えてくれるシオリさんと似ている。
関西人はお節介なところがあるのだろうか。いや、それはさすがに偏見がすぎるかな。
「まあ、あやつの関西弁はちょっと作ってる感あったがな」
「へえ? ミズチって方言の見分けというか、聞き分けがつくの?」
「話し方ではなく、心の距離感じゃな。あやつの方言は、猫被り用のガワにも思えた」
なるほど。
あの強烈な殺気を隠すために方言を使っているのなら、かなりの手練れだな。
……ああ、そうか。
「僕さ、なんであのイケオジに親近感を覚えたのか分かったよ」
「あんな奴に親近感を覚えてしまうお前さんもお前さんじゃよ……」
「似てるんだ、姉さんと」
殺気の色、冷たさが。
清々しいぐらい突き抜けた、冷酷無比な感情が。
姉さんの説教モードと似ていたのだ。
「僕の好きなタイプって、Sなのかな」
「ええ……いまさらなのか……?」
「あれ、ミズチは分かってたの?」
「あんなヤンデレドSの結奈が好きだといってる時点でのぉ……」
「なるほど、自分では自分のことに気付きづらいものだね。しかしながらミズチ、君も僕の半身である以上、僕と同じようにドMなんじゃないかい?」
「同類みたいな目で見るんじゃあない! わしは中性的なショタっ子から蔑んだ眼差しをもらうのが好きなだけじゃい!」
「うーむ、男の趣味は合わないと」
僕は渋いおじさん大好きである。
しかし残念、ミズチは若々しい男、もっと言うならショタっ子が好きなようだ。
うーむ、この場合犯罪になるのだろうか。
ミズチは「のじゃロリババア」という、中身はとんでもない年増であるけれど、見た目は完全に幼女に近いわけで。
そういった幼女と小さな男の子が恋愛やらをするとなれば、それは合法になるのだろうか。
いや、見た目合法、中身違法の世界だから、「合法ロリ」という単語が世の中には存在するのだろう。
それはそれとして。
好みの方向性の違いで彼女とは喧嘩できるが、しても意味はないし、まあMっぽいところが共通しているだけましだろう。
「……戦利品は得たし、帰りますか」
「のおのおみなと……」
「お前そんな猫撫で声を出せたのか、蛇の癖に。今日一番びっくりしたぞ」
「今宵は一緒に寝てくれんかの……?」
「そんなに怖かったの!?」
いくらでも寝てやるわ。
可愛いモンスター幼女のために抱き枕にも腕枕にもなんでもなってやろうじゃないか。
「お前さんの全身に巻き付いて寝たい……」
「君が蛇じゃなかったら『可愛いこと言ってるなこの幼女』で済んだけど、それをされたら僕窒息するだろ」
「ツノがあたるかもしれんが……許してほしいんじゃ……」
「裂傷まで引き起こすつもりかよ」
あの角、実は表面がざらざらしていて、しかも段々で曲がっているからカドがあって痛いんだよ。
「頼むんじゃ、今日は結奈がいないんじゃし独り占めさせておくれ……」
「僕は今、これまで全く意識してこなかった異性が急に変化を起こしてギャップ萌えに苦しむラブコメ主人公の気分だ。突然ヒロイン化するのやめろよ」
「う、うっさいんじゃ! いいからわしと寝るか寝ないのか、今この場でいえ! じゃないともう不貞寝する! 眠い!」
「寝る」
おかしいな、僕は別にロリコンってわけではないのだけれど。
底まで見え切っているはずの相棒が可愛く見えてくるって、新たな世界の扉を開いた感覚に近い。
まあそんなこんなで。
赤い灰の詰まったビー玉を持ち帰り、僕は今宵、ミズチと一緒に寝床を共にした。
姉さんが出張中で二人きりの神楽坂家で、珍しく僕の寝室を使って。
普段は姉さんのベッドで寝ているから、久しぶりの自分のベッドである。
いつもなら実体化せずに寝る彼女が、僕の背中に抱き着いて、両足を腰に回して締め付けて眠る光景に、不思議な高揚感を覚えた。
多分これ、父性だな。
まあツノが背中にぶっ刺さって痛かったけれども、それもミズチの愛だと受け止めることにして、僕は鈍痛で眠れない夜を過ごしたのだった。
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