非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

033 元祖怪異Vtuber

公開日時: 2021年2月1日(月) 18:00
更新日時: 2021年12月19日(日) 21:01
文字数:4,246


「ふむ、じゃあその吸血鬼の女の子が鬼桔梗おにききょうだってことかい?」

 

「あくまでその可能性が高いっていう僕の予想ですが」


 虹の雲が広がる天界のような領域で、僕は虹羽さんへ今回の件をできる限り詳しく説明。


 もちろん、先ほど山奥で対峙した鬼に関することも。


 本来なら僕ひとりだけを緊急脱出させるマジックアイテムだった青水晶のネックレス。

 しかし、連れる予定のなかった戸牙子を巻き込んだ代償で、彼女は意識を失って僕の隣で倒れていた。

 が、虹羽さんがさらりと手を触れると、胸と鎖骨の間に荒々しく掴まれた傷口は時間が巻き戻るように治り、血や泥すらそこになかったように消え去って、戸牙子の体は傷ひとつない美しい女体へと戻った。


 何でもできるんだな、この人は。


 相変わらず、戸牙子は僕のジャケットを羽織っているだけなので、上半身程度しか隠せていない無防備な姿である。

 着れる服もついでに作って欲しかったが、「創造系のセンスがなくて、ダサい服になっちゃうからやだ」と拒否された。


 変なところを気にするおっさんに内心呆れるが、だからといって女の子が下半身を露出したままなのはあまりにも可哀想だったので、僕はもう一枚上着を脱いで自分の裸体を晒すことを代償に、戸牙子の裸を守った。


「それでだ、みなと君はこの件に関して、どうするつもりなんだい?」

 

「……任せられた仕事なんですから、最後まで責任はとります」

 

「ははっ、自惚れもほどほどに、って言いたいところだったけど、彼女を助けるために全力で戦って、それでも無理だから誰かの助けを借りようと考えられるようになったのは、大きな進歩だね」

 

「進歩……してますかね……?」

 

「もちろん。暴走癖のある君が誰かに頼るなんて、子供の成長に嬉しくて涙が出そうさ」


 虹羽さんは僕の隣であぐらをかき、膝に肘をつきながら続ける。


「いいかい、周りにいる人がいつも助けてくれるとは限らないけど、『助けて』って自分からお願いしなかったら、声にすら気づかないんだよ。少なくとも、僕と結奈ちゃんは君の味方なんだから、頼ってくれて良いんだ」

 

「……迷惑になってませんか?」

 

「迷惑と言えば迷惑とも言えるだろうけど、迷惑をかけられても良いぐらいには、みなと君が好きなんだ。あ、結奈ちゃんに言われるならまだしも、おっさんがこう言うのはちょいとキモいかな」

 

「……はは、いえ、嬉しいですよ」


 今のは冗談でも皮肉でもなく、照れ隠しに聞こえた。

 笑わせるつもりのない皮肉を交えながらも、ストレートに伝えてくるのは僕も嫌いではない。


「ちなみに、みなと君の中では具体的な解決案はあるのかい?」

 

「……調べたいことが多いです。人手が欲しいんですけど、戸牙子のことを調べようとしても、多分忘れられてしまいそうなんでどうしようかと……」

 

「うーん、何でまた君だけは覚えていられるんだろうね? だって、ミズチモード切れてるでしょ?」


 あれ、そういえばそうだ。

 ミズチが眠りについた時点で、覚醒状態は終了している。


 なのに、ほぼ人間の状態で助けに行った時、僕は戸牙子のことを忘れていなかった。


 なら、ミズチモードが条件ではないということか。

 神様の状態でなくなっても、無敵の衣が剥がれ落ちても。


 僕は、戸牙子を覚えている。


「何か契約でも交わした?」

 

「へ? いやいや、彼女とは何もしてないですよ」

 

「ほんとにぃ? 実はやることやってるんじゃないの?」

 

「やることってなんですか……いや言うなっ! もう顔で分かった! だから言うんじゃあない!」

 

「のどまで出かかっているんだけど」

 

「飲み込んで!」

 

「はーい」


 素直なおじさんでえらい。


 何を考えているのだ僕は。

 こんな中年の男相手に父性を発揮しているんじゃないよ。


「けどねぇ、契約なしでそこにいるヴァンパイア? が持つ特殊な能力を突破するなんて、まるで白式を常時発動しているみたいだ」


 白式。

 それは人間が怪異に立ち向かうために作り上げられた自衛の策であり、外敵からの脅威を防ぐ抑止力。

 

 そんな白式は本当にごくわずかな、具体的に言えば0.001秒ほどの時間ではあるが、種族が人間であれば誰でも行使することができる。

 姉さん口伝の「天人花繚乱」は素手の型であり、特殊な構えをして、それで殴ればいい。


 構えたあとに振りかぶった手が、異形に触れた瞬間に自動的に発動する。

 触れるとオートで発動するから、0.001秒しか猶予がなくても問題ないのだ。

 つまり、触れるだけで化け物を瀕死にしてしまう。


 もちろん白式は人間には効かないし、これは秘伝の業ならぬ口伝の業だから、知っている人間も一握りだ。

 これは怪異にしか通用しない業であり、だからこそ今の世の中は人間の天下でもある。


 触れたら自分の身をズタボロにされるかもしれない爆弾に、わざわざ近づこうとするやつは、いないのだ。


 だが、これが常時発動のパッシブスキルにするのはまた話が違う。


 限定特効を一時的に生み出す白式は、細長いホースの中で激流になる水のように、わずかな隙間を貫くからこそ強力であり、なおかつ概念を壊さない。

 限られた種族が、限られた時間で、限られた相手にしか使えないという条件のおかげで成り立つ。


 だが「白式の常時発動はありえない」をくつがえし、崩した者が、過去にいたのだ。

 その論理の崩壊が、型式としてさまざまな派生技を生み出すきっかけになったともいわれているが、ここでは置いておこう。


 僕は別に白式が得意というわけでもないし、あの姉さんですらそんな真似はできないと言っている。

 本気を出して、2分続けるのが限界だとか。


「契約らしいことはしていないはずなんですけど……」

 

「うーん、意識していないうちに何かしら、繋がりができたってことなのかなぁ」

 

「あ、でもこの子の血は、ちょっと……舐めました」

 

「舐めた程度? んじゃあ契約成立とは言えないだろうねぇ。おいしかった?」

 

美味びみでした」


 そんな話してる場合じゃないって!

 この人はいつまでもシリアスモードになってくれないよなぁ!


「あ、じゃあ二人しか知らない秘密とか握ってるんじゃない?」

 

「そういうのも契約になるんですか?」

 

「お互いの秘密ってだけで、わりと形にはなるよ。結ぶのが簡単な分、解くのも簡単なんだけど」


 秘密……か。

 僕が教えた秘密と言えば、「処女の血を飲むことが好き」ぐらいだが。

 それは別に、僕を知ってる人なら大体知ってるしなぁ。


 おかげで組織内ではイロモノ扱いをされていて、心が痛い。

「大正時代の男子もびっくりするぐらいの処女厨」とか言われてるんですよ、泣きたい。


 逆に、僕が彼女の秘密を知っているのだとしたら、何かあるだろうか。


 ハーフヴァンプであること?

 腐女子オタクであること?

 同人イベントに死にかけになってまで来ること?


 Vtuberであること?


 いや、秘密と言えば確かにそうなんだろうけど。

 僕だけが知ってるかと言われたら……。


「……僕だけか」

 

「うん?」

 

「いえ、彼女がハーフヴァンプで、Vtuberであることは、僕しか知らないかもって」

 

「あれ、その子Vtuberなの?」

 

「Vtuber分かるんですか?」

 

「うん、ウェザーアンドロイドポンコちゃんの頃から好きだよ」

 

「それはまだVtuberって呼ばれる時代じゃないですねぇ!?」


 最初期どころか、黎明期でもないぞ。

 ちなみに虹羽さんの言う「ポンコちゃん」というのは、昨今のVtuber概念が生まれる前からいた人である。

 二次元のガワを使って気象情報をお知らせするという、萌えの文化と気象ニュース文化を掛け合わせた存在だったが、人類にはあまりにも先取りし過ぎた文化だったため、埋もれがちだった。

 そこから数年後にVtuberブームが生まれたことで、あとあとになって「この人が一番最初のVだ!」と持ち上げられたことにより、生きとし生けるVtuberの祖先となったお方。


 つまり、先駆者どころか、先住民ともいえる。

 未開拓時代からあの世界を追っている古参だったのか、虹羽さん。

 

「僕のことは古参とおっさんをかけ合わせた、『こっさん』と呼んでくれて構わないよ」

 

「面白いのか面白くないのか中途半端なネタを使う感じが、おっさんなんですよ」

 

「ひどない? おっさん泣いちゃうよ?」

 

「おっさんの泣き声たすからない」


 たった2日ではあるが、戸牙子を知ってからVtuberの歴史やネットミームテンプレネタについていろいろ調べたものだ。

 この無駄な分析力だけは自慢させてほしい。


「あ、でも」

 

「うん?」

 

「山査子戸牙子は忘れられるけど、桔梗トバラは忘れられないって言ってたな……」

 

「えっ!? その子桔梗トバラなの!? あっでもたしかに吸血鬼か! ま、マジで!? すうぅぅッ、はあぁぁ……」


 これが古参でこじらせおっさん、ならぬこっさんか。

 生のアイドルに出会って呼吸困難になる中年男性、見てるだけで共感性羞恥で死にそう。


「あーでも面影あるある! 自分自身をモデルにして二次元のガワを作るなんて、すごい!」

 

「虹羽さん」

 

「つか再現度高くない!? 髪の長さとか体のラインまで似てるし!」

 

「虹羽さん」

 

「え、やば、あの吸血鬼設定マジモンだったんだ! 妙に説得力あるなあって思って見てたんだよ!」

 

「こっさん」


 桔梗トバラの髪の長さや、体の造形まで覚えていて、戸牙子と照らし合わせられる彼に恐怖は覚えたし、率直にいって知り合いじゃないですと言いたいぐらいだったが。


 僕が「桔梗トバラ」と言った瞬間。

 いままで明後日の方向を向いて話していた虹羽さんが、サングラスの先にある目で迷いなく戸牙子を見据えたのだ。


「……会わせたくなかったですけど、連れてきて良かったです」

 

「え、えっなにそれひどい。桔梗トバラを、あの大人気Vtuberを、みなと君は独り占めするつもりだったのかい!?」

 

「……はは、それも悪くないかもですね」


 ひとりきりだった彼女の孤独を癒せるなら、いくらでも付き合っていい。

 でもきっとその役割は、僕でなくても良かった。


 中年のおっさんでも、普通のリスナーでも、リストーカーであっても良かった。


 山査子戸牙子が、桔梗トバラであることに気付ける人がいれば、それでいい。

 僕が最初だっただけ。

 戸牙子の秘密に一番乗りをしただけであり、ただの先駆者だ。


「戸牙子を忘れない条件、分かりました」

 

「え、マジ? みなと君分析力おにやばなんだけど」

 

「鬼桔梗だけに?」

 

「は? 寒いんだけど……」

 

「あんたほんと良いノリしてるよッ!」


 振られたら振りかえし、なのに帰ってこない絶望感。

 くえないというか、食いたくないおっさんであることを再認識し、僕はいつかこの人に復讐することを密かに誓った。

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