How you have fallen from heaven, morning star, son of the dawn!
How you are cut down to the ground, who laid the nations low!
You said in your heart,
"I will ascend into heaven! I will exalt my throne above the stars of God! I will sit on the mountain of assembly, in the far north! I will ascend above the heights of the clouds! I will make myself like the Most High!"
黎明の子、明けの明星よ、輝いていた君は天空から墜ちてしまった。
あらゆる国を薙ぎ倒した君は、切られて地に倒れ、落ちぶれてしまった。
そんな君は、そうなっても心の中で諦めずに叫んだのだろう。
『我は天にのぼり、我の王座を天高く神の頭上におき、すべての神が連なる北の果てで山に座して、雲のいただきにのぼり、いと高き王のようにならねばならない!』
「Isaiah」14:12-14:14,
一振りの剣閃が空気を切り裂きながら走るたびに、銃弾の炸裂音がその音をかき消す。
空を切って肉薄してくる黒い刃に、白銀の弾丸を撃ち込んで軌道を逸らす。
何度も何度も、何回も何回も刃に銀の弾丸を直接打ち込んでいるというのに、黒刀は折れず、刃こぼれもおこさず、弾頭がはじけて火花が散るのみ。
霞さんは銃弾をわざと刀で受けて逸らすような立ち振る舞いをする。
銃など、自分には効かないと、そう見せつけるような動き方だ。
だが、彼女は近づいてこない。
銃戦の間合いから、刀の届く至近距離まで詰めなければ彼女に攻撃のチャンスなどないというのに、ただ居合いの構えをしたまま、じりじりと中距離でにらみ合うだけ。
私が弾丸を撃って、リロードを挟むタイミングでしか、迫ってこない。
私が近づいてくるのを待っている、ということか。
こちらが仕掛けなければ、膠着状態はこのまま続いてしまい、そうなれば結界からの脱出というのは無理な話だ。
「仕掛けるか、何もしないか」の二択を私にせまり、隙をさらした時に勝負を仕掛けようとしている。
殺しの仕事というのは、暗殺が一番効率がいい。
正面からのぶつかり合いなんて、するわけがない。
虚を突くのが王道であり、無策の突撃なんてあってはならない。
そう、「本来の仕事」なら。
しかしこれは、私と霞さんのこれは、闘いである。
「白銀の撃鉄」
詠唱、弾丸装填、発射準備完了。
地を蹴って相手の間合いまで肉薄。
振りかぶってきた黒刀の刃を、私は素手で握り掴んだ。
「くっ!?」
「シルヴァ・ストライク」
撃鉄に銀色が宿る。空気を塗り替える火薬の音が、鉛の色に染まる。
吸血鬼の心臓を狙って撃った銀の弾丸は、外れた。
直前で彼女が黒翼を使い、自分の体を傾けて避けていた。
彼女はがくりと体勢を落としたが、私が刀を掴んだままだ。
この一秒では、間合いを作れない。
私の両手は銃と掴んだ刀で埋まっている、なら足だ。
腹を突き刺す蹴りを放とうとした瞬間、刃を掴んでいた手に鋭い痛みが走った。
黒刀に、赤い茨がまとわりついていた。
薔薇のトゲを思わせる、無数の茨が走る長いツタが、ぐるぐると刀の先端にまで巻き付いており、私の左手のひらを裂傷で血まみれにしていた。
「やる……」
「服従せよ!」
「するかよ!」
噴き出した血をもとに主従の盟約か、吸血鬼らしい。その程度、対策済みだ。
刀を持っていた手を離し、一歩後退しつつ、装填された二発目の弾丸を、私の左手に撃ち込む。
手のひらに直撃ではなく、かすめるように。
真横をすり抜けていった銀弾の鉛が、私の左手に吸いついて、にじみ出た血と混ざり合う。
「チッ……! さすがね結奈さん」
銀毒入りの血を盟約に使おうものなら、主人の方が呪われる。
自分の体に毒を仕込むのは、操ろうとしてくる相手への常套手段だ。
「いやらしいツタですね、せっかくの美しい日本刀がなまくらに見える」
「あなたこそ、素手で刀を握るなんて無粋な真似してきてよく言うわ」
柄から切っ先まで血のように赤いトゲが巻き付いている様は、まるで執拗に出血を狙う武器のフランベルジュやモーニングスター、釘バットを思わせる。
日本刀に茨の棘が絡みついているという、異文化が混ざり合っていて変わった得物ではあるが、リーチの長さを生かしつつ裂傷を与えるスタイルはまさに、血を求める吸血鬼を体現している。
ぽとぽと、左手の裂傷跡から血が滴る。
痛みには慣れているが、血の凝固が遅い。ヒルの体液のような抗凝固性が吸血鬼にはデフォルトであるのは知っているが、このペースだと数分で失血死しかねない。
みなとやミズチの吸血とは、わけが違う。
ただ殺すことが目的だから、失血を止める意味が無いわけだ。
仕方ない。
「……!? 何を!」
銃口を左手に構えた私を見て、彼女は血相を変えながら翼を羽ばたかせて一気に跳躍、突撃してきた。
黒刀の剣尖がシルヴァ・デリを弾き飛ばそうとしてくるが、それより先に撃鉄を引く。
かちん。
銃声は、鳴らない。シルヴァ・デリは、二発しか装填できない。
「は!?」
「甘いねえ」
間合いに入った刀を持つ小手に、膝蹴りを入れる。
黒刀がはじき飛び、無防備になった霞さんの懐へ左手をえぐり込ませた。
心臓を狙った左手が、彼女の左胸を鷲掴んだ。
「あが、ぐっ……! あなた、吸性で私の治癒力を!?」
「惜しい、私のは白式ですよ」
左手の傷が内側からじわじわと、再生していく。
千切れた血管は結び直され、えぐられた表皮は貼り直された障子のようにもとへ戻る。
「無礼者がッ!」
刀に巻き付いていた赤茨のツタが、鎖鎌のようにしなった。
引っ張られて持ち主のもとへ戻ってきた刀の切っ先が、私の顔面を見据えていた。
「そういう使い方もできるのか」
「離れなさい!」
「やだね、いい体してるじゃん」
胸を掴んだまま体勢を変えて、彼女の懐へ入り込んで盾にした。
勢いが乗ってそのまま彼女ごと刺しかねなかった刀は結局、漆黒の翼で無理矢理受け止めていた。
力を吸収されて弱ったのか、霞さんは苦しそうに膝をついた。
「ごほっ……白式は、怪異殺しのはず……!?」
「そう、殺せればなんでもいいんだよ。やり方が破壊であるか毒殺であるか、吸性であるかなんていうのは、些末なことなんだよ」
「そうか……あなたは、相手の力を奪ってから殺しているのか……!」
「さすがに、霞さんほど聡いやつを相手にすると、筒抜けになってしまいますね」
「そして、奪って自分の中にたまった毒を、銀の弾丸として撃ち出す……なるほど、効率が良い……げほっ……」
まさか、私の白式が持つ性質のロジックまで見抜かれているのか。
長期戦はまずいな。
「ほら早く降伏しないと、どんどん力がなくなりますよ」
「うるさいわッ!」
呼応に近い叫びが轟き、空から、夜霧の帳の闇夜から無数の槍が覗いた。
串刺しの刑で使うような、細長い槍が数十本、私と霞さんをぐるりと囲っている。
死なば諸共、いや、自分は再生すればいいということか?
違うな、もしそうならあの刀を翼で受け止めた行為に理屈が通らない。
……あの槍、必中持ちか!?
「クソが!」
贅肉の多い体を手放して蹴り飛ばした。だが本体が地面を跳ねて転がっても、闇から覗く槍先はしつこく私を見据えている。
弾二発では防ぎきれない、少しでもかすれば裂傷、すべて避けきるのは狭いこの空間では無理。
降りかかる漆黒の雨、隙間は人ひとり分もなかった。
「穿て! ヴァイパル!」
排莢、ヴァイパル・バレット装填、発射準備完了。
ガラスの鱗が空中に湧き上がり、私の目の前で透明な結晶の盾が浮き上がった。
蛇一匹這える隙間もない槍の雨に、一本の通り穴を作り出す。
四方八方から飛んでくる槍の抜け道を縫って、飛び跳ねた。
着地先は本体、山査子霞だ。
砕け散ったガラス弾は排莢無し、そのまま二発装填。
今まさに立ち上がろうしている霞さんに銃口を向ける。
アイアンサイトが見据えた先で、よろめきながら黒翼がはためいた。
暴風が吹き荒れ、空中で体勢を崩された。
着地にしか集中できない、接近して肉薄したところに撃ち込む!
「月影」
胸を手で押さえながら、彼女は小さく呟いた。
暴風を生み出した黒翼のなかに仕込まれていたのは、先ほど受け止めた刀だ。腕のように器用な翼で刀を持ち、振り下ろしてきた。
完全に頭蓋骨から一刀両断だ、もっていかれる。
刃の軌道を逸らすには弾が必要、だが一発使えば決定打は撃ち込めない。
ぎいんっ。
「っ!?」
「は?」
私の胸元、というよりほとんど心臓部から、刀が飛び出てきた。
ミズチの玉泉、だった。
玉泉が、ひとりでに霞さんの剣戟を受け止めて、防いだ。
「世話かけるわね!」
シルヴァ・ストライク、二連続発射。
お互いの呼吸が当たる間合い、狙いは心臓と脳髄だ。
吸血鬼の不死性は、同時破壊しなければ片方が復活させてしまう。
ばりんっ。
一発、心臓には直撃。
もう一発、右の宝眼から放たれたルビーの弾丸で防がれてしまった。
「Father, thank you!」
快活に笑いながらもう片方の目で、私を見据える。宝眼が飛んでくる。
「来なさいッ!」
阿吽の呼吸、呼びかけだけで玉泉が私の手元にするりと入り込んだ。
咄嗟に構えたが、宝眼の勢いがあまりにも重く、持っていた左手の小手がいかれた。
だが、ルビーの宝石はウォーターカッターを通したように真っ二つになって左右に分かれ、直撃は防げた。
荒い呼吸が、超至近距離で重なり合う。
湿り気の混ざった笑みと、汗に滲む髪が艶やかに顔付きを光らせる。
お互いがお互いに、命のやりとりに震え、歓喜していた。
「たのしい」
「ええ、楽しいわね」
「こんなに苦戦するなんて」
「私に付いてこれるなんて」
「やっぱり」
「やっぱり」
「人間って、最高だわ」「怪異って、最高よ」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!