深緑の巨人族と呼ばれるノスリは、自身の境遇を語り始めた。
ある日、とある女巨人が奴隷として市場に出回っているの、彼は見かけてしまう。
その巨人は、ノスリと同じ故郷で生まれた女の巨人だった。
奴隷として売られてしまう歯痒さに、いてもたってもいられなくなったノスリは、その女巨人を救い出すことを決意した。
だが、森の中で密かに暮らしていたノスリに奴隷を買うだけの大金はなく、どうにかできないかと奴隷商人に交渉してみたところ。
「九億円の価値になっている半神半人がいて、そいつを殺せば交換してやってもいい――」と言われたそうだ。
そして、雇い主のためにノスリは今回限りの賞金稼ぎ、バウンティハンターとなった。
その目的に一貫しているものがあるのは間違いない。
囚われた奴隷を、大切な同族を助けたい願う、仲間想いなヒーローの信念だ。
その信念を通すための手段が、道を外してしまっただけ。
大金を稼がなければ女巨人を助けられないから、手を汚してしまった。
いいや、手を汚すなんて言い方は、ともすれば人間の身勝手な言い分かもしれない。
彼ら巨人にとって、化け物にとって、僕のような人間という種族は動物に近いのではないのだろうか。
僕たち人間にとっての牛や豚、鳥や魚のように。
己が生きるための必要な命を、ノスリはただ依頼を受けた猟師のように、殺しに来た。
誰がそれを咎められるのだろう。
少なくとも、僕には無理だ。
だが、だからこそ。
「……ノスリ、君が助けたい奴隷の女の子。僕と一緒に協力して助けようよ」
僕は、そう言うしかなかった。
ノスリの目的が「僕の命」であるのだとしたら、それはどうやっても代えようがなかったが、ノスリの本当の願いが「同族を助けたい」ならば、僕ができるのはそれぐらいだ。
聞いていた姉さんが呆れを通り越し、蔑みを含んだ目で僕を見てくる。
やめてよ姉さん、好きな人から下衆を見るような視線をもらうの、普通に男は泣いちゃうから。
「おれのなかま、どこにいるのか、わからない」
「捕まってる場所が分からない……ってことかな? それだと殴り込みにいくのはちょっと現実的ではないか……」
「殴り込みに行くつもりなの? 下手したらノスリの仲間を人質に使われるわよ」
姉さんから至極真っ当な指摘が飛んでくる。
たしかに、奴隷を扱う組織と真っ向から対面したら、報復が来る可能性も高い。
だがノスリに依頼したやつがそこまで大きい組織なのかどうかも分からないし、聞いてみるか。
「ねぇノスリ、奴隷を扱ってるのは個人だった? それとも組織だった?」
「こじん? そしき?」
「あーえっと……ひとりだった? いっぱいだった?」
「おれがはなしたのは、ひとりだったぞ」
なるほど。
個人なら、口封じすれば済むか。
「みなと? あなた、自分が何を考えてるか分かってる?」
「えっ?」
「相手が個人の奴隷商なら良いとか思ってるのでしょう? それは間違いよ。あいつらはあいつらで横のつながりを持っていて、音信不通になったら他の奴隷商たちの中で一気に噂が広まるのよ」
「噂が広まるのは、別に問題ないでしょ? 僕はとっくに九億円とかいう頭悪い価値なんだから」
「それだけじゃないわ」
変わらず冷たい視線を僕へ刺しながら、姉さんは続ける。
「個人のように見えて組織になっている可能性もあるのよ。たとえ人間側の私たちに報復が来なくても、今回ならノスリたち、巨人族に矛先が向く可能性もあることを分かってない」
報復の矛先。
つまり、見せしめや憂さ晴らしに他の巨人奴隷を殺されるかもしれない、ということか。
姉さんの意見を聞きとめたノスリを見上げる。
ぼろ布の間から露出する苔むした岩の肌を持つ、汚らしい格好の彼だったが、その佇まいのどこかに凛とした覚悟が見えた。
「おれは、みんなはたすけられない。でも、あのこは、たすけたい。おれと、おなじうまれなんだ」
心優しい巨人は、世の不条理すらもその拙い思考で心得ている。
みんなを救うことはできなくても、誰か一人は救いたい。
幸か不幸か、タイミングが重なり出会ってしまった同胞を助けたい。
たとえそれが、偽善であったとしても。
そんな彼の信念と決意に、僕は心惹かれた。
ノスリの力になりたいと、無知ながらにも思ってしまったのだ。
「姉さん、ノスリは覚悟を決めてる。そんな彼の覚悟を後押しするぐらいは、させてほしい」
「……はあ」
銀髪の殺し屋は嘆息と共に銃をジャケットの内側にしまい、スマホを取り出して耳に当てる。
「虹羽先輩、こっちは片づきました。ただ、次の作戦の会議がしたいので来てもらえますか」
と言い終える前に、虹のグラサンをかけたおっさんが視界の目の前で、前触れもなく現れた。
神出鬼没とはまさに彼のことだろう。
「おつー。おっ、巨人を味方につけたんだね、みなと君やるじゃ〜ん!」
「いえ、味方じゃなくて協力関係ですよ」
「ふーん。じゃあ作戦会議ってのは、この巨人くんに関すること?」
察しがいいというより、後ろでずっと見ていたけど会話の順序を崩さないようにわざと合わせている、といった話し方だ。
胡散臭いおっさんなことこの上ない。
「目上に対する配慮、減点ね」
「えっ、何も言ってないですよ?」
「顔に出てるよ、『このダサグラサンのおっさん気持ち悪い』って」
「いえいえ、そこまで言ってませんって」
「そこまで?」
「何も思ってないです、はい」
ニタニタと面白がるように笑みを浮かべているのが最高に不敵だ。
なんだろう、人の心でも読んでるのだろうか。
まあ今の僕は半神半人だし、多分彼女の心を読んでるのかな?
僕自身は先ほど初対面を済ませたばかりのおっさんにそこまで酷いことは思ってない、はずだ。
「さてさて、そんじゃあ僕を呼び出して何をするつもりだい?」
虹羽さんはあぐらをかきながらふわふわと空中に浮きあがり、僕たちの作戦を聞き始めた。
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