非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

027 お兄ちゃん呼びは、ロマン

公開日時: 2021年1月11日(月) 18:00
更新日時: 2021年11月20日(土) 12:52
文字数:3,611


 電車を乗り継ぎ、闇夜と満天の星空が広がる田舎へと到着。

 姉さんからもらった腕時計を確認すると、時刻は22時32分。


 しかし、戸牙子の家まで来たはいいが、どんな理由で来たのかという言い訳を考えるのを忘れていた。

 仕事の内容を外部の人間や人外に言うわけにもいかず、だからといって「野暮用があって」なんて言い方も、戸牙子の不信を買うだろう。


 なんせ一日中、BLの教鞭を受けていたのだ。

 話すことは話せたし、なのに家までお邪魔しに来たとか、まるで僕がリストーカーみたいじゃないか。


 似たような立場になったからふと思ったのだが、探偵って大変な仕事だな。

 不倫や浮気調査が、業務として一番多いとも聞く。

 仕事だと割り切ってはいるのだろうけど、他人の行動をストーキングするこの罪悪感と、彼らは常に戦っているのだろうか?


 うーむ、どう切り込んだものか。


「きゃあああ!」


 日本家屋から叫び声。

 煽りに負けて怒り狂ったような声でも、恐ろしい物を見て絶叫するような声でもなく。


 純粋な(?)悲鳴だった。


 慌てて靴を脱ぎ、戸牙子の家に駆け込む。

 声の発生源である、彼女の自室らしき場所まで走り、勢いよくふすまを開けて叫ぶ。


「大丈夫か!?」


 なぜ僕がここまで焦ったかというと、悲鳴のタイプが今まで聞いたのと違っていたからだ。

 純粋に、自分にふりかかった危機をあたりに知らせる黄色い声だったからこそ、戸牙子の身に何かあったのかと心配が勝り、先走ってしまった。


 なのだが。

 そこには、もこもこ毛糸のパジャマ姿で、メガネをかけてヘアバンドで前髪をまとめ上げている、休日女子みたいな恰好の戸牙子がいた。

 ゲーミングチェアの上で三角座りをしながら、顔をPCのモニターから背けて頭を両手で抱え込み、ビクビク震えている。


「えっ、え!?」


 駆け込んだ僕を見て、次にモニターを見て、さらにもう一度、部屋の入り口で立つ僕を奇麗に二度見してから、戸牙子は血相を変える。

 さめざめと、色白な肌がさらに青白くなっていきながら、なぜか急に立ち上がって僕の方に近寄ってきた。


「あ、お、お兄ちゃん! だ、大丈夫大丈夫! ちょっと驚いただけだから!」


 ん?

 お兄ちゃん?


 え、待って待って。

 知られざる一幕の間に、僕は女の子からお兄ちゃん呼びを強制させるような凶行に走ったのか!?


「いや、でも悲鳴が……」

 

「なんでもないよ! ホントに大丈夫!」


 と、言いながら戸牙子は僕の手を無茶苦茶な力でつねってきた。

 思わず肉がえぐれて血が噴き出しそうなぐらいの、とんでもない捻り方だった。

 そして、僕にだけ聞こえる小声で囁く。


合わせろ

 

「ヒッ……はいっ……!」


 心臓を杭でぶち抜くようなドスの効いた声色と、たった四文字の言葉に僕は一瞬で服従させられた。

 そして彼女はにぱっと、負のエネルギーを反転させたような明るい笑顔を作ったが、目が全く笑っていない。


「もー急に帰ってくるなんて聞いてなかったよー?」

 

「あ、あはは。そ、そうだね」

 

「どうしたのー? なんか用事あったのー?」

 

「あーまあそんなところだね!」

 

「そっかー、じゃあ配信終わったら話聞くから、居間で待っててもらえる?」

 

「わ、わかった!」


 その言葉で、僕は現状を理解。

 むしろ、なぜそこまで理解が及ばなかったのか、数秒前の愚かな自分を問い詰めたい。


 僕は、山査子戸牙子さんざしとがこの日本家屋ではなく、配信中だった桔梗ききょうトバラのバーチャルホームに、上がり込んでしまったのだと。


 *


「で、何用があってきた?」

 

「い、いやその……」

 

「何用があってきたのかと聞いている」


 戸牙子の顔からは感情が消えており、そこらにいるアリでも見るかような真顔で僕を貫く。


 トバラの配信が終わったのは25時ころだったので、僕はかれこれ2時間近く居間で待たされていた。

 スマホで時間つぶしをすることもなく、誰もいない居間で姿勢よく正座を続けて。

 戸牙子への謝罪を込めた誠意と、自分への戒めだった。


 しかし、長い時間待たされたのは、ある意味幸運でもあった。

 なぜかと言えば、うまい言い訳を思いつけるほど、熟考する時間をもらえたのだから。


「そのさ、戸牙子が帰ったあと、姉さんが戸牙子のことを忘れていたんだ」

 

「……それで?」

 

「いや、君にとっては忘れられるというのは当たり前の日常なんだろうけど、姉さんが忘れていた時にも、僕は覚えていた。この条件の違いを探ろうと思ってさ」

 

「……みなとが神様だからじゃないの?」

 

「まあ、おおむねそうだと思ってる。けど、僕の神様の力って期限付きなんだ」

 

「期限? いつでも使えるわけじゃないの?」

 

「……えーっとね」


 説明するべきだろうか。

 言ってしまえば、これは僕の強みでもあり、弱点でもある。


 神様の力を解放させている時はほぼ最強で無敵だが、それが消えていたらちょっと頑丈な人間にとどまる。

 つまり、条件を教えてしまったら狙われるタイミングが広まる可能性もある。


 けれど。

 だからこそ、僕は戸牙子へ自分の完全な素性とメカニズムを明かすことにした。

 

 人外が自身の素性を教えるというのは、目に見えない信頼関係の証でもあるのだ。


「他言無用で、お願いね? 僕は、神様と口約束をしていて、他人の血を吸うかわりに神様の能力を貸してもらっているんだ」

 

「ふむ……けどそれはずっと続くわけではないと?」

 

「そう。おそらく、明日の朝にはもう神力は消えている。だから、戸牙子を忘れない条件はもしかすると、神としての『覚醒状態』に入ってる可能性を考えて、今晩のうちに動いたんだ」

 

「なんでわざわざ……」

 

「だって、『忘れない』って約束したでしょ? もしそれで明日忘れていたら、約束を破ることになってしまうからさ」


 戸牙子は困ったように眉をひそめながら、へにゃりと嬉しそうに口元をほころばせる。


「律義ね、みなと。あんな約束、あたしは本気にしてなかったわ」

 

「ただ単に、同情してるだけだよ」

 

「それが嬉しいって言いたいのよ、あたしは」


 さっきまで無表情で僕を睨んでいた戸牙子が感情を出し始めて、少し安堵。


「でも、血が交換材料だなんて、あたしたち吸血鬼と似てるのね?」

 

「え、ああ、まぁ……そうですね……」

 

「どんな血が好きなの? ドロッと濃い系? さらさらすっきり系? ねっとり絡みつく系?」


 血液のバリエーション豊富だな!?

 血液型によって味が違うなんていうのはよく聞いたことがあるけど、舌触りにも微細な違いがあるのか……。


 しかもどことなく、同じものをたしなむ仲間が見つけたからなのか、戸牙子のテンションが高い気がする。


「んー、あんまりこだわっていないかな」

 

「そうなの? もしかして、血管に直接打ち込んでいるとか?」

 

「えっ、こわ……そんな方法もあるの?」

 

「点滴をうつみたいにね。口をつけたくない潔癖症の子なんかは、そういう栄養補給をするらしいわ。あたしはハーフだから、普通のご飯でも栄養は取れるんだけどね」


 なるほど、吸血鬼にもいろいろいるわけだ。


「まあ、普通に口で吸っているよ。鮮度が大事らしいから」

 

「ふうん。吸血鬼じゃなくて神様だから、味とかにそこまで頓着ないのかしらね」

 

「……は、ないんだけどね……」


 ぼそりと、ミズチの悪癖というか、性癖を思い出して呆れてしまい、嘆息。


「僕は? なに、神様にはあるっていうの?」


 今はもう丑三つ時が近づいて、完全に夜の世界である。

 それはつまり、吸血鬼の天下というわけだ。

 この状況下でヴァンパイアが近くにいる場合、すべての独り言を聞かれる覚悟はしておかなければならない。


「なに、言いなさいよ」

 

「……言ったら引かれるから言いたくない……」

 

「ふーん、配信の邪魔をしたこと、忘れてないかしら?」


 そこを突かれると弱い。

 結局あの場は「お兄ちゃん」という身内が入り込んできた設定でゴリ押して、ネットでの炎上を避けたわけだ。


 Vtuber業界というのは、アイドル性と、あまり言いたくないが処女性を求められるから。

 男の存在というのは、身内でないと許されづらいのだとか。

 そして逆に、お兄ちゃんや弟はポイント高いのだとか。


「……ええっと……引かれるの覚悟で言うよ? 後悔しても知らないよ?」

 

「あんたの弱みひとつぐらい握っておかないと、こっちは気が済まないのよ」

 

「……処女の血」


 さらりと言ったあと、僕は自分の顔に血が巡っていき、熱を帯びる感覚を覚える。


 女の子を相手に下ネタって難しいよね!

 どこまでならセーフでどのラインがセクハラっていわれるか、あんまり分からないんだからさ!


 にやにやと、不敵で悪い笑顔が縮こまる僕を貫いてくる。


「へぇ、偉大な神様たちですら、処女性を求めるのね?」

 

「これはほんと、僕のせいじゃない……。いや、僕が背負っていくと決めた契約ではあるけども……」

 

「それはすごい心意気ね、かぷかぷ処女の血を吸いまくる変態ストーカーさん?」

 

「やめてぇ! 僕だって気にしてるんだよぉお!」


 今回だけは、弁明の余地はなかった。

 ただひとつ救われたことがあったのだとしたら、彼女はR18のBL本を買うほど、下ネタに強いことだった。

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