非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
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116 雅火咲良についての推論

公開日時: 2021年9月17日(金) 21:00
更新日時: 2022年7月1日(金) 00:01
文字数:4,379


「死に、義務を見出している……?」

 

 独り言、だと言っていたから聞き返すことはしないと決めていたのに。

 私は叔父さんの直感が一番気になっていたから、つい解説を求めてしまった。

 

「叔父さん、それってどういうこと? 咲良は自分が死なないといけないと思ってるとでも?」

 

「お、おいおい、独り言に突っ込み入れるのはナンセンスやで、結奈ちゃん。恥ずかしくなるわ……」

 

「教えて、なんでそう感じたの?」

 

 ずいと詰め寄るが、叔父さんは恥ずかしそうに頭の後ろをかく。

 いや、ばつが悪そうにというべきか。

 

「な、なんでって言われてもなぁ……。経験の勘というか、似たようなやつを見たことあるから、そうかもしれんって思った程度というか。言ったやろ、独り言やって。俺個人がそう仮定して考えを組み立てているだけで、実際どうなのかはもっと深入りせんと分からん。確証はあらへん」

 

「でも、咲良にその気があると感じたのなら、今まで叔父さんは、どんな人が『死に義務を見出した』のか、知っているってことよね?」

 

「まあ、な」

 

「どんな理由だったの?」

 

「……あんまり詳しく言ったらその人らにも悪い気はするから、深くは言えんけど、まあ簡単や。他者から攻め立てられて、どんどん自分を追い込んで傷つけていくような、そういう流れに逆らえなくなるタイプとは違うってことや。むしろ彼らは、咲良ちゃんみたいな人っていうのは、『死に美徳を感じている』か、『死こそが自分の使命』みたいな思考回路になってるねんな」

 

「……それは」

 

 神秘術をかけられてギプスのように硬化した包帯の下で、手を握りしめて力がこもる。固定されているため形は崩れないが、自傷行為で自分の中に生まれた嫌な仮説を、打ち消したくなったのかもしれない。

 

「まあ、結奈ちゃんは経験上、そんな人間よう知っとるやろ。よくあるように見えて、一番身勝手で、独りで寂しく悟ったような言い分や。井の中の蛙、灯台下暗し。世間に溢れる知見を侮った人間がたどる、あっさい自己陶酔。あんま言いたくなかったのは、結奈ちゃんが妹みたいに大事に思ってる子って言うてたからや」

 

「もしかして、咲良ちゃんの若さが自惚れを生んでいる?」

 

「あの子が若いから、ってだけで理由になるんなら、人間社会はもっと単純なはずや。きっとそうじゃない。死を魅力的に感じるのは、身近な人間の死を経験したことない奴だけや。けど俺が咲良ちゃんに感じたのはそうやない。もっとややこしい感情や」

 

「……女独特の?」

 

「どうやろな。俺は男やから、それが女性特有のものだと断定はしきれんが。ただやっぱり、一番不思議に感じたんは、どこか清廉せいれんというか、無垢むくな感情が見えたってことや」

 

「叔父さんぐらいになると、感情が見えるの?」

 

「……いや、ちと語弊ごへいがあったな。感情は見るもんやない、触れるもんや。罰当たりにも体に触ってしまった俺を、咲良ちゃんは拒絶せんかった。『本質を焼く炎』の力を持ってるのに、年頃の女の子に触れたおっさんを、消し炭にまでせんかったんや。あれは、あの子の意思なんやと思う」

 

「まさか、本当なら叔父さんは死んでいた?」

 

「ああ、冗談抜きにな。その時流れ込んできた違和感っていうのが、ずっと俺の中であるんや。怪異に乗っ取られているはずなのに、己の意思で押しとどめているんやないかって。普通なら、無作為むさくいに辺りを燃やし続けていてもおかしくないはずやのに」

 

 本質を焼く。つまり咲良の性質は、精神を燃やし尽くす『真属性の炎』ということ。

 それは間違いなく化け物の力であり、なのに咲良はそれを自身の意思で制御して、必死に押しとどめて、叔父さんの火傷を右手だけに押さえきった。

 

 ミズチとみなとのような、共存。

 彼がそのたとえを使ったのが、しっくりくる。 

 

「あんな若さと純粋さを持ちながら、死への義務感を覚えるっていうのは、別の使命感が彼女自身の意思に宿っているからなんやと思う。少なくとも、死に魅力を感じてるタイプには見えんわな」

 

 もちろんこれはあくまで推測だ、と叔父さんはしつこいぐらいに念押ししてきた。

 けれど、不思議とその推測が腑に落ちるのも事実ではある。

 

 責任感の強さ。心の奥に宿っている使命感。

 どちらも、咲良ちゃんの性格に強く結びついている価値観だ。

  

 彼女は、よく気が回る子だ。

 それは「自分が気を遣えば、周りの空気は悪くならない」といったような、場を取り持つ行動をよくすることからも、うかがえる。

 みなとに憧れて真似ているのかと考えていた時期もあったが、実際はその逆であり、みなとの気遣いスキルは実は咲良ちゃん譲りだ。

 

 一応、最初に彼女と交流をするようになったきっかけを作ったのは、みなとではある。

 だが実際は、家に女の子を誘って、しかもそれは家族に振る舞うお菓子の毒味という、女心を虚無にする所業である。

 

 そんな朴念仁的な行いを目の当たりにしたことで、咲良ちゃんは「この男の子、このまま天然で居させるのはまずい」と感じて、使命感に駆られるようにみなとへ空気を読む技能を教えたのかもしれない。

 

 考え、思い出しながら、咲良ちゃんはダメ人間に引っかかるタイプではないかと、少しばかり不安になってきた……。

 

「おし、メンテ完了」

 

 叔父さんはいつの間にか、分解されていたシルヴァ・デリを元の状態へ戻していた。

 いつもながら、あまりの手際の良さに惚れ惚れする。私ではこうはいかない。

 

「ありがとう」

 

「ええよ、けど大事に使えてるな。前やったときよりよっぽど、手を入れんくて済んだわ」

 

「何年前の話? さすがに私だって成長してるよ」

 

「ははは、そうか。もう二十歳超えてるんやったな」

 

「そうです、お酒だってもう飲めますー」

 

「お、何が好きなん?」


「スコッチ」

 

「戦争や! 俺はジン派や!」

 

「あっ、そう……巴さんはバーボンだし、どうしてこうも分かれるのかしら……」

 

 灰蝋家は酒好きな家系で血筋ではあるのだけれど、好みがハッキリと分かれることも特徴だ。

 ママはジャパニーズウイスキーが好きで、おじいちゃんはたしかウォッカだった気がする。

 

「葉巻は吸うんか?」

 

「……シガリロを試したことがあるんだけど、あんまり好きじゃなかったかも」

 

 紙巻きたばこすらあまり好きじゃない。

 一度吸ってみたことがある「シガリロ」は小さい葉巻のようなもので、葉巻専用の吸い口をカットするナイフや、長時間付くライターやマッチが必要ない、お手軽な葉巻たばこである。

 巴叔母さんが吸っていたから試したことがあるが、一本吸って合わなかったから残りは全部物置で眠っている。

 

「そこは一緒やな、俺も実はあんまり得意じゃないねん、たばこ」

 

「あれ、でも頻繁に吸ってた気がするんだけど?」

 

「葉巻とウォッカは俺らの家系にとってドーピングやから……って」

 

 叔父さんは言いながら、口に手を当てて、ゆっくりと声を塞いだ。

 しまった、と彼の表情が物語っている。

 

「……それ、初耳なんだけど」

 

「いや、あのな?」

 

「どういうこと? 葉巻とウォッカが薬なの?」

 

「あー、えっと……聞かなかったことにしてくれん……?」

 

「いや」

 

 座ったまま、隣であぐらをかく叔父さんへずいと詰め寄る。

 たじたじになって目線をそらし、冷や汗を滲ませている。そんな顔できるんだね叔父さん。ちょっと楽しいかも。

 

「はあ……失言や、てっきり知ってるもんやと思って、油断した……」

 

「で? どういう意味ですか?」

 

「……ヴァンパイアハンターとしての血筋を持つ俺らには、願掛けがそれなりに有効やねん。気付け薬みたいなもんや」

 

「本当に? 私、普段からお酒を飲んでも、別に変化はなかったと思うんだけど」

 

「それはスコッチの場合、やろ? 葉巻とウォッカを嗜むと、また別の結果になるんや。なんせ結奈ちゃんからしたらおじいちゃんで、俺からしたら父さんの大好物やからな」

 

「血筋の因果、ってやつ?」

 

「そういうことやな。おじいちゃんが生きている限り、その因果は残ってる。だから多分、結奈ちゃんもそれを嗜んだら、俺や巴姉とおんなじ結果になるとは思う」

 

 私がお酒を飲むのは、もちろんそれなりに好きだからというのはあったけれど、血流を良くしてみなとに血を飲ませやすくするという目的もあった。

 だが、まさかそんな因果が、私の中に、血の中にあったとは。

 

 思い返してみれば、巴さんはバーボンが好きだと言っていたのに、仕事に向かう前は決まって葉巻のたばことウォッカを嗜んでいた。

「酔ってしまって大丈夫なの?」と聞いたことがあるが、「いいんだよ、これで」としか言わなかった。

 詮索しても教えてもらえそうになかったから詳しく聞かなかったが、まさかそんな理由があったとは。

 

「まあ、結奈ちゃんもいい大人になったってことを忘れてた俺も悪いわな。子供扱いしすぎてた節があったわ、すまんすまん」

 

「いや、まあ……叔父さんからしたら私なんてまだまだ子供なんだろうけど……」

 

「そうか? 美人さんやし、大事な人のために尽くすし、ええ女になったやん」

 

「あ、そ、そんなことないよ……」

 

 無意識?

 いや、天然なのか?

 心臓に悪い、脈が速くなる。アルコールを飲んだわけでもないのに、血の巡りが早い。

 まったく、顔の良い男が歯の浮く言葉をさらっと言わないで欲しい。

 

「ち、ちなみにさ、レオおじいちゃんはまだ元気なのかな!」

 

「んーどうやろな。俺も最近は会ってないからよぉ知らんのやけど、たしか『歯車』の教官になったとか、噂で聞いたわ」

 

「え、何歳だっけ? 私何度聞いてもはぐらかされて、本当の年齢知らないからさ」

 

「もう七十越えてたと思うで、たしか俺の年齢プラス三十歳やから」

 

「それで現役なの? すごくない?」

 

「まあな、あの人は己の腕っ節だけでヴァンパイアを相手にできる人やから」

 

「得物は?」

 

「ない。あるとすれば己の体躯と知識だけ。十字架、銀弾、聖水、一切使わん」

 

「そ、それは初めて聞いた……。あんなに優しそうなのに……」

 

「優しいのは間違いないで、めっちゃ強いってだけ」

 

 フィンランド人であり、ヴァンパイアハンターでもある「レオおじいちゃん」と会ったのは、もう十年以上前だ。

 もちろんその時の私はまだ十歳の子供であり、自分の家系がヴァンパイアハンターであることどころか、ましてや怪異の存在すらも知らなかった。

 

 しかしまあ、灰蝋巴と空木の父親であるおじいちゃんが、弱いというのも考えられないけれど、まさか得物を使わないスタイルだなんて。規格外な怪異殺しの親もまた、計り知れないというわけか。

 

 待てよ?

 聖水も銀弾も銃を使わず、ましてや叔父さんや巴さんの使う『刀』を、使わない?

 私は刀というか、長物自体があまり得意ではない。むしろナイフの方が接近戦での有用性が高いため、そちらを使うことが多いのだが。

 

 殺し屋にとって大事な「得物」が話題に上がったことで、私は気づいた。気づかされて、思い出した。

 

「……あの、叔父さん」

 

「ん? どした」

 

「私が持ってた懐刀、見てない?」

 

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