非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

114 裏事情

公開日時: 2021年9月13日(月) 21:00
更新日時: 2022年6月27日(月) 01:26
文字数:4,719

「仕事……?」

 

「そ、庭園所属の俺がなんの用もなしに、ヤノさんに同行するわけないしな」

 

 それは、よくよく考えてみれば確かにそうだ。

 黒橡の方舟と月白の庭園は、同じ怪異専門組織でも、かなり方針が違う。

 

 方舟は「怪異との共生と取引」

 庭園は「怪異の利用」

 

 私たち人間に脅威をもたらす化け物との向き合い方が、異なる。

 自分たちに牙を剥く可能性があるのなら、最初から利用するのが、庭園の方針。

 しかし、意思疎通が取れるのなら交渉をすることを諦めないのが、方舟の流儀。

 

 方針の違いで険悪な関係だというのに、これが同じ件を追っているとなった場合には、真正面からぶつかる可能性もなきにしもあらずだ。だから、お互いの情報を漏らさないように、隙を晒さないように、にらみ合って警戒している。

 

 そして、庭園は実働部隊の実権をほとんど、目の前に居る空木叔父さんが握っている。

 その彼が私たちと仲良しとまではいかなくても、こうして実際に会うのは、自分の所属する組織に対してそれなりに説明できる理由がないと無理だ。

 

 まあ、あとから報告書を出せばいいぐらいには、彼が自由に行動できるだけの実力と信頼があると言えば間違いないのだが。

 

「俺は結奈ちゃんへの説明を任されたんよ、ヤノさんにな」

 

「なんの?」

 

「今回の件の裏事情や。あん人、『結奈ちゃんへの説明は空木に任せたいんだよね』って言ってたけど、なんつーか色々気ぃ使いすぎやな。俺への情報提供も含めた立ち回り、馬鹿にできへんわ」

 

「……そういう人ですから」

 

 多分、虹羽先輩は私にも気を遣ってくれたのだろう。

 叔父さんと一対一で話せる数少ない機会を、作ってくれた。

 それは、私が方舟に所属してから、ほとんどできなくなってしまったことだ。

 

 虹羽先輩は、本当は周りの人を一番に思いやる性格をしているというのに、照れくさいのか、認めたくないのか、いつもおちゃらけた雰囲気でごまかしている。

 損な役回りばかりだ、可哀想に。

 

「それで、裏事情というのは?」

 

「んー、まあ結奈ちゃんなら大体察しは付いてるやろ? 逆に分からんことあるかいな?」

 

「……三つほど」

 

「おう、どうぞ」

 

「一つ目は、虹羽先輩が話していた『霞さんの異象結界で誘導』の部分です。確かに異象結界を展開して完全に目立ってしまった霞さんの情報は、きっと怪異界隈に出回ることでしょう。けれど、それで一体何を、どういったものを誘導したのか?」

 

「何を誘導したか、やな。単刀直入に言えば、あのお方は庭園の目と、庭園と俺が持つ目標の優先順位を入れ替えたんや」

 

「入れ替えた? 庭園の目的は、怪異となりはてた人間を殺すことでは?」

 

「そこは間違っておらん。だがあくまで、俺は『さくら』って女の子が生み出す『灰』の方を狙っていたんや。ま、あの子もかなり危険な暴走状態になっていたから、あの場で処理する判断をしたのも、俺や。けど突然の異象結界の顕現で、俺も組織も標的が変わってしもうた」

 

 実際は、叔父さんはみなとに鎮静術で眠らされていたから、異象結界の発動を確認した段階というより、霞さんがこの場所へ到着したタイミングで、虹羽先輩がこの森までやってきて眠っていた叔父さんを起こしたとのこと。

 

 それが、時間にして午前0時12分だった。

 丁度、私と霞さんがみなとの捜索を開始したタイミングだ。

 

「山査子霞……ローゼラキス・カルミーラ・ホーソーンがまだ生きているとなったからですか?」

 

「ああ、異象結界の持つ色はどんなに血筋が近くとも、同じ色にはならん。発生した異象結界の色は完全に『ローゼラキス』のものやと判別できたんは、あの方が有名な吸血鬼やからやろうなぁ」

 

「庭園には記録が残っていた、ってことですか?」

 

「まあな。一応ローゼラキス様と正面衝突したのは、『月白の庭園』所属中の姉ちゃんやし、そん時得た情報を、お偉いさんは独占して保管してるのよな」

 

 話が逸れたな、と頭の後ろを掻きながら、叔父さんは続ける。

 

「方舟、というかヤノさんあたりはローゼラキスの存命を前々から知ってたようやけど、俺ら庭園は彼女がまだ生きていること自体、初耳やったしな。少しでも痕跡を追いかけて、危険がないのか調べないとあかんようになった」

 

「……つまり、霞さんがわざわざ私に同行して、まるで自分の存在を見せびらかすように動いたのは……」

 

「みなと君とさくらちゃんへの注意を逸らすため、というか、みなと君の暴走を少しでも止めるため、なんやろうな。ローゼラキス様が一体どれだけ先読みに優れているのかは知らんが、もしさくらちゃんを追いかけるためにみなと君がミズチの居ない状態で力を使って、『初夜逃し』みたいな暴走をしたんなら、取り返しがつかん。だからあの方はヘイトを稼いで、注意を自分に向けさせたってことやと、俺はそう推測している。あくまで推測やで?」

 

 ローゼラキス本人は語ってくれなかったし、ヤノさんも立ち入ったことまでは言わなかったから推し量ることしかできないと、彼は言う。

 

 だが、今聞かされたばかりの私でも、その辺りの憶測は納得がいく。

 そもそも、霞さんが自分の闘争心の赴くままに戦いを仕掛けるという動機自体が、あまりにも浅いと感じていたからだ。

 

 流れに乗られて、乗らされて、ついつい私も悪乗りしてしまったが。

 その程度の理由で、あんな短絡的な決闘を持ちかけるわけがないと、なぜ私は信じ切れなかったのだろう。

 なぜ、私は霞さんのことを「所詮、吸血鬼のプライドはその程度か」と疑いもなく信じて、侮ってしまったのかと、後悔の念が絶えない。

 

 いや、待てよ。

 よくよく思い返してみれば、戦闘を開始する直前まで私は魅了術にかかっていたのだった。

 洗脳状態を解くためにリミッターを解放したわけだが、そうなってしまっては戦いにしか意識が向かなくなってしまうところを、彼女は分かっていて、うまく挑発したというのか。

 

 一杯食わされたどころではない。あの吸血鬼は、あの母親は。

 本当に、一切の誇張なく先読みに長けていて、なおかつ計算高く、そしてそれを悟らせぬ賢人である。

 

「じゃあ、二つ目を」


「おう」


「霞さんと虹羽先輩、あの二人は旧友だったりするんですか?」


「それに関しては俺も詳しくは知らんのやけど、一応ここに来る前にヤノさんが教えてくれたんは、『ロゼは昔、僕と一緒に竜を退治した戦友』らしい」


「竜?」


「文献を漁ればその事件も出てくるかもしらんな。あの二人が相手にした竜ってことは、結構えぐいやつやったんやろう。人類最強とノーライフキングのタッグコンビ。いやぁ、見てみたかったぜ」


 当然ではあるけれど、叔父さんは二人の深い関係性までは分からない、か。

 また今度、私が個人的に聞いてみるしかない。


「じゃあ三つ目を」


「おう」


「叔父さん、あなたの目的を教えてほしい。庭園に所属する『桐隠しの灰朧』としてではなく、『灰蝋空木』としての意思を」


「……せやな。結奈ちゃんには、それは言わなあかんとは思ってた」


 あぐらのまま、叔父さんは顎を撫でる。

 自身には治癒術を使えず、傷の再生も極端に遅くなる呪いを宿しているのに、生えてこない髭がそこにあるように撫でてしまうのは、もう染みついた癖なのだろう。


「話を聞いてたから薄々感づいてはいるかもしれんが、俺は庭園の変革を考えてる。そのために、ヤノさんと裏で取引をしてるんや」


「大丈夫、なの?」

 

 そんなことをして、という不安を読み取ったのか、叔父さんはへらりと笑った。


「まあ、今いる上の方はもう隠居暮らしすることしか考えとらんし、自分らの代で『完全庭園』が完成するなんて思っておらんのやろ。せいぜい余生を楽しく過ごそうと、花見の庭でも作ろうとしてるわ。それで今回の件、俺は駆り出されたわけやし」


「……もしかして、降りかかった木を桜にする灰を、ただの花見目的で……?」


「はは、そうや。庭園もずいぶんぬるくなったもんやろ?」


 あの怪異殺しを率先していた庭園が、そこまで落ちぶれているとは。

 いや、落ちぶれたわけではなく、叔父さんが変えていった結果なのだろうか。


「まあ、情報や常識の代替わりで、所属する人らにも意識的な変化が来ている結果やと思いたいわな」


「人は、変わるものね」


「ああ。むしろ面道なのは篠桐のおっちゃんの弟子たちやわ」


「弟子? 篠桐について行かず、まだ庭園に残っているの?」


「いるいる。あの人らは篠桐おっちゃんが『おかみ』に移籍しても、依然変わりなく怪異殺すべしのスタンスやからな。俺にも無茶な指示が飛んできて、嫌になってまうわ」

 

「……ところで、変革って言ってるけども、叔父さんはそれを私に話して大丈夫なの? 反乱の画策を、別組織に漏らすなんて」

 

「それは向こうも一緒、お互い様ってやつや。どっちが準備を整え終わって、先に仕掛けられるか、チキンレースみたいなもんでな。表面上は知らん振りしてるって感じや」

 

「……内部で勢力があって、それがお互いに決起を画策しているってこと……?」

 

「まあな。政治問題みたいでややこしくて、俺には向かん。だからヤノさんの力を借りてるわけやし」

 

 実力至上主義の月白の庭園では、こういうことが今までもあったらしいが。

 そのたびに、内乱となりうる原因を力ずくで納めてきたのが、篠桐宗司であったらしい。

 

 しかし、篠桐宗司が「おかみ」へと移籍したタイミングで、権力争いともなる内乱が起こらなかったのは、この空木叔父さんがまとめ上げたからとも聞いている。

 

 らしいとか聞いているといった、真相が曖昧なのは理由がある。

 方舟も、すべての情報に精通しているわけではない。

 ましてや、庭園は方舟と同じように、情報を意図的に隠すことに長けている「業界」の組織なのだから、噂程度の情報が流れても真意が分からないのは、よくある話だ。


「ただな、正直篠桐のおっちゃんが死んでしもうて、庭園も大きく動かんとあかんくなった。世界をどん底に陥れる可能性を見せた、半神半人を処分する大義名分が、もうできてしもうた。もちろん、証拠が足りへんうちは動けない。だから証拠集めに躍起になってる」

 

「今回のおじさんに与えられた、『灰の回収』指示も、そのひとつ?」

 

「せやろな。実際に、『幼馴染みを殺そうとする殺し屋を目の当たりにして、どう動くか』を、検証したんやろ。みなと君が真人間状態でどれくらいの危険度があるのかを調べたかったんちゃうか?」

 

「……じゃあ、叔父さんは今回みなとの件を、どう報告するつもり?」

 

「んー、まあ、結奈ちゃんならえっか。『人間状態でも空色の神秘術適正あり。訓練を重ねた場合、こちらの戦力になり得る』やな」

 

 一瞬悩んだようだが、包み隠すことなく言うことを決めたようだった。

 戦力。その言葉で、肝が締まるような嫌な予感が浮かび、心臓がどくどく跳ねる。

 

「……スカウトでもするつもり?」

 

爆弾は、誰かに使われるより、手元に置いておく方が安心やろ?」

 

「それは、そうね……」

 

「そういう報告の方が、みなと君への干渉の仕方もなめらかになるとは思うんよ。無理矢理連れて監禁とかじゃあなく、俺経由で協力関係を築くみたいな。そうなってくれたら、味方も同然やろ?」

 

「まあ、こちらとしてはあまり聞き捨てならない本音ですが……」

 

「ああ、そう思うてくれ。方舟と違って、庭園のやり方は過激や。過保護になるぐらいで十分。やないと、いつ誰がみなと君の寝首を掻くか、分からんしな。けどまあ俺の目的というか、与えられた任務は『灰の回収』だけや。みなと君や、『さくら』って子まで殺すのが本来の任務やない」

 

 実際、灰の回収を終えた空木叔父さんは、任務を終えていてフリーとのこと。

 余裕のある今だからこそ、私は聞いてみることにした。

 

 乗っ取られていた咲良と、直に対面したときのことを。


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