非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

059 ハーフヴァンプのエピローグ 消

公開日時: 2021年4月26日(月) 21:00
更新日時: 2022年2月18日(金) 21:39
文字数:4,183


「これは……?」

 

「ま、開けてみなよ」

 

 玄六さんの手紙と同じ、暖かい色を持つ手触りの良い封筒の中には、何か細長いものと、通帳があった。

 細長いものは、筆だった。持ち手すべてが漆のように深い黒で、毛先は黄金のように美しい色をしていた。

 

 よくわからない筆より先に、まだ理解しやすい通帳の方を開けてみる。

 

「ッ!?」

 

「良いリアクションしてるねぇ~」

 

「こっさん、これ、桁が!?」

 

「あ、ちなみにそれが今回の君のお小遣いだからね。いや、ちゃんと報酬って言いたいんだけど、方舟からお金を出したってなったら君の待遇的に問題があるからさ。僭越ながら僕のポケットマネーから出させていただいたよ」

 

「ゼロの数が! いちにさんしごろくなな……ウっ……」


 お小遣いにしてはあまりにも過ぎる大金に眩暈を起こし、吐きそうになった。

 

「こ、こんな大金、受け取れません!」

 

「でもそれぐらいの仕事をしてくれたんだよ、君はさ。今回頼んだ件、たしかに僕と結奈ちゃんが行くことになっていたものだけど、もし本当にそうしていたらとんでもない被害をもらった可能性があったんだ。具体的に言うと、杭を抜けはしても誰かが死んでいただろうさ」

 

「に、虹羽さんでもですか……?」

 

「あのさ、君は半神だから忘れがちだろうけど、人間って結構もろいんだよ? 僕だって例外じゃないさ」

 

 本来なら人件費と資材費だけで通帳に記載されている金額の半分は使わなければいけないものだったと、虹羽さんは重大な話でもないように言いのけた。

 

「君への正当な報酬さ。でもまあ、君の前科がでかすぎるから個人的に渡さないと、絶対にピンハネされるからね」

 

「あの、だとしたら前科の償い用にこのお金を使ってほしいと言いますか……」

 

「はは、まさかご冗談を。君の暴れまわった前科が、数億円とかで片付くような問題なわけないのさ。怪異の国が二つ潰れたんだぜ? この程度はお小遣いだよ」

 

 今、とんでもない事実を聞いてしまった。

 姉さんに聞いても、黒橡の方舟にいる人たちに聞いても、頑なに教えてもらえなかった事実の一端を。

 

「おおっと口が滑っちゃった、結奈ちゃんに怒られるねぇ」

 

「あの! 虹羽さん、教えてください。僕は一体、記憶がなかった時に何をしていたんですか?」

 

「暴れただけだよ。でもそれは別に、神様ならよくあることだからね。彼らの機嫌次第で国がつぶれるなんてよくあることさ。だから君も建前上はお咎めなしなんだよ」

 

「いや、それはやっぱりだめですって!」

 

「だめ? なら君は今すぐつぶした国を復興させるようなことができるのかい?」

 

「そ、それは……」

 

「無理だろう? だから君が償うべき罪じゃないし、負えるような責任じゃないんだ。神様の力があるからって自惚れちゃあいけないぜ、自分一人で出来ることなんて限りがあるのに、どうしてすべてやれる気でいるんだい?」

 

 重く、けれど平坦に。

 何度も何度も言い慣れた説教のように。

 

 そんな言葉に、僕の心はずしんと重くなる。

 が、決して目をそらさなかった。

 ベンチに並んで座る虹羽さんの、サングラスの先にあるだろう目を見据え続けた。

 

「……そう、いやはや、君の信念は愚かなぐらいにまっすぐだ。英雄の気質ありだね、非情で真面目に狂っている」

 

「僕が狂っていたとしても、それで少しでも笑ってくれる人がいるなら、構いません」

 

「ははっ、人間らしくないなぁ。もしかして、だからミズチを受け入れられたのかもしれないね。先天的な半神半人はたくさんいても、後天的に混ざり合って成った人間なんて、数えるほどない例だ。まあでも、君が納得できる人生を歩めるのなら、僕も友人として嬉しいよ。いつか道を踏み外した時は、全力で止める理由にもなる」

 

「……その時が来たら、本当にお願いします」

 

 通帳を閉じて、虹羽ヤノに頭を下げる。

 

「姉さんは、情が入ってしまうかもしれないので……」

 

「うん、それは重々承知しているよ。安心してくれ、僕だって君みたいな良き友人をなくすことは惜しいからね。幸せな人生を送るためにも、夢を供給させ続けるさ。ああでも、その右腕に関しては僕は専門外だから、一回シオリさんに相談報告するようにね?」


 え?

 いま、僕の右腕は完全に人間の腕としているのに。

 看破された。重大な秘密を。

 

「不思議なものだねぇ、受肉を目的としているように見えて、彼女は裏で進めている企みがあるんだろうね。混ざり合うわけでも、食いつぶされるわけでもなく、共存できるだなんて。日本神話の原点にいるやつらは格が違うよ」

 

「……その、やっぱりまずかったりします……?」

 

「いいんじゃない? 実際便利なことも多いんだろ? ミズチモードになってなくても、彼女を呼び出せるのはでかいと思うよ」

 

 右腕を受肉させた代償、というより利点の方を見破られている。

 虹色のサングラスの先に隠れている眼には、何が見えているのだろう。

 

「心臓以外にもミズチの体が増えたおかげで、みなと君の生命機能を肩代わりしている彼女の負担が減っているみたいだし。まあそうなると君が起きている時にミズチがちょっかいをかけてくる時間も長くなるってことだろうけど、実際は普通に仲良くしてるように見えるからね」

 

「いや、僕はミズチの戯言を理解できないことの方が多いんで、雑音が増えるんですけどね!」

 

「知らない世界を知るいい機会だと思えばさ」

 

「性癖の扉ばっかり開いて見せられるのはきついんですよ!」

 

 

 と、そんな愚痴も吐き出し終えたところで、封筒に入っているもう一つの物に関して聞く。

 

「これは、なんの筆です?」

 

「怪異情報屋の『玄六』との連絡手段だよ。それを渡されるっていうのは、彼からの信頼を意味するものだからね。君はすごいやつを味方に付けたものさ」

 

「……虹羽さんが戸牙子に聞いていた、あの人ですか?」

 

 あえて、ここはとぼけておいた。

 僕が実際にその人から手紙を渡されたことは、秘密にして。

 口外しないことが、あの手紙に書かれた約束だったから。

 

「そ、古い知り合いなんだよ。まあ彼に家族がいたなんて初耳だったから、にわかに信じられなくて聞いてみたんだけど、結果としては娘に知られていないことを武器にしていたんだよね」

 

「というのは?」

 

「山査子家。霧に微睡まどろむ鬼の一家。忘却のかすみに消え入る楼閣ろうかく。あの一家の大黒柱であることで、彼は自身の素性を隠し通していた。今になって結界が無くなっても、もう彼には関係ない。だって繋がりを持った娘が、解放されたんだから」

 

「……関係ない? でも虹羽さん、夜霧の帳から解放された玄六さんは、また追われることになるんじゃ……」

 

「おや、そこまでは聞いていないのか。いやでも……そうか、彼が素性を話すことはないしな……」

 

 腕を組みながらぼそぼそとつぶやく虹羽さん。

 しかし、妙案を思いついたように指を鳴らして不敵に笑う。

 

「うーん、ちょっと今聞いてみなよ」

 

「え、聞く? 誰にです?」

 

「もちろん、彼自身にさ。その『金伝手かなつての筆』はね、なんとインクも墨も紙もいらない。空中にだって書くことができて、しかも一瞬で彼のもとへ届く連絡手段だからね。『種族はなんですか?』って書いてみな」


 種族。

 そう言った時点で、玄六さんが人間ではないと言っているようなものではあるが。

 空中に書ける筆という、物珍しいアイテムを使ってみたいという好奇心が勝り、僕は筆を構える。

 

 手で筆を固定すると、金の毛先が鈍い黄金色の光を帯び始める。

 それを走らせると、波のように金色の軌跡が走っていく。

 墨入らずとは、まさにこのことか。

 

『玄六さんは、人間じゃないんですか?』

 

 書いてみた。

 ふわふわと浮かぶ文字列は、その形をぐにゃりと紐のように変えていき、新しい意味を成す文字列へなっていく。

 

『吸血鬼だ』

 

「す、すごい……!」

 

「でしょ、あの玄六から情報だけ乗せた『和紙』じゃなくて、即時連絡ができる『筆』を渡されるのって本当にごく一部なんだよ。僕だってもらえてないからね」

 

「……って、筆のすごさに気を取られてましたけど、吸血鬼って!?」


 いや、そうか。

 玄六さんは、ロゼさんに吸血されていた。

 吸血鬼の吸血行為は、種族の上書き。

 

 玄六さんはあの時点で、もう人間ですらなくなっていたのか。

 浮かぶ金色の文字を見つめながら、虹羽さんは続ける。

 

「土地に根付いていた帳は、あちら側が消してくれた。僕ら人間は杭の交換と情報だけ流して終わり。本来なら痛み分けで終わってしまうはずだった件が、間に入ってくれたみなと君のおかげで軽傷すら負わずに済んだ。だから僕たちは、君に感謝しているんだよ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「自惚れは良くないけど、誇って良いんだぜ? 色々思うところもあるだろうけど、君が半神半人であったからできたことなんだからね」

 

 と言い、彼は不敵な笑みを崩して、気前のいい叔父さんのように笑う。

 

「さ、じゃあお説教はこれぐらいにしよう! 君はお小遣いでパーッと遊んできたらどうだい?」

 

「……いやいや! そうですよ、こんなお金もらえないって話をしてたじゃないですか!」

 

「んー、だとしてもなぁ。どっかの公共団体に募金でもしたら、だいぶ疑われるぜ? だからといってトバラとか配信者に投げ銭するのもちょっとね、引かれると思う」

 

「そんな石油王みたいな使い方できないんですってば!? 明らかに学生が持っていいお金じゃないですよ!」

 

「えー? お金に余裕のある人って施しの精神が生まれやすいんだぜ?」

 

「ぐ、ぐぬぬ……いや、通帳見るだけで吐きそうになってるんですけども……!?」

 

「ゲロインならぬゲロ主人公か、ウケなさそう」

 

 通帳を直視できないほど、複雑な感情の渦に呑まれている。

 単純に喜んでいいものではない葛藤やら、あまりに大きすぎる金額を持つ恐怖やら。

 本当なら、このまま公園のごみ箱に投げ捨ててしまいたいぐらいだ。

 

「けどねー、周りの誰かでお金に困っている人がいるんだったら、その人に渡しちゃっても良いんだろうけどね? 別に結奈ちゃんは生活に困ってはいないしなぁ」


 周りで、お金に困っている人。

 

 ようやくである。

 このエピローグで、なぜ虹羽さんの野暮ったい説教をつらつら振り返ったのか。

 

「……あ」


 ただいま絶賛家探し中で、当面の生活費や、家具家電に精密機械たちを揃えないといけない状況の一家が、僕の知り合いにいることを思い出した。

 

「……あの、虹羽さん」

 

「お、何か思いついたかい?」

 

「このお金を渡す人って、別に人間じゃなくても良いですよね?」

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