非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

004 覚醒

公開日時: 2020年10月30日(金) 20:33
更新日時: 2021年4月28日(水) 17:05
文字数:3,804


「っ……!」


 ピエロの男は息をのみながら床を蹴り、距離を開けた。これ以上近づくのは、まずいという危機感からだろうか。

 覆面のせいで表情はよくわからないが、何かに恐れていることだけは、なんとなくわかる。


 自分の知り得ない、未知のものに対する畏怖を、ありふれた人間であるはずの僕に向けている。


 そんな僕は、心臓の喪失によって先ほどまで全身にのしかかっていた重さと痛みが消えており、体がとんでもなく軽い。

 細胞の隅々にまで澄み渡るような心地よさが巡り、血泥に塗れた体が綺麗さっぱり洗われたように、清々しい気分だった。


 僕はゆっくりと立ち上がり、一歩あとずさりした男と向かい合う。


 彼の身長はおよそ百八十センチぐらいだろう。

 マントのせいで体格は分かりづらいが、がたいはそこまで広くないように見える。


「お前……人の皮をかぶっていただけか。いや、俺が思わず怖気付いて一歩退いてしまうほどの神格を、隠したままなぞ、ありえない」


 男は警戒心を強めて言う。

 

 まあ、それはそうなんですけどね。

 僕はついさっきまで、ただの一般人で真人間だったわけだし。


 この男の言うことの方が、正しい。

 けれど、とりあえず今の僕なら。


 こいつと、える。


「えーっと、あのさ」


 何気なく、待ち合わせをしていた相手に声をかける感覚で問う。

 この場の雰囲気に不釣り合いな行動に苛立ったのか、はたまた警戒したのか、男はマントから手を出し、拳を握りしめて正拳突きした。


 ピエロの男が繰り出した攻撃の軌跡が、今の僕には見えた

 空間を切り抜くように、握りこぶしサイズの円錐の筒が黒い軌道をえがいて、直進してきていた。


 なるほど、どうりで見えないはずだ。

 部屋が暗いんだから、黒い弾丸は見えづらいよな。


 だが、見えづらいだけだ。

 格闘技の世界では、ゾーンと呼ばれる超集中状態があるらしい。

 世界の動きがすべてスローモーションに見えるほど、自身の精神時間が極限まで研ぎ澄まされるらしいのだが。

 

 今の僕は、まさにそんな状態だった。

 

「おっと」

 

 心臓を撃ち抜かれた状況の二の舞とならないように、剛速球で顔面に迫る黒い弾丸を受け止めた


「!?」

 

「なあちょっと、こっちは今敵意ないんだから世間話しようよ。さっき僕の質問に答えてくれたお礼もしたいし」

 

「……神楽坂結奈かぐらざかゆなの弟よ、お前のそれは神通力じんつうりきなのか?」

 

「いやぁ、ちょっとその神楽坂結奈の弟って呼び方まどろっこしいな……。僕の名前は『みなと』だよ。みなとって呼んでよ」

 

「……みなと、なぜ俺の攻撃を空中で止められる?」


 ピエロ男が放った黒い円錐の弾は、僕の目の前で、水上でぷかぷかと揺られるビーチボールのように浮いていた。


「あー、なんでだろうね。あんたの攻撃が怖いなーって思ったら勝手に防いでいたっていうか……僕も原理はよくわからない」

 

 実際、この防御行動は神様が助けてくれたのか、それとも自分の意志で攻撃を阻止したのかは、当の本人である僕ですらわかっていない。

 

「……みなとは、俺たちの味方か? 敵か?」

 

「はあ? そんなの決まってるじゃん、敵だよ」


 握りこぶしを作り、僕の目の前で停滞していた黒い弾丸へ狙いを定め、渾身の力で打ち付ける。


 それはピエロ男に向かって、青白く光るレーザーのような水と共に撃ちだされた。

 さながらウォーターカッターでピエロ面の先にある顔面を押しつぶし、切り抜く勢いで。


 水の威力で押し出され、発射された黒い弾丸は到達する前に水圧で粉砕し、ショットガンのように拡散。

 散弾と水のレーザーをもろにくらった男の体は衝撃で窓の外へ吹っ飛んだ。


「逃がさない」


 ここで徹底的に打ちのめしておかないと、いつ姉さんの寝首を掻かれるか分からない。


 僕は割れたガラス窓の縁に乗り、足裏に力を入れて跳躍。

 夜に消えた黒いマントを、強化されている視力と、鋭敏になった感覚を使って追いかけた。


 広い公園の地面に何度も体を打ち付けて転がったピエロを捉え、もう一度握り拳を作る。

 すると、大きな川のようなものが脳内に自然と思い浮かび、先ほどと同じ水のレーザーが拳から飛び出た。


 こちらの攻撃を感知したのか、すぐさまピエロ男は体勢を整え立ち上がり、マントで全身を守るように包みこんだ。


「くおぉぉおお!」


 男は雄たけびを上げながら、身の回りに黒い膜を張った。

 きりきりきりと、着弾点で金属をウォーターカッターで切り刻むような音がひびく。


 攻撃の感覚をあけず、空中で態勢を整えて着地。

 すぐさま、地面を蹴って男に肉薄し、そのままみぞおちに向かって拳を叩き込む。


「がはっ……」

 

「おお、止められるのか」


 水のレーザーを防ぐだけでも苦戦していた気がするが、直接の殴打は普通に止められた。


 もちろん、拳は確実に男の腹に入っている。

 ただ、吹っ飛びはしていない。


 水の攻撃の方が、威力があるってことか。


 そんな分析をしている間に、男は肉薄した僕の腕を掴んで拘束し、もう片方の手を真上に上げた


「ストラック!」


 何かしらの詠唱と共に、黒い弾丸が僕めがけて降り注いできた。

 どうやら身動きを取れないようにして、無理やり当てるつもりのようだ。

 

 数は、六個か。とめろ


 その意思だけで、水に浮かぶおもちゃのように、ぷかぷかと黒い杭は僕の周りで浮き止まる。


「な、くそ……」

 

「僕には効かないよ、さっきので学習しなよっ!」


 土壇場の賭けではあったが、どうやらこの能力はある程度、僕の意思に応えてくれるようだ。

 お互いの目が合うほどの至近距離。渾身の蹴りを入れようとするが、直前で地面を蹴って男は距離を取り、またしても手を真上に掲げる。


「ストラッ―」

「無駄だってさ」


 先ほど止めた六個の黒い杭を、浮遊させたまま体の前に集めてひとかたまりにし、渾身の力を込めて殴りぬく。


 水のレーザーと共に爆散した黒いつぶてが散弾銃のように、男だけでなく公園の土や木、遊具にまで襲い掛かる。

 大地には穴があき、木には虫食いのような痕が生まれ、遊具はバキバキ音を立てて壊れた。


「う、うわぁ……」


 正直、自分の力が恐ろしくなった。

 いや、正確には神様の力だ。


 自然物だけでなく、人工物まであっさり破壊してしまうだなんて。


 ……今さらではあるか。

 ついさっき僕は、目の前の化け物に心臓をあっさり撃ち抜かれたのだ。

 化け物の力とは、こういうものなのだろう。


「くっ、はあ……はぁ……」


 ピエロの男は、全身を黒いマントで覆い、なんとか耐え凌いだようだ。


「さーて、どうしますピエロさん? これ以上やるっていうのなら、僕も本気で殺しにいくけど」

 

「はっ、手加減してるとでも言いたいのか」

 

「当たり前でしょ、本気出したらこのあたり一帯が消し炭になるよ?」


 まあ、はったりだが。

 実際のところ、どこまで力が出せるのかとか、どんな使い方ができるのかを全く知らない状態だから、本当の実力は出せない。


 それに、巨大な怪物にでも荒らされたような惨状の公園を見るに、周りの被害を考えたら本気を出すわけにはいかない。

 ここは僕たちの住む町で、知り合いや身内だっているのだから。


「くははっ……! ははっ、ははははっ!」

 

「夜中にうるさいよ」

 

「いやいや、これが笑わずにいられるか。殺し屋の寝込みを襲いに来て、ただの一般人に返り討ちにされるなどな! 一生の恥よ!」

 

「……へえ」


 このプライドは、意外と利用できるかも?

 かけてみるか。


「ただの一般人に追い返されて、目標も達成できずに、泣いて帰りましたって言いふらしたら、末代までの恥になる?」

 

「……なに?」

 

「あーどうしよっかなー? あんたが情けなくわめいてお家に帰っちゃったって、僕が懇切丁寧に言っちゃおうかなー?」

 

「――くはははっ!」


 ピエロは凄惨に笑い、かと思えば一瞬で高笑いを消して、こちらを見据えてくる。


「みなと、といったか?」

 

「そうだけど」

 

「名乗りすらしなかった無礼を詫びよう。俺の名前はグロウだ」

 

「今さら、なんのつもりさ」

 

「無論、お前との決着のためだ」


 いける。

 ここで押せば、こいつは退いてくれる。


 長引かせるのは、まずい。

 もう、僕の力も限界が近い。

 気を抜けば倒れそうなほど、異常に眠いのだ。


「ふーん。ま、次やる時も負ける気はさらさらないけどね」

 

「くはははっ! みなと、お前はなかなか勇猛だな。俺でも恐れるような禁忌にまで手をだすなど、普通の人間にできることではない」

 

「家族を守るためだからね」

 

「ふはっ、だからこそ、その心臓を治したやつもお前に手を貸したのだろう」


 呼応するかのように、どくんと心臓が跳ねる。


神楽坂かぐらざかみなと。貴公との再戦を、俺は楽しみにしているぞ」

 

「その時までにあんたが死んでたら、僕は勝負しなくていいから楽なんだけどね」

 

「くははっ! その青き威勢、しかと俺の胸に刻み込めておこう」


 ピエロ男はそう言うと、社交の場でする仰々しいお辞儀をして、ふわりと体を浮遊させる。

 黒いマントが小さな粒子へと変化していき、霧のように夜の空へ消えていった。


 そこから、数十秒は立ったまま夜空をにらみ続け、警戒していた。

 が、これといった悪寒は感じなくなり、張り詰めていた糸が解けたように脱力感が全身に降りかかる。


 なんとか、なった……。


 胸のあたり、あいつに貫かれた心臓の近くを触ると、服の生地は無くなっていたが皮膚はあった。

 ざらりと、蛇のうろこのような皮膚が。

 そんな不自然な感触への疑問を覚えるより先に、視界はまどろみ、睡魔に誘われる。


 僕は、姉さんを守れたのかな……。


 限界を迎えて落ちるように重くなる目蓋に、僕の体は逆らえなかった。

 

 


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