非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

117 竜と吸血鬼の親和

公開日時: 2021年9月24日(金) 21:00
更新日時: 2022年7月4日(月) 01:12
文字数:4,326


 私は、叔父さんからメンテナンスの終わった愛銃を受け取ったあと、ふと気づいてしまった。

 自分の得物が、自分の使っていた武器が足りないことに。

 

 霞さんとの激戦を制するため、私はもう一つの武器に頼った。むしろあちらから、私に力を貸してくれたと言うべきだ。

 それはもちろん、恋敵の得物である「玉泉たまいずみ」だ。あの神刀にわずかな好機を生み出してもらい、防御も頼んで、窮地を乗り越えた。

 だが、その懐刀がいまは私の手元にない。

 

 じわりと、胸のあたりに悪寒が這い寄る。

 ほんのり朝日が空を染め始め、真っ暗な世界から明るくなってきた辺りを見回しても、それらしきものがない。

 私の左手にぐるりと巻き付いて、関節を補強してくれていたというのに、どこにいった?

 

「懐刀って、結奈ちゃんはそんな武器も使うようになったんか?」

 

「あ、え? 叔父さんは、戦闘は見ていないの?」

 

「ヤノさんが異象結界に抜け穴を作ってくれて、そこを通ったから一瞬到着が遅れたのもあるねんな。外で待たされてたから、見てはおらん」

 

「……そう」

 

 どういうことだ、玉泉はどこにある。

 というより、不可思議なことはそれ以外にも数多くある。

 

 まず、なぜ虹羽先輩は霞さんの異象結界、夜霧の帳のなかへ入ってこられたのか。

 たしかに異象結界は、完全な防御要塞であることに違いないが、対抗できる手段というのがないわけではない。

 虹羽先輩が持つ異象結界で上書きするという方法があり得たとしても、タイミングが良すぎることが疑問だった。

 

 時間の流れが固有のものになる異象結界に入り込む時には、現実世界との時間のずれが大きくなる。

 あんな、双方とも致命傷を浴びるギリギリを見計らったような瞬間に決闘を止めるなんて、できるものなのだろうか。

 

 それに、私は確実に弾丸を霞さんへ撃ち込んだ。

 撃鉄を引き、トリガーに指をかけ、胸の下から脳髄まで貫通するよう、銀弾を発射した。

 

 だというのに、霞さんは無傷だった。油断を突かれたことは、霞さん自身もよく理解しているようだった。

 肉薄した時、目の前で浮かんでいたあの人の顔色は、驚愕のそれだった。

 

 どうして、弾が出ていないのか。なぜ、自分の体に傷が入っていないのか。

 そういう困惑が、彼女の表情に表れていた。

 

 いや、そもそも弾丸が正常に発射されたのかどうかすらあやしい。

 確かに撃鉄を引き、銃声は鳴り響いていたのに、弾丸自体がそもそも消えていたように思う。あり得ない話のように聞こえるかもしれないし、幻覚でも見ていた気分になっているが。

 あの結果を言い表すには、そういう表現をしなければ理屈が通らないと思ってしまうのだ。

 

 むしろ銀弾を「防いだ」というより、「抹消した」という方が正しいかもしれない。

 虹羽先輩が弾丸を超力で圧縮し、潰したのではなく。もとよりその事象が存在していなかったように、結果が消え去った。

 

 でないと、至近距離で撃ち込んだ弾のダメージを一切食らっていない、霞さんの状態に説明がつかない。

 たとえ弾丸が貫通しなかったとしても、発射されたのであれば、多少の衝撃と白式のダメージが銃口を押し当てた胸下に入っているはずだった。

 

 なのにそれが全く、なかった。

 だから、霞さん自身も驚いていた。

 

 そして、極めつけでありながらもっと不可思議なのは、私のジャケットからするりと出てきた玉泉だ。

 玉泉は勝手に、持ち手の意思なんかおかまいなしに、を守るように霞さんの剣閃を止めた。

 もしかするとあれは、みなとを常に守っている自動防御と、似たようなものなのだろうか。

 

 宿主か、あるいは持ち手か。

 どちらにせよ、主人と認めた者をひとりでに守るシステムが、ミズチには本能レベルですり込まれているということか?

 

 私はジャケットの内ポケットから、ルビーネを取り出す。

 赤い布地に金色の綴じ紐。異象結界「ローゼン・ガルテン」を極限まで小さくした、吸血鬼の聖遺物。

 

 この中に、私は玉泉を入れていた。実際は霞さんから無理矢理入れられたのだが、まあそこはいい。

 しかし、結界術の施された物入れは、当たり前だが中に入っているものが勝手に飛びでてこないように、一方通行の封術がかけられている。

 私が手を入れなければ、中に入れたものは取り出せない。ということは、玉泉が独りでに出てきたのはおかしい。

 

 そもそも、玉泉は本当にルビーネの中から出てきたのだろうか?

 戦闘中の出来事だ、私もしっかりと確認できていたわけではない。

 胸辺りから出てきたのは分かっているが、一刀両断の太刀を防いださまは、まるで瞬間移動の割り込みであった。「顕現」と例える方が適切だろう。

 

「ほう、それがルビーネってやつかあ。えぐいな、異象結界の聖遺物って」

 

「あれ、叔父さん、これの名前を知ってるの?」

 

「ヤノさんから聞いてたねん。結奈ちゃんが持ってるものは、下手に触れんほうがええってな」

 

 ……なぜだ、おかしい。

 ルビーネは「ローゼン・ガルテン」をもとに作ったもので、一度方舟でも預かってはいるが、名前までは教えてもらっていないはず。

 なのに虹羽先輩は、なぜルビーネという名を知っている?

 

 まさか、最初から全部見ていたとか?

 山査子家に向かったことも、その中でミズチが少女趣味のコスプレをさせられていたことも、ミズチを殺したことも、霞さんに媚薬を盛られたことも。

 

 虹羽先輩、すべて覗き見ていた?

 いや、いやいや、落ち着け、落ち着こうね結奈。

 あの人は私からすれば上司であり、戦いを教えてもらった先輩でもあり、人類最強でありながら、他人のことを気遣うことのできる男性だ。

 ちょっと趣味がオタクでおっさんな中年男を、全く尊敬していないわけではない。

 

 だから、この思い込みは私の心が未熟であるが故にだ。

 他人を思いやれる心遣いがひどくつたないから、結論が浅くなっているのだ。

 

 うんうん、そうよ、そうに違いない。これは私の浅慮が悪いのであって、虹羽先輩が悪いことはない。

 そうだ、あの虹羽先輩のような男が、大の大人がストーカーじみた行為をするわけが……。

 

「する……かも」

 

 思わず、独り言がこぼれた。そうなってしまうと、あとはもう引き返せない。

 四肢のあいだや、隙間という隙間のすべてへ、にゅるにゅると触手が這い付きまわるような悪寒に襲われた。びりびりと鳥肌が逆立ち、冷や汗が駆け巡り、血液が冬の寒波を浴びたように凍える。

 

 だめ、想像するだけで失神しそう、というかしたい。

 いっそここで一度記憶をリセットできたなら、どれほど良かったか。

 あ、でも起きたらまた思い出して失神するか、じゃあ意味ないか。

 

 うん、殺そう。

 虹羽先輩をこの世から消してしまえば、私はこれから先、ずっと安心してみなとに甘えられるし、二人で快眠もできる。

 ナイスプランよ結奈、これこそすべての不安要素を解決へと導く、世界の真理だったのよ!

 

「おーい結奈ちゃーん、なんか俺も見たことのないような悪い笑顔してるでー」

 

「えー? なんのことですかぁ?」

 

「悪魔というか阿修羅が『にこぉ』って笑ってる感じでなお怖いわ。美人さんがやるからまた、さまになっていてやばいって」

 

 無表情なことが多いから、笑顔になることはいいことだと、みなとに言われたのだけれども。

 いざ実戦してみたら怖いって言われた、悲しいわ。

 

 と、そんな風に自分の迷いと動揺を打ち消したら、私は持っているルビーネの紐を緩めて中に右手を入れる。

 結界術の施された道具入れを使うときは、手を入れたあとに頭の中で探しているものをイメージする。

 そうすることで、結界内に入れた手へ、磁石のようにイメージしたものが吸い付く。

 

 刀身の短い玉泉を脳裏に浮かべると、手にぴたりとくっつく感触が伝わる。

 どこか、鱗のようにざらついた表面の感触が、私を助けてくれた得物の柄と同じだったから、糸が緩まるように安堵した。

 ゆっくり、恐る恐る引き抜くと、一尺程度の短い日本刀が出てきた。

 

 抜き身ではなく、鞘に収まった状態で

 

 


 

「……それは、またえげつないシロモノやな……?」

 

 玉泉を見据えた叔父さんの顔色が変わり、眉間にしわが寄る。

 物珍しいのか、それとも物々しいのか。

 叔父さんもそれなりの剣豪であるはずだが、熟練の人から見てもこの刀は異質であるということなのだろう。

 

 けれど。

 

「……おかしい」

 

「ん?」

 

「いや、実はこの刀って、勝手に出てきて私を守ってくれたの。その時は抜き身だったから、今こうして鞘に収まっているのが不思議で……」

 

「自分で勝手に戻ったってことか。それだけで独立している怪異みたいやな」

 

 独立した、怪異。

 もしそれが本当なら、この玉泉はまるで「意思持つ怪異」だ。

 しかし、それはミズチ本体の話であって、彼女の得物にまで意思が宿っているなんてことがありえるのだろうか。

 

 いや、違う。

 そうだ、その前提すら見当違いだ。

 

 玉泉は、伝説的な逸話を持つ神刀。

 自分を貶めた同族を殺すためだけに作り上げた神刀を、愛した人間へ渡した。

 その玉泉を持った人間が最後に貫いたのは、玉泉の所持者でもある、彼女自身であった。

 

 そんな逸話を残している、同族殺しの祖であるこの刀が、独立していないわけがない。

 付喪神とはまた違うのだろうけれど、性質的にはそれと似たようなものなのだろう。

 

 道具に、意味がこもる。道具に、怪異性が宿る。道具に、神性が乗り移る。

 神が使っていたシロモノなら、それは神造具と同じぐらいの格が宿るはずだ。

 

 だから、この神刀が私を守ったのはきっと、今はみなとのもとにいるミズチの意思ではなく。

 玉泉自身の意思、ということか。

 

「……ありがとう」

 

 ぽつりと、聞いているかどうかも分からない相手へ、感謝を呟いた。

 無意識だった私の独り言に反応するように、玉泉はふわりと浮き上がり、そのままするりとルビーネのなかへ戻っていた。

 正直なところ、驚いた。自分で出入りができるなんて、まるでルビーネと玉泉が意思疎通していて、お互いの干渉を許しているようにも見える。

 

 まあ、どのタイミングでルビーネのなかに戻っていたのかは今も謎だが、勝手に出てきた事実があるのだから、細かいことを気にするだけ無駄なのかもしれないな。

 とりあえず、ミズチの大切な形見でもある神刀がしっかり手元にあるのは分かったし、そろそろ。

 

「叔父さん、もう行かないと。みなとが心配」

 

「お、そうか。もう聞きたいことはないか?」

 

「うん、大丈夫。話したいことはたくさんあるけど、聞きたいことは聞けたから」

 

「ふむ、じゃあ俺からもひとつ聞いてもええか? 時間はかからん」

 

「応えないわけにはいかないわね」

 

 内部情報をこれでもかと言わんばかりにさらけ出してくれたのだ、私もそれに値することを言う恩義はある。

 私は叔父さんの顔を真っ直ぐ捉えたが、なぜか彼は目線を逸らしながら、照れくさそうに呟いた。

 

「シオリさんとスズリさん、元気か?」

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