非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

139 幼馴染とのデート

公開日時: 2022年8月15日(月) 06:00
文字数:4,493


「……キャラメルマキアートはあんまり好きじゃなかったか……?」

 

「いや、美味しいよ? 甘くてトッピングも煌びやかで、うん、女子は好きだと思う。でもなんか、その……みなと君は何も飲んでないよね?」

 

「あー……喉乾いてなくて」

 

「そっか……」

 

 とんとんと、手持ち無沙汰を紛らわすように咲良はカップを両手で包み込んでタッピングする。

 

「いや、いいんだけどもね。気を遣ってくれてるのはわかるし。でも私はもっと、みなと君も楽しんで欲しいなって思ってるんだ。せっかくのデートなのに、私だけお姫様扱いっていうのも、むずがゆくて」

 

 確かに、それはよくなかった。

 もしこれが想い人との初デートとかであれば、男である僕がエスコートするべきだと思ってしまうが。

 咲良相手にそれは、あまりにもよそよそしいのではないかという話だ。

 

 僕が楽しむこと、僕が楽しめるデート。

 けれど、イメージが思い浮かばない。

 

「……えっとさ、咲良は」

 

「うん」

 

「僕がしたいことをわかってたり、する?」

 

「うんうん、わからない。だから教えて欲しいかな。私は男の子の望むことをなんとなく察せるけれども、みなと君がどこまで求めているのかは、わからないよ」

 

「そう、か……。ごめん、実は僕も咲良にどうして欲しいのかわかっていなくてさ。咲良の好きなものを知っていても、ただそれを与えることだけが、僕が求めている理想のデートではないということはわかっているんだけど……」

 

 語尾がどんどん気弱になっていき、言葉に濁りが混じる。

 曖昧で不確定で想像力不足の三重苦がのしかかって、今の僕は本当に頼りない男だと痛感してしまい、自己嫌悪に陥る。

 

 すると咲良が座ったまま、ずいとこちらに詰め寄ってきて、キャラメルマキアートを僕の眼前に差し出してきた。

 

「んっ!」

 

「……え? え、どうしたんだ?」

 

「飲んで」

 

「え、それは咲良のもので……」

 

「間接キスが嫌?」

 

「い、嫌というわけでは……」

 

「あーそうですか、私の裸だって見たくせに間接キス程度にひるんじゃうんだねー!」

 

「ちょ、声が大きいって……!」

 

 咲良の暴露にちらほらと周りにいる人たちが怪訝な表情で僕を見る。その中には妬ましいものを軽蔑するような視線まであった。

 

「ほら、飲まないとみなと君の性癖をここで暴露するよ?」

 

「ちょ、それは勘弁してくれよ!」

 

「じゃあ飲んでよ。私のキャラメルマキアートが飲めないっての?」

 

 なんだその脅し文句。お人形だらけのメルヘンワールドに突如現れたヤンキーっ子が言いそうな文言だが、内容の迫力のなさが微妙に微笑ましい。

 

「わ、わかった、飲むから……」

 

 恐る恐る、僕は咲良が口をつけたストローを見据えて顔を近づける。

 間接キス。そんなことを気にするような間柄ではない。果たして家族と食べ物を共有することに抵抗を感じる人がいるだろうか。

 

 と、そんな風に侮った考えは、ストローの先が目に入ったことで、一瞬でくつがえった。

 無色透明なストローを艶めかしく彩るように、吸い口の先に淡い桜色がついていたのだ。

 

 口紅だった。

 それもほんのわずかな、可愛らしさが勝る簡素な化粧。

 姉さんや巴さんといった大人の女性がするような、丹念で綺麗なものではないが。

 小さい頃から姿を見知っている幼馴染が少しずつ色づいている事実に、僕の脈は不思議と高鳴っていた。

 

「あ、いただきます……」

 

 一応断りをいれてから口をつけて、吸う。

 ぴとりと、プラスチックストローのつるつるな表面にはない、リップ独特の感触が唇に伝わる。

 こくこくと飲んで、鼻腔にキャラメルの風味が広がるたびに、緊張がどことなくほぐれていく。

 

「あ、おいしい……」

 

「でしょ? 多分キャラメルマキアートが好きなのは、私よりみなと君だと思ってたよ」

 

「え、もしかして好きじゃないのに、頼んだのか?」

 

「『僕は何もいらないから』って言ってたから。でも私も特に飲みたいものはなかったんだ。だったら、飲みきれなかった私の代わりに飲んでも、みなと君が喜びそうなものを選んだの」

 

「……咲良はほんと、気がまわるし僕のことをなんでもお見通しだな。なんだかお母さんみたいだ」

 

「だってさ、私はみなと君のこと好きだし。好きな人のことを知りたいって思うのは当然じゃない?」

 

「待て待て、今さらりと迂闊なこと言っただろ。それは家族愛であって、異性愛ではないだろ?」

 

「……じゃあ、私を異性として見られるなら、また話が変わってくるってことかな?」

 

「いや、そういう問題ではないというか」

 

「今のこれって、妹とデートしてる気分ってことでしょ? それは、私もなんだか気が抜けちゃうというか、張り合いがないしさ。結奈姉にお化粧もしてもらったっていうのに、それだけだと女らしさが足りないっていうのなら」

 

 咲良が僕からキャラメルマキアートをばっと取り上げて、勢いよく吸いきって全部飲み終える。

 その直後、立ち上がった咲良は近くのゴミ箱まで早歩きで進み、飲み終えたカップを捨て、かと思えば行きの倍近い速さで帰ってきて、ベンチに座る僕の目の前に立った。

 

「よし、糖分摂取完了! それではみなと君、今から女の買い物に付き合ってもらいます」

 

「……え、女の買い物?」

 

「数時間の拘束を覚悟してね」

 

「数時間……お、おいそれって、ま、まさか!?」

 

「でもね」

 

 これから起こる出来事を察してしまって戦慄していた僕をなだめるように、咲良はにこりと微笑みながら続けた。

 悪魔の嘲笑にも、天使の微笑にも見えたが、きっとどちらも混ざっている。彼女の表情は、そんな笑みだった。

 

「後悔は、させないから」

 

 



 

 女性の買い物というのは、男性から見るとどうにも理解しづらい面が多々ある。

 例えば、散々歩き回って服やらアクセサリーを物色した挙げ句、結局何も買わなかったり、同じところをぐるぐる回ったり。

 ウィンドウショッピングを楽しむ気持ちというのが分からないわけでもないが、目的やあてもないように散策していたかと思ったら、同じお店で何十分も悩み続けたり。

 

 先に買うものを決めて最短コースで直行する方が効率がいいじゃないかと、効率重視な僕は思ってしまう。

 ただし、周りに女性が多いためなのか、彼女らの行動パターンに対して共感はできなくとも、多少の理解は示せるつもりだ。

 

 つまるところ、彼女らは有限である時間をただ浪費しているわけではなく、ましてやその時の自分自身の目や精神の保養に使っているわけでもなく。

 長い時間をかけて買うべきものを吟味している、というより吟味せざるを得ないのだ。

 この世に溢れているものは膨大だ。しかも服飾や化粧品、美容関係の商品はどれもかれもが世界からこぼれ落ちそうなほどに蔓延している。

 

 そんな中から自分好みで、自分に合ったもので、使い続けることができるものを探そうとなれば、それは悩んでしかるべきだ。

 お金だって無尽蔵なわけではない、となれば慎重になるのもさもありなん。

 

 それに、買い物をする機会が多いということは、失敗する機会もおのずと増えることになる。

 いざ使ってみたり、着てみたりしても合わなくて、なくなく処分したりすることが多くなれば、一回一回の買い物に対して警戒レベルが高くなるのも理屈が通る。

 

 だから、僕が咲良の買い物に一時間近く付き合わされているのは、そういう仕方のない事情が絡み合っているからなのだ。

 そうやって頭を理屈的に動かして正当化でもしなければ、あくびが出そうになるほど暇な時間を潰せない。

 現状と女性の心理への理解を深めれば、一時間もただ付いていく今の状況に苛立ちを覚えることも少なくなるだろうと踏んだのだが、残念ながら専門外のジャンルのお店に連れ回られても、何もときめかない。

 

 ところで、男にとって居心地の悪い空間トップスリーは、「下着屋、アパレルショップ、化粧品ショップ」ではないだろうかなんて。

 まあ、とはいってもデートだからついて行くのは当然だし、楽しそうに物色して目を煌めかせる咲良を隣で見ているのは、悪い気分にはならない。

 

 そんな咲良が、ふいぃとため息をつきながら煌びやかなアパレルショップを出て、ベンチへ座る。ショッピングモール内にある女性向けアパレルショップのお店はほとんど回りきったというのに、すぐそこに見えるショップのいくつかを眺めているところからしても、咲良はまだ何か悩んでいるようだ。

 

 しかし、かれこれもう一時間近く歩き詰めだ。男ならいざ知らず、女の子は体力的な疲労が勝ってしまうのではないだろうか。

 

「咲良、一度休憩しないか? 腹が減ってはなんとやらだろ?」

 

「え、ああ。確かにもうお昼だね。一度ご飯休憩しようか」

 

 時刻はいつの間にか十一時半を回っている。待ち時間が長い長いと思ってはいても、やはり咲良といる時間が苦痛というわけではないらしい。

 そのまま、僕らはフードコートで各々、好きなメニューを頼んだ。

 僕はカツ丼。咲良はラーメンだった。

 

「おお、ラーメンも良かったな」

 

「カツ丼もいいよね。フードコートってそういうところがいいと思うんだ」

 

「ん? そういうところっていうのは?」

 

「店内っていう敷居というか、しきたりというか。まあ本当なら入りづらいお店の食べ物でも、気軽に注文して自分の好きな場所で食べられるから。ハードルが低いんだよね」

 

「ほう、ハードルとな。それってもしかして、ラーメン屋に女の子は入りづらいみたいな?」

 

「入りづらいってこともないんだけどね。最近は別に女の人でも一人で食べてる人たくさんいるし。お店が汚くて嫌っていう人もいるけど、それは個人の問題だし」

 

「でも、咲良であってもハードルを感じることがあるんだな?」

 

「私でもって失礼ですね、一応レディですが? が?」

 

「ごめんごめん、それで?」

 

 カツ丼の器をぐっと持ち上げて、口の中にかきこむ。

 

「それそれ、そういうの」

 

「……ん?」

 

「どんぶりものをさ、がつがつかき込むように食べられるのって、結構羨ましい。女がそれしてると、なんとなくこう……はしたなく見えるじゃん?」

 

「あ、ああ……」

 

 ふと、自分が行儀悪いと言われた気がしてどきりとしたが、丼ものを残さず食べようとしたらこうするしかないところ、あるよな。

 

「あとはさ、服装」

 

「服?」

 

「牛丼屋とかラーメン屋って、行こうとしたら服選びがちょっと難しいというか。誰かの付き添いで行くとしても、あんまり気合い入れた格好で行くと浮きそうだし、汚れてしまいそうだし。だからといってラフな格好にわざわざ着替えて臨むなんていうのも、手間がかかる。それに比べると男性は、スーツでもラフな格好でもおしゃれ着でも関係なくなじめるのが、結構羨ましい」

 

「なるほどな、じゃあ今度一緒に行くか? 『男の付き添いできたんだー』って見られるだろうし、気楽かもしれないよ」

 

「……さらりと次のデートの予定を……。さてはプレイボーイだね、みなと君」

 

「やめてくれって、そういうのじゃない」

 

 ただ単に、姉さんの付き添いをしたことがあるだけだ。

 当の本人はラーメンやら牛丼に対して特に憧れがあったわけではなく、外食先に選んだだけなのだが。

 なので、まあ姉弟の晩御飯というか、弟の食べたいものに付き添ってくれたお姉さんという感じだったな。

 

「んで、これからの予定は?」

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