非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

140 ある日、幼馴染に恋してた

公開日時: 2022年8月24日(水) 00:00
文字数:4,176


 ちゅるちゅるとゆっくり麺をすする咲良に問いかける。

 口元を手で隠しながら、ごくりと飲み込むまで口を開けない。所作がわりと上品なんだよな、咲良の通っている女子校ってお嬢様系だったりしたっけ。

 

「目星はほぼついたよ。あとは買うだけ」

 

「あ、服でも買うのか?」

 

「そうだよ、午後からは本気のデートをしないとだからね」

 

「……ん?」

 

 なぜ服を買うことが本気のデート、とやらにつながるのだろう。

 買った服というのは、帰ってタグを外してから、またの機会に着るものだと思うのだが。

 

「んふふー、分かってないですねぇみなと君? どうして服屋さんに試着室があるのか。なぜサイズ合わせをしてくれるのか。それは帰ってから以外の状況でも対応できるためなんですよねぇー?」

 

「古畑節……ほんとに好きだな」

 

 のったりと掴みどころのない話し方で、かと思えば突然平坦で無機質なトーンになったりと、咲良の大好きな刑事ドラマ主人公の真似で僕を不敵に嘲笑う。

 

 しかし、僕が注目すべき箇所はそこではない。

 咲良の言った内容の方にこそ、僕は気づくべきだった。

 

「……え、もしかしてすぐ着替えるのか?」

 

「だから言ったでしょ。後悔させないって」

 

「今着てるのはどうするんだ?」

 

「ロッカーにでも入れるよ。だってこっちは、ご飯で汚れてもいい服だもん」

 

 といった感じで。

 お昼ご飯を終えた後、僕は咲良に連れられていくつか店を回った。

 その足取りは午前中に比べて、迷いが全くなかった。フラフラ物色しているように見えていたのが、実はしっかり服や靴を選び抜いて買う予定を立てていたことに、僕は今更気づいた。

 

 そうして何軒か買い巡って、買い物袋を僕も受け持って、たどり着いた最終地点。

 最後のお店で咲良はスカートらしきものを買ったあと、荷物持ちの僕から袋をすべて受け取り、試着室に入っていった。

 

「十分ほど待っててもらえる?」

 

「ここまできたらいくらでも」

 

 僕へ申し訳なさそうな笑みを送ってきた咲良が、カーテンを閉める。

 カーテン越しに衣ずれの音がわずかに聞こえてきて、どことなく居心地が悪い。

 けれどここが最後であることは、男の僕であってもなんとなく察しはつく。だから十分ほどでも、三十分でも、一時間でも待とう。

 幸い、女の人の準備には時間がかかることを知っているだけ、まだましだった。


 そして約十分後。

  

 およそ時間通り、試着室のカーテンを開けた先にいたのは、文学少女だった。

 いや、文学少女がみんなそういうコーデをしているというのは偏見かも知れないが、ともかく第一印象は「大人しくて可愛らしい」という感じだった。

 

 アイボリー色でチェック柄の長袖シャツは模様の主張が激しすぎず、細やかな品に溢れている。首元にブラウン色の細いリボンが付いているのも良いアクセントだ。

 カーキ色のAラインスカートはすらりと全体のシルエットを整えていて、なおかつ色合いも上下でうまく噛み合っており、調和している。

 ローファーの色も派手すぎないブラウンで、カラーバランスを崩さないよう足先までしっかり気を回しているのがわかる。

 全体的にシンプルでレトロチックながらも、気品をほどよく混ぜ合わせた可愛らしさでまとまっているのは、ベージュ色のベレー帽をかぶっているおかげでもあるのだろうか。

 

「どう、かな?」

 

 もじもじと、照れ臭そうに咲良は視線を泳がせる。

 桜色に染まった頬が、あどけなさと妙な色気を緩やかに醸し出す。

 

「……」

 

「ちょ、ちょっと! 何か言ってよ……?」

 

「ああいや、ごめん。見惚れてたわ」

 

 雅火咲良という女の子の持つ落ち着いた雰囲気にとてもよく似合っている。自分のイメージとセンスを理解している服装のチョイスであることは間違いない。

 だからこそ、呆然としてしまったというか、柄にもなく隅々まで堪能してしまっていた。

 おしゃれだけでも、こんなに印象が変わるものなんだな。

 

「……似合ってるって受け取っていいのかな?」

 

「うん、似合っているし、というか可愛いよ。見違えたって言い方は失礼かも知れないけど、ぐっと女の子らしく見える」

 

「今まで女として見られてなかったことに怒りたい気持ちが、嬉しさと恥ずかしさでぎりぎり中和されてるよ。でもこれでドッキリ作戦は成功だね、最後のお店に行こうか」

 

「……あれ、ここが最後じゃないのか? 全部着替え終わっただろ?」

 

「え、何言ってるの? まだ一つ残ってるよ?」

 

「化粧までするのか? その、若い肌にはあまりよくないような……」

 

「おばあちゃんみたいなこと言うよね、みなと君……。化粧は結奈姉にしてもらったって言ったでしょ?」

 

 そういえばそうか。しかし、アクセサリーだとしたらきっとここへ来る前に買っているだろうし、他に何か行くところが?

 

「うーん、とりあえず付いてきて」

 

「え」

 

「ほら、手繋ご? 私たち、今日は一応デートなんですからね?」

 

 女の子らしく、可愛く甘えるように咲良が手を差し出してきた。

 おしゃれを決め込んだ彼女は普段と違う印象を与えてきて、まるで数年ぶりに再会した幼馴染が様変わりしていて恋愛対象になってしまいそうな、そういうありふれたラブコメ的な展開にわけもなくどきどきしていた。

 

 しかし、彼女の手を取って握ったが最後、僕はとんでもないところに連れて行かれた。

 

「おい咲良」

 

「これ可愛いよね。ああでも、みなと君は年上好きって言ってたし、もうちょっと大人っぽいデザインの方がいいかな?」

 

「咲良」

 

「でも私はどちらかといえば意匠が凝っていたり、見えないところに力を入れてるデザインの方が好きなんだよね。だってその方がテンション上がるからさ」

 

「あの、あのさ」

 

「ねえ、色はどれが好きかな? 青系? 赤系? それとも黒とか紫いっちゃう?」

 

「これは、一体どういう拷問だ!?」

 

 僕が握った手は、天国に見える地獄への片道切符だった。

 咲良に連れられたのは、僕だけでなくほとんどの男性諸君が居心地悪くなってしまうショップランキング第一位。


「ご褒美の間違いじゃなくて? 恋人の付き添いっていう合法的な理由で女の子の下着を物色できるんだよ?」

 

「いたたまれないわ! 言っとくけど僕はドMかもしれないが、羞恥で興奮するタイプではないんだぞ!?」

 

「わぁ、突っ込みづらい暴露だ。裏でえぐいプレイしてるって公言してるものだよね?」

 

「ノーコメンツ!」

 

 女性ものの下着屋で、僕は咲良の着る下着を選ばされていた。

 彼女の両手には、水色や桃色の可愛らしい上下セット、黒系の際どいものや、ランジェリーにキャミソールもあった。

 にこにこと無邪気にこちらへ下着を選ばせようとする彼女の姿が、暗黒の嘲笑にも見えるのは気のせいだろうか、いやそうに違いない。

 

 目の前で見せつけられると、それを着た姿まで想像してしまう。僕はいったい、この煩悩をどうすればいいのだ。

 

「ねえねえ、みなと君好みのものをつけたいから早く教えて欲しいんだけど」

 

「たのむ咲良、百歩譲っておしゃれな服に合わせる下着を買うのはわかる。千歩譲って男性の所感を聞くのもわかる。だがいったい、どうして僕の好みに合わせる……!? 自分の着たいものを選ぶべきじゃないか!」

 

「はあ? なんですか痴呆ですか? 私たちはいまデートをしてるカップルですよ? 相手の好みを聞くなんて、私はとってもいい女だと思うんですが、が?」

 

「い、いやさ、このデートはあくまでふりというか……やらされているというかな……」

 

「もしここが外じゃなかったら私、君を桜火でぶっ殺してるかも。好きでもない人とデートなんてするわけないのに、やらされてる気分なんだね、みなと君は」

 

「そ、そういうわけじゃなくてだな……」

 

「意気地なし、ここで少しぐらい男剥き出しの本能見せられたって、私は幻滅しないって」

 

 なんだこの、自分の全てをさらけ出してでも怯まない、炎のように燃え盛る覚悟は。

 彼女の精神に桜火が侵食されているわけではなく、桜火が咲良に影響されていると考える方が的を射ているのではないか。

 

「……あの、もし僕がどれかを選んだら、どうなるんだ?」

 

「すぐ買って、そこの試着室で着てくるよ」

 

「なんでだ!?」

 

「なんでって、自分が選んだ下着を来ている女がすぐ隣にいるの、背徳的でしょ?」

 

「お、お前一体どうしたんだ……? 何か、出かける前に姉さんに頭をいじくられたのか? それとも僕を試すために、脅されてるのか!?」

 

「……ふふっ」

 

 彼女は呆れたように吹き出した。堪えるように笑う様は、ツボにハマったようで目尻に涙まで溢れている。

 

「あー、違う違う。存分に楽しんできなさいって、言われたの。『私のことなんて気にせずに、みなとと向き合いなさい』って」

 

「……姉さんが?」

 

「うん、諸手をあげて送り出してくれたのは、結奈姉だよ。服を買うお小遣いだってくれたし」

 

 僕には何もなかったというのに、姉さんは咲良にえらく過保護だな。

 というか、それなら一体どうして、僕はデートをさせられたのか。罰なのか、それとも嫌がらせなのか?

 

「分かっていないんだね。まあそこを分からせるために、デートをさせたんだろうけどさ」

 

「わからせる……? 何をどう、分からせるんだ? 姉さんが直接叱ることじゃだめだったのか?」

 

「……ここでするのもって話だしさ。とりあえず」

 

 咲良が表情を切り替えて、ずいずいと詰め寄ってきた。

 

「好きな色は?」

 

「え、えっと……これ間違ったらいけないよな……」

 

「もしくは私に似合いそうな色は?」

 

「それならまあなんとなくわかると言うか、パステルカラー系じゃないかな……ってしまった!」

 

「うーん、やっぱり幼馴染だからかセンスが合うね。私も水色とか薄桃色好きだし、よーし、採寸してくるね!」

 

 咲良は嬉々としながら水色と薄桃色の上下セットをレジに持っていき、店員さんへ着て行く旨を伝えていた。

 採寸とフィッティングやらで時間がかかりそうだったので、僕は一足先に退店してすぐそばのベンチへ避難し、うなだれるように座る。

 

「姉さん……罰ゲームにしては刺激が強すぎるんじゃない……?」

 

 この場にいない人の陰口を囁いた瞬間、背筋がぶるりと震えた。

 

「……地獄耳だけで終わらず、千里眼でもあるんですかい、姉さん……」

 

 ただの自己批判的な妄想だと思いたい。後ろめたさが強く表れて、言ったことを後悔したから、悪寒に襲われただけだろうと。

 そうだと、信じたかった。咲良の下着選びに付き合ったなんて、墓まで持っていかなければいけないイベントである。

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