「えーと、大丈夫ですかー?」
吸血鬼の女の子は反応しない。
呼吸はしているようだが……声は聞こえてるよな?
「もしもーし」
「……」
「君は、たしか動画サイトで絶賛活躍中の清楚系Vtuber――」
「うおぉおい!?」
「お、生きてた」
「公衆の面前で身バレしかねないこと言う奴はどこのどいつだあ! ……って」
彼女は、アメジストのような紫色の眼をぱちぱちと瞬く。
「あ、あんた……この前の……」
「どうしたの、こんなところで。目立っちゃだめだよ」
「……えっ!?」
宝石のように煌めく目を見開きながら、彼女は驚愕を浮かべる。
「あ、あんた、あたしが分かるの……?」
「は?」
あたしがわかる?
なんだそれ、なぜ僕は勝手に記憶喪失させられた設定で物語を進めているんだ。
いやいや、死んでないからね?
鉄球が頭にあたりはしたけど、脳天はぶち抜いてないからね?
これちゃんと同じ世界線の物語だよ?
……そうだよね?
「お、驚いた……神様って、無敵なの?」
「んー? なんかどっかしらで話が食い違ってる気がするんだけど、まあ」
僕は、家で飲むつもりで買った期間限定ピーチジュースのペットボトルを、買い物袋から取り出した。
「はい」
「……え、もらっていいの?」
「熱中症には気を付けた方がいいよ」
「……あ、ありがと……」
今は三月で、日が温かくなってきたがまだまだ寒い。
だが、吸血鬼にとっては季節なんて関係ないだろう。
金髪ヴァンパイアである彼女が、今どういった状態であるかを僕は心眼ならぬ、神眼で見抜いていた。
今日は晴れ時々曇りといった天候。
そして彼女は、日光を浴びると体が燃え盛り、焼かれて死んでしまう吸血鬼……と人間のハーフ。
吸血鬼性が半分の彼女は、日光を浴びても死にはしないけれど、それなりに体力を消耗してしまうのだろう。
僕が持っている心眼、もとい神眼というのは、生き物が持つ生命力の強さを見抜けたりする。
彼女の体調は、真夏の日照りにやられたように、バッドコンディションだった。
ベンチを正しい使い方で座り直し、ペットボトルを開けてすぐさま口をつけ、喉を鳴らす彼女の隣に、僕も腰掛ける。
「ぷはぁ……生き返った……」
「良かった」
「……それで、あたしを助けて、あんたは何が目的なのよ?」
「いや、説教っぽくなるからあんまり言いたくはないんだけど、君は一応、こちら側なんだからさ。目立つのは良くないと思うんだ」
「……別に、問題ないのよ、あたしは」
「いや、そんなことないでしょ? 美人さんがこんなとこで、一見すればやばそうなポーズで困ってたら、下心のある誰かに声をかけられてもおかしくないよ?」
「い、いやっ……そういうわけじゃなくて……誰もあたしに声なんてかけるわけないし……」
「そうかなぁ? ナンパしてくる男とかいると思うし、そうでなくても君みたいな美人さんとお近づきになりたいと思う人は、性別問わずに近寄ってくると思うし……」
「あーもう! 美人美人ってうるさいわね! あんた何よ、あたしを褒め殺しにするつもりか!」
色白な肌を真っ赤にし、熱を冷ますようにぱたぱたと手であおいでいる。
……褒められ慣れてないのかな。
美男美女というのは「美人だね」「イケメンだね」と容姿を誉める言葉を飽きるほど言われるから、さらりと受け流せると聞くのだが。
むしろ、自分の努力で良くなった箇所、例えば衣服や化粧などのおしゃれを褒められる方が嬉しいとも聞く。
なのに、彼女はまるで他人から自分の容姿を評価されたことすらないような、初心なリアクションをしている。
褒めるつもりではなく、単純で明快な事実を並べるだけで、彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「……意外とかわいいところあるね?」
「うっ、意外ってなによ!? 別に、嬉しくなんかないわよ!」
「ツンデレ吸血鬼……ちょっと食傷気味だよなあ」
「いや分からないでもないけど、本人を目の前に失礼ねあんた!」
「冗談、ごめんごめん、美人さんと会話できるだけで楽しくなっちゃって、からかいたくなったんだ」
「あ、う……ううっ……」
俯いていじらしく持っているペットボトルをにぎにぎしている。
めっちゃ効いてるじゃん。
にんにくや十字架、太陽なんかよりたった数文字の言葉の方が効いているんじゃないのか、この吸血鬼。
いやまあ、心を動かすのに言葉というのはとっても便利なツールではあるのだろうけれど。
「あ、というかそうだ」
「な、なによ……」
次は一体どんな褒め言葉が来るのかと、身構えてるようで期待してるような声色をしているなか申し訳ないが、そろそろ本題に入るべきだ。
「名前、僕の名前は神楽坂みなと。君の名前は?」
「……え、あ、名前? お……教える必要ある?」
「いや、なんて呼べばいいかなって。まどろっこしくいつまでも美人さんや吸血鬼Vtu……」
「ああー! 言います! 山査子戸牙子です! だからそれ以上あやうい呼び方をやめてください!」
「さんざし、とがこね。なんて呼べば良い? 山査子さん?」
「……たしかあんた、タメなんでしょ? 呼び捨てで良いわよ」
「じゃあ戸牙子」
「あんたやっぱりナンパ目的でしょ!? いきなり名前呼びとか!」
「えー? 可愛い名前だなぁって思ったから呼んだのにー」
「ぐっ……じゃ、じゃあ、あたしもあんたのこと、みなとって呼ぶことになっちゃうけど良いの!?」
「いいよ?」
「こいつッ! 女慣れしてやがるッ!?」
オーバーな表情でツッコミをする彼女は、マンガのひとコマのように絵になっていた。
金髪紫眼って、かっこいいな。
僕も見た目のポテンシャル欲しい。
「それより戸牙子、とりあえず今日は早く帰ったら? 家でゆっくり休んだ方がいいと思うよ?」
「気持ち悪い、彼氏面すんな」
「戸牙子ちゃん」
「山査子と呼べ」
「桔梗トバラ」
ばりん。
ガラスが割れたようにも、石が破裂したようにも聞こえる音が響く。
彼女と初めて出会った、というより出くわした夜に僕めがけて放たれた鉄球は、どうやら彼女が持つアメジストの眼から、撃ちだされたものらしかった。
紫水晶の塊が、こちらの顔面を貫通。
する前に、空中で停滞。
ありがとう神様、自動防御のおかげで死なずに済みました。
「あ、あっ、あんた……!」
「あれ、もしかしてその鉄球、無意識に出る系なの? というか、水晶か」
「なんで、あたしの、そっちの名前を……!」
「つい」
「つい!? そんなかるい好奇心で調べたって言うの!? あれだけ身バレはやめてって言ったのに!?」
「いや、他の人には言ってないから安心して。でもすごいよね、登録者100万人越えって、世界最高峰レベルじゃない? あまりにも有名だったから、その反応を見るまで信じられなかったよ」
「……もしかして、あたしが特に反応せず、スルーしていれば……?」
「うーん、多分人違いで終わってたよ」
山査子戸牙子、もといVtuber名義、桔梗トバラ。
登録者数100万人超の吸血鬼Vtuberとして活動中であり、そっちの業界ではかなりの有名人らしい。
僕は今までVtuberは見ていなかったから、見聞を広めるためにも、軽い気持ちで検索をしてみたら。
『リスナーの煽りに屈してキレ散らかす、清楚の皮が“また”剥がれたトバラ嬢』
という、とんでもなくバズった切り抜き動画が目に入った。
ちなみに切り抜き動画とは、生配信の面白い場面を切り取って別の動画としてアップするものだ。
そのトバラの声が、まさしくあの夜に日本家屋から飛び出してきた狂声と、瓜二つだったのだ。
桔梗トバラの声はかなり特徴的で、澄んだ甘い声色なのに喋る時の波は一定で、けれどテンションの落差が大きいから、聞くだけでも「あ、トバラだ」とわかるぐらいなのだ。
しかし、ちょっとブラフをかけただけで簡単に釣れてしまった。
むしろこんなにわきが甘いのに、なんで今まで身バレしなかったのか、不思議なくらいではある。
「……あー人生終わった……なに、あたしの体が目的なの……?」
「いやいや……エロマンガじゃないんだから……」
「と、登録者はあげないわよ!」
「渡せるものじゃないよね。ていうか、まずそうやって自分のファンを守る動きするの普通にカッコイイと思う」
「え、あ、ありがとう……?」
「じゃなくて! 呼び方どうしようかって話をしてたんだよ」
「あ、そうか……。だからあたしのことは山査子って……よん、で……くれたら……」
言いながら、ふらふらと、彼女は舟を漕ぐように、頭を揺らし始めた。
「え、ちょっと!?」
くたりと、突然気を失ったように山査子戸牙子は女の子がしちゃいけないような顔をして。
具体的に言うと、白目を剥いて。
僕の方へ倒れこんできた。
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