非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

073 インスタントV・B

公開日時: 2021年6月4日(金) 21:00
更新日時: 2022年3月22日(火) 14:15
文字数:6,270


 これは、世界がまだ今のような形をしていなかった頃の物語。

 ひとつの母は白と黒の濃淡しかなかった世界を寂しく想い、世界に色を付けることにしました。

 

 しかし、母は「色」が分からなかった為に様々な物を借りて、絵の具を作ることにしました。

 最初は太陽を借りて赤色の絵の具を作り、次に空を借りて青色を作り、その次に夜空の月から黄色を生み出しました。

 

 三つの色を混ぜると、違う色になることを知った母は大変喜び、息子たちに教えることにしました。

 母の作った絵の具を大層気に入った息子たちは、それぞれ好きなように色を作りだして、遊びました。

 

 白と黒の濃淡しかなかった世界に色が灯り、灰色のキャンパスは鮮やかでカラフルな世界へと変わりました。

 

 ですが、赤でも青でも黄でもない新しい色が生まれるたびに、息子たちはそれを独り占めしたがろうとして、喧嘩が起こるようになりました。

 嘆いた母は息子たちをなだめるために、とあるルールを決めることにしました。

 

 ――新しい色には、白か黒を混ぜること――


 このルールのおかげで、この世には同じ色が存在しなくなりました。

 濃い赤、薄い赤、暗い赤、明るい赤。

 赤だけでたくさんの色が生まれ、その一つ一つに唯一無二の価値が生まれるように、母は願いました。

 

 しかし、息子たちのなかにはたくさんの色を独り占めしたいと考える者がおり、誰かの色を盗む者まで現れ始めました。

 たくさんの色を盗んで、どんどん大きくなった息子は、母の願いを裏切り続けて「色」を支配するようになりました。

 

 母は「三色の絵の具」を取られることは痛くありませんでしたが、他の息子を傷つける世界に酷く痛みました。

 これ以上争いの種を生み出すことを嫌がった母は、「絵の具の作り方」だけ自分の心に隠しきって、息子たちに知られない場所で静かに眠ることにしました。

 

 いずこかへ消えた母が遺した手紙には、こう書かれていました。

 

 ――世界はあなた達に任せます。いつか来るあなた達のお父さんによろしくお伝えください――

 

 息子たちは自身の非道を嘆き、母を裏切った罪を償うため、色をつかさどり、世界を創造し始めました。

 たくさんの色を使って、いろいろなものを創りました。

 いつかまた、母が起きてくれた時、喜んでもらえるように願いを込めて。

 

 *

 

「――っていう神話じみたものがこの世界にはあってね!」

 

「シオリさん、分かりましたから、だからあの、治療を続けてほしいと言いますか……」

 

 お話の熱が昂りすぎて、手が止まっているシオリさんにストップをかける。

 

 虹羽さんとの特訓の傷を最低限隠すために、僕はシオリさんの研究所まで足を運んだ。

 彼女は昔、医者を目指していたらしく、簡単な治療に関してはお手の物で、手術もやろうと思えばできるらしい。

 

 残念ながらそれは、人体用の外科術ではなく、怪異専門の治療法ではあるらしいが。

 

「ああっとごめんね! いやーでもこの神話って実は世界のあちこちで残っててさ。間違いなくこの『息子』っていうのは私たち人間の祖先とか、神様たちのことを指してるんよね」

 

「へえ、なんかあんまり聞いたことないお話ですけど」

 

「ああそりゃもちろん、うちら側じゃなくて、怪異側の文献だからね。歴史の教科書とかにはないよ」

 

「怪異側ってことはもしかして、どこかひとつの種族じゃなくて、いろんな文献に残ってるってことです?」

 

「ご明察ー! しかも口伝でしか残っていないんよ。もちろん『色の世界』のお話なんだから、文字として残っているわけがないんやけども、先祖代々続いている歴史のながーい怪異さんらが、ひっそり持っているおとぎ話なんよね」

 

「なんだか、不思議なお話ですね」

 

 ぺたぺたと、傷を隠す肌色のテープを目立ちやすい顔に貼られる。

 傷の再生が速い僕なら、明日の朝にはほとんど見えなくなるとのこと。


「けどまあ虹羽くんも容赦ないね! この傷ってあれでしょ、『反歌はんか白星ほし』をもろにくらったんでしょ?」

 

「ん? なんですかそれ?」

 

「ええ!? 知らないで受けたの!?」

 

 驚いたせいかシオリさんの手元が狂い、べたんっと勢いよくテープを貼られた、痛いです。

 

「ほあー、みなと君ってホントに頑丈やねぇ……?」

 

「なんですかその、『はんかのほし』って言うのは?」

 

「虹羽くんの上級攻撃手段だよ。見た対象を消し飛ばす技」


 あのおっさん、僕を殺す気でいたのか!?

 

「まあ実際は、その場の物質を反物質で対消滅させる技やから、んー、わかりやすく言うと、とんでもなく大きな質量の爆弾を爆発させる感じやね」

 

「なんで生きてるんですか僕……」

 

「そりゃあ、手加減してくれてたんやろうね」

 

 だとしても痛かったんだけれどね。意識が落ちそうになるまでぼこぼこにされたけれど。

 

「それで、みなとくんはこれからどの技を会得するって?」

 

「神秘術、って言ってました」

 

「あらま、それはまた珍しい」

 

「そうなんですか?」

 

「かなり珍しいというか、人間技とは言い難い術だからね。虹羽くんも時間ないのに、よく付き合ってくれる気になったねぇ」

 

「あ、虹羽さんじゃなくて、別の人が見てくれるって言ってました」


 シオリさんはきょとんと、不思議そうに首を傾げる。


「別の人って、ほんまに?」

 

「え、はい。そう言ってました」

 

「ふーん、誰に頼むつもりなんやろ。方舟には神秘術に長けてる人いないしなぁ」

 

 あれ、そうなのか。

 色々な人が集まっている方舟なら、一人ぐらい居そうなものだが。

 あるいは逆なのか。それほど神秘術が特殊な技ということかもしれない。


「そういえば虹羽さんは、手続きするって言ってましたね」

 

「ああ、外注するんやね。んー、もしかすると灰蝋くんか、巴さんかなぁ」


 神秘を使えるのは知り合いだとそれぐらいやし――と消え入りそうな独り言と共に、シオリさんは持っていた黄色のルーペを向けてくる。


「はい、あーんして」


 どうやら喉の奥を診たいらしい。

 言われた通りに口を開けたら、液体が飛び込んできた。


「あが!?」

 

「飲み込んでー」


 ルーペを持っていない方の手には、ペンキのような黄色の液体が入ったスポイトがあった。

 とんでもなく害のありそうな真っ黄色の水だったが、彼女を信用してごくりと飲み込む。

 まあ、毒は基本的に効かないし、大丈夫なのだけれども。


 それにしても、なんの前触れもなく口の中に異物が入ってくるのは、なかなかきつい。


「し、シオリさん! 薬を飲ませるなら先に言ってくださいよ!」

 

「それ薬じゃないよ、毒」

 

「ふぁ!?」


 一杯盛られたのか!?

 信用していたのに! そんなことしないって信頼して飲み込んだのに!


「うぎゃあ! なんじゃ!? ナメクジか!? ナメクジラを呑んだのか!? せっかく羽で飛んでる夢を見てたのに、いきなり起こしよってからにぃ!」


 突然、ミズチが実体化した。

 前触れもなく、僕の許可なしに、びっくりして飛び起きた猫のように僕の背後から出てきた。


「おはよう、ミズチちゃん!」

 

「お前かぁ!? わしの大嫌いな滑油かつゆを飲ませおってぇ!」

 

「寝起きドッキリ大成功だね」

 

「ぶっ殺しちゃるぞ!」

 

 どうやら、ミズチにとって大嫌いなものを飲まされて、拒否反応で無理矢理起こしたようだ。

 物怖じしないよなあ、シオリさん……。

 一応神様なんだけどな、ミズチって。

 

「まあまあミズチちゃん、ご主人様の傷がちょーっと多いから、回復に少しだけ手伝ってあげてほしいんよ」

 

「えー……別に明日には治っておるじゃろうが……」

 

「反属性をくらったみたいよ」

 

「なんじゃと! それを先に言わんか!」

 

 ぷんぷんと、ミズチはシオリさんに向かって怒鳴る。

 体格が体格だから、お姉さんにわがままを言うお嬢様って感じで威厳はあまりない。

 

「反属性をくらうと、何かまずいの?」

 

「「え?」」

 

 二人して、僕を無知で可哀想な人間を見る目で貫いてきた。

 

「ええっと、みなとくん。一応うちは君を検査したときに説明した気がするんやけど、覚えてない?」

 

「……ごめんなさい」

 

「ま、まあ一気に言われても分からんかったやろうしね! それは仕方ないよ、うん!」

 

 シオリさんの無理矢理浮かべた笑顔は引きつっていて、危機感がにじみ出ている。

 よく今まで知らずに生きていたね、とでも言わんばかりだ。

 色はわかりやすかったが、反やら真については正直「それがどういう影響を及ぼすのか」を分かっていなかったのだ。

 

「『反属性はんぞくせい』は物理的なものに対して影響の強い性質で、『真属性しんぞくせい』は精神的なものに対して影響が強い、これは理解してるよね?」

 

「はい、そこは」

 

「簡単に言えばさ、銃で撃たれたら人の体って穴が開いて、血が出るよね? でも透けている幽霊に銃弾を撃ち込んでも、まあ通り抜けちゃうよね。肉体にダメージを与える性質をしているのが、反属性ってこと」

 

「……ならそれこそ、反属性を食らったところで僕だったらすぐ再生するんじゃないんですか?」

 

「いや、みなとくんは『ただの銃から放たれた普通の銃弾』ならその再生力で人より早く回復できるよ。でも虹羽くんの『反歌の白星』は、『反属性を帯びた攻撃』なんよ。ただの銃弾と、力を込められた銃弾では性質が全然変わってきちゃう。結奈ちゃんの銀弾みたいにね。肉体の本質部分にダメージを与えるって思ってもらえたらいいかな」

 

 ということは、反属性は物理特効、もしくは肉体特効の技だといえるのか。

 そして、逆の真属性はミズチみたいな肉体のないものにダメージが通りやすいと。

 

「しかしなあ、回復させると言われても、わしは処女の血がないと力でないぞ? そういう契約で結んでおるし」

 

「うちは、処女だよ」


 聞きたくなかったというか、恥ずかしい!

 目の前で経験済みか否かをさらりと暴露できるシオリさんの精神性も怖いよ!

 

「ほーん、くれるのか? しかしわしは直飲みじゃないと、鮮度の問題で無理じゃぞ」

 

「ふっふっふ、聞いて驚け見ておののけ! ここにありますは、なんとどんな人の血でも神性さと新鮮さを失わずに一か月保存可能な特殊術式真空パックでありますぞ!」

 

「な、なんじゃってええぇ!?」

 

 分かりやすいオーバーリアクションだ、商品紹介のテレビ番組かな?

  

「名付けて『インスタントV・B』type-Sだあ!」

 

「い、インスタントV・B! なんていけてる名をしておるんじゃ!」

 

「そしてあらかじめ、こちらには私の血を採ったV・Bがありまぁす! これはなんと今から一週間前の血やでお嬢ちゃん!」

 

「そ、そうなのか!? そんなに新鮮そうな見た目でか!? ほあぁ……人類の発展は目覚ましいのぉ!」

 

 僕は今、寸劇を見せられているのだろうか。

 突然のコンタクトから始まったはずの商品紹介CMだが、二人とも息ぴったりすぎる。

 

「なんとこちらを、今この場にいる方だけに特別価格でご提供! みなと君の傷の回復をちょっと手伝ってあげた方に無料で提供させていただきます!」

 

「はいはいはい! わしやるのじゃ!」

 

「おおっといい返事だお嬢ちゃん! もってけ泥棒!」

 

 シオリさんは持っていた真空輸血パック「インスタントV・B」type-Sを空中に投げ、それをミズチはあむっと犬のように口でキャッチ。

 そのまま輸血パックの栓をきゅぽんと開けて、ちゅうちゅうと吸いながら飲んでいく。

 ミズチの目は初めてアイスクリームを食べた子供のようにキラキラしていた。

 

「むふー! 本当に鮮度が落ちておらん! 直飲みと同じぐらいの美味しさじゃあ!」


 結んでいる髪の先がぴょこぴょこ跳ねている、それってアホ毛みたいなシステムで動くのか。

 いや、アホ毛みたいなシステムって自分で思っていて、随分創作物に毒されていると思ったけれどさ。


 髪の毛が感情を表すなんてのは、まず実写ではありえないだろうし。

 漫画的、あるいは絵的表情だよなあ、アホ毛システム。

 

「えっと、シオリさん」

 

「んー? どっかした?」

 

「こんな安易に血を飲んで大丈夫なんですか? その……体が神寄りになってしまいかねないというか……」

 

「この程度は誤差だよみなとくん。竜化したり、髪色が青くなったりとか、そこまで行くとさすがにやばいけど、そうでないならちょっと効きの早い薬を飲むみたいなもんよ。心配性やねぇ?」

 

「心配性になるのも仕方ないんですって……怖い人がいるんで……」

 

「それに関してはうちも同意やけど、君が人間の姿を維持できるんやったら問題ないんよ。それに今はミズチちゃんが飲んでるから、君にはほぼ影響ないよ」


 そういうものなのか。

 僕が直にシオリさんの血を吸うよりは良いということか。

 

「ぷっはぁ! いやー生き返ったのお! 一ヶ月砂漠の海を泳ぎ回った後に水を飲んだ気分じゃ!」

 

 うっとりとするミズチの隣で、体の傷が修復されていく感覚を覚える。

 ちゃんと「処女の血」として効いているようだ。

 

「大袈裟だなぁ、この前戸牙子の血飲んでたでしょ?」

 

「みなとのぉ、お前さんは『数日間、水を飲むな』と言われて耐えられるのか?」

 

「処女の血って君にとってそんな大事な栄養源だったの!? ちゃんと言ってくれよ!」

 

「でえじょうぶじゃ、それ以外の時は休眠しておるから、死にはせん」

 

 なるほど、そこはさすが蛇。

 一週間に一回の餌で済んでしまうペット並みのお手軽さだ。

 かなり燃費の良い身体なのだろう。まあ、どこがとは言わないが。

 

「小さいのを馬鹿にするでないぞ、日本人なんてほとんどロリコンじゃぞ」

 

「全国の日本人を敵に回さないでくれよ! 袋叩きにあうのは僕なんだぞ!」

 

「フラットなラインを愛し、ホライなゾンを好むお国柄、いや人柄じゃ。知っておるか、昔のおのこは女子の胸に欲情しなかったんじゃぞ? そもそも膨らんでおることが罪だとされるぐらいには、巨乳は悪で貧乳が正義じゃった。そのうえ裸であることが罪ではなかったから、混浴文化もあった」

 

「シオリさんは歴史雑学を色々言ってくるけど、ミズチは歴史の性雑学ばっかり言ってくるよな!」

 

「やだなあみなとくん、うちのは真っ当な文献をもとにしたデータだよぉ?」

  

 対抗するように合間に入り込んできたが、どっちにしても一緒である。

 雑学は面白い時もあるけれど、気分がしんどい時は雑音になりやすいんだよ!

 

「みなとくんー」

 

「え、なんですか」

 

「是非とも協力してほしいことがあるんやけどね」

 

 にこにこと、悪気のない笑みを浮かべながらよからぬ企みを持ちかけてくる。

 

「インスタントV・Bの治験ちけんに協力してくれる? くれちゃうよね?」

 

「みなとよ、やるのじゃ」

 

「断る理由もないですけど、多数決で決まってるようなものですね」

 

 にたりとマッドサイエンティストのように微笑んで、引き出しの中からシオリさんはV・Bを三つ取り出して並べる。

 二つは先ほどミズチが飲んでいた真空パックの形状だが、もう一つは瓶である。

 

「あれ、瓶のタイプもあるんですね?」

 

「携帯用として試作してみたんよ。もちろん鮮度の問題は理論上クリアしてるけど、そこも含めて感想をもらえたら嬉しいかな。劇薬だから一日一本まで。エナジードリンク感覚でがぶがぶ飲んじゃだめだよ? それで髪色が変わっても保証はいたしません」

 

「ずいぶん大雑把な治験ですね……」

 

「治験ってたまーに『これで死ぬ確率がちょびっとありますけどそこも了承してください』って契約書にあったりするしね」


 こわいなあ、治験。

 とりあえずもらって帰ろう、もしかしたら役に立つ時が来るかもしれない。

 

「ちなみに、V・B『type-S』っていうのはどういう意味なんですか?」

 

「ヴァージンブラッド-シオリタイプ」

 

「……いけてる名前なんですかそれ」

 

「『type-Y』や『type-T』も作る予定だよ!」

 

 ……タイプのあとに続いている英語がイニシャルを取っているのであれば。

 きっと作成予定のインスタントV・Bは、結奈Y戸牙子Tなんだろうなあ……。

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