非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
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121 嫌いなもの

公開日時: 2021年10月8日(金) 21:00
更新日時: 2022年7月14日(木) 00:04
文字数:3,187


 四月二十二日、水曜日。

 咲良が僕らの家へ尋ねてきた、というより半ば逃げ込んできたというか、看病という表向きの明るい理由を抱えてサボりに来たというか、まあ言葉の綾こそあれども転がり込んできたのが、四月の下旬であるわけだ。

 

 早咲きの桜が散り始め、葉桜となり、遅咲きの桜が満開となって、住んでいる町並みの景色が少し変わった時期でもある。

 この短い期間にかなり色々な問題に巻き込まれたから、正直「まだ四月なのか」という気持ちがなくはないのだが、だとしても一時の平穏が訪れたのは、喜ばしいことだ。

 

 それが幼馴染みの抱えている問題であるのだから、苦心も報われるというものである。

 

「みなと君、結奈姉ってお風呂で寝てしまう癖とかはないよね?」

 

 キッチンで今日の晩ご飯を作っていた僕のもとへ、咲良がひょっこりと現れて、聞いてきた。僕は彼女に姉さんの入浴を任せていたのだ。

 どうやら体を洗い終えて、湯船へと浸からせて咲良は戻ってきたようだが、そういう心配ができるのはさすが、というところ。


「ああ、大丈夫。寝ぼけ癖はあるけど、気を失うことはないかな」

 

「そっかそっか。たまにいるからね、湯船につかったまま眠っちゃう人」

 

「いるらしいな。厳密にはあれって眠ってるんじゃなくて、気絶らしいから怖いよな」

 

「体質的にそうなりやすい人もいるって聞くからね。まあ結奈姉がそうじゃなくて良かった」

 

「悪いな、僕も姉さんのお風呂まで付き添うのはさすがにと思ってたから、助かるよ」

 

「これぐらいなんてことないよー。久しぶりにあの綺麗な玉肌と銀髪に触れられたしね」

 

「本音漏れてるぞ」

 

「おおっと」

 

 わざとらしく口元を抑えながらとぼけた顔をする。そんな仕草に失笑してしまう。

 咲良はなんだかんだ、姉さんのこと大好きだからな。しかし、まあ、そういうのが同性の特権だとは思うし、男である僕が羨ましいとか思うのは違うとは思っている。そう、嫉妬などといった感情や思惑は一切ない。

 

「咲良、今日の晩ご飯は何だと思う?」

 

「え、んーと……ロールキャベツ?」

 

 キッチンまで来て、僕の手元をのぞき込んで首をかしげながら言った。

 今は丁度、茹でたキャベツで肉ダネを包み込んでいる最中の作業だったので、予測しやすかったのだろう。

 

「ああ、正解だ。そして今僕は悩んでいる。今日のロールキャベツはコンソメ味にするか、トマト味にするか」

 

「……なっ、なんですと……!?」

 

「悩む、どうしようか。やはり疲労のたまっている姉さんのために、栄養満点のトマト煮をする方が良いんだろう」

 

「うッ!?」

 

「あーしかしどうしようか。たしか僕の頭の奥底に眠っている、今は一時的に忘れている記憶の中に、たしか誰かさんが『トマト嫌い』というのがあった気がするが」

 

「み、みなとくーん、なんか怒ってる……?」

 

「まあ気のせいだろう、きっとそれは『へのへのさくら』という女の子の好みではなく、巴さんの好みだった気もするな。うん、今日はトマト味にしようか」

 

「あ、謝るって! 結奈姉さんの裸をじろじろと舐め回しちゃったことを謝るから! だからどうか、コンソメ味でお願いできませんか!?」

 

 胃袋を掴む者は、人間を制す。

 これは僕の座右の銘である。食べなければならない生き物すべてに共通することでもあるのだろうけれど、その中でも特に食事に対するこだわりが強い、人間特効の技術である。

 涙目になりながら神に祈るように手を絡み合わせ、懇願してくる咲良を見ても分かるとおり、実証済みで効果てきめんである。

 

「……ふっ、わかったわかった、けどもし次、自慢してきたら、分かるね?」

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

「桜餅を口に突っ込まれたくないだろう?」

 

「みなと君の鬼……」

 

「なんだい?」


「なんでもございません!」

 

 ちなみに咲良が嫌いなものを、僕はしっかりと覚えている。忘れてなどいない。

 食べ物で特に一番嫌いなものが桜餅であり、二番目がトマト。生のトマトが無理な人はよく聞くが、咲良の場合は火を通しても苦手で、ケチャップも食べたくない程度には嫌いだから、よっぽどである。

 

 桜餅が嫌いなのは、自分の名前にもあるからという理由で小さい頃に口を付けてみたところ、独特な味が無理で吐き出したからだと聞いている。それ以降、桜味系は避けることが多いとか。

 まあ、味覚の鋭い子供の頃にああいう変わった味を食べると、妙に記憶に残ってしまって、トラウマになりやすいしな。

 

 こんな風に仲良く喧嘩してしまうぐらいには、僕と咲良は姉さんのことが好きなのだ。

 二人してシスコンなのだろう、喧嘩するほど仲が良いと言うしな。

 

「なんだか微笑ましそうな雰囲気でごまかしてるけど、食べ物を人質に取られるって恨み買うんだよ、みなと君?」

 

「こわ、逆ギレで脅し返された」

 

 確かに食べ物の恨みは根深い。生死に関わることなのだから当然だろうが、これぐらい反応が良い方が嬉しいというのもある。

 普段作っている相手があまりにも、あんまりだからな。姉さんは僕がしっかり促さないと、ご飯を抜くことが多いし、「おいしい」とは言ってくれるけれど、食べたい物の要望とかはほとんどないから、何を作るべきか悩むこともある。

 

 それに比べたら、咲良の反応は嬉しいというか、ありがたい。

 僕の作るご飯を楽しみにしてくれている人でなければ、そもそも恨みなんて抱かないはずだからな。

 

 咲良の危うい情熱がこもった視線を浴びながら、肉ダネにキャベツの葉を巻いていく。形を綺麗な箱形に整えながら爪楊枝で刺して中身と葉を固定し、準備完了だ。

 鍋にロールキャベツを敷き詰めて、水とコンソメを入れて火にかける。

 

 咲良の視線は僕の手元に釘付けであり、トマトを入れないかどうかを入念に監視されていた。一度信頼を失うとこういうことになるらしい、気をつけなければ。

 

「ありがとうございます……結奈姉さんのことも考えた方がいいのは分かってるんだけど……」

 

「いやいや、ご飯は楽しく食べるのが第一だよ。嫌いなものがあると、それだけで気分も萎えちゃうし」

 

「そ、そうかな。好き嫌いは無くした方が良いのかなって思ってるから……」

 

「うーん、僕は好き嫌いって、体の防御機構だと思ってるんだけどね」

 

「……防御機構?」

 

「自分の体にとって好ましくないものを、本能的に避けるシステムみたいな。人間にとって無毒でも、別の生き物からすると猛毒の食べ物なんてざらにあるわけで。しかもアレルギーもあるじゃん? 好き嫌いって、そういうのを選別しているんじゃないかなって思うんだよね」

 

「はあー、でもそれって好き嫌いが無いみなと君だから言える主張だよね? 克服しようとしている私に対して無意識にマウントしてきてません?」

 

「違う違う! もう怒ってないよ!? さっきのまだ引きずってるな!?」

 

 本当に食べ物の恨みって怖いな、座右の銘は表に出さないようにしよう。

 ちなみに僕は咲良の言うとおり、食べ物の好き嫌いはほとんどないが、ちょっとだけ苦手な物としてタバコと、アボカドがある。

 

 タバコは香りが苦手というのもあるけれど、一番は吸っているその人が生き急いでいるように感じて、「吸わないで」と思ってしまうから。特にそういう感情を抱いた相手は、出かける前によく葉巻を吸っていた巴さんと、虹羽さん。

 虹色の煙が出る電子タバコがどういう成分をしているのかは謎だが、体にはあまり良くなさそうに見える。外国のケーキみたいで。

 

 アボカドが苦手なのは、食べると数日ほど微熱が続くからである。味は嫌いではないのだけれど、体が拒絶している感じだ。

 ロールキャベツを煮込む合間に、調理器具の洗い物を進める。咲良はキッチンの隣で、作業をしている僕のことを伺っていた。 


「あ、ゆっくりしてていいよ?」

 

「うんうん、話したいことがあるから」

 

 妙に真剣な声色だったことに、僕は少々面食らう。スポンジで食器をこすりながらも、耳は咲良の声に力強く引っ張られていた。

 

「ごめんね、みなと君」

 


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