非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

098 白銀よ、君の恋心に呪いを

公開日時: 2021年8月2日(月) 21:00
更新日時: 2022年5月20日(金) 00:55
文字数:4,801

「可愛いわよね、あの動く絵。あの金髪の女の子は戸牙子ちゃんで、たまに出てくるボブカットで大人の女性らしい方がローゼラキス王女なのかしら?」

 

「しにます」

 

「家事をするときに気分転換になるのかしらね、大体いつもテレビの大画面で流しているわ。それでたまに絶叫が聞こえたときに、みなとはニコニコ笑ってるわ」

 

「あはははは! しーにーまーすー! ここで私は自害しまーす!」

 

 なぜか、戸牙子ちゃんは狂ったように笑っている。

 部屋にある家具や機材だけでなく、ついに本人まで壊れてしまった。応援のつもりだったのだけれど、どう言えばよかったのだろう。

 

「じゃあ、配信の邪魔をするわけにはいかないし、今からそっちに伺うのはまずいわね。どうしようかしら」

 

「……もう、本日は店じまいです……」

 

「え?」

 

「SNSにも告知しました、呟きました。『今日はもうむり、やすみます』って……」

 

「ええっ!? ど、どうして!?」

 

 一体彼女の心境にどのような変化が起こったのか。

 もしかして、私の善意は彼女にとって迷惑だったのだろうか。

 

「配信者も、人なんです。気分が乗らない時は、休みたくもなります。なのでお姉様、どうぞ今からうちへ来てください。私はひましております」

 

 虚無を悟り、すべてを諦めたような声色をしていた。

 考えることをやめた、自暴自棄で無色平坦な声のトーンが余計に喪失感を思わせる。

 私は、何を間違えてしまったのだろう。

 

「本当にいいの?」

 

「どうぞ。ミズチのこともお構いなく。私のことをぐさぐさツノで刺してきているんですけど、別に痛いですけど、不死性あるんで大丈夫です。ああほらミズチ、機材を壊さないの。次にそれ壊したらゴスロリ着せるわよ」

 

 ……恐ろしい。

 本当に恐ろしいのは、鋭く凶暴な意思を宿した精神ではなく、悟り抜いて冷徹に感情を操る理性の方なのだ。

 今の戸牙子ちゃんはまさにそれ。先ほどまで一喜一憂していたかわいらしい十七歳の女の子はどこへやら。

 

 というか、ゴスロリ?

 

「……戸牙子ちゃん、ミズチに何か着せてるの?」


「はい、着せ替え人形をしてモデルになってもらってました。ミズチが大っ嫌いな少女趣味な服に学生服やブルマ、セーラー服にクラシカルメイド、地雷女コスと、あとこれから旧スク水も着せます」

 

 つい先ほどまで必死に留めていたものが決壊して溢れるように、白状しはじめた。

 しかも服装のチョイスが、おっさんが好きそうな趣味ばかりなのはなぜなのか。


「ロリですからね、合法ロリに着せるのは合法コスだって相場が決まってます」


「そ、そうなの?」

 

「ミズチってアニメとか漫画で見るには見てきた癖に着たことはないっていう頭でっかちだったんで、ならと思って私が集めていたコレクションを着せているんです。たまらないですね人外ロリっこのコスプレ、モデル作成もはかどりますよ」

 

「そ、それは良かったわね……?」

 

 心なしか、電話の先でめそめそとすすり泣いている幼女の声が聞こえてきた気がする。

 まさか、ミズチは己の尊厳が地の底まで落ちていたから、会話をする気力もなかったということなのか。

 

 そう思うと、これは私が神様に対する配慮が足りなかったと言える、のか……?

 ミズチと緩い繋がりを持っているというのに、彼女が神様であることを考えられなかったのはよくないかもしれない。

 

 みなとだってよく言っていた。「親しき仲にも礼儀あり、心やすいは不和のもと」だと。

 あれは、たとえどれだけ俗世に浸ったことや、気の抜けたことを言う神様ミズチであったとしても、私たち人間と比べたら人生の大先輩であることを常に忘れないという、清く研ぎ澄まされた心構えだったのかもしれない。

 

 人種や種族の違いによって生まれる価値観の溝というのは、すぐ埋まる物ではないし、簡単に理解できるものではない。

 そこだけ見ると、さすがにみなとには敵わない。

 彼の半神半人という視点とスタンスは、底がわからない溝の間に立って、橋かけ役となれる、特殊で固有の技能なのだから。

 

 とりあえず話が進みそうだし、確認を取ってみるか。

 

「ええっと、それじゃあこれから向かわせてもらおうかしら……」

 

「どうぞ。なんなら迎えに行きましょうか? いて、ちょっとミズチ、ものを投げないで。なにその瓶、痛いんだけど」


 まだミズチの抵抗は続いているようだ。

 尊厳とプライドが地に落ちた状態をよっぽど私に見られたくないのだろうか。まあ、女としてというか、私の性格的に彼女の心境は共感できるけれど、今は急がないといけない。

 

 ……まて、瓶?

 

「戸牙子ちゃん、瓶を投げられたの?」

 

「え、はい。なんかミズチの懐から急に出てきたというか、栄養ドリンクみたいな瓶を」

 

 栄養ドリンクのような、


「それって、オレンジ色っぽいガラスの容れ物に、銀色の蓋がついてる?」

 

「あれ、どうしてわかるんですか? もしかして実はお姉様って、千里眼持ちですか?」

 

「千里眼を持ってたとしても霧術で隠れているあなたの家までは見通せないわよ。違うわ、ただ嫌な勘があたっただけ」

 

 携帯を耳と肩で挟みつつ、あいた両手でジャケットの内側から特殊な弾丸と、愛銃を取り出す。

 中折れ式の銃を折り、二発装填式の弾倉が空になっていることを確認。

 そこに一発だけ、青色の透明なガラス製弾丸を込める。

 

 山査子家は、許可なしに入れるところではない。

 というより、お許しがもらえないと「家の場所がわからない」のだ。

 それは「吸血鬼は招かれないと家に入れない」という逸話と、ローゼラキス王女や六戸の霧術の合わせ技だ。

 

 だが、この弾丸なら話は別。

 

「戸牙子ちゃん、今からお伺いします。ミズチのそばから離れてて」

 

「え?」

 

 通話を切って、撃鉄を起こしながらちらりとあたりを見回す。

 ここは方舟のロビーだが、いまは受付員しかいない。遠目に見える受付員にアイコンタクトを送ると、ため息をつかれながらもひらひらと手を振られ、見送りの挨拶をもらう。


 トリガーへ手をかけ、呼吸のリズムを整える。

  

白銀の撃鉄シルヴァ・ストライク

 

 トリガーを引き、割れる銃声が響き渡る。

 発射されたガラスの弾丸が炸裂し、キラキラとはじける宝石の破片が散弾のように、空気中を切り裂いた。

 

 拡散する弾丸は床やソファーを傷つけることなく、目先の景色に亀裂を生み出した。

 一つ一つの破片が空中に無数の小さな鏡を作り出す。

 

 それは、海の景色を投影した万華鏡だった。

 

「行ってきます」

 

 ロビーの受付員に軽く会釈して、景色をいびつに屈折させる鏡へ歩みを進める。

 本当は、「みなとのために用意した弾丸」だったのだけれど。

 あの神様に力を貸すことが、みなと本人のためというのなら。

 

 悔しいけれど、私は裏方に徹する方がお似合いだ。

 





 空中に浮かび上がる水鏡、もとい万華鏡を抜けた先。

 つまるところ、ミズチがお邪魔している山査子家へ私は一瞬で到着した。

 厳密には、戸牙子ちゃんの部屋にだ。

 

 たとえ吸血鬼の家であっても玄関から入るのが礼節ではあるし、失礼を重々承知してはいたが、責任は私がとるしかない。

 損な役回りだけれど、みなとのためと思えばどうってことはない。いや、別に許しているわけではないから、説教はするけれど。

 

 突然現れた私を見て、戸牙子ちゃんとミズチは距離をとるためかさらに暴れまわり、部屋の物が散乱した。

 どんがらがっしゃんでは収まらないような、物がごったかえしになっている洋室で畏怖の念を向けられている。

 

 片や、もこもこのパジャマ姿にヘアピンで髪を邪魔にならないように止めている金髪の吸血鬼。

 片や、幼児アニメで変身する魔法少女のようなフリルのたっぷりな服に身を包み、ツインテールにしている神様。

 

「……ごめんなさい」

 

 彼女らを目にして自然に出てきた言葉は、謝罪だった。

 何に対して謝っているのかと聞かれると答えづらいが、とにかく謝るのが先だと感じた。

 見てはいけないものを見てしまったというか、秘すべき蜜事を覗いてしまったというか。

 

 言い表しがたい罪悪感でいっぱいになっていて、居心地が悪くなっていた時。

 がちゃりと、ドアが開ける音と優しい女性の声が耳に入った。

 

「ちょっと戸牙子ー? さっきから物音すごいけど大丈夫……ってあら」

 

 この部屋唯一のドアが開けられ、その先からローゼラキス王女が現れた。

 彼女は着物姿だった。戸牙子ちゃんが最近着なくなっていた和風の着物であり、金髪で非常に外国人らしい顔立ちなのに、妙にさまになっている。

 

 着慣れている、とはこういうことなのだろう。

 服が本人の魅力を引き出すのではなく、彼女の柔らかく暖かい雰囲気に服がほだされて、喜んで自ら合わせているようにも見える。

 

「あらあら、どうされました? 火急の用事ですか?」

 

 ローゼラキス王女は、突然家に不法侵入者が現れたというのに、焦りも驚きもしていない。

 だが、頬に手を当てながら呑気な反応を見せる彼女の手前で、私は無意識に一歩後ずさりしてしまった。

 

 気圧されたのだ。ルビーの宝眼が鈍く、ぎらりと輝いているように見えてしまったから。


「……突然申し訳ありません。このお詫びはまた後日に……」


 先ほど戸牙子ちゃんへ向けたのと同じ、定型文が出てくる。

 切羽詰まるとワンパターンな行動になりがちなのは、良くないとは思っているが。

 

「あらそうです? てっきり、私にも用事があるのかと存じていたのですが」

 

 あっさりと、彼女は珍しくもなさそうに言いのけた。

 ……そこも含めてお見通し、なのだろう。

 これがあの吸性のカルミーラで「吸血鬼の古王ノーライフキング」か。

 

 私の叔母さんが、灰蝋巴が半年間戦い続けてようやく決着がついたという、怪異の王で、最古で最後の王女、ローゼラキス・カルミーラ・ホーソーン。

 その圧倒的な知見に基づく、深い思慮と洞察力に、畏敬を覚える。

 

 そして改めて実感もする。こんな化け物を目の前にして、みなとはよくもまあ抵抗できたものだと。

 自分の弟ながら、恐ろしくなってしまう。

 

「……すみません、そうです。王女にも少しだけお話が」

 

「『ローゼン・ガルテン』の袋なら差し上げますよ? ああいえ、専門用語ではなくてわかりやすく言わないとですね。異象結界の施した品です」

 

 面食らった。鳩が豆鉄砲を食ったように。

 このお方がうかつに「異象結界術の名前」を言うわけがない。

 

 名前には大きな質量が宿る。意味と意義を見出され、意志をもって付けられた用語というのは、形を変えても縛られる。

 名を明かすことは、それだけで弱点の露出にもつながるというのに、この方はさらりと言って、しかも用語の説明までしたのだ。

 

 前向きに捉えれば私やみなと、そして「方舟」を信頼しているとも言えるが、暗黙の取引を持ちかけられているとも受け取れる。

「こっちは信頼しているのだから、そっちも誠意を見せろ」と。

 少々強気で私見が目立つ解釈だが、概ねそう受け取っていいはずだ。

 

 ローゼラキス王女はぺこりと軽く頭を下げて続ける。

 

「ご足労をおかけして申し訳ありません。本当でしたら私が直接言うべきだったのですが、そうなるとあなた方が遠慮なさるかと思いまして」

 

「そんな……! 王女様、お気遣い痛み入ります。戸牙子お嬢様にもお手数おかけして、なんとお礼を言えばいいか……」

 

「いえいえ、気になさらないでくださいませ。恩人に尽くすのは山査子家の礼儀ですからね」

 

 言いながら、彼女はにこりと柔らかい笑みを浮かべた。


 山査子家、か。

 もしかすると、この方は自分のことをもう「カルミーラ」だとは思っていないのだろう。

 受け継いだ家名と、命の恩人からもらい受けた新しい名前を大切にして。

 そしてそれ以上に、「山査子家を守る母」としての役目を誇りにしているのだ。

 

 思わぬところで共感する、親近感を覚えてしまう。

 家族を守る役目に従事しているのは、私も一緒だけれども、この方のように女としての器量が私にもあればと、無い物をねだりしてしまう。

 隣の芝生は青い。妬むだけ無駄なことだとは分かっていても、意識してしまうのは悪い癖だな。

 

 そんな彼女は私の心中を察したのか、顔色をうかがうように尋ねてきた。


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