非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
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028 ヴァンパイアには心理戦ができない

公開日時: 2021年1月15日(金) 18:00
更新日時: 2021年11月20日(土) 13:01
文字数:3,870


「みなと、あたしに付き合いなさい」


 本来、超絶美少女(中身については言及しない)からこういう発言をされたのであれば、「な、なにいってるんだよっ……」と頬を赤らめて、勘違いするフリでも悪ノリでもしてしまう方がいいとは思うのだが、残念ながらリアルというのは小説のように情報量の少ない世界ではない。


 もしこれが動画上や、配信するバーチャル世界であればひとつの茶番や寸劇としても成立するだろうし、その発言だけ切り抜き動画であげることによっていろいろ話題にもできるのだろう。


 だが、僕の目の前にいるハーフヴァンプ、山査子戸牙子の手にあるのは、随分と年季の入った木製のケースに入っているトランプだった。


「あたし、七並べとかソリティアしかしたことないから、対人戦がしたいの」


 なんという切実な悩み。

 どうやっても人と一緒に遊ぶことができなかった、ガチぼっちの女の子の願いを叶えることこそが、彼女のことを忘れない僕にかせられた使命なのではないかと思わされたぐらいだ。


「うっ、苦労してきたんだねぇ……!」

 

「やめてって、そんなに思いつめてないから」

 

「これからは僕がいるからね……!」

 

「おっ? 煽りか? 同情してるように見せかけた煽りだな?」


 といった感じで。


 まずは対人戦トランプの王道とも言える、ババ抜きから始めることにした。

 紙トランプのカードたちは黄ばみこそあるが、使えないほどぼろぼろではない。

 大事に使われていたのがわかる、いわゆる時間の経過による劣化しか見受けられない。


 きっとこの家にもともとあったものを、戸牙子は大切にひとり遊びで使っていたのだろう。


 そしてそこはやはりというか、ひとり遊びの時間の長さゆえなのか、戸牙子のカードさばきは思わず見惚れるぐらいの手際の良さだった。

 カードゲーマーどころかディーラーも顔負けレベルの手業で、シャッフルもカード配りもこなす金髪美人は、カジノにいても遜色ないだろう。


 これがピンク色のもこもこパジャマ姿ではなく、スーツとかバニー姿の場合ではあるが。


「そんなパジャマ持ってたんだね? てっきり着物だけかと」

 

「今日買ったの」


 配られたカードをお互いに見て、揃っているものを場に出していきながら雑談。


「そういえば、戸牙子って服はどうしてるの? 通販で買ったりとか?」

 

「うーん、通販とかネットを使えるようになったのが数年前だから、それまで着ていた和服の方が着慣れてるのよね」

 

「あれ、でも今日は洋服で外にでてたよね?」

 

「一セットだけこの家に洋服があってね。それを着て行ったの」


 買ったではなく、「あった」と言った。

 それが自分のものではなく、誰かのものであることに察しがついてしまったが、戸牙子が妙にそっけなく、冷ややかな言い方をしていたことから、僕は直感で深入りするのはよくないと思い、話題をトランプへ戻す。


「ババ抜きやるの、小学校以来かも」

 

「なら、あたしとみなとの実力は小学生レベルで止まってるってことね。よかったわ、あんたがババ抜き日本チャンピオンじゃなくて」

「いるのかな、そんな人」

 

「世界をかけたババ抜きはあるんでしょう?」

 

「それはフィクション」


 戸牙子は目を見開いて信じられないものでも見たように、目を泳がせて震えている。

 夢を壊すようで悪いが、そんなババ抜きがあるのは永遠の五歳児がいるアニメの中だけである。


「じゃ、じゃあトランプで国の分裂が決まったり、取り分が決まったりっていうのもないの!?」

 

「どんなフィクションを見てきたんだよ!? むしろ一周回って面白そうだから教えてほしいぐらいだよ!」

 

「だ、だってトランプって国を治める人の名前だったりするんでしょう?」

 

「だからといってカードゲームのトランプにまでそれが適用されるかと言われたら違うでしょ!」


 政治にカードゲームが使われるとか、映画や漫画といったエンターテインメント作品としては面白そうだけど。

 紙切れに魂が宿ってたり、運命を託したり決闘をしたりする闇のゲームみたいじゃないか。


「フッ……みなと、あなたのことは嫌いじゃないけど、死んでもらうわ」

 

「こわいこわい」


 一足先に手札を揃えた戸牙子がそう宣言するのは、手持ちにババがないことからくる安心感ゆえにか。

 残念ながら、ジョーカーは僕の手持ちにある。

 先手としてはかなり痛いが、最初にある方が駆け引きとしてはけっこう楽しめたりする。


 どうやって取らせるか、といった一対一の心理戦がババ抜きの醍醐味でもあるわけで。


「先行は譲ってあげるわ、なんせあなたにはババがいるんだからね」

 

「お優しいことで」

 

「当然よ、あたしがババなんて取るわけないんだから!」


 悠々と高笑い。

 かといって自信満々な態度にいらつくこともない。


 この余裕に浸っている振る舞いを崩せてこそ、勝利者となるのだから。


 *


「ねえ、それってババ?」

 

「ババじゃないよ」

 

「ほんとに? 信じるわよ?」


 戸牙子は恐る恐る震える手を、僕が「ババではない」と言った方の手札に伸ばして、奪い取る。


「ねええぇぇ!? ババじゃないって言ったよねぇえええ!?」

 

「あはは! 心理戦よわよわじゃん!」


 これにて通算三回目のババ抜き。

 僕の手札にババともう一枚、戸牙子の手札が一枚という状況で、彼女は必ずこちらに質問をかけてくるのだが、なんというか吸血鬼は心理戦ができない。


 僕の言うことを素直に信じてしまうため、毎回毎回、いとも簡単にババを引いていってしまう。


「待って、シャッフルするから、あっち向いてて!」

 

「はいはい」


 今まで大事に使っていたトランプが初めて酷使されたのではないかと言うぐらい、カシャカシャと音を鳴らしてたったの二枚を入念にシャッフル。

 急に引っ張り出されたと思ったらご老体に鞭打たれて、トランプカードもびっくりしているだろう。


「はい! 引きなさい!」


 堂々と二枚のカードをこちらに向けるさまは立派だが、顔は青ざめている。

 なんせあんなに高らかと宣言したのに、彼女は三連敗しているのだから。


「うーん、どっちがババかなぁ?」

 

「…………」

 

「こっちかな」


 右側のカードに手を伸ばし、戸牙子の表情を伺う。

 青ざめているというのは、ある意味真顔に近い。

 無表情を貫き通すその顔が、吸血鬼としての美貌も合わさりやけに麗しい。深窓の令嬢といった感じか。


「うーん、もしかしてこっちかな」


 左側のカードに手を伸ばす。


 にやり。


 戸牙子の口角が、ほのかに上がった。

 隠しきれない笑みが溢れているのを、僕は見逃さなかった。


 右のカードを奪い取る。


「あああぁぁああ!? なんで!?」

 

「いえーい、僕の勝ち」

 

「今完全に真顔だったのに!」

 

「いやいや、隠しきれてないって」


 これにて四連勝。

 いやはや、生意気な女の子に屈辱を植え付けるの、楽しいなぁ!


「そ、そんな……あたしが……みなとに、ゲームで負けるッ……!?」

 

「対面系は難しそうだね。顔に出てたよ」

 

「うぅぅ……自信あったのにぃ……」


 めそめそと、自分より格上の存在に打ちひしがれた絶望を浮かばせている。

 たかだかトランプでそこまで落胆するのか、とも思うが、彼女にとっては初めての対面ゲームでもあったわけだ。


 そう考えると、ゲーム玄人ではあるのかもしれないけれど、心理戦は初心者であったのか。

 初心者をぼこぼこにしたままというのも、少し後味が悪いな。


「じゃあさ、ジジ抜きしようよ」

 

「ジジ抜き?」

 

「ババ抜きと違ってどれがジョーカーか最後までわからないから、けっこう楽しめるんじゃないかな」


 戸牙子の表情が、新しいものを知った子供のように明るくなる。

 いや、きっと本当に彼女の心は子供のままなのだろう。


 世間を知らず、世界を知らず。

 かごのなかに囚われたお姫様にとって、他人からの遊びのお誘いはひどく魅力的で、新鮮なものなのだ。


「それにさ、ババ抜きってもしかしたら、戸牙子は不利なのかも」

 

「へっ? いや、まあ……心理戦が苦手なのは確かにそうかもしれないけど、そこまで言うなんてひどくない……?」

 

「ああ違う違う。ババ抜きってさ、日本での呼び方らしいんだけど、昔なんて呼ばれてたか知ってる?」


 トランプが外来から渡ってきた時に、もちろんその遊び方も一緒に入ってきた。

 日本人に向けてゲーム名称は翻訳をされるわけであり、しかも昨今ババ抜きと呼ばれるゲームは、ジョーカーを含まない頃に生まれたゲームだった。


 そもそもトランプにジョーカーが入ったこと自体が、十九世紀頃というのだから比較的新しい概念だ。


 つまり、もともとババ抜きはクイーンを一枚抜いて、その余り物が残った人が負けという、いわゆる「行き遅れの未婚女性」を揶揄するゲーム名だった。


 だが。

 ババ抜きと呼ばれる、それより前。


 日本に渡ってきた段階でトランプにはジョーカーが含まれており、そのジョーカーを残した人が負けだったゲーム。


 ゲーム名が混同する前にあった名残。

 オールドクイーンではなく、悪いものを残してはダメなゲーム名として。


「ババ抜きって、昔は『鬼抜き』って呼ばれてたらしいよ」


 名前が与える影響力は大きい。

 それは、名前に縛られやすい怪異であれば、なおのこと。

 吸血である戸牙子は、見えないところでハブられているのかもしれない。

 

 それはあまりにも、可哀想だ。


「ジジ抜きなら、きっと戸牙子の不利はないよ」

 

「……みなと」

 

「うん?」

 

「あんたって、歴史オタク?」

 

「いや、周りにそういう人がいるせいで増えた知識だよ」


 おもに虹色のサングラスをかけている、今は姉さんと共に僕の監視役を勤めているおっさんがつらつらと語るうんちくの所為で、余計な知識がたくさん付いてしまった。


「……ありがと」


 ぼそりと呟かれたそれを、僕は聞こえないフリ不利をした。

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