非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

053 空を呑む黒星

公開日時: 2021年4月12日(月) 21:00
更新日時: 2022年2月4日(金) 13:14
文字数:5,191


「うぐっ!?」

 

 体の内側から張り裂けるような、無数の棘が貫通する感覚に襲われた。

 いや、「ような」という曖昧な表現をするまでもなく、実際に貫いている。

 

 心臓を貫かれた時と少し似ていて、しかし確実に別の物のもの。

 グロウと名乗るピエロ男が放った「ストラック」という技は、円錐の杭だったが、今食らったのは針千本が自分の肉体に瞬間移動させられた感覚に近い。

 

 しかも、眼球が完全につぶされてしまったせいで視界が暗転し、頼りになるのが耳と肌の触覚だけになったが。

 周りの音が、聞こえなかった。

 

「ミズチ! 篠桐は!?」

 

「逃げたの。追うのならまずはその棘を抜いてからにせい」

 

 彼女の声は聞こえるが、自分の発した声が聞こえづらい。鼓膜までやられている。

 ミズチとの意思疎通は脳内で行えることが幸いだった。

 

「今の技は、あの爺さん固有の業か!?」

 

「いんや、あれ自体はくろじゃな。おおっといかん、またわし間違えた。黒式こくしきと言うんじゃったな」


 自分の体をまさぐると、鋭い棘がいくつも刺さっていることに気付く。

 しかも、その針は僕の内臓付近の方が太く、外に飛び出している方が細くなっているという、逆転したような刺さり方をしていた。

 まるで、内側から破裂した爆弾が、爆発した瞬間で止まったような形状をしている。

 

「黒式って……つまりあの爺さん、黒座こくざに就いてた人なのかもしれないのか……! 通りで強いはずだ……」

 

「黒座ってなんじゃ?」

 

「ちょ、ちょっと待って、げほっ……」

 

 五感のほとんどがやられている所為で、刺さっている棘をどこから抜けばいいのか分からない。

 というか、結構危険な状況だった。

 

 僕の体は傷を受けても勝手に再生するが、別にそれは次元を超えて再生をするわけではなく、傷口を起点として高速で回復していくものだから、何かしらの異物が刺さったままの状態だと、それを挟み込んでがっちりホールドしてしまう欠点がある。

 

 つまり、拘束系の技には超再生も意味がないのだ。

 

「難儀しておるなぁみなと、まあ手伝ってやるかの」

 

「た、たすかるよ……いてて……」

 

 ミズチモード中のおかげで死ぬほど痛いということもないし、再生不能にさせられる白式よりはましだ。

 人間ならショック死するような激痛でも、今の僕なら大丈夫。

 

 けれど、鈍い痛みが続く地獄がこれほどまでとは、なかなか得難い体験だ。

 

 ぶつ、ぶつとちぎるようにミズチが棘を抜いていく。

 顔周りを後回しにされたのは、あまりにもひどい有り様だったからという配慮らしいが、別に僕だって刺さっている場所はわかっているのだからいらぬ気遣いだ。

 

「んで、黒座とはなんじゃ?」

 

「あ、それが聞きたかったから手伝ってくれたのか……」

 

 基本僕のことは僕に任せがちというか、放任主義のミズチがなぜ甲斐甲斐しく手助けしてくれたのか、謎が解けた。

 逃げた篠桐宗司を追いたい気持ちもあったが、全身に穴が開いている状態から完全再生までは時間がかかる。

 休憩がてら、話してもいいか。

 

「えっとね、僕も聞いただけだから詳細は分からないんだけど、黒橡の方舟には『白座』と『黒座』っていう特別な階級があるんだよ。代々そこには一人ずつ就いて、組織内のパワーバランスを保とうとする動きがあったらしいんだけど、今はもう形だけだね」

 

「白座? なんか聞いたことあるぞ」

 

「もちろん、だって今の白座についてるのは姉さんだからね」


「ほお、黒座には誰がおるんじゃ?」

 

「それが、今まで黒座にいた人は隠居中なんだって。虹羽さんが黒座についてるようなものだけど、昔の格式だから誰も意識してない」

 

「形式だけになったというのに、なんで結奈は『白座』に宛がわれているんじゃ?」

 

「うーん、実は僕も詳しくは聞いてないからさ。そこらへんは虹羽さんにでも聞いたら分かるかもしれない。僕が知ってるのは、『黒式』を使える人が黒座に就くってことぐらいだから」

 

 方舟の階級制度について話していたら、ある程度体の再生が終わって視界を取り戻す。

 

「けどさ……黒式を使うってことは……」

 

「ああ、文字通り必死じゃな。あれを使うなら、死を覚悟しなければならん」

 

 己の寿命を代償に発動するのが『黒式』

 白式が怪異殺しなら、黒式は人間殺しの業。

 いや、厳密には『同族殺し』が黒式の仕組みであり、白式と同じで限定特効のひとつだ。

 

 人間であれば人間に対して。神であれば神に対して。

 自分と同じ種族に特効が発動するのが、黒式の特徴である。

 ただし、同族殺しの罪を背負う代償は大きく、行使するだけで自分の寿命を削る。

 

 僕は半分が神様であったから、即死とまではいかなかったが、さすがに人間属性にしていた右腕は再生に時間がかかっている。

 

「……あの爺さん、逃げてどうするつもりなんだろう」

 

「助けでも呼ぶのではないか? 少なくともお前さんのことを密告すれば、すぐ指名手配でもされるじゃろうな」

 

 それは、まずいか。

 いや……上司以上のお方に逆らうという短絡的な行動をした時点で、もう終わったも同然か。

 

 そうだ、僕どうやって方舟のメンバーに弁明すればいいんだ。

 合わせる顔どころか体すらない。

 

 もういっそこれは、玄六さんのように放浪生活をするしかないのか。

 

「くそっ、どうして出れない!?」

 

 と、動揺した老人の叫び声が聞こえたのは、なぜか山査子家の方角からだった。

 あちら側は山であって、この場から逃げるにしてはあまりにも無鉄砲な方角のはず。

 

「あれ? ミズチ、爺さんは逃げたんじゃなかったの?」

 

「逃げた、だから戻ってきた。それだけじゃよ」

 

「……え、それってまるで戸牙子みたいな状態だけど、夜霧の帳って、関係ない他人にも効果あるの?」

 

「分かっておらんのぉみなと、あれはバッテリー型異象結界じゃぞ? あの母親の説明中、わしは娘を隠すのに必死じゃったからというのもあるし、間違いを言っておるわけではないからあえて突っ込みはせんかったが、理解の差は激しかったようじゃな」

 

 バッテリー型異象結界。

 まるで充電すれば再利用できるような例え方だ。

 そこまで俗世に浸った呼び方をしなくても……。

 

 ……バッテリー型?

 

「……ミズチ、僕は今とんでもない事実に気付いてしまったような気が、しなくもなくもなくもないというか」

 

「どっちじゃ」

 

「します。夜霧の帳って、帰ってくるための術式じゃなくて、逃げるやつを逃さない術式?」

 

「ま、故郷とはそんなものよ。帰りたくなる時もあれば、うざったらしく思う時もある。生まれた時点で記憶に縛られ続ける居場所でもあるのじゃからな。ある意味束縛じゃ」

 

「もしかしてさ……」

 

 恐る恐る、僕はこの時ばかりは自分で考えて辿り着いた答えを、ミズチに赤ペンしてもらうべく尋ねる。

 

「あの家に最後にいた者を、逃さない術式……?」

 

あたらずといえどとおからず、じゃな。あの屋敷が存在し続けるために、中にいるやつを栄養源にするんじゃ」

 

「ええっと、それじゃあロゼさんが言ってたことは……」

 

「ふん、意識しておらんかったようじゃが六戸という鬼はわかっておったぞ、完成した術式が土地に組み付いているというのがな。喋れないというのはどうにもやりづらそうじゃな、意思疎通の滞りで母親は思い違いをしていたようじゃ」

 

「母娘そろって妄想癖持ちかよ……!」

 

 戸牙子が生まれたのは間違いなく吸血行為だが、それと同時に発動した夜霧の帳は戸牙子にかかっているのではなく、あの家にかかっている、ということか?

 とばりなのだから、人ではなく家にかかるのは当然だろうけれど。

 

 となると、玄六さんが消えたのは、霧に消えたわけではなく。

 戸牙子の生誕と共に、あの家を追い出されたということなのか。

 そして六戸もロゼさんも出て行って、最後に残された戸牙子だけが、その術式に囚われた。

 

 なんというミスリード。

 つまり玄六さんを探し続けても見つからないのは、そもそも玄六さんを追い出した術式として完成されているから。

 

 故郷からの束縛は、放浪の身である山査子玄六にとって相容れない因果だった。

 だから、帳は彼をはじき出した。

 最後に生まれた戸牙子を逃さないために、最初にいた家主を生贄とした。

 

 

 

「ならば、お前をここへ残せば、わしは出られるということだな……!」

 

 篠桐は僕たちの会話をめざとく聞いていたのか、こちらに戦意を向ける。

 

「爺さん、やめとこう。どっちか生き残ったとしても、出た先の世界に明るい未来はないよ」

 

「お前を出すわけにはいかない」

 

「はぁ……そっくりそのままお返ししたいところだけど、ようやく話を聞く気にはなってくれたのかな……」

 

 篠桐が手を合わせて詠唱「無岩音虚おとなし」を放つと、小さな黒い星が空中を舞い始める。

 

「爺さん、まじで黒式はやめとけ。老い先短い人生、もう少し気楽に……」

 

「お前を生かしておくわけにはいかん」

 

 血気盛んではあるが、向かい合っている今の状況なら、少しではあるが話せるかもしれない。

 僕は、今回の件に関する篠桐の真意を聞き出したかった。

 

「爺さん、あの杭に特殊な封印術がついてたけど、本当にあんたはあれを方舟の人間に抜かせるつもりだったのか? 犠牲が出てもおかしくないあの杭を」

 

「玄六を出し抜く囮にもできず、呪力がたまりすぎて触ることすら難しくなったあれを、残し続ける意味はない」

 

「……なんで交換だったんだ?」

 

「交換? 何を言ってる。ワシは杭を抜いてこいと言っただけだ」

 

 ……なんだって?

 

「交換……まさか、虹の小僧か。あいつ、裏で何を企んでいる……」


 食い違いだ。

 いや、しかしこれは逆に僕だけが知っているアドバンテージになるか?

 

「なりそこない、お前は何を刺した?」

 

「それに関しては、僕もわからない。虹羽さんから渡された物だったから」

 

「何が付いていた?」

 

「……僕の話を聞いてくれるのなら、言うけども」

 

 宙に舞っていた黒い星が、殺意と共に大きく膨らみはじめた。

 地面を蹴って、巨大な星に呑み込まれそうになったのを回避する。

 

「拷問でもしなければ、聞き出せないということか」

 

「ああもうくそっ、脳筋すぎるんだよ……!」

 

 まだ再生が終わらずにだらけている人間の右腕を、無理やり竜の腕へと変貌させた。

 そしてそのまま、肥大化し始めていた黒星を膂力で握りつぶして消しきる。

 篠桐は黒式の反動が来たのか、膝をついてせき込みながら吐血した。

 

「おい爺さん! 寿命を削る黒式をそんなに連発したら、あんたみたいな老いぼれはこの場で死んでしまってもおかしくない!」

 

「……ははっ、なぜ心配する? お前のような神のなりそこないが、なぜ人間を気遣う?」

 

「僕が! 僕は、人間だからだよ!」


 額に合った異物感が収まっていく。

 すこしずつ、本当にすこしずつ、収縮されるように。

 

「あんたから見れば僕は異形なんだろうけど、僕はまだ人間のままでいるんだよ! 見た目だけで判断するなって言いたいんだよ!」

 

「……なら、分かるような見た目にしなければ、分からないだろうが」

 

「それはっ、そうかもしれないけど……。理解できないからって、距離を置いて歩み寄ろうともしないだなんて、あんまりにも悲しいじゃないか!」


 篠桐の吐血がさらに続く。

 心配になって近づこうとするが、接近を許さないようにまた黒い星が煌めき始める。

 覗けば覗くほど、無数の星が浮かぶ夜空のように際限なく湧き出てくる。

 

 ひとつ、ふたつ、みっつ、それ以上。

 竜の腕で潰しても、またすぐ出てきて、潰しきれない。

 

「量が多すぎる……! 爺さん! 僕を殺したって、あんたが満足できるのか!? あんたは何のために怪異を殺すんだよ!」

 

「ごほっ……、満足? 仕事に何を求めている?」

 

「それなら、あんたは世界の人口すべてを養えるような金をもらえるからって、大事な身内を殺せるのか!? 子供や、孫や、親をッ! 『殺せる』って言えるのかよ!?」

 

「…………」

 

 篠桐宗司は、こちらを睨みながら沈黙する。

 

「意味のある殺しなら良いとかじゃないんだよ! 何の理由もなく殺せるのなら、殺しなんてやらなくていいんだよ! もっと幸せで、暖かくて、平和ボケした生活を送ればいいんだってのに!」

 

 竜の腕で潰せなかった黒星が、風船のように膨張し続け、隕石のように巨大になっていく。

 

「こんなレベルの黒式を使ったら、僕を殺しきれたとしてあんたも死んでしまう! それだと本末転倒だ! ここから抜け出すための知恵を絞る方がよっぽど建設的で効率的だ!」

 

「…………それをして」


 

 両手を絡めて無岩音虚おとなしを発動する手前、篠桐はか細くつぶやいた。

 

「わしが、許されるわけがない」

 

 と、らしくないことを聞いた。

 らしくない、だなんて思うには篠桐宗司と知り合ってからあまりにも日が浅いが。

 

 それでも、この老人から聞ける言葉ではない気がした。

 許しを請うだなんて。

 罪を罰として受けようとする、懺悔の欠片があるだなんて。

 

 一瞬、黒式の星が空気が抜けたようにすぼみはじめるのを見た。

 彼の持つ黒々とした戦意の喪失に、僕は臨戦態勢を解除しようとしたが。

 

 

 その時。

 闇夜に深く、暗く、憎悪に満ちた男の低い声が響き渡った。

 

 

ストラック

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