非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

040 忘れられないV活

公開日時: 2021年3月12日(金) 21:00
更新日時: 2022年1月5日(水) 20:33
文字数:4,531


 ミズチによると、神が鬼と対峙するときに気をつけるべきことは、自分が酒豪であるかどうからしい。

 定番な勝負方は、お互いの死力を尽くした果たし合いと、酒飲み勝負のふたつ。

 

 鬼と飲んでも負けないほどのアルコール耐性をもっているのなら、心配することはほぼない。

 

 圧倒的な膂力を持ち、頑強な肉体と、それぞれの個体で固有の能力を持ちうる鬼ではあるが、一端の怪異が神に敵うかと言われたら、ありえない。

 たしかに、全力を出されたのなら、鬼のパワーで腕や足の一本が消し飛ぶこともあるだろう。

 だが、僕に宿っているのはミズチという、蛇が長いときを経て龍へ至る手前の怪異だ。

 

 蛇神で、邪神で、水神。

 属性ましましな神様だが、長く生きているとそれだけいろんな要素を蓄えていくらしい。

 まるで、毒のように。

 

 様々な毒を飲み干すとそれは血清となり、ほとんど不死に近い体になる。

 

 生物毒に関してはほとんど効かず、鉱物毒や化学物質の毒すらも効かないのだとか。

 あらゆる毒への耐性があったからこそ、僕は戸牙子の毒の霧が効かなかった。

 

 さらに、驚異的な再生力も売りだ。

 僕はミズチモード中限定ではあるが、腕の一本をもがれたとしてもぬるりと生え出すように再生する。

 

 うろこの心臓が人部分を侵食していくことを代償に、ではあるが。

  

「こんばんは、鬼さん」

 

 どこに何があるのか視認できないほど暗闇に包まれた山奥で、僕が交換した杭のそばに座り込む鬼に、あくまで敵意がないことをアピールするように切り出す。

 土と草木に馴染んだぼろぼろの衣服に身を包むさまは、山暮らしの長さを感じさせる。

 額から伸びる二本のツノと、闇の中で残光を引いてゆらめく赤い眼が特徴的な、鬼。

 

「今日は、通訳を連れてきました。君が喋れないことを配慮してね」


 その言葉に鬼は赤い眼光の奥に驚愕をやどし、僕の後ろにぴったりくっついている戸牙子は声をあげた。

 

「しゃ、喋れない……って。どうしてわかるの……?」

 

「これが、なりそこないの神様の力だよ」

 

 半端でなりそこないの僕であっても、その余波だけで人間としての能力まで強化されるのだから、神様の力は偉大だ。


 神通力のなかには、相手の心を読む「他心通たしんつう」というのがある。

 ただ、六種類ある神通力にも個人によって適性があり、僕自身は「他心通」があまり得意ではない。


「ま、通訳は彼女にやってもらうんだけどね」

 

 ぴとん、と水の雫が落ちるような音と共に、ミズチが足元からぬるりと精神体で現れた。

 風呂場で話すときとは違い、水の体ではなく、体にしっかりと色が付いている。ミズチモード中限定の状態である。

 

 空色の髪をなびかせながら、ゆらりと浮きつつ、蛇の目は鬼を見据える。

 

「面と向かっては初めまして、じゃのお。この前は随分とわしの主人を痛めつけてくれたようで、わしは怒りに燃えておる」

 

 

 神気、ならぬ怒気だけで、鬼は危機を感じたのか勢いよく立ち上がって身構えた。

 


「ミズチ、やるべきことを忘れないでくれ。君が彼を失語症だと見抜いてくれたからこそ、通訳を任せるんだから」

 

「じゃがのぉみなと、けじめはつけておくべきではなかろうか? お前さんは殴られても『殴りたい理由があったんだろう』とか言って、相手を許すのか?」

 

「……まさか。けじめはもちろん、つけさせるさ。けどそれは、別に僕に対してじゃなくていい。彼がするべき役目は、きっと別にある。だからそれまでは、こらえてくれ」

 

「……ふんっ、とことんひね甘い奴じゃの」

 

「ひね甘い……まずそうなたとえだね……」

 

 ミズチと軽口を叩き合いつつ、両手をあげて降伏のサインを示しながら、鬼に近寄る。

 どうやら僕に対しての敵意も薄れてきているようで、彼の臨戦態勢もほんの少し解けていた。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 と、ここで後ろにくっついていた戸牙子が不安そうに声をあげる。

 

「だ、大丈夫なの……? あの鬼、あたしを狙ってたわけだし……」

 

「戸牙子、不思議に思わなかったのかい? 君は今まで『誰の記憶にも残らない』と言っていたじゃないか。そんな君がどうして、狙われたんだい? 君をさらうようなことができる人、もしくは怪異なんて、今まで全く出会ってこなかったんだろう?」


 言われてみれば、といわんばかりに彼女は惚けた表情で目をぱちくりさせる。

 

「だが、逆にそれはこう言い換えることも可能だ。『あの鬼は、山査子戸牙子の関係者である』と」

 

「!? で、でもそれって……」

 

「ああ、今君が考えているとおりだ。君を知っている人というのは、少なくてひとり、君のお母さん。そしてもしいるのなら、君のお父さん。このふたりだけだろう」

 

「で、でもあれは! あの鬼は、あたしだって知らないわよ!?」

 

「だからこそだ。もう少し踏み込んで考えてみてよ。霧の術式を突破できて、君を狙い撃ちできて、さらうことができるってことは――」

 

 ここまで言ったことで、囚われのヴァンパイアようやく何かしらを察して、顔色を変えた。

 

「あの鬼はね、君の知らない身内である可能性が高いってことだよ」

 

 *

 

 

 そこからは、ほとんどミズチに通訳を任せて、鬼である彼の情報をいくらか聞き出す時間となった。

 しかし、戸牙子はまだ警戒心が解けないようで、離れたところでじーっと見つめだす始末。

 

 ミズチが喋れない鬼の思考を読み取って、内容を僕が聞き取り、それを離れたところにいる戸牙子のもとへ行って少しずつ、断片的に話すという、何手間もかかる事態になった。

 

 これでは時間がかかるということで、ミズチが諸々を集中して聞き取り、僕と戸牙子は一度、家へ戻ることにした。

 とりあえず「あの鬼は戸牙子にとって危ない存在ではないよ」という事実を見せてあげただけでも、収穫はあった。

 

 実際、家の中でもゆっくりと過ごせるぐらいには精神的に落ち着いたようで、僕は彼女の私室へ半ば、無理やり同行した。

 

「あたしと離れないで」と僕の手を食いこむ勢いで握るものだから、吸血鬼の本気に内心震えていた。

 鬼より手強そうだな、戸牙子……。

 

「その服、似合ってるね」

 

 重い空気が続いていたため、紛らわすようにとりとめのない、世間話をふってみた。

 

「……えっ? 今言うのそれ? せめて着替え終わった時に言いなさいよ……」

 

「あの時言っても、精神的に余裕なさそうだったから。お母さんの譲りものなんだろうけど、すごく似合ってる」

 

「……そう、あんまり嬉しくないけど」


 つんと、そっぽを向いてしまうが手は離さない。

 畳の上で手を握りながら二人並んで座るという、なかなかもどかしい状況だ。

 

 ミズチが帰ってくるまで、この状態のままというのも気恥ずかしい。

 気を紛らわすため部屋の中を見回してみると、ここは配信部屋であることが伺えた。

 

 デスクの上に鎮座するふたつのモニターと、PCキーボードに据え置き型のマイク。

 よくわからないボタンや丸いつまみがたくさん付いている機械は、なんだろう、音響系の機材なのかな。

 

 机の隣には戸牙子の体半分ぐらいは埋め尽くせるのではないかというぐらい、巨大なデスクトップPC。

 意匠が妙に機械心をくすぐるようなデザインをされた、ゲーミングチェア。

 まさに、配信者の根城だ。

 

「あー、そういえば今更だけど、配信の邪魔しちゃってほんとにごめんね」

 

「そういえば聞きたかったんだけど、どうして急に駆け込んできたのよ? こう、様子を見るとか、ノックするとかなかったの?」

 

「いや、あまりにもガチな悲鳴だったから……心配で……」

 

 彼女はホラーゲームが大の苦手であり、しかしリスナーは怖がる反応が好きというのもわかっているため、我慢してたまにプレイするのだが。

 

 そのゲームのチョイスが、今人気急上昇のタイトルで、さらにとんでもなく怖くメッセージ性の強いゲームだったため、活動休止の一週間のなかであれこれ推測するファンたちが「このゲームはトバラの兄フラ事件と共に訪れる活動終焉の隠喩だった……?」と、まことしやかに噂されている。

 

「寝起きに僕の姉さんと対面した時の、魂から突き抜けるような絶叫なら安心したんだけど」

 

「いや、それで安心されるのもどうかって感じだけどね!?」

 

「人って本当に絶望した時の悲鳴と、恐怖だけの悲鳴って種類が違うんだよね」

 

「悲鳴専門家みたいなこと言い始めたんだけど……」

 

「なんかあの時のは可愛らしい余所行きの悲鳴だったから、つい」

 

「また『つい』なの!? それであたし炎上したんですけど!」

 

「燃えるのは慣れっこでしょ? 清楚カッコカリさん」

 

「慣れてるけどね! 数え切れないぐらい炎上して話題になって広まっていった経歴なんだけど!」

 

 まあ、そのとおりである。

 桔梗トバラは炎上芸人とも言われるほど、燃えても燻っても消えないしぶとさと、打たれ強さがある。

 

 このメンヘラチックなメンタルでどうやってここまで耐えてきたのか不思議ではあったが、できることが配信業しかなかったから、ひたすら打ち込めたということでもあるのだろう。

 

「何かに襲われたような悲鳴に感じたから、慌ててしまってさ」

 

「……まあ、心配で来てくれたことはわかったから、いいんだけど……。けど配信を一週間もしないなんて、初めての経験よ」

 

「確かに、四年近く毎日配信してたらしいもんね。これ以上ファンを心配させるのもよくないんじゃない?」


 戸牙子は視線を落とす。

 これまでの習慣を急にやめて、また再開するというのは勇気のいることだろう。

 

「……いろいろ説明しないといけないし、準備もしないといけないし……」

 

「準備って?」 

 

「それは、ほら、謝罪文の台本とか……、もう少し今の件が落ち着いてからでも、いいのかもしれないって……」

 

「……それだと、リスナーの不安は増していくと思う。この一週間、桔梗トバラ関連のニュースを見たけど、リスナー同士の対立の溝も深くなっている気がする。君を貶めたいアンチがいろいろフェイクニュースを広めている印象も感じられるし、それに乗っかってしまうリスナーも多い」

 

「じゃあ、なおさら……あたしがいろいろ準備しないと……」

 

「それよりまず、君が無事だっていう情報の方が、欲しいと思うよ」

 

 本当にトバラが好きなリスナーたちが欲しているのは、安否情報だった。


『生きているのか、それだけ教えてくれ』

『無理がたたったのなら、ゆっくり休んで』

『いつまでも待ってるから、声と絶叫また聞かせて』

 

 僕はファンたちのコメントをメモにまとめ、スマホのスクショで集めた一覧を戸牙子に見せる。

 

「ほら、これだけ君を待っているリスナーがいるんだ。桔梗トバラは、君は忘れられていない」

 

「ほ、本当に……?」

 

「自信を持って、君なら大丈夫だ。君をつないでくれた桔梗トバラのガワは、君の魂がもう一度宿るのを待ってくれている。なら、あとは行動するだけでいいのさ」

 

 しずかに、彼女は涙をこぼしながら、僕のスマホに映るファンの声を見つめ続けた。

 ゆっくり、味わうように、噛みしめるように。

 

 そして、彼女はずっと握っていた僕の手を、離した。

 

「……みなと。あたしの復帰配信、後ろで静かに見ててほしい」

 

「わかった。今度は声を乗せないよ」

 

 はにかむように微笑んで戸牙子は立ち上がり、ゲーミングチェアへ向かう。

 慣れた動作で座り、長い深呼吸をしてPCの電源をつける。

 

 日本家屋の一室は、山査子戸牙子の家から、桔梗トバラのバーチャルホームへとなり変わった。

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