戸牙子は頼み事があるらしく、そのために呼び出したと。
ロゼさんは、そう言った。
それがまるで真実であるかのように。
「へえ、また同人イベントですかね」
「娘のイメージがもうそれで固まってしまっていることに不安を覚える今日この頃です……」
「あ、ご、ごめんなさい」
そうだよな、六戸ならまだしもロゼさんに至っては世俗の文化にまだまだ疎いはずだし。
ゲームとか、同人誌とか、あとはBLとか。
あの辺りの理解に時間がかかっているのは、仕方のないことだとは思うけれど。
むしろ適応している六戸の方がすごいよな。
実際に配信を見ていたわけではなく、家屋越しに絶叫や発狂を聞いていた日々らしいが。
……大丈夫だったのだろうか。
あの耳をつんざく狂声が夜な夜な聞こえてくる生活を、多分数年近く続けていたということになるわけだが。
なのに、離れることもせず、むしろ桔梗トバラの定時配信を逃していなかった。
つまるところ、六戸って戸牙子のファン第一号とも言えるわけか。
ファンがゼロ人の頃から、ずっと彼女を見守り続けていたお兄さん。
そのおかげなのか、はたまた六戸自身が元々得意なのか、配信上で戸牙子に呼び出されたときに見てみると、六戸はゲームがうまい。
いや、こなれているという方が適切だ。
どんなゲームであっても、初見で突然させられたときも、なんなら戸牙子の苦手なホラーゲームを「もうむりぃ! 助けてお兄!」とバトンパスされたときも。
六戸はすいすいと、進めてしまう。
ゲームっ子であり、仲良し兄妹なのだろう。
「でも聞いてくださいみなと君、私この前初めて戸牙子に教えてもらったゲームを、ひとりでクリアできたんですよ!」
「それはすごい!」
褒めるべき偉業だ!
たとえどんなゲームであったとしても。自力でクリアできるなんて、確実に成長している。
娘の趣味を受け入れようとしていることは、母親としてよくできていると思ったりはする。
いい関係じゃないか、山査子家。
「『だーくそうる』って言うんですけどね!」
「それクリアできちゃったんですか!? コアゲーマーじゃないですか!」
なんでそれをゲーム初心者にすすめたし、戸牙子よ。
鬼畜ゲーというか、死んで覚えるタイプの挫折しやすいゲームジャンルじゃないか。
確かに世界観やゲーム性はやり応え十分だが、ビギナーにおすすめするものでもないだろう。
……まさか。
血は争えない、とは簡単に言うが。
娘と息子がゲーマーなら、親もその片鱗は持ち合わせている、ということなのか……?
山査子家、ゲーム家族説。
うん、これは僕の心の片隅で密かにまとめあげて、提唱していこうじゃあないか。
「あ、わしシェイクも欲しいんじゃ!」
「お味はいかがされますか?」
「なにがあるんじゃ?」
「バニラ、チョコレート、いちご、キャラメルです」
「きゃらめる!」
元気よく言い終えると、ミズチは乗り上げていたカウンターから降りた。どうやら食べたい物の注文は終えたようだ。
お会計に移り、僕は戸牙子からもらった一万円札を差し出す。レシートをしっかり受け取り、お釣りは自分の財布ではなく、戸牙子へすぐ返せるようにポケットにしまった。
「お席までお届けしますので、少々お持ちください」
番号の書かれたレシートを受け取り、戸牙子のいる四人掛けのテーブル席まで戻る。
「あら、ミズチじゃない」
「よっ、吸血鬼」
マブダチのように挨拶する戸牙子とミズチ。
二人ってそこまで仲良いのか不思議だったが、まあ一度血を吸った関係だからなのだろうか。
……まるで経験済みのようなたとえ方をしてしまった。
良くないな、僕と戸牙子は危うい関係ではない。ミズチは知らない。
しかしそうか、先ほどまでこの幼女は実体化していなかったから、二人のコンタクトは今が最初か。
けれど、ミズチの服装は戸牙子が見繕ってくれたものではあるが、ツノがなくなっているのに分かるものなんだな。
お互いを判別するために見定めている箇所が、外見ではなかったりするのだろうか。
席へ座る前に、ポケットからお金を取り出して戸牙子へ差し出す。
「戸牙子、これお釣り」
「え、あげるつもりだったんだけど」
「いやいや、受け取れないって」
「それ元々あんたのお金みたいなものなんだけどね」
レシートとお札で包んだ小銭たちを、戸牙子のジャケットにあるポケットに突っ込む。
びくっと身じろぎしたが、特に抵抗はされなかった。
「はあ……お人好しよねえ、あんた」
「お褒めにあずかり光栄です」
「皮肉の感受性ゼロなのが羨ましいわ」
呆れながら彼女はパクパクとフライドポテトを口に運ぶ。
一番大きなサイズのポテトを、四つも頼んでいる。
しかもケチャップだけでなくナゲットソースも全種類揃えて味変しており、よくよく見るとシェイクにもポテトをつけて食べている。
塩気は甘いものと相性がいいとは聞くが、白い海にちょんちょんとポテトをつけている光景をいざ見てみると、なかなか異様ではある。
「なんか、食べ方の研究でもしてるのかって疑うレベルだね」
「揚げ物が、やめられないのよ。そう、みなとが作ってくれた唐揚げも美味しかったし、再現したいんだけど、あたしじゃうまくいかなくて……」
「気に入ってくれたのは嬉しいね。でも全然難しくないよ?」
「料理ができるやつはみんなそう言うのよ。あたしすぐ爆発させちゃうから」
「火薬でも使ってるの?」
「え、火ってそういうものじゃない?」
うーむ。
正直、小学生レベルでもいいから、家庭科の知識を教えてあげた方がいいのではないかと、心配になるレベルである。
ご飯、といえば。
山査子家は、ご飯はどうしているのだろう。
「ママが作ってくれてるわ。でも、うーん」
「……え、まずいの?」
「まあ、吸血鬼ってご飯の文化がないからね。あたしたちって、血が主食だし。けどギリギリね、ママはパパと暮らしていた頃にご飯の作り方を教わったらしいから、作れはするのよ。でも人間の舌があるわけじゃないから、みなとご飯よりおいしいわけじゃないっていうね。さすがに失礼だから言わないけど」
そうか、戸牙子はハーフだが、ロゼさんは吸血鬼として純粋種だしな。
ご飯を作っても自分自身が美味しいと思えないものに、そこまで執着はできないのは当然というか、仕方のない話だ。
あの食わず嫌いで食に興味の無い姉さんが、「点滴だけで済むのならそれで生活したい」と言うぐらいだし、食欲のない者にとって、ご飯は苦痛の時間にも等しいのだろう。
世界にいる動物は基本的に生食だし、料理の文化は人間にしかないわけだし、ロゼさんが料理を作れているだけすごいことかもしれない。
それに料理というのは、味見をして最終調整をすることも大事なプロセスだ。
味見を忘れて出してみたら、塩気が足りないとか、味が薄いとか、そういった手痛い感想をもらうこともある。
僕ら人間は「人の舌」を持っているから、甘いとか旨みだとかを感じられる。
そういう「甘いもの」や「脂っこいもの」が好きという本能的な感覚は、僕たち人間が太古の祖先から全くなにも変わっていないことに起因するらしい。
言ってしまえば、甘いものや脂っこいものは「栄養が豊富だ」と人間の本能が知っているから、摂りたくなってしまうのだとか。
けれど、まあ姉さんは例外として、怪異たちには味覚の概念がない。
そもそもの「食事」が僕たちと全く違うのだから、食べ物のどういったところに魅力を感じるのかは千差万別だ。
ミズチが処女の血を好んだり、吸血鬼が血の舌触りに好みを見いだしたり。
他にも、ノスリたち巨人族は彼らの住んでいる世界で根を張る「大樹の葉っぱ」が主食らしい。
僕らには食べられないものを好んで食すわけだし、それはもう「会話はできるけど別生物」という認識をした方がいいだろう。
まあ、人も大概ゲテモノ食いなところはあるけれども。
腐った豆や乳製品とか、海中に生える藻を乾燥させたものとか、魚の卵や精巣だとか。
身近なものでも、タマネギとかチョコレートはかなりの劇物らしいし、アボカドなんかは人間と虫ぐらいしか食べられない、大量殺戮毒物らしい。
……今更思い返してみたら、豚の生姜焼きや野菜炒めでタマネギを食べているけれど、特に問題が起きないところを見るに、僕の体は本当に毒が効かないんだな。これはミズチがすごいのか、僕がすごいのか、よく分からない。
「ああでも、お兄ちゃんの作るご飯は美味しいってことに最近気付いたわね」
「六戸のご飯……そうか」
「うん、小さい頃からパパといたから、料理はすごい上手。しかも和食。けどお兄ちゃんもご飯が主食じゃないから、言ってくれたら作ってくれるけど、そうじゃない時はママに任せてるって感じ」
「いろんな種族が入り乱れてる家のご飯は大変だ」
山査子家の種族構成は鬼に、吸血鬼に、人間だものな。
玄六さんが言うことが本当なら、六戸には天狗まで混ざっているらしいし。
「ちなみに六戸の主食ってなんなの?」
「霞」
「……え!? ロゼさん!?」
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