非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
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126 海女露メロ

公開日時: 2021年10月25日(月) 21:00
更新日時: 2022年7月25日(月) 00:32
文字数:4,534

「あいにく現金を持たない主義でな。体で支払うならまあ後日ってことになるんだが、どうすっかな、連絡先交換するか?」

 

「お前! 女のくせに自分の体を安売りするんじゃない!」

 

「なんだぁ? 風俗嬢説教ジジイみたいなコテコテ文句だな? 良いじゃねえかおっさん、何人も女を抱いた経験ないんだったら、悪くねえ機会じゃねえか」

 

「な、なんで知ってる!?」

 

「ハッ、あほくさ、ブラフに決まってんじゃねえか。嫁さん思いの癖に上手くいってなかった感が、そこはかとなく醸し出ているわな」

 

 僕は二人の会話を聞いているだけで外様の人間なのだが、みぞおちのあたりがちくちく痛む。

 内部好感度的には身内である巴さんの方が元々高くて、ロゼさんに当たり散らしていたクレーマーの方が信用度は地の底に近かったのだが。

 今だけは、おじさんの方に同情してしまう。可哀想に、巴さんの正論真髄パンチは容赦ないからな。

 

 だが、待てよ。

 今ここで、僕に少しばかりの同情心が芽生えたというのなら、仲裁ができるぐらいの精神状態になったと言えるのではないだろうか?

 いかんせん、僕はクレーマーおじさんを目の敵にしている節があったのだが、目の前で手加減無しにボコられている彼を見ると、少しばかりフォローしたくなってしまう。

 

 弱者を守りたくなるというか、弱っている人を放っておけないというか。

 まあそういうなすりつけ方はやめよう。単純に、巴さんの起こした爆発事故を円滑に納めるために努力してみるだけだ。

 試す価値はある。そう信じて僕は、記憶を引っ張り出して言うべきことと言わなくて良いことを細分化し、話す順序を組み立てて、声を上げた。

 

「あーそうか、巴さんはこの人にちょっと親近感を覚えてしまったから、話しかけたんだよね?」

 

「あん? なんだって?」

 

 突然の割り込みに、二人は僕の方に注目する。

 

「いやほら、葉巻とウォッカを嗜むのは、巴さんの大切な旧友を想う時間だったことを思い出してさ? だからさっき、突っかかってまで焦っていたのが分かったよ。今日は、その人の命日なんだよね?」

 

 怪訝な表情で首をかしげながら僕を見据える巴さんに、ゆっくりと近づく。

 そして彼女の肩をがっしりと掴み、無言のまま、にこりと意味深な微笑みを見せつける。「合わせて」という以心伝心は成功したようで、彼女は額に汗を滲ませながらへらりと笑った。

 

「あっ、あー…………まあ、そうだな!」

 

 どうやら僕の圧は今でもそれなりに効くようで安心した。

 彼女の頬に冷や汗がだらだらと垂れ流れており、顔色もどこか青ざめている。ふむ、もしかすると気温的に、ちょっと肌寒いのかもしれない、春とはいえども、意外と夜は冷え込むからな。カーディガンあたりでも持ってきてあげたら良かった。

 

「それで、ウォッカはあったけど葉巻がなくて、つい動転してしまった。いつもならあるそれがなくて、焦っちゃったんだよね?」

 

「あ、あはは、まあそうだな……」

 

「そしたら、どこか自分に似ている男性を見つけて、『この人ならもしかしたら、お願いを聞いてくれるかも』って気を許しちゃって、ついつい甘えてしまって、言葉が荒くなったんだよね?」

 

「そ、そうですな……」

 

 僕の質問に対して少しばかり口調が怪しいが、概ね全肯定マシーンになってくれているので順序通りだ。

 なぜ僕はここまであからさまに説明台詞っぽく話しているのか。それは。

 

「……そういう事情だったのか、あんた」

 

 男性が、腕を組みながらどこか悲しそうな顔色を浮かべて、呟いた。

 狙い通り、そして計画通り。

 

 この男性から、このクレーマーから、この「息子を亡くした父親」から、同情を誘うための計画は成功したようだ。

 今になって、今更になって、僕はロゼさんに感謝を送りたい。この男性が抱える内情をあの時、ファーストフードでの問答で知っていなければ、こうも詭弁を連ねることはできなかっただろう。

 彼はぽつりと、消え入りそうな声で言う。

 

「俺も、息子の命日にはあいつの好きだったものを食べる。だからあんたの気持ちは分からなくない。態度だけは気に食わんが」

 

 クレームで店内の空気を重くしたことがある男性に対して「ふざけんな鏡を見ろ」と言いたくなったが、皮肉と罵倒は頭の片隅に控えさせよう。それは言わなくて良いことである。

 僕は説明を、今度は男性に向けて続ける。

 

「すみません。この方は焦りが勝るとどうしても攻撃的になってしまいまして。身内として謝らせてください」

 

 深々と頭を下げてアスファルトに視線を落とし、謝罪する。

 相手の顔を見られないほど誠心誠意を込めた対応に返ってきた男性の声は、さっきの怒声よりずいぶん柔らかい声色だった。

 

「……身内のために謝るとは、若いくせに人間ができてるじゃないか」

 

 どうやら好印象を与えられたようである。僕は彼のことが嫌いだが、とりあえずは冷静に話を進められそうだ。

 と、そんな風に次の話題の順序を考えようとしていたら。

 

「ほら」

 

 男性が、巴さんに向かって何かを渡したような音が聞こえた。

 丁度お辞儀をしている最中だったから、紙袋がくしゃりと潰れた音が聞こえただけで何が起こったのか見えなかったが。

 

「おお、良いのかおっさん!?」

 

「一本ぐらいやる。大切な人間を弔ってやれ」

 

 顔を上げて二人を見ると、男性が巴さんにタバコを渡したことに気付いた。しかもどうやら、容れ物の箱を手で潰したところを見ても、最後の一本らしかった。

 

「いやぁおっさん、話せば分かるじゃねえか! やっぱ礼は体がいいか?」

 

「いらん! お前みたいな軽い女は気に食わん! 礼ならそこにいる子に言うんだな!」

 

 そう言い捨てながら彼は僕を指さして、息を荒らげてぶっきらぼうにこの場を立ち去る。

 視界から遠ざかっていく彼は、僕や巴さんよりも低い身長だが、その背中にはどこか広い器量を感じた。もしかすると、彼には父親らしさというものがあるのだろうか。

 

「いやーみなと、お前もずいぶん世渡り上手になったなあ! 対人スキルが咲良並みになっててびっくりしたわ!」

 

 豪快に笑いながら、ジッポライターをポケットから取り出して火を付け、もらった葉巻に近づける巴さん。

 数秒ほど炙り続け、火が灯ったら巴さんは吸い口を咥えて、僕の肩に手を置きながらくるりと場所を入れ替えた。

 一緒に居るときはあまり吸わないように気を遣ってくれる巴さんだが、どうしてもの時は風下へ移動してくれるのだ。

 

 その気遣いを、もっと別の場所で行使して欲しいというのは望みすぎだろうか。

 

「なんか、人の縁ってどこで繋がるか分からないものだね……。ロゼさんとの一件がなかったら、あのおじさんに上手く取り入ることもできなかったんだろうな……」

 

「お、ていうかロゼって言ってたなお前。あいつは元気してるのか?」

 

「元気といえば元気なんじゃないかな。家族と一緒に暮らしていて楽しそうだし……って」

 

 ふと、疑問に思う。それはもちろん、巴さんが言ったことに関してだ。

 

「あの、巴さん」

 

「んー?」

 

「ロゼさんの、というか山査子家の事情は、やっぱりもう知っているの?」

 

「おー、あいつが生きてたことも、山査子霞って名前に変わったことも、娘ができたことも、みなとがあの一家を救ったことも知ってるぜ」

 

 僕の質問に対してあっけらかんと言う巴さんに、思わずため息がこぼれる。

 

「……さすがというか、もう驚きもしなくなった自分の麻痺加減が恐ろしくなってくるよ。巴さんならお見通しなんだろうなって、無条件に信じちゃうところが」

 

「お見通しっていうかなぁ、あたしのは勘だから、外れてることだってあるもんだぜ? ま、今回はあたしの情報網にも頼ったんだけどな」

 

 おいしそうに葉巻を吸い、紫煙をくゆらせつつにかりと笑うが、自覚していないところがなおさら怖い。

 彼女の勘が外れていたこと、今まで一度も見たことないからなあ。

 

「巴様、お知り合いですか?」

 

 いつの間にか隣に居たのは、先ほど僕に話しかけてきたオシャレ毒舌ダウナーっ子だった。音もなく近づいてきたから、心臓が大きく跳ね上がって反応が遅れたところを、巴さんが代わりに答える。

 

「おう、そういえばメロは初対面だよな? こいつは神楽坂みなとっていうんだ」

 

「……は?」

 

 まるで音声ソフトの棒読みを聞かされたような、感情のこもっていない驚嘆。

 信じられない現実に硬直不動となってしまった彼女へ巴さんは続ける。

 

「あれ、知らないか? メロも『初夜逃し』の時にあれこれ忙しかったんじゃないか?」

 

「いや、知らないわけないですよ。でもあの半神半人が、なんでこんな時間に一人でふらふら歩き回ってるんですか。監視はどうなってるんです?」

 

 薄長く開いた目に驚愕と失望を滲ませて、「メロ」と呼ばれた子は僕をにらんでくる。

 初対面の人間から浴びせられる視線としては最低のものであり、部屋の隅でうずくまりたい気分になる。

 すると巴さんが、僕の肩を豪快に叩きながら言った。

 

「大丈夫大丈夫、また暴れたら即死させることになってるしな!」

 

「そんな取り決めがあったの!?」

 

 今の肩ドンが脅しかと思い、震え上がってしまった。

 しかし、目の前に居るダウナーっ子は子鹿のように怯える僕をさらに追い詰めるように、眉をひそめたままじぃっとにらんできた。

 

「……さっき、どうしてゲームの話にすり替えて、嘘をついたの?」

 

 真正面からの正論に弁明できるわけもなく、言い訳しか思いつかなかった。

 

「え、えっとですね、素性が分からない相手に対しては情報開示をしないようにと言いますか……」

 

「公共の場であの名前を口に出した時点で、そんな警戒心が君の中にあるようには見えないけど」

 

「おうふ……」

 

 全くもってその通りでございますとしか言えない。ミズチの名前をこぼしたのが僕の落ち度であることは疑いようのない事実だ。

 だけど、そうだとしても、正論ストレートをみぞおちに深くえぐり込むファイトスタイルが、どこか巴さんと似ていて怖い。

 しかも彼女は毒舌。邪気のない巴さんより数倍心に刺さる。

 

「まあまあメロ、あたしの喧嘩の仲裁をしてくれたんだから大目に見てやってくれや! みなとはバカだけど根は良いやつだからさ!」

 

 たじたじになっている僕に巴さんが助け船を出してくれたが、微妙に船体を当てられた気がする。素直すぎるところが巴さんの長所。

 

 とまあ、そんな感じで話していたら、メロという女の子がパーカーのポケットから重い金属がしなる音と共に、細長いチェーンを取り出しながら神妙に告げる。

 

「それより巴様、早く向かわないと」

 

「お、そうだな。おいみなと、お前も付いてこい」

 

 さも当然のように、それが普通であるかのように巴さんは言った。

 一瞬、仕事なのになぜ僕が付いていく必要があるのか疑問に思ったが。

 

「不思議そうだな。けどお前も方舟に所属してるんなら、他業種との付き合い方っつーのを覚えないといけないわな。だから今日はあたしが教えてやる」

 

「他業種……っていうのは?」

 

「あたしは『庭園』の人間で、『方舟』からしたら仕事仲間だ。そして目の前に居るこいつ、海女露あまつゆメロは――」

 

 ふいと視線を逸らして、僕と目を合わせないようにする彼女の名前が、「海女露メロ」であることを知りながら、巴さんの言葉に耳を寄せる。

 

「あたしらが現地調査をするときに必要な拠点を設けてくれる、『はなだいかり』に所属する同業者だ」

 

 

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