非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

092 灰と赤のサクラ色

公開日時: 2021年7月19日(月) 21:00
更新日時: 2022年5月6日(金) 08:44
文字数:4,488


 神眼があると夜の森でも、特に問題なく歩みを進められる。

 夜の中、もとい世の中に存在するものすべてが色分けされて、サーモグラフィーカメラのような視界になる。

 まあもちろん、いつも発動していると逆に心労が増えるというか、もっと単純で短絡的に言えば、目が疲れるからしない。

 

 自分でスイッチというか、目の中にあるオンオフボタンを、ウインクでぱちっと押す感じ。

 そうすると神眼もどきが発動する。人の瞳から、神の瞳へと変化へんげする。

 

 見た目だと分かりやすい変化は、二つある。

 もちろん目のなかで起こることだから僕自身が確認するためには、鏡でも見るか、他人から教えてもらうしかないのだが、これに関しては自分自身でも風呂場の鏡で確認したし、姉さんやシオリさんからも教えてもらったことだから、間違いはない。

 

 目の色が深緑から、空色へとなり。

 瞳孔の形が丸い円から、縦長の細い形へとなる。

 

 いわゆる蛇目、というやつだ。

 眼球の奥がミズチの髪色と同じになり、形もミズチの瞳と近くなる。

 

 まあ、僕らの神眼で唯一違う点といえば、ミズチの目は若草色の角膜に赤い瞳孔であるのと比べて、僕は空色の角膜の中心に深緑の瞳孔が広がっている。

 人間状態の目の色が、真ん中に集約するとも言える。

 

 しかしまあ、神眼もどきはやはりどこまでいっても「もどき」というか、半端物というか。

 完全覚醒中であるミズチモードの時は、僕の目は完全な空色に染まるのと打って変わって、普通の状態だと蛇目になるといった感じで、中途半端に混ざってしまうのだ。

 

 切り替えはできても、交じり合っている。

 人と神を完全に塗り替えられず、「半神半人」であることを余儀なくされる。

 

 この違いがなぜ起きているのかとか、どうして覚醒中になれば純粋な人間としても神としても振る舞えるようになるのかとか、いろいろ疑問がありはするのだが、それに関してはシオリさんの研究と解析の進捗を待つのみである。

 

 まあここまで「神眼もどき」の優柔不断さ加減をつらつら語りはしたが、半端物にも半端物らしいメリットはひとつだけある。

 

「あの灰、だな」

 

 咲良が触れていた木があった場所で、空木さんを眠らせてしまった森の奥までたどり着いて、右目の神眼もどきで確認する。

 中でまだ熱を持ったまま燃えているように赤く、ゆらめいている。間違いなく、咲良の生み出した赤い灰である。

 

「……ああ、やっぱりそうか。時間が経つと、普通の灰らしくなるんだな」

 

 目の前に積まれている灰の山は、左目で見れば白い灰である。

 だが、右目では赤く見える。

  

 これが神眼もどきのもつ唯一といっていいほどのメリットである。

 片目だけ発動させると、もう片方の目で人視点の景色と照らし合わせられるのだ。

 

 空木さんとのファーストコンタクトで、なんの躊躇もなく神眼を使って中身を看破してしまい、あっさり自分の素性を明かすことになってしまった教訓を活かしたわけだ。

 しかし、灰の山を見つけたまでは良かったが。

 

「あれ、空木さんは?」


 あたりを見回しても、いなかった。

 僕が鎮静術を転用して、麻酔を打ったように眠らせたはずの彼が、いないのだ。

 

 ただし、残り香はあった。

 痕跡というか、ダイイングメッセージというか。

 遺体はないから死んではいないな、多分。

 

 空木さんが残したらしき一枚の紙が、書き置きが、すぐそばの木に打ち付けられていたのだ。

 透明なガラス針で止められており、それが空木さんの神秘術で作ったものであることは神眼が見抜いてくれたおかげで、彼の残したメッセージであることがわかった。

 

灰は回収したからお先に。若気の至りには気をつけるように。0:12 am

 

 と、非常に整った筆跡で書かれていた。

 まるで書道でも習っていたのかと思うほど、見惚れるような文体である。

 空木さんは見た目こそ外国人の血が強そうだが、名前から考えたら日本育ちではあるのだろうか。

 

「灰の回収……本当にそれだけが目的だったんだろうか……」

 

「むしろお前さんが早とちりしすぎなんじゃないのか? もしあの娘っこを本気で殺す気なら、追いかけてきてるじゃろ」

 

「それは、確かにそうか」

 

 こうして書き置きができるということは、僕の放った睡蓮鏡から解放はされたわけで。

 咄嗟に行使した麻酔が長時間効くわけもないから当然だろうけれど、彼の書き置きにはご丁寧に時間も記されている。

 たしか、空木さんと一緒に咲良を見つけたのは、ぎりぎり日を回っていない二十三時頃だったはず。

 

 そして紙に書かれた時間は、午前零時過ぎ。

 ということは、睡眠術はせいぜい一時間程度しか効かなかったわけだ。

 なのに、彼はそのあと僕らを追ってこなかった

 

 寝ている間に見失った可能性も無きにしもあらずだが、この書き置きがあるということは、僕がここに戻ってくることを分かっていたのかもしれない。

 ある意味、信頼してくれていたのかもと。そう思ってしまうのは、お人好しが過ぎるだろうか。

 

「殺気が凄まじいから眠らせるとか、お前さんは精神病患者でも相手にしておるんか?」

 

「ぐっ……まあそれは……」

 

「あの老人との一件がトラウマになるのもわからんではないがのお。しかし相変わらず、自分の力でどうにかしようという傲慢さが抜けきらんな」

 

「は、はい……それこそ若気の至りです……ごめんなさい」


 反省というか、自戒するべきというか。

 しかしここまで警戒してしまうのは、空木さんの目的がまだどうにも掴めないというか、あの人の底が全く見えないからというのもある。

 

 関西弁で、うちに秘めた殺気を消しきるナイスミドル。

 あの二面性が恐ろしくもあり、なのにどこか惹かれる。

 

 きっと僕は彼のことが気になっているのだ。

 巴さんと、姉さんに似た人のことを。

 

 彼の目的が、どこか別のところにあるのではないかと。

 

 まあでも、今回はいつにも増して独断行動が目立った気もするし、その原因が何かと聞かれたら、相棒がいなくて焦りすぎていたというのが一番大きい気がする。

 

 なんだかんだ、僕はまだ高校生の子供なわけだし、人生経験は足りていないのに強大な力だけもっているという歪な状態だから、突拍子もないことをしでかしている。

 それを普段は姉さんの地獄耳と不可視の領域から放たれるプレッシャーや、ミズチの自慢話兼雑学で抑えられているというか、押さえつけられているというか。

 

 周りにいる人、どころではなく、ほぼ隣にいる身内達のおかげで自制が効いていたのだと、再確認できる。

 過保護な姉と、過保護な神様。

 

 あのコンビがいつも僕を守ってくれているのだと気づくのが、遅過ぎたぐらいでもある。

 その二人の監視下から解放された瞬間に、巻き込まれたというか、進み入った事件が今回の「咲良行方不明」だった。

 

「しかしあれじゃな、お前さんってやっぱりホモなのか?」

 

「シリアスモードだと思っていたら急に転調を挟む癖はなんなんだい? 暇を持て余しているのかい?」

 

「じゃってー、大戦争時代は終わったんじゃぞ? 平和な時代にこそ楽しみを存分に味わっておかんとな」

 

「ミズチの楽しみっていうのは人間をたぶらかすことなのかい?」

 

「うん!」

 

 にっこり笑顔でいい返事、かわいいじゃないか。殴ってぼこぼこにして泣かせたい。

 

「あんな据え膳を食わんとは、偏食もそこまでいくともはや変食じゃな」

 

「君が邪魔したようなものじゃないか」

 

「ん? 別に邪魔しておらんじゃろ。あのまま吸えば良かったと言っておるんじゃが」

 

「……そっちか」

 

 咲良の純潔ではなく、血の方だったか。てっきり据え膳と言われたから、僕は別の方を想像していた。

 

「いや、そっちは別にわしだってわかっておるぞ。ただ処女の血ではなく童貞の血の方が好きなのかとな」

 

「別にどっちであったとしても僕は好きじゃないよ! 君の趣味だろ!」

 

「お前さんが三十歳まで頑なに童貞を守り切って、魔法少女へ性転換して百合ハーレムを画策していることを、わしは察しておる」

 

「待て待てい! それはある意味『百合の間に入る男』並みに業の深いジャンルじゃないか!?」

 

「あとえーっと、十三年ぐらいか? 安心せい、二十を超えたら三十までなんてあっという間じゃ」

 

「僕が一生童貞であることを予知するんじゃない! 神様の君がいうと本当にそうなりそうじゃないか!」

 

「あ、確かにそうじゃな。神通力で十三年後のお前さんが少女になっているか見てやろうか?」

 

「そんなことできるの!? ていうかやめてくれ!」

 

 なんでもありだな神通力。

 笑えないというか、むしろ怒りたくなるぐらいなんだがな。

 

 ミズチのせいで処女の血を飲まないといけなくて、それはつまり「処女」であるだけでそういった目で見ないといけなくなるというか、捕食対象になってしまうのが心苦しいというか。

 

 逆に非処女になってしまった人に対して僕はどういう反応を示してしまうのか、そこが怖かったりする。

 これまで通り、友達として接することができるのだろうか。

 

「……あれ、でもよくよく考えたら、戸牙子の処女はたしか僕が血を吸ったからなくなったはずで、でも今も友達として仲良くできてるし、問題はないのかな」

 

「いや、みなとよ。思い出せ、あやつはハーフヴァンプじゃぞ。お前さんが奪ったのは吸血鬼の純潔であって、人間の純潔ではない。あやつは一人で二度美味しい」


 げんこつを入れた。

 ミズチの二本ツノを外から挟み込むように、全力で。

 

 業深性癖幼女は悶え苦しんでゴロゴロ転びまくるが、僕だってツノの硬さと鱗のようなザラザラが痛いんだからな。

 

「今度言ったら残りのV・Bを破裂させるからな」

 

「いいもん! そしたら結奈にお願いするもん!」

 

「ふはは、忘れていないかミズチ。姉さんは君からの吸血を許可はしていないと」

 

「な、なん……じゃって……!?」

 

「僕の口じゃないとあの人は吸血を許さないんだぜ。君は命令を受ける神だ!」

 

「ぬはっ!? なんという屈辱……神にあるまじき屈服……! 奴隷のように命令できる主人の元で飼い慣らされる絶望……! 心がめためたのズタボロにされて、たぎるわい!」

 

 お前は本当に人生楽しそうだな。いや、神生か。

 これは僕がSにならないと、バランスが悪くなりそうなぐらいである。

 

 むしろミズチの悪癖は姉さんに相手させたい。あの人のドS加減ならミズチだって満足だろう。

 足で踏みつけられていた時も、まんざらな感じでもなかった気がするし。

 

「というかそんなことよりだよ。この灰はどうしよう。空木さんは回収したって言ってたけど、まだ大分残ってるよね。ここに放置するのもさすがにまずい気がするし――」


 そんな独り言を言い終える瞬間、煙の匂いが鼻をついた。

 いや、それは目の前にある赤い灰から出される煤の匂いではなく。

 

 もっと違う、虹のような色彩の混じった綿飴のように、嗅覚にこびりつく甘い匂い。

 

「そういうときはねー、『助けてにじえもーん!』だよ」

 

 ぷかぷかとあたりに浮いているのは、虹色の雲。

 電子タバコを吸いながら、サングラスをかけた中年男性の、飄々とした笑みが雲の奥から現れた。

 

「自作自演のマッチポンプ、焦がれるような恋の残りかすだ。これがサクラ色ってやつかい?」

 

 虹羽ヤノ。

 森を包む暗闇の中でもぎらりと虹色に輝くサングラスが、これ以上無いくらい胡散臭かった。

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