「おっ、ヒーローは再び起き上がるもんだね。おはよう、みなと君」
コンクリートの壁に、扉にはひどくごつい南京錠が付けられ、天井の四隅には監視カメラ。
知ってる部屋だった。
こちらを覗き込むおっさんも顔見知りであり、デジャブを起こした気分でベッドから起き上がる。
「あの……僕はなんでまたここにいるんでしょう?」
「その前に一つだけ質問させてくれるかい、君は本当に神楽坂みなと君かい?」
「……はい、そうです」
「ならよし。順番に聞かないといけないことはあるけど、とりあえず結奈ちゃんには連絡しておこう」
丸椅子に座り、ガラケーを触りつつ真剣なトーンで虹羽さんは続けた。
「さて、君はこのベッドに運び込まれてくる前。つまり『ティンダロスの混血種』と戦った記憶は残っているかい?」
「あ、えっと……はい、少しだけ」
ほとんどおぼろげではあるが、なんとなく覚えている。
僕がミズチにお願いして力を借りたら、自分の意識がどろりと上書きされた。
そこにはまるで僕の人道的倫理観などなく、ひたすら「この犬を殺す」という衝動に駆られるまま、倒し切った。
そのあと、強烈な睡魔に襲われて眠った。
そこまでしか記憶はない。
「さて、君がなぜ監禁されているのかを詳しく説明するのには、まず知っておいて欲しいことが一つだけある」
「は、はい。なんでしょう?」
「僕たちの組織の話だ。ここは『黒橡の方舟』という異形、怪異、化け物専門の仲介機関だ。中間管理職だと思ってくれても良い」
「はあ……」
「この組織のすることは化け物とのいざこざの仲介、取引、交渉などなど。彼らと反発せず、共存する道を汲み取るため全力を尽くしている。なぜそれをするのか? その答えはシンプル。いつか神と異形を交えた大戦争が起こったとき、巻き込まれないように人類を守るための組織なのさ」
「へぇ……」
しかし、それが一体どういった話に繋がるのだろう。
「予備知識は教えたから、本題に移ろう。僕たちは今、君の処分を決めかねているのさ」
処分という言葉に、漠然とした不安と恐怖が立ち上ってくる。
「君はマジモンの神様が乗り移ったわけだけども、純粋種ではない。あくまで半神であってしまうからこそ、『僕らの保護対象でもある人間だ』と言う派閥と、『いいや、危険な存在になる前に人間側の世界から突き放した方が良い』で、意見が割れてるのさ」
「……やっぱり、ちょくちょく暴走してしまってたのがいけないのでしょうか?」
「はーん、なんというか君は変なところまで気を遣ってしまう性格なんだなぁ」
虹色のサングラスがきらりとひかり、にたっと張り詰めた空気を崩すように笑った。
「ま、でもねみなとくん。処分云々に関して怯えることはないよ」
「え?」
「なんたって君にはうちにいるメンバーの中で冗談抜きに最強クラスのお姉さんがいるんだからね。結奈ちゃんはみなと君の暴走を何回も止めてる。つまり『“銀”の監視下におけば危険ではない』って老害さんに説明できるわけなのさ」
老害さんって……。
「……あれっ? 虹羽さん、今暴走を何回も止めてるって言いました?」
「うん、聞きたい?」
「……知っておくべきなのでしょうか?」
「うーん、まあ僕の口から言わなくてもいいかな。そろそろ来るし」
同時に、爆発でも起きたような衝撃音と共に扉が消え去った。
「みなとぉ!」
コンクリの扉は勢いをつけて、粉々に吹っ飛んだ。
いや、変形しているとかじゃなく、ほんとにまっさらの塵になった。
加減を知らないのは姉さんの方なんじゃないのか……?
「みなと! みなとっ!? 生きてる!? ちゃんとあなたよね!?」
「あ、はいそうです! 神楽坂みなとです! なのでそのっ、姉さんっ、苦しいです! 首折れる、折れちゃいますぅッ!」
遠慮なく抱き着かれ、ぎりぎりと骨が締まる音が聞こえてくる。
一生聞きたくない、というか聞こえた時点で死確定の音だと思う。
「あらら結奈ちゃん、扉は大事にしないと研究者さんに怒られるよぉ?」
「今回はちゃんと弁償します、ごめんなさい。なので今は邪魔しないでください!」
「あーはいはい。さあみんなー、彼女の珍しい姿に野次馬するのはやめて、撤退撤退~」
そういって虹羽さんは扉の先に居た人の群れをはらって、二人きりにしてくれた。
「あの、姉さん」
「なに」
「怒ってる?」
「怒ってるわよ。でも、いいの。最後にちゃんと私のところに帰ってきてくれたら」
僕の頭を胸で包むように抱いている彼女から、しずくが落ちてくる。
「またあなたと話せただけで、生きてて良かったって思うんだから」
「……うん、僕も嬉しいよ。生き返って良かったって思う」
姉さんの背に手を回す。
細い身体は震えながらも、温かい。
「僕、姉さんが泣いてるところ久しぶりに見たよ」
「あなたは家族なのよ、心配して泣くぐらい許してよ」
「……姉さんは、これからもこんな危ない仕事を続けるの?」
「続けるわ。私はこれでしかお金は稼げないし、みなとを守る力も支える保障も、この組織じゃないとないのだから」
「そのことなんだけど、さ」
僕は一度彼女の抱擁から離れ、目を合わせる。
「僕はまぁ、いろいろ危うい人間になったし、近くにいるとまた暴走して、迷惑をかけるかもしれなくて……」
「そんなこと、気にする必要ないわ。私はあなたの姉さんなのよ? 弟に迷惑をかけられたところで、いちいち気にするわけないじゃない」
「……けど、さっき虹羽さんがちらっと言ってたんだけど……僕は、僕の知らない間に何回も暴走してるって……」
「あの人は……」
ため息交じりに眉をひそめるが、その次には困ったように笑い、姉さんは僕の手を優しく握った。
「大したことじゃないわ。時々、私の言うことを全く聞かなくなって、誰かのためにって動き回るみなとに比べたら、ちょっとげんこつして頭を真っ白にしてあげたら良いだけなんだから」
「暴力に訴えるのはよくないと思います!」
「銃は拳より強し、よ」
「当たり前だよね、別にそれは至極当然ですよね」
「そう、あなたが私に負けるのはそれぐらい当たり前ってことよ」
……つええ。
なんだこの姉、絶対逆らえる気がしないし、なんなら今までの不良行為も、止めようと思えば止められるのを、お目こぼしされてただけだったのか……。
大人って、こわい。
「さあて、お説教をくらうか神様に懺悔するか、前者を選びなさい」
「選択肢すら与えられなかった! 『イエスorはい』もなかった!」
「覚悟を決める時間ぐらいは欲しいでしょ?』
にこにこと、口角を無理やりつり上げたような笑顔で言われた。
情けなのか慈悲深いのか、それとも僕の恐怖に歪んでる顔を見て喜んでるのか。
どれにしたって、彼女のそれは恐ろしい微笑みだった。
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