非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

017 義姉の可愛さ

公開日時: 2020年11月8日(日) 18:00
更新日時: 2021年4月30日(金) 20:10
文字数:1,952


「うん、説明しないとね。みなとの処分をどうするかで揉めてるっていうのは、聞いてる?」

 

「……組織に所属するか、あちら側に行くか、だよね?」


 無言で頷き、長い銀髪が静かになびく。


「もし、ここに所属するならみなと自身の『所属します』という意志決定が必要になるわ。けど、私は、おすすめはできない」

 

「……どうして?」

 

「ここは、所属している人間の身内や家族に対する保障は手厚いけれど、みなと自身は危険な目にあうことの方が多いわ。絶対安全なんて言いきれる組織じゃない」


 むしろ、殉職するような人間の方が多いと、姉さんは悲痛に顔を歪めながら呟いた。


「……それでも、私と虹羽先輩はみなとの成長性を信じてる。いつかこの組織にとっても有益な人材になってくれると、上に説明してる。少しでも、強硬策を取られるまでの時間を稼ぐために」

 

「……強硬策?」


 姉さんは無言のまま、膝の上にある僕の手を強く握った。

 何かを察しろと言わんばかりの目をしており、それが今言った「強硬策」に関するものであることは、なんとなく理解できた。


「もし、あちら側に行ってしまって、私の敵になってしまう時が来るかもしれないなんて思うと……」


 悲痛な表情と共に言葉が詰まらせる姉さんの手を、僕は強く握りかえした。

 言わずとも、言われなくても、そんなつもりはない。

 神楽坂結奈のもとを離れるなんて選択肢は、僕にはないのだ。


「……姉さん。僕が姉さんの敵になるわけないじゃん」

 

「けど、私たちの組織に所属するなら、監視は避けられない。窮屈な生き方になってしまうより、もっと自由に生きる方が……」

 

「それでも、姉さんと離れるよりマシだよ」


 自分の中にある、純粋でまっすぐな思いを彼女にぶつける。

 結局、僕の信念はそれに尽きる。


 彼女の力になりたいというのは、大義名分な建前だ。

 彼女の傍にいたいという単純な願いが、絶対に揺るがない信念なのだから。


「それにさ」


 顔色を心細く曇らせている姉さんに、笑いかける。


「姉さんは、こんな弟をずっと監視しないといけないからうざいかもしれないけど……僕は、今まで知らなかった秘密を共有できて少し、嬉しいかなって……はは」


 場違いな冗談だったかもしれない。

 空気が読めないブラックジョークだったかもしれない。


 それでも。

 義姉には、辛い表情で居てほしくなかった。

 僕の皮肉で少しでも、気分が和らいでほしかった。


「……鈍感」


 眉間にしわを寄せながら、彼女はなぜか苦笑していた。


「そんなの、私だって、一緒よ」

 

「へ? 一緒?」

 

「嬉しいってところが」


 ……ん、嬉しい? なんでだ?


「あなたをこの組織に置くなら私の監視が絶対必要ってことは、つまり言い換えれば、合法的にずっと一緒にいられるってことなんだから」

 

「……あれ? ん? ちょっと待って、姉さんもしかして、あの中年ダサグラサンおっさんになんか影響受けてない? そんなこと言うキャラだっけ? もっとこう……クールビューティな感じじゃなかった?」

 

「いつでもデートできるわね」


 あ、これ本気だ。

 顔がマジになってる、真剣な表情でまっすぐ好意をぶつけてきた。


「ああ、何をしようかしら……。大義名分を言い訳にみなとと四六時中一緒だなんて……生きててよかったわ……」

 

「姉さんのそんなとろけた表情見たことないんだけど!? 僕の人生で初めて見たよ!」


 恍惚とした表情を浮かべながら、ヤンデレの如くうっとりしている。


「決まってるじゃない、いつもの私はカッコイイ姉さんで通してるのだから。頼りがいはあるけど、どこか寡黙で、そしてどことなく弟を大事にしている姉を演じてるの。こっちが私の本性よ、幻滅した?」

 

「……あー、いや……」


 怒ったりして顔をしかめたり、顔色が少しだけ和らぐことはあっても。

 熱に浮かされたように嬉々として、緩まった面持ちが、通常時のクールさとのギャップも合わさって。


「その……可愛いから、良いよ……」


 言ったこっちが熱暴走するぐらいに、血がどくどくと全身を駆け回り、目線を思わず背けてしまう。


「うふふふ」


 今まで聞いたことのない、舞い上がるような笑い声と、僕の頭に手が伸びたのは同時だった。


「可愛いねぇみなと、自分で言って恥ずかしくなっちゃったの? 男の子の照れってどうしてこんなに可愛いのかしら……」

 

「やめ、やめろぉ! 超高速で頭を撫でるな! はずい、はずいって!」

 

「もう隠す必要なんてないんだからね? さぁほら、姉さん大好きって言いなさい」

 

「こわっ! 声のトーンが言葉の甘さと合ってないよ!? あーもう言うから! 姉さん大好き! ほらこれでいいでしょ!」

 

「もっと言っていいのよ、百回ぐらい聞きたいわ」

 

「勘弁してよー!」


 ぐりぐりわしわしと僕の頭を撫でながら、銀の殺し屋は笑う。

 優しい笑顔と、涙で潤んでいる目と、崩れきった顔つきを直視できないぐらいには、今の姉さんは可愛かった。

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