非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
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閑話外伝 ハーフヴァンプの戦場

前編 祭典の幕開け

公開日時: 2021年5月3日(月) 21:00
文字数:2,189


 外伝「ハーフヴァンプの戦場―Dreamers feast―」



「みなと、あたしはあたしの為すべきことをなす。だからあんたも、あんたができることを為しなさい」

「……戸牙子」

「そんな悲しそうな顔をしないで、また会えるわ」

「そうだね、数時間後に合流できるからね」

 

 開幕早々、僕たちは物語クライマックスのような会話をしている。

 いやまあ、あと二分もすれば僕たちがいるこの会場は戦場になるのだし、ここで袂を分かつ僕らがお互いを鼓舞するのは、ともすれば通過儀礼でもあるわけだが。

 僕は悲しそうな顔なんてしていない、呆れているだけである。

 

「あたしはBL向け。あんたは一般向けサークルよ、オーライ?」

「まあ……昨日さんざんチェックを付けたカタログは持ってきてるし、ご丁寧に回る順番の優先順位も付けてくれたから迷いはしないだろうけどさ……」

「それならよし。軍資金は?」

「ある」

「小銭ケースが入ったバッグは?」

「ある」

「本を入れるバッグとグッズ用のバッグは?」

「あります」

「お手洗いは済ませた? 神様ミズチにお祈りは? 人の波に押されても震えない心の準備はOK?」


 戦争かな?

 僕はこれから十字軍と異形が起こす一心不乱の大戦争にでも巻き込まれるのだろうか。

 

 相変わらず、戸牙子の同人イベントに対する熱は、悪鬼羅刹や修羅も慄くような入れ込み具合だ。

 だが、戸牙子が持つ吸血鬼としての尊厳に慄くというより、ドン引きに近いかもしれない。

 なんだこのハーフヴァンプ……と。

 

「いい? たとえ周りの波が強くても、絶対に走ってはだめよ。競歩でいきなさい。マナーを守ってこそ、イベントは成立しているんだから」

「あ、はい……」

「神通力の瞬間移動も使っちゃだめよ」

「こんな公衆の面前で使うわけないでしょ!?」

「あとミズチ」

 

 戸牙子は行列の中ではぐれないように、僕の手を繋いで隣に立っている相棒に対して、語り掛ける。

 

「そのウィッグは絶対外さないようにね。ほんとなら角も青髪もコスプレ扱いにしたかったんだけど、午前は構ってあげられるほどの余裕がないから」

「ええんじゃ、これはこれでわしにとってコスプレみたいな感じじゃし、楽しめておるからの」

 

 ミズチは、普段の髪色と角を隠すため、黒髪のウィッグとキャップをかぶっており、前日のうちに私服も戸牙子に見繕ってもらったから、他人からは兄妹に見えるだろう。

 伸びる角だけはどうにもならなかったというか、奇麗に帽子を貫通してはいるのだが、どうやら意識をすれば一般人に角だけを見えないようにすることもできるらしい。

 

 それに黒髪のミズチは、わりとさまになっている。

 体系が包み隠さず言えば日本人らしいし、顔つきも黒とよく合うのだろう。

 普段と違う一面を見た時の印象を抱けるのは、コスプレの良さかもしれないな。

 

「戦利品の蒐集しゅうしゅうが終わったら、コスプレエリアに行ってもいいけど」

「そうじゃな。まあ戸牙子よ、お前さんの血を吸う交換条件で付いてきたんじゃし、どう動くかはお前に任せるわい」

「ぐっ……覚悟はしてるわ」

 

 そもそも、同人イベントになぜ僕らまで来たかと言えば、戸牙子の要望があったからだ。

 

『お願い、うちの家からだと準備がかかりすぎるの! みなとの家から直で行きたい!』

 

 と、わざわざ僕の家にまで出向いて、しかも姉さんが帰ってくるまで静かに待ち、ミズチ含めた神楽坂家の三人に土下座で頼んでくる戸牙子の潔さは、ある意味尊敬にも値する。

 ただ、そこでミズチが「戸牙子の血をもらえるなら」と取引を持ち出したことで姉さんと本気の言い合いになっていたのは、また別のお話。

 あれは言い合いというか、痴話喧嘩に近かったが……。

 

 実際、ミズチも僕も同人イベントがどんなものか興味はあったから、残り少ない春休みを使ってついていくことにしたわけだ。

 その結果、一般向けサークルで戦利品の蒐集を任せられたのは、乗りかかった船ということにしておこう。

 

「あのさミズチ、どうせなら君が直接戸牙子の血を吸ってよ。僕が吸うより効率的でしょ?」

「分かっておらん」


 僕の提案を首を振って否定し、ため息をつく。

 

「言うは易しじゃが、ここで己自身が気付いてこそ味が増すものじゃ」

「は? どういう意味さ」

「お前さんの無知で味の深みが増しているんじゃ、教えるわけがないじゃろう」


 理解不能だ。

 戸牙子の血、パープルブラッドのおいしさに僕の意識が絡んでいる、とでも言いたいのだろうか。

 吸血する本人に助言を求めようとしたが、ばつが悪そうにもじもじとして、色白な頬を赤らめて視線を逸らされる。まるで僕と会話したくないように。

 

「まるで分からん……」

「いやはや、初心で愛いのぉ、蜜の味とはこのことじゃ。かかか、今日の夜が楽しみじゃい!」

「誤解が生まれそうな発言をやめろ……」

 

 改めて言っておくが、ここは人がぎゅうぎゅうのイベント待機列であり、ともすれば会話は周りの参加者同士に丸聞こえである。

 ただでさえ、金髪紫眼の美少女と黒髪ロリっ子が隣に居て、注目を浴びているというのに。

 

 と、ここでイベント会場の奥から拍手の波が押し寄せた。開場の合図、ならぬ開戦の狼煙だ。

 片手がふさがっているミズチと僕はできなかったが、戸牙子は目を輝かせて楽しそうに拍手する。

 

「さあ行くわよ、帰って戦利品を開くまでが同人イベントよ!」

「わりと長いね……」

 

 楽しそうで何より。

 自由に、今はしまっている蝙蝠の羽を伸ばすように、戸牙子は俗世の営みに浸っていた。

 


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