非殺の水銀弾

過保護な義姉が神殺しだと知った日、僕は神様になりました
アオカラ
アオカラ

076 血痕賄賂

公開日時: 2021年6月11日(金) 21:00
更新日時: 2022年3月30日(水) 00:32
文字数:3,717


「……ん? ああ違う! 山査子霞じゃないわよ!? ママじゃない! ちょっと待ってそういう変な意味に聞こえてしまうあたしの発言も悪かったわね、ってなんでここまで焦ってるのかしら、あはは!」

 

 どうやらかすみとは、ロゼさんではなく、空気中にあるチリのことらしい。

 ……仙人みたいだな、六戸。

 

 そういえば、天狗という種族は仙人を目指す人間が、悟りを得られずに墜ちて成り果てる種族だとも聞く。

 ブッダが長い苦行を積み重ねて、苦労をした自分自身に酔ってしまったように。

 仙人へと上り詰める修行の過程で、他人よりも努力している自分の行いに酔いしれて、おごってしまうと、仙人ではなく天狗へと変貌する。

 

 自分の苦労を他人に教えたがる魔物でもあるらしく、「天狗になる」という語源もそこから来ているとのこと。

 

 最終的には自己陶酔じことうすいすらも乗り越えるのが、悟りの果てなのだろうけれども。

 言うは易し、というやつだろう。

 

 だが、たとえ落ちぶれようとも、修行の果てにたどり着いた境地であることは間違いないもので、天狗は仙人と同等の力を持っているらしい。

 大天狗ともなれば、ミズチも使っているような神通力じんつうりきも簡単に扱えるのだとか。

 

 どうやら六戸は天狗の血が混ざっているおかげなのか、霞だけでも生きていけるらしい。

 山の中で戸牙子を見守っている時にどうやって命を保っていたのか不思議ではあったが、謎が解けた。

 

「なるほど。山査子家の食事は戸牙子が普通のご飯で、六戸は霞か。ちなみに、ロゼさんは食事ってどうしてるの?」

 

「……あれ、よくよく思い返してみたらママが誰かの血を吸ってるところ見たことないわね」

 

「それって……大丈夫なの?」

 

「まあ、どこか知らないところで誰かの血を吸ってるのかもしれないけど、うーん。もしかしてパパと契約を結んだ時点で、吸血鬼性が薄まっているのかしら」

 

「ああ、それはありえそうだよね。だってまだ夕方なのに、戸牙子みたいに外に出てるし」


 これが冬なら、五時頃になれば日はすっかり落ちているが、今では六時を回っても夕日が明るい。

 けれど確か、古い吸血鬼は日光がそこまで弱点ではないとも言われていたしな。

 案外、戸牙子が餓死寸前で再生するように、ロゼさんも自己完結してしまっているのかもしれない。


「わかっておらんなあ、おまえさんら」

 

 ミズチが僕のスマホで育成ゲームをしながら(パスワードは筒抜けである)興味なさそうに、そしてどことなく喋りたがりな雰囲気で会話に割り込んでくる。

 

「あやつというか、カルミーラはわしら神と匹敵するほどの力を持つ一族じゃぞ。吸血鬼という種族の枠組みで抑えつけるのが最大限の譲歩だったぐらい、常識をぶち破る怪異なんじゃから」

 

「初耳だぞミズチ。シオリさんだってそんなこと言ってなかったよ?」

 

「そりゃあ人間の文献に残っている程度の物差しでは、それぐらいしか測れんわい。お前さんらの寿命はせいぜい百年じゃろ? まあわしも実物を見てきたわけではないが、噂が耳には入るぐらいじゃったし」

 

「どんな噂?」

 

「カルミーラのもとに種が集い、カルミーラの血により族は蘇る。有り体に言ってしまえば、絶滅寸前の一族であってもあの王家にいけば迎え入れてもらえる、といわれておったんじゃよ」

 

「言われていた……っていうのはもしかして」

 

「うまい話ばかりでもないというやつじゃな。功績を残せない役立たずなら、その一族ごと取り込んで己の力にしていたんじゃよ。吸血して性質を取り込む『吸性のカルミーラ』が、悪名でありながら高貴な異名でもあった。まさしく怪異の王、ノーライフキングといって差し支えないじゃろうな」

 

 怪異の王、か。

 ロゼさんと姉さんが交渉していた時の、「私が生きていると知られたら続く者が現れる」というのは、本当に誇張抜きの話だったわけだ。

 ローゼラキス・カルミーラ・ホーソーンは怪異の指導者であり、姫君であり、王家最後の生き残り。

 最古の王で、最強の吸血鬼。


 日光どころか、天敵がこの世に存在しない頂点捕食者なのかもしれない。   


「ま、戸牙子に己の不死性を分け与えたせいでだいぶ弱っているようには見えるがな」

「そう言われると、なんだかあたしも悪い気がしてくるじゃない……」

「いんやぁ? それだけお前さんを愛していると思った方がよいぞ? 人間で言うなら、臓器を分け与えたようなもんじゃ」


 臓器提供ドナーと例えられると、確かにかなり愛情深いな。

 吸血鬼は心臓に杭を打ち込むと、そのまま死んでしまうとシオリさんは言っていた。

 それはつまり、ヴァンパイアの持つ不死性は心臓に宿っているとも言える。

 なら戸牙子は、母親に心臓を分け与えてもらったようなもの、か。

 

「大層なことじゃないですよ。ただ、悔いを少しでも減らしたかっただけですから」

 

 ロゼさんが、注文したメニューをトレーに乗せて持ってきてくれた。

 ミズチに対して「しー、ですよ」と人差し指を立てながらにこりと笑いかける。

 

「はんっ」とミズチは凄惨に笑って、ロゼさんに不適な視線を送る。

 何やら、怪異同士の暗黙の契約が成立しているようにも見える。

 

「戸牙子、今日は一人で帰るから、気にしなくていいわよ」

 

「でも……いや、迎えに来るって」

 

「十七歳が夜中まで入り浸るつもり? ママは許しません」

 

「うう……」

 

 ああ、そういうことか。

 戸牙子はロゼさんがうまくやれているかどうか心配で、見に来ていたのか。

 しかも、送り迎えも考えて。

 

「じゃあ、バイト終わったらメッセージいれてよね、絶対」

 

「はいはい」

 

「スマホの使い方覚えてるよね?」

 

「覚えましたよ、大丈夫だから」

 

 ロゼさんは戸牙子の近くまで寄って、ウインクをした。

 赤い宝石の眼が、一瞬きらりと輝く。ルビーの光がアメジストの宝石に映り込み、鈍くきらめいた。

 

 宝眼を持つ者同士の、アイコンタクトなのだろう。

  

「ごゆっくりどうぞ」

 

 両手を前で合わせてぺこりとお辞儀し、ロゼさんはカウンターへ戻っていった。

 

「マザコン」

 

「う、うるさいわね! そんなのあたしだってわかってるわよ!」

 

「人のこと馬鹿にできないでしょ。な、家族っていいだろ?」

 

「ぐぐぐ……反論できないのが悔しい……」

 

 そう思わせられただけ、よかったと言えるかな。

 僕の行いは無駄ではなかったと、開き直れる。

 

「んで、話って何さ。また同人イベント?」

 

「あんたの中であたしってそういうイメージなのね」

 

「暇は持て余しているからいいんだけどね」

 

「ならいっそ頼みやすいわ」

 

 しまった、誘導尋問だったか。

 

「依頼をしたいのよ、方舟の交渉人さん」


 戸牙子はティッシュで手を拭いた後、鞄の中から赤い生地の巾着袋を取り出した。

 

 テーブルの上に置かれたそれには、既視感があった。

 いや、どちらかと言えば外見の見覚えではなく、その袋から漏れ出す独特で毒々しい「匂い」の方ではあったが。

 

「これの解析をお願いしたいの」

 

「……なんでまた」

 

「その反応。もしかして、もう知ってる感じかしら」

 

「いや、まあ……」

 

「あんまり深く突っ込みはしないわ。あたしが知りたいのはこの小袋のなかにあるものが持つ性質だけだから」

 

「……性質ね。君はこれをどこで?」

 

「家から徒歩数分の、森の中にあったわ。そこにあったはずの木がなくなっている代わりにね」

 

 まさしく、直近の話題に持ち上がっている「赤い灰」だ。

 

「まあそうね、みなとならいっか。ママだったらもうちょっとうまく言うんだろうなって思うんだけど、あたしは回りくどいの苦手だし」

 

「……というと?」

 

「例えるなら捜査協力だと思ってくれたらいいわ。方舟への恩返し、みたいな」

 

「あれ、それってたしかまずいんじゃ?」

 

「本当はね。だから回りくどく、『これの解析をお願いしたい』って渡すことで、賄賂をツケにするの」

 

「そのプランはもしかして」

 

「ママ譲り」

 

 まあそうだろうな。

 戸牙子がそんな気の利いた真似、できる気がしない。 

 

「あたしは全然知らないんだけど、これって結構異質なものらしいわ。それこそあなたたち方舟の人や、似たような組織が喉から手が出るほどには」

 

「へえ」

 

 そんなに重要度が高いのか、赤い灰。

 いっそ玄六さんに聞いておくべきだろうか。

 

「配信前の気分転換に夜の森を散歩してたら、なんだか不思議な『これ』を見つけてね。持ち帰ってママに見せたら、『これで手打ちにできてしまうどころか、お釣りまでもらってしまいかねない』って焦ってたから、依頼でお願いしたいみたい」

 

「ふむ、解析の報酬さえ払ったらそれで終わりだから、ってことか」

 

「そ、あとは自由にどうぞって」

 

 強大な怪異が生み出した、異質な灰。

 それに眠る本質を、どうやらロゼさんは見抜いているようだ。

 

 神眼より宝眼の方が優れているわけではなく、経験からなせる見聞の広さが強いのかもしれない。

 

「まあ、とりあえず持ち帰ろうかな」

 

「ちなみに、依頼料はどれくらいになるのかしら?」

 

「友人サービスでスマイルと同じ値段にするよ」

 

「あらま、ご厚意に感謝するわ」

 

 解析を頼むとは言われたが、僕は預かるだけだし。

 正式な依頼とはほど遠い、口約束の取引だ。

 

 重大なやりとりを、ファーストフード店で行う場違い感に少々思うところはあったが、現代風だと考えておくことにしよう。

 

 と、そんな折り。

 

「おおいッ! そこの金髪の外人!」

 

 男の怒号が、店内のカウンター近くで響き渡った。


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