俺達3人はアバンス商会に着いた。
店の前は従業員の人達が朝の時間で、みんな忙しそうに動いている。
来るのが早かったか、また出直してくるか。
俺がそう思った時だった。
「エリアス様、エリアス様ではありませんか?」
声のした方を見るとアイザックさんだった。
「すみません、朝の忙しいときに。出直そうと思っていたところです」
「いいえ、あと少しで落ち着きますから、中でお待ちください」
そう言われ俺達は客間に案内された。
すると青い髪の40代半ばの女性が、お茶を持ってきてくれた。
「お飲みになってお待ちください」
そう言うと部屋を出て行った。
「う~ん、良い香り」
陶器のカップを持ちアリッサさんが香りを嗅いでいる。
「さすがアバンス商会だ、良い茶葉を使っている。でもなにか、いまいちだな」
オルガさんも一口にして、美味しさを褒めている。
出されたお茶は紅茶のような香りがする。
俺は香りのあるお茶よりも、緑茶やウーロン茶が飲みたいな。
それに俺も飲んでみたが、美味しいとは思えない。
何か生臭い匂いがする。
これは使っている井戸水のせいか。
俺の屋敷のように、ろ過した水を飲んでいる人はいないだろう。
屋敷の水のおいしさに慣れたオルガさんにしてみたら、美味しくないのだろう。
「紅茶はどこの国で、採れるのでしょうか?」
「このジリヤ国で採れるわ。でも紅茶の木がある場所は立入禁止になっているわ」
アリッサさんが教えてくれた。
それはそうだろうな、と俺は思った。
そんなことを考えていると、客間のドアが開いた。
「お待たせいたしました皆様」
アイザックさんと、お茶を持ってきてくれた女性も一緒だった。
俺達3人が座っているソファの向かいに2人は座った。
「突然おじゃましてすみません」
「いえいえ、こちらこそ。お待たせいたしました」
アイザックさんは隣に座った女性を紹介してくれた。
「妻のオルエッタです」
「初めまして皆様、オルエッタです。主人がお世話になっております」
挨拶を受け俺達も自己紹介をした。
「実はお寄り頂いたのは私ではなく、妻のたっての願いでして」
「奥様のですか?」
俺が聞くとアイザックさんの代わりに、オルエッタさんが話始める。
「エリアス様がお造りになった家具は大評判です。それに三面鏡ドレッサーは素晴らしい発想ですわ!!左右から自分を見ることが出来るなんて」
オルエッタさんが身を乗り出し、興奮気味に話す。
「それから主人がエリアス様のお披露目会から、持ち帰った物のことです」
「持ち帰った物ですか?」
「はい、パジャマとタオルケットという物です。あの考えられない柔らかい布地。いかかでしょう?当商会が専属で扱わせて頂けないでしょうか?」
「はあ、今はそれほど生地がないもので。温泉で使う分くらいしかありません」
「温泉で使う分ですか?ではエリアス様のお宅の、温泉に行けば良いと…」
「あっ、いえ、そういう…「わかりましたわ、エリアス様!!」
オルエッタさん驚くほど大きな声を出した。
「近いうちにお友達を誘って伺います。いつがよろしいでしょうか?」
「はあ、いつと言われても…「そうですよね、明日というのは急ですから、明後日《あさって》伺いますね。よろしくお願いします」
ご、強引ですね。奥さん…。
アイザックさんを見ると、申し訳なさそうな顔をしている。
あぁ、これは尻に敷かれるな完全に…。
「それからこのボタンという物です、そこも数がないのでしょうか?」
念のため、俺はアリッサさんを見て確認をした。
すると頷いていた。
「ボタンなら卸せるくらいはありますよ」
なんせ鉱物の廃材だからね。
それに鉱物も元手は只《ただ》から。
アリッサさんを見ると、えっ!という顔をしている。
しまった!!
頷いたのは良いのではなくて、逆の意味で『駄目』ということだったのか。
言ってしまったからには仕方がない。
開き直ろう!!
「まあ、本当ですか?嬉しい!!」
オルエッタさんは両手を胸の前で組みとても喜んでいる。
「なにかボタンを使った服の見本を頂けないでしょうか?」
「良いですよ。獣皮紙とペンをお借りできますか?」
「はい、喜んで!!」
オルエッタさんは立ち上がり、部屋を出て行った。
しばらくして獣皮紙と、ペンを持って戻って来た。
「お待たせいたしました」
俺はそれを受け取りボタンを使った、男女のラフな服の絵を何点か描いた。
前居た世界なら、普通の普段着だ。
「こんな感じでしょうか」
「す、凄い?!こんなデザインの洋服は今まで見たことがありません!!」
「エリアス君、それ以上はもう…」
アリッサさんが止めに入ってくる。
「分かっておりますアリッサ様。主人から聞いていた通り、エリアス様はとても純粋で人が良い。それにとても魅力的で…、さぞご心配でしょう」
「そ、それは…」
「実は主人がこの店をやっておりますが、私も何か役に立てればと思いまして」
話しを聞いてみるとこのままでは、扱う商材が地方では限られ先は見えている。
息子の代になったら、うまく行かなくなるかもしれない。
だから今の内に次の事業を考え、息子に残したいと。
アバンス商会はもう1つ、紡績店を開いているそうだ。
しかし繊維を糸の状態にする仕事では、これも先が見えている。
以前より新しい事業を考えていたが、案も無く時間が過ぎて行った。
そんな時に綿とボタンに出会い、新しい事業が出来ないか考えていた言う。
紡績店で洋服を作り、アバンス商会の横に店を作りオルエッタさんが売る。
商会の奥さんだけあってオルエッタさんは、富裕層の知り合いが多いらしい。
まずはその人達を対象に商売ができるようだ。
「では販売の対象は、貴族の方や富裕層の方なのですね」
「そうです」
「それが良いと思います。流行はまず、上から流行らせないと」
「流行は上からですか?」
「えぇ、そうです。勤めている屋敷の主人が新しいものを使っている。それを見た従業員が欲しいと思う。そしてある程度、販売が進めば生産性も上がり物は安くなる」
「そうなりますわね」
「そして今まで使用人の給料では、手の届かなかったものが購入できるようになる。そして世間に広まり定番商品になれば、薄利多売でもやって行けます」
「ほう、それは凄いですな!」
アイザックさんが参加してくる。
「そして定番商品になった頃に、また新しい商品を売り出す」
「その通りです、アイザックさん」
「エリアス様、我が家の養子になりませんか?」
「え~?!」
「なにを言っているのあなた!息子がいるでしょう!!」
アイザックさんは、奥さんのオルエッタさんに怒られている。
「それだけエリアス様が、素晴らしいと言う事ですよ」
そこからアリッサさんが、アイザックさんの間に入り話を進めた。
ボタンは特許を取っているが、加工技術がこの世界には無いから造れないだろう。
だからボタンは卸すことにした。
洋服はデザイン料としてデザイン画1枚いくら、と言う風に決めた。
服が売れたらいくらにすると、計算が面倒だからだ。
そして僅かだけど綿も卸すことにした。
紡績店をしているなら、綿を紡ぐのに丁度良いと思ったからだ。
するとオルエッタさんが物凄く喜んでくれた。
余りの嬉しさに俺に飛びつきそうになるのを、アイザックさんが止めていた。
話が終わり俺達は帰ることにした。
アイザックさんとオルエッタさんが店の前まで見送りに出てくれた。
「いや~お恥ずかしいところをお見せしました。すっかり妻の尻に敷かれてまして」
アイザックさんが、小さい声で俺に言う。
「では夫婦円満ですね」
「えっ?それはどういう」
「夫が尻に敷かれるのは妻が強いからではありません。あえて妻に主導権を握らせ、妻を信じて愛しているからこそ尊重し優先するのです。お互いを思いやる夫婦ということですよ」
「まあっ!」
オルエッタさんは嬉しそな照れた顔で微笑んだ。
そして俺達は手を振り、アバンス商会を後にした。
「なあエリアス」
「なんでしょうかオルガさん」
「お前、ああいう年上の気の強い人が好きだろう?」
「オルエッタさんの年齢までは極端ですが、気の強い年上の女性は好きですよ」
「やっぱりな、そう思ったんだよ」
だからオルガさん、アリッサさん。
お二人と一緒に居るんですよ。
俺はそう心の中で2人に言った。
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