お母さんとお父さんに別れを告げた私は元の時代へと戻る。未来でまた会えるよねと言われた時はつい涙を流しそうになったが何とか堪えて笑顔を意識して答えた。
「ふぅ……」
「お帰り……如何した? ずいぶんと神妙な顔をしているな」
見慣れたリビングではなくて図書館の館長室に姿を現した私は盛大に溜息を吐き出す。そんな私の様子にルシアさんが心配そうな顔で尋ねて来た。
「いろいろとあったのよね? 乙女心は複雑なんだから今はそっとしておいてあげなさいよ」
「そ、そうか……それは気付かなくてすまなかった」
「ルシアさん……ごめんなさい!」
「「!?」」
アニータさんが小さく笑いながら言った言葉に彼が申し訳なさそうに呟く。だけど私はルシアさんに謝らなくてはいけないと思いっ切り頭を下げた。
「ど、どうしたの?」
「お前は、いきなり何を謝ってるんだ。まさか、過去の世界で何かやらかしたのか?」
驚く二人に私は頭をあげると違うと言いたげに首を振る。
「ルシアさん……ずっと、ずっと「またね」って言ってあなたの下から去っていってずいぶんと長いこと待たせてしまってごめんなさい。本当のこと言えなくてごめんなさい」
「フィアナ……」
「あらあら……私はお邪魔虫みたいね。ちょっと図書館の方に行っているわ」
私の言葉に困ったような躊躇ったような顔でルシアさんが見てくる。アニータさんが小さく笑うとそそくさと退出していった。
「あの時、彼女がどうしてあんな別れ方をしたのか……ずっと気になっていた。それもあり忘れられずにいたのだろうな。だが、謝る事なんてない。あの時は俺も子どもだった。だから理解しようとしてもできなかった。だが我が儘を言って困らせてはいけない。この人をここに留めておくことなどできないとそれだけで別れを受け入れた。今なら分かる。「またね」の意味もあの時どうして寂しそうな悲しそうな顔をして俺を抱きしめたのかもな」
「ルシアさん……」
優しい声で語る彼へと真っすぐにその瞳を見詰めるとなんて言えばよいのか分からなくて両の手を握りしめる。
「フィアナ……ようやく再会できたな」
「もう、何処にも行ったりしません。愛すべき人の側でずっと、ずっと一緒にいます」
柔らかく微笑むルシアさんに私の頬も緩みながら答えた。
あの日の約束は長い時をへてようやく果たされた。もう二度とルシアさんの前から消えていなくなったりなんてしない。これからはずっとずっと側で……そう思っていると彼がふっと微笑む。
「あの時はとても素敵な女性に見えていたが、今はやはり可愛い女の子にしか見えないな」
「ル、ルシアさん!?」
意地悪く言われた言葉に私はショックを受ける。
「そう怒るな。可愛いからこそ側でずっと守ってやりたいと思うのだからな。素敵な女性だったら俺が守ってやる理由がなくなってしまうだろう? それとも、そっちの方のがフィアナはいいのか」
「うぅ~。か、可愛いって言ってもらえるのはとても嬉しいけれど、でも二十歳になったからようやくルシアさんと肩を並べて歩ける素敵な女性になれたと思っていたからショックだよ」
くすりと笑い言われた言葉に頬を膨らませて抗議した。ちょっと睨んでやってるっていうのに余裕の微笑み。……敵わないなぁなんて思ってないんだからね。
「何時まで経ってもお前は可愛い。これだけは変わらないな」
「もう……」
頭を優しく撫ぜられ私は不貞腐れてそっぽを向く。こんなことやるから子ども扱いされるんだろうけれど、ルシアさんの前だとついつい子供っぽくなっちゃうんだよね。それだけ彼が大人なんだ。
「フィアナ……あの時お前が言った言葉。大きくなったら国王様を支え国を護れるりっぱな存在になっていると信じていると言われた。あの言葉を胸に俺は勉強も経験も積んで頑張ってきてりっぱな大人になれたんだ。だから、今の俺があるのはあの時のフィアナの言葉のおかげだ。感謝している。お前をこうして助ける事が出来、そしてそれが廻り巡ってあの時の俺を助けてくれることとなって……うまく言葉が見つからないが、そのおかげで今こうしてフィアナといられることがとても嬉しい」
「ルシアさん……ずるいよ」
私に顔を近づけ優しく唇に口づけをしてくる。そしてすぐに離れると穏やかな口調で語った。そんなのずるい。私は何も言えなくなっちゃうよ。
「これからもたまにでいいから俺と一緒にいてくれるな?」
「たまになんて嫌だよ。いつも一緒にいたい」
彼の言葉に私は本音を呟く。途端に困った子を見るような目をされ呆れられる。
「またお前は、そんなこと言って主幹である俺の側にずっといられるわけがないだろう。フィアナが――いや、止めた。みなまで言ってしまったら後悔しそうだからな」
「?」
軽く笑い頭を抱えるルシアさんの姿に私は不思議に思い首を傾げた。
「さぁ、もうこれで過去に行く用事は終わったのだろう? 家まで送る。ティアがずっと心配しているだろうからな」
「うん」
そう言って私に手を差し伸べてくる彼としっかり指を組み恋人繋ぎで家まで帰る。
「また遊びに来てね……ふふ、二人とも幸せいっぱいの顔しちゃって。でも、フィアナが戻って来てくれて良かったわ。ルシアずっと心配で突っ立ったままだったから。これでもう、無理することも無くなるわよね」
私達を見送りながらアニータさんが何事か呟いていたがよく聞こえなかった。
こうして私はもう長い事帰っていなかった家に戻る。まぁこの時代からしたらそれほど時は経っていないのだから懐かしいと思うのも誤差があるかもしれないけれど、でも笑顔で出迎えてくれる姉の顔を見た途端張り詰めていた物が一気に解けて安心感でその胸に飛び込んでしまった。
後日、お母さんとお父さんにはちゃんと手紙で全ての事を終えた事を伝える。なんだかまだ終わっていないみたいな返事が来たけれどそれを理解することになるのはもう少し先になってから。兎に角これで一件落着して私は過去に飛ぶことはなくなった。
それから一日経った翌朝。私は出かける準備をしていた。
「……よし!」
気合を入れて出かけるのは別館ではなく宮殿。ルシアさんの側に一時でも長くいたい私は昨日の夜考えた末にある事を思いついたのだ。その為に王宮にいるある人物に会いに行く所である。
「……普通の格好で着ちゃったけどちゃんと通してもらえるかな? でも、この格好の方のが気付いてもらえると思うしいいよね?」
着なれたいつものワンピース姿で来てしまったがやっぱり王宮に入るのだから礼服の方がよかっただろうかと考えるも、この格好なら「私」だってすぐに気づいてもらえるはずと願い謁見の間へと向かった。
この謁見の間は市民に開かれたところで国民ならだれでも利用してよい場所なのだ。だけど王宮にはあまり近付くなと言われてきたので一度も着たことがない。だけど今回ばかりはルシアさんの忠言を無視してきたのだ。でも、お目当ての人物がここに来ればいつでも会えるとも限らない。
「忙しい方だから謁見の間にずっといる事もないだろうし、朝の早い時間ならと思ったけれど、いてくれるといいな」
緊張と不安で早鐘のようになる心音を聞きながら私は意を決して扉を開けて中へと入っていった。私の考えを伝えてルシアさんの側にいるために。
「頑張るよ」
説明が上手にできなかったらと不安になる気持ちを押さえ込み私は目的を果たす為に謁見の間の奥玉座の前へと歩いて行った。
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