意識を失う瞬間誰かが優しく私に声をかけてくれていたような気がする。「ごめん」とそう言われたような……
「フィアナ……しっかりしろ!」
「っ!?」
誰かが私を呼ぶ声で意識が浮上すると目を覚ます。見ると暗い部屋に冷たい石畳の上に寝ていてここはどこなのだろうと思った。
「よかった、目を覚ましてくれて。フィアナがザハルの兵士に捕まって睡眠薬で眠らされたんだ。それで、君の命を助けたければ大人しくついて来いって言われて、馬車に乗せられザハルの城に連れてこられた」
「今は牢屋に入れられているが、明日の朝見せしめのために公開処刑されるそうだ」
状況を飲み込めない私に二人が説明してくれる。
「すまない。フィアナまで巻き込んでしまって……何とかお前だけでも助かる方法があればいいのだか」
「ぼく達の事は心配いらないから未来に帰って。それでもうここには来ないで。そうすれば君だけは助かる」
「待って下さい。二人とも諦めるのは早いです。大丈夫。必ず私達は助かります。ですから最後まで諦めないでください」
アルスさんが謝るとジュディスさんがそう話す。その言葉に私だけ未来に帰れるはずないと強い口調で答える。諦めている二人の気持ちを何とか前に向かせないと。その思いだけで彼等を見詰めると二人とも絶望した瞳に光が戻った。
「何でだろう。フィアナが言うと本当に何とかなりそうな気がしてきた」
「あぁ。そうだな、最後まで諦めちゃだめだよな」
二人が希望を持てた事に安堵するとすぐに真面目な顔に戻った彼等にじっと見つめられる。
「?」
「フィアナ、さっきの話は別として一度未来に戻らないと」
「そうだ。タイムリミットを過ぎてしまうと時の迷い人になり一生彷徨うことになるんだろう」
如何したのだろうと思っているとジュディスさんとアルスさんが言った。そ、そんなに時間が経っていたの?
「分かりました。すぐに戻ってきますので少し待っていてください」
「お前がいない間俺達が何とかする」
「だから心配しなくて大丈夫だよ。もし兵士にバレそうになったらこっちで時間稼ぎするから」
二人の言葉に心配も残るがこれ以上この時代に留まると時の迷い人になってしまうため一度未来へと戻る。それからすぐにペンダントに手をかけ過去へと飛ぶ。姉達が怪訝そうに見てきたが何か切迫した状況なのだと理解し見送ってくれた。
私が戻って来ると如何やらそれほど時間は経過していない様子で牢番の兵士にも気づかれずに済んだようである。
「これからどうする?」
「脱走したところで直ぐにつかまってしまう可能性もある。武器を取り上げられている以上下手なことはできない。……まぁ、魔法で戦うことは可能だが、魔力が尽きる可能性も考えると強行突破は難しいだろう」
二人の言葉に私は何か助かる道はないかと周囲を見回す。鉄格子の嵌められた窓は高く壁も凸凹がない為登れそうにない。
その時壁のすき間からドブネズミが一匹牢屋の中へと入ってきた。
「ネズミ……そうだ。ねぇ、ネズミさん」
『おや、これは驚いた。君は僕の言葉が解るのかい?』
そっとネズミに声をかけると彼は不思議そうに首をかしげる。
「うん、解るよ。貴方にお願いがあるの。私達がここにいる事を伝えてもらいたい人達がいるの。その中の一人は私と同じで動物とお話ができる人だからその人に私達の事を伝えて欲しいの」
『人間に僕達の言葉が解る人がいるなんて珍しいこともあるものだ。いいよ。伝えてきてあげる』
「有り難う」
私の言葉に快く承諾してくれたネズミさんにお礼を言うと彼は入ってきた穴へと戻って行った。
「フィアナ、何を話してたの?」
「ネズミさんに私達の事をアンナさん達に伝えてもらうように頼んだのです。今はこれしかありませんが、ネズミさんが皆を連れてきてくれるまで信じて待つしかないです」
「フィアナは本当に不思議な奴だな。だが、その可能性に今は賭けよう」
不思議そうに尋ねてくるジュディスさんに説明するとアルスさんが驚いた後そう言って頷く。
私達はネズミさんがアンナさん達を連れてきてくれる事を信じ待つこととなった。
*****
アンナ視点
翌朝目を覚ますとフィアナがいなくなっていていつものように散歩にでも出かけたのかと思ったがアルスとロウとジュディスもいなくなっていておかしいという話になった。
「フィアナがいなくなることはいつもの事だけれどアルス達もいなくなるなんて今までなかった」
「この近くにはいないようだ……まさか三人の身に何かあったのでは?」
ルークの言葉に探知魔法で周囲を探していたハンスが言う。
「……まさかとは思っていたがフィアナはやはりザハルの帝王と繫がっていて、三人を連れ去っていったのでは?」
「そんなことありえないわ! フィアナはそんな人じゃない」
「アイリスの言う通りだ。フィアナが帝国と繫がっていたなんて考えられない」
考え深げなジャスティンの言葉にアイリスがきつい口調で言い放つ。それにロバートも同意した。
「だけど、それならどうしてみんな戻ってこないの?」
「そうだよ。ちょっと散歩に行ったにしても今日は早朝から出発するって話だっただ。それまでには戻って来るはず……まさか四人の身に何か起こっただか?」
「……」
リックの言葉にアンジュも何か起こったのではないかと心配する。ドロシーちゃんも何も言わないが私達の会話を聞いて不安そうに瞳を曇らせた。
私だってフィアナが帝国と繫がっていたなんて信じたくない。でも、それならどうしてアルス達は消えてしまったのか、疑いと信じたいと思う気持ちで心がぐしゃぐしゃにかき乱され気持ち悪い。
「あら、ネズミさん?」
アイリスが何かに気付き視線を草むらに落とす。そこには一匹のドブネズミがいてこんな森の中に現れるなんて珍しいなと思っていると、ネズミが必死に鳴いて何かを伝えたそうにそわそわと体を揺らす。
「え、ネズミさんそれ本当なの? ……お願い急いで連れて行って!」
「アイリス、ネズミはなんて言っているんだ?」
ネズミの言葉が解るらしいアイリスが血相を変えてお願いする。その姿にただ事じゃないと察したロバートが尋ねた。
「このネズミさんはフィアナが私達の所によこしてくれたのよ。アルスとジュディスとフィアナは帝国の兵士に捕まって牢屋の中にいる。今日見せしめのために処刑されてしまうそうよ。だからその前に私達に居場所を教えるためにネズミさんに頼んだんだって」
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
アイリスの言葉に私達は険しい表情で息を呑む。フィアナが私達に自分達の居所を教えるためにネズミをよこした。今日処刑されるということは一刻の猶予もないはず。
「……今からザハルに向かって間に合うのか?」
「ここからじゃ距離がありすぎる」
ルークの言葉にジャスティンが答えた。それじゃあ三人を助けられない如何すれば……
「わたしに任せろ。転移魔法を使えば帝国までさほど掛からない」
ハンスの言葉に私達はそれしか方法がないと悟り転移魔法を使ってもらう。
フィアナ、アルス、ジュディス……三人とも私達が到着するまでどうか無事でいて。不安に支配される心で私はそう祈るように願った。
*****
ネズミさんが戻って来てくれるのを信じて待ちながら朝となり、今はもう日が高くなっている。窓から差し込む光の強さから考えて10時か11時頃だろうか。
「出ろ!」
「「「……」」」
牢屋を開けて入ってきた兵士に乱暴に連れて行かれながら私はこれからどうすればいいかと考える。
処刑場となる大きな広場へと連れてこられるとすでに民衆が集まっており、処刑台の上には十字に組まれた木が建てられている。この時代はギロチンはまだないからあの木に罪人を縛り付けて剣で頭を切り落とす……のかな。そう考えたら気分がいいものではないし胸がざわめき吐き気がしてきた。それが自分達の身に関わって来るのだからなおさらだ。
(大丈夫。きっとネズミさんはお母さん達に伝えてくれている。私は、最後まで諦めたりなんかしない)
そう心の中で唱えても不安は一向に静まってくれず、恐怖で小刻みに体が震えるのを悟られないようにと胸を張り気を引き締めた。
「皆のもの聞け! この者等は我に刃向かい我の命を狙った。よってここで公開処刑を執り行う。我に刃向かう者は皆こうなるとしかとその目に焼き付けるがよい」
物見台の上に立つ帝王が偉そうな態度でそう言い放つと兵士達が私達を木に縛り付ける。
「冥途の土産に良いものを見せてやる」
「「っ!?」」
「ロウ……すまない」
帝王が言うと兵士が私達の足元に何かを投げつける。それをよく見るとロウさんであることが分かり彼は無残なまでに切り刻まれていて。私はつい顔を背けて見ないようにした。
「はじめよ!」
「……」
ロウさんを助けられなかったことに罪悪感を覚える。でも泣いている暇なんか与えてもらえず帝王が号令を出すと私達の前に剣を抜き放った兵士達が立つ。私はとっさに目を閉ざし覚悟を決めた。
「……え?」
「貴様等何をしている? 我の命令に背くか!」
しかしいつまで経っても痛みも何も感じなくて驚いて目を開けると私を縛り付けていた縄が切られていて、隣を見るとアルスさん達も自由の身となっている。一体何が起こったのだろうと思っていると帝王が苛立った声をあげる。
「あいにくと、ここで処刑されるのはこの三人ではなく帝王……貴様の方だ」
「ははっ、なんとか処刑前に間に合ってよかった」
「僕達の演技どう? 見事だったでしょ」
アルスさんの横に立つ兵士が声高々に宣言すると兜を脱ぐ。その顔はジャスティンさんで私の隣に立つルークさんもジュディスさんの前に立つリックさんも笑顔で言った。
「ルークさん、ジャスティンさん、リックさん」
私は三人の姿に安心してしまいほぅっと胸を撫で下ろす。
「フィアナ、もう大丈夫よ」
「アンナさん」
民衆の中からアンナさんの声が聞こえてくると皆がこちらへと駆け寄って来る。見るとリックさんにそっくりな女性が二人一緒で、きっとお母さんとお姉さんだろう。二人の救出も上手くいったんだね。良かった。
『これでいいだろう?』
「ネズミさん有り難う御座います」
私の肩へと駆け上ってきたネズミさんが胸を張り言った言葉にお礼を述べる。
「おのれ……我を侮辱しよって。どうした、そ奴等を捕らえよ!」
帝王の言葉に唖然と突っ立っていた兵士達が慌てて武器を構えてこちらに迫ってきた。ここが戦場と化すと察した民衆は悲鳴をあげて逃げ惑う。
「アルス、ジュディスこれを」
「剣があればなんとかなる」
「だが、数が多い……」
ハンスさんがそっと二人に近寄ると取り上げられていた彼等の剣を渡す。それにジュディスさんが言うと構えるが、敵の数の多さにアルスさんが呟く。
「私に任せて下さい……こうなることもあろうかと用意しておいたので」
「フィアナ、貴女何をするつもりなの?」
私の言葉にアンナさんが驚くが皆に下がるように伝えると一人前へと進み出る。
「えい!」
私は言うと兵士にとられないように隠し持っていた魔法薬の入った小瓶を懐から取り出し放り投げた。
瓶が地面にたたきつけられ割れると中から煙が現れ風に乗り兵士達を包むように広がる。
「睡眠薬です。ちょっとばかし強力に作ってあるのでちょっとやそっとじゃ目を覚ませませんが」
過去の世界でもしもの時はこれを使うようにとドロシーさんから渡されていた睡眠薬。その効果は絶大のようで煙がはれると兵士達は皆地面に倒れ眠りこけていた。
「さあ、帝王これで貴様を守る者は誰もいなくなった。後はお前だけだ!」
「ふん、それがどうした? 貴様等なんぞ我一人で十分。この前は試せなかったが今日こそあの魔法で貴様等を葬ってくれる」
ジャスティンさんの言葉に帝王が言い放つと赤黒い魔法陣が地面一杯に広がる。
「な、何だ? この邪悪な魔法陣は?」
「これは……古代の破滅の魔法。アンナさん!」
「は、はい?」
見た事もない魔法陣にハンスさんが狼狽えた。私は見覚えのあるこの光景にアンナさんへと顔を向ける。いきなり声をかけられ彼女は驚く。
「以前私が教えた事覚えていますか?」
「もしかして古代の封印の魔法の事かしら? えぇ、覚えているわよ」
私の質問の意味に気付いて頷いてくれるお母さんに私は続きを話すべく口を開く。
「今すぐにそれを」
「私に古代の封印の魔法陣を踊りながら描けって言うの? む、無理よ」
「大丈夫です。アンナさんならできます。いいえ、貴女にしかできません」
自分にはそんなことできないと首を振る彼女に私は大丈夫だと話す。
「……不思議ね。貴女が言うと本当に大丈夫な気がしてきたわ。分かった、やってみる」
しばらく私の瞳を見詰めていたアンナさんが微笑み了承すると舞を踊るために準備する。
そうして一呼吸おくと踊りながら魔法陣を描き出す。その姿はあの時の姉と全く同じで……お母さんが姉に踊りを教えたのだから同じなのは当たり前なのだが、あの時の光景が蘇り私はアンナさんの姿にティアさんを重ねて見ていた。
(あぁ、あの時のお母さんの判断は正しかったんだ)
あの時姉がお母さんから踊りを教えてもらったからこそ今も私達は生きている。そして今ここでこうして若いころのアンナさん達を助けているのだ。
(……もしかしてあの時ベルシリオさんが止めようとしたのは破滅の魔法の威力がいかなものなのか知っていたから……なのかな)
ふと思い出した記憶。あの時確かにベルシリオさんは「ここで使ってはいけない」と言っていたことを思い出す。どうして彼がそんなことを言ったのかは分からないけれどいつか聞ける日が来たら聞いてみたいとそう思った。
「ぐぅ? 我の身体から魔力が抜けていく」
帝王が言うと力つきたかのようにその場に膝をつく。その途端物見台から足を滑らせ落ちてしまう。何とか体勢を保ち地面に倒れることはなかったが身動きが取れないようである。
「……帝王。貴方のしてきたことは到底許されることではない。戦争を続け多くの人の命を奪い、たくさんの人を傷つけてきた。そんな貴方がこれ以上国の長としてあり続けていいはずがない。よって今この瞬間をもって貴方の命を俺が預かる」
ゆっくりと帝王に近づいて行ったアルスさんが静かな口調で言うと男は疲れ果てたよぼよぼの顔で項垂れた。こうして革命軍によりザハル帝国は滅ぼされる。
それからアルスさん事カイルさんがザハルが滅び路頭に迷うことになってしまった民衆を救うため新たにザァルブルブ国を設立し、新しい国の王として君臨する。お父さんを殺されてしまったジュディスさんことライディンさんは国に戻りオルドゥラ国の国王になる。
ジャスティンさんとリックさんとアンジュさんはザァルブルブ国で騎士とメイドとして働くこととなり、孤児となってしまったドロシーさんも宮殿で育てる事となった。魔法に興味を持った彼女の師匠としてハンスさんがしばらくの間教える事となったが、ドロシーさんが一人で魔法を扱えるようになったころライディンさんに呼ばれてオルドゥラで王国魔法研究所の所長として勤める事となる。
アンナさんとルークさんは演奏家と踊り子として世界を飛び回り歌や踊りを披露する日々。そののち二人が結婚し子どもが生まれたことは言うまでもない。アイリスさんとロバートさんも住み慣れた森へと帰りそこで元通りの生活へと戻っていった。
こうして落ち着きを取り戻し戦争も終結したが私はもう暫く過去の世界へと通う毎日を送ることとなる。
ちなみに帝王との戦いが終わった後に私が未来から着ていたこと過去を守るために皆の前に現れた事などをアンナさん達にも説明したのだが最初は驚かれる。だけど、私がいつもどこかにいなくなっていた理由が分かって良かったと言われた。
こうして全ての用事を済ませると私は未来へと戻って行ったのである。
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