暗闇の中を彷徨いながら必死にカーネスさんの背中を追いかける。叫んで手を伸ばした途端視界が揺れて私の足元の地面がなくなり真っ逆さまに落ちて行った。そんな夢を見ていた気がする。
「ん……」
次に意識が浮上した私は慌てて起き上がる。鉄格子が嵌められた窓。明らかに牢屋だと思われるが私が想像していた冷たい石で出来たものではなく小部屋のような空間だった。もしかしたら罪を犯した貴族の人とかが捕らえられる牢獄なのかも。
「おい、出ろ」
そう考えていると兵士がやって来て無理矢理腕を掴まれ立たされ連行される。一体どこに連れて行かれるんだろうと思っていると玉座のある部屋にカーネスさんと大量の兵士さんの姿があった。彼の前へと連れて行かれると私はカーネスさんと顔を合わせる形となった。
「……カーネスさん。私、本当に嬉しかったんです。親切にしてくださってお仕事を紹介してくれて。貴方のおかげで人生で初めてお仕事ができて私にも働けるんだって分かってすごく嬉しくて本当に感謝していたのに、どうして、こんなことを?」
知りたかった彼の気持ちが。女王の指示に従うのがどうしてなのかそうしなくてはいけない何かがあったのだろうかと。だから教えてもらいたかった。
「……人生の先輩として一つ貴女にいいことを教えてあげます」
「……」
カーネスさんがそう言うと私の顎をくいっとあげて顔を近づける。
「騙されるより騙せ。それが出来なくてはこの世界で生き残ることなどできないのですよ」
「……」
次に囁かれた言葉はとても冷たくて悲しくて心が騒いだ。
「フィアナ!」
その時扉を突き破らん勢いでルキアさん達が入って来る。
「おっと、動かないでください」
「「「っ!」」」
カーネスさんが言うと私の首へとナイフを当てる。ひんやりとした刃が当てられ私の身体は硬直した。ルキアさん達は息をのみ動きを止める。
「ドロシーそこの二人を殺しなさい。さもなくば彼女の命はありませんよ」
「やめて! 私が人質になるわ。だからフィアナには何もしないで!」
彼の言葉に錯乱状態のドロシーさんが泣き叫ぶ。
「ドロシー落ち着けって」
「でも、このままじゃフィアナが……」
泣き叫び今でも飛び掛からん勢いの彼女の右腕を掴みその行動を制するレオンさんへとドロシーさんが抗議するように言う。
「……こればっかりはやりすぎかとも思ったが、そっちが手段選ばないんならこっちも遠慮なんかする必要ないな」
「おっと、何をする気ですか? こちらには人質がいるのですよ」
ルキアさんが静かな声で言うと前へと出てくる。その様子にカーネスさんが妙なまねはするなと言いたげに話した。
「あいにくフィアナがいようがいまいがこっちには関係ないんでね!」
「!?」
「きゃぁ」
ルキアさんが言うと手に持っていた何かをこちらに投げつけてくる。と同時に私は誰かに突き飛ばされ壁に背中からぶつかる。
「っ……ゴホ、ゴホ……こ、これは」
「ドロシーが作った睡眠薬だ。ちょっとばかり強力に作ってるものだからちょっとやそっとちゃ目を覚ますことはないだろうがな」
ルキアさんが私が無事な事を確認すると満足そうな顔でにやりと笑い言う。カーネスさんや兵士さん達は睡眠薬により床に転がり眠りこけていた。
「まったく、無茶なことしてフィアナに何かあったらどうするつもりだったの」
「何もないことが分かってたからやったんだ。さ、急ごう。ここでゆっくり話している間にもフレン達の身に危険が迫ってるんだ」
「フィアナ、大丈夫か?」
「は、はい。千年樹の実は手に入ったのですか?」
呆然としたまま座り込んでいるとレオンさんに声をかけられ手が差し伸べられる。その手を取り立ち上がると私は尋ねた。
「カーネスに捕まる前に目的の実を手に入れていたんだ。だからこれからすぐに薬を作る。だがここは危険だからオルドラ国まで戻ってから作ることになっている。フィアナ走れるか?」
「はい」
彼の言葉に頷くと私達は玉座の間を後にする。部屋から出る前に私は床に倒れているカーネスさんを見やる。
「……」
「フィアナ、置いてくぞ」
ルキアさんの声に私は振り切るようにその場から駆け出した。そうして私達はオルドラ国へと戻って来るとヒルダさんは薬を作る為に私の家の台所を借りると言って離脱する。
私とルキアさんとレオンさんで姉に封印の魔法のやり方を教える為フレンさん達がいる王宮へと急いで向かっていった。
お城へとやって来るとルキアさんとレオンさんが勘だと言って玉座の間へと向かう。その勘は的中してそこに姉達の姿があった。
「お姉ちゃん!」
「諦めるな! 方法が分かったんだよ」
死を覚悟しているフレンさん達へと私とルキアさんは大声をあげて気付いてもらおうとする。
「フィアナ?」
「お姉ちゃん。封印の魔法の方法を教えてもらったの。お姉ちゃんならできるはずだって。それでね……」
驚く姉の側へと駆け寄り私はお母さんから聞いた話を伝えた。
「分かった、やってみるわね」
姉は言うと一呼吸おいてから舞を踊る。部屋中に淡い光を放った魔法陣が現れると女王の赤黒い魔法陣を押さえ込むように広がった。
「っぅ……私の身体から魔力が消えていく……おのれ」
女王は言いながらその場へと頽れる。こうして私達の長い戦いは幕を閉ざすこととなり女王と王国騎士団のベルシリオさんはその場でとらえられ投獄された。
「ふぅ、これでもう大丈夫ね」
「っぅ!」
一件落着したと喜ぶ姉の言葉を聞きながら私は心臓がまた跳ね上がる様子に胸を押さえた。
最初に感じた発作の時よりも痛みが増している。息をするのもつらくなって私はその場に頭から倒れた。
「フィアナ!」
姉が悲痛な叫び声をあげ私の下に駆け寄る。フレンさん達も慌てて近寄ってきた。
「お姉ちゃん……私、死んじゃうみたい」
「駄目よ! 死ぬなんてそんな弱気なこと言っちゃ。待っててすぐにドロシーを呼びに行ってくるから!」
私の言葉に姉は涙でぐしゃぐしゃになった顔で言うと立ち上がり駆けていく。
(カーネスさん……)
闇に染まっていく意識の中で思い浮かんだ顔はカーネスさんだった。彼の心を知ることもできないまま私はもう二度と会えなくなるのだと思うと涙がこぼれる。
(せめて気持ちだけでもちゃんと伝えておくべきだったかな)
最後に内心でそう呟くと私の意識は暗闇の中へと落ちていった。
しばらくの間何か夢を見ていたような気がする。どんな夢かは覚えていないけれど目が覚めた時私はなぜか泣いていた。
「……ここは?」
目覚めて見えたのは立派なお部屋で視線を動かすと姉達が心配した顔で私を見ていた。
「お姉ちゃん?」
「フィアナ。目が覚めたのね」
私が不思議そうに見詰めていると姉に思いっきり抱きつかれ驚く。
「ドロシーの薬が効いたようだ」
「フィアナ。ごめんなさい。貴女を死なせてしまうところだった、本当にごめんなさい」
フレンさんも安堵した顔で笑う。ドロシーさんなんか涙でぐしゃぐしゃになった顔で何十回も謝り続けていてどうしてこんなに皆から心配されているんだろうと記憶をたどる。
「私、生きてるんですか?」
そうして倒れる前の記憶を思い出し実感がわかないまま呟く。
「フィアナが倒れた後すぐにドロシーが薬をもってやって来てな。すぐに飲ませたんだ、後ほんの少しでも遅れていたらお前の命はなかったそうだ」
ルシアさんの説明を聞いて納得する。そっか、私助かったのか。良かった……
「フィアナ?」
安心した途端私も一気に気が抜けてしまう。姉が驚いて私の身体を支えた。
「命に別状はないらしいがずっと眠り続けていたから心配したんだぜ」
「私そんなに眠り続けていたの?」
ルキアさんの言葉に驚いて尋ねる。
「あぁ。もうあれから一週間は経っている」
「い、一週間も?」
一週間も経過していたなんて驚く私にあれからどうなったのかをフレンさんが説明してくれた。女王とベルシリオさんは今もオルドラ国の牢獄に入れられていてザールブルブにいるカーネスさんも女王に取り入り悪だくみしていたそうで今は投獄されているそうだ。ちなみに投獄されていた国王様はお母さんとお父さんが助け出し皆で安全な所に避難していたそうだけれどフレンさん達の活躍のおかげで問題は解決したのでお城に戻って来たそうだ。お母さんとお父さんが王様と知り合いだったことにも驚いたが私が眠っている間に色んなことが起こっていて理解が追い付かないよ。それから私が倒れてしまったので国王様に頼み客室を借りて私を寝かせたそうで、姉がずっと看病してくれていたらしい。
「まだ体調は万全ではないだろうから、フィアナがよくなるまではここにいる事を許可してもらっている」
「そうなんですね」
フレンさんの言葉に私は頷く。カーネスさん今頃ザールブルブの牢獄に捕らえられているのね。……もう二度と会うことができないのかな。
全てが終わったというのに私の心は晴れなくて。倒れた時に気付いたカーネスさんへの気持ちを伝えられないまま二度と会えなくなるのだろうかと思うと悲しくなってしまう。
「俺達はもう暫くここに留まる。フィアナの事が心配だからな。お前が元気になるまでここにいようと思っている」
「そっか、そうですよね。フレンさんはザールブルブの王子様ですから、国に帰らないといけない……あっ」
フレンさんの言葉を聞いて答えていた私はあることを思いつき大きな声をあげる。その様子に皆が不思議そうな顔で私を見詰めてきた。
「フレンさん、ザールブルブに帰る時にお願いしたい事があるんです」
「な、何だ?」
私の勢いに驚きながら彼が尋ねる。
「私もザールブルブに連れて行って下さい。どうしても会いたい人がいるんです。その人に会って気持ちを伝えたくて」
「わ、分かった。分かったから落ち着け。体に悪いぞ」
勢いでそう捲し立てて喋る私にフレンさんがそう言ってベッドに寝るようにと促す。
フレンさんについてザールブルブに行ってカーネスさんに気持ちを伝える。そうだ、そうすれば良かったんだ。
そう思うと心が軽くなり晴れ晴れとした気持ちで私は口角をあげて微笑む。
そんな私の様子を皆は怪訝そうに見詰める。こうして元気になったらザールブルブにフレンさん達と一緒に行くということが決まった。
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