追憶の誓い

~時渡りのペンダント~
退会したユーザー ?
退会したユーザー

七章 最初の出会い (ルシアルート)

公開日時: 2022年4月19日(火) 03:00
文字数:8,059

 小鳥さんが飛び去ってから時は刻一刻と過ぎていき、気が付いたら牢屋の中で朝を迎えていた。

 

「出ろ!」

 

「きゃあ」

 

「女の子に乱暴するな」

 

「それでも兵士か」

 

日が高くなったころに兵士が一人牢屋の中へと入って来ると私達は無理矢理連れ出される。そのやり方が乱暴でつい悲鳴をあげてしまった。途端に二人が諫める様に男へと言葉をかける。

 

「煩い。罪人をどう扱おうがよいと言われている」

 

「罪人だって? はっ」

 

「アルス気持ちは分かるが今は刺激しない方が良い」

 

兵士の言葉に鼻で笑うアルスさんにジュディスさんがこっそりと何か耳打ちした。その後は特に何事もなく私達はどこかへと連れて行かれる。今日処刑すると言っていたのできっと処刑台へと向けて連れて行かれているのだろう。

 

しばらく歩かされると町の広場へと連れてこられる。そこには民衆が集まっていて処刑場となる場所をぐるりと囲んでいた。

 

「皆のものよく聞け! この者達は我に刃向かった。今後このような輩が現れぬようここで公開処刑を執り行う。皆のものよくその光景を目に焼き付けよ。我に刃向かう者の末路がいかなものなのかをな」

 

偉そうに物見台の上から大声をあげているのがザハルの帝王であろう。私達は十字型に組まれた木に体を縛り付けられながら帝王を見ようと横目で確認する。すごく傲慢そうな顔の男がこちらを睨み付けていて私は怖くなって前だけを見る事に意識を向けた。

 

「冥途の土産だ」

 

「「っ……」」

 

「……ロウさん」

 

帝王の言葉にこちらに何かが投げつけられる。それをよく見ると見知った顔であの時一人残していったロウさんの無残な姿に私は後悔の念に駆られた。

 

「貴様等もすぐに葬ってくれるわ。……処刑を始めよ!」

 

一人だけ残していくんじゃなかったと思っている暇など与えられずに帝王の言葉に剣を抜き放った兵士達が私達の方へと近づいてくる。

 

とっさに目を閉ざしてしまったが何時まで経っても痛みも何も感じなくて不思議に思い瞳を開くと私を縛り付けていた縄がいつの間にか切り落とされていた。

 

「へ?」

 

何が起こったのか理解が追い付かず変な声をあげる。隣を見やると同じように自由の身となった二人の姿があり彼等も不思議そうな顔で兵士を見ていた。

 

「貴様等我に刃向かうか!?」

 

「……ここで処刑されるべきはこの三人ではない。人々を苦しめ戦争により多くの命を奪った罪深き男……それは帝王貴様の方だ!」

 

「ジャスティンさん」

 

帝王が苛立った声をあげるが彼等は物おじせずにただ無言で立っている。アルスさんの横に立っていた兵士が兜を脱ぎ捨て宣言するように言い放つ。その顔に私は安堵の吐息と共に少しだけ緊張した身体が和らぐ。

 

「いや、ぎりぎり間に合ってよかった」

 

「僕達が来たからもう大丈夫だよ」

 

私の隣で微笑むルークさんとジュディスさんの横に立ちウィンクをするリックさん。兵士に変装して私達を助けてくれるなんて。ちょっと怖かったけれどザハルの兵士達とすれ変わってくれていて良かった。

 

「フィアナ、もう大丈夫だからね」

 

「そら、二人ともこれを受け取れ」

 

民衆の中に隠れていたアンナさんが私に駆け寄り抱き締めてくるとハンスさんも言いながらアルスさんとジュディスさんの剣を放り投げる。アンジュさんもアイリスさんもロバートさんもドロシーさんも見慣れない二人の女性と一緒に駆け寄ってきた。おそらくリックさんのお母さんとお姉さんであろう。

 

「おのれ許さん……このように我を侮辱しよって。貴様等の命はない。何をしておるそ奴等を全員残らず捕らえよ!」

 

帝王の言葉に兵士達が慌てて動き出す。民衆はこの場が戦場と化すと察して蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

「こ、これ大丈夫だか? 明らかに兵士の数が多いだ」

 

「私に任せて下さい」

 

兵士の数の多さに怖気づいたアンジュさんが言う。私は自信満々に答えた。

 

「任せるって、何をするつもりだ?」

 

「皆さんは少し下がっていてください」

 

ジャスティンさんの問いかけには答えずに風上にいる事を確認すると前へと進み出る。

 

「え~い」

 

私は兵士にとられないよう懐に隠しておいた小瓶を取り出し投げつけた。これはドロシーさんから渡された物で困った事があったら使えって言われていたのだ。

 

ひょろひょろと頼りない速度で投げつけられた小瓶に兵士達は警戒し動きを止める。でもそれはこちらとしては好都合で、地面に当たり割れた瓶の中身が風に乗り周りに広がった。

 

「眠り薬です。とても強力に作っていますので、ちょっとやそっとじゃ起きることはできませんが」

 

これは私が被って丸一日眠り続けてしまった睡眠薬なだけにその効果は保証済みである。それを吸い込んでしまった兵士達は皆地面に倒れいびきをかいて眠りこけた。

 

「さぁ、これで残るは帝王お前だけだ」

 

「ふん、だからどうした? 貴様等ごときを相手にするのに我一人でも十分。この前は邪魔が入りアレを試せなかったが、今日こそはアレで貴様等を葬ってくれる」

 

アルスさんの言葉に物見台の上にいる帝王は未だ余裕だといった感じで言い放つと赤黒い魔法陣を構成しだす。

 

「あれは古代の破滅の魔法……アンナさん!」

 

「は、はい?」

 

その見覚えのある魔法陣に私は慌ててアンナさんへと顔を向ける。いきなり名前を呼ばれ驚いた様子で彼女はこちらを見てきた。

 

「私が前に伝えた事覚えていますか?」

 

「前に? ……あぁ、もしかして古代の封印の魔法の事についてかしら。えぇ覚えているわよ」

 

私の言葉に一瞬不思議そうな顔をしたがすぐに思い出したようで頷く。

 

「今すぐそれをお願いします」

 

「私にあの古代の封印の魔法陣を描き出せって言うの? そ、そんなの無理よ。私にできるか分からないわ」

 

自分にはできないと否定的な態度で首を横に振る彼女へと私は真剣な思いでお母さんを見詰めた。

 

「大丈夫です。アンナさんならできます。ですから私の言葉を信じて下さい」

 

「…………不思議ね。貴女が言うとやれそうな気がしてくるわ。分かった、やってみる。でも、失敗しても怒らないでね」

 

彼女は冗談めかしくそう言うと意識を集中させ踊りながら魔法陣を描き出す。その光景はかつて私が見た姉の姿と全く同じで……お母さんがあの時姉ならできるはずだと言って託したのは間違いではなかったのだと今なら分かる。あの時の判断が正しかったから私達は今もこうして生きて笑っていられるのだ。そしてそのおかげで私は今過去の時代でお母さんとお父さんを皆を助ける事が出来ている。そう思うと自然と涙がこぼれそうになり慌てて目頭をこすってごまかした。

 

「何故だ? 我の身体から魔力が無くなっていく? ぐぅうぉおおっ! お、おのれ許さん……許さんぞ」

 

帝王が喚きながらその場に崩れるようにして倒れる。その時足を滑らせ物見台から落ちてしまうが何とか体勢を崩す事なく地面に膝をついた。

 

「……帝王。貴方が戦争を始めた事で多くの命が亡くなりそして多くの人が傷つき、多くの人が困った。決してこの罪が許されることはない。貴方の命は俺が預かる。牢獄で己の犯した罪の重さをゆっくりと考えるといい」

 

そっと帝王に近づいて行ったアルスさんが静かな口調で話す。その言葉に帝王だった男はやつれた顔で項垂れる。こうしてたった九人の革命軍によりザハル国は滅ぼされた。帝国がなくなった後すぐにアルスさん事カイルさんが新たな王国ザァルブルブ国を設立し新王となる。戦争で父親を殺されてしまったジュディスさんことライディンさんがオルドゥラ国の国王として即位し、二つの国は未来まで続く仲の良い同盟国としての道を歩み始める事となった。

 

その後、私が未来から過去の時代を守るためにやって来ていたということも皆に話して聞かせる。始めは信じてもらえなかったらと不安だったけれど、皆驚きはしたが私が度々抜け出していた理由が分かって安心したと言って、仲間であり友人である私の事をザハルの関係者だと思い疑っていて悪かったと謝られ私の方が焦ってしまった。

 

それから共に旅をした仲間達はそれぞれの道を歩み始める事となり離れ離れになったが何かある度に世界を飛び回っているアンナさんとルークさんが橋渡しとなり情報を交換したり困った事があったら手助けしたりとする事となる。

 

こうして一件落着しお父さんとお母さんを助けるという私の役目は終わりを迎えたのだけれど、その後も二つの国の行く末や一緒に旅をした友人達の事が心配でちょくちょく過去の時代へと行き来することは続ける事となった。


 帝国ザハルが滅び何年か経過したころ。ザールブルブ国とオルドラ国と国名が解明されたその年に私はアンナさんとルークさんに会いに来ていた。

 

「お友達に私の事を紹介したいって言っていたけれど……あら?」

 

噴水広場の前を通りながら考え事をしていた私はある一人の少年に目が留まる。

 

「……何をしているの?」

 

「噴水の水はどうして止まることなく流れ続けているのかを考えていました」

 

気になって声をかけると少年がそう答える。その顔は幼くてもルシアさんの面影があった。

 

(ルシアさんよね? こんな小さなころからいろんなことを知りたがっていたんだ)

 

「お姉さんはこの町では見かけない人ですが、観光ですか?」

 

私が考え深げに彼を見ているとルシアさんが尋ねる。

 

「ちょっとお友達に会いにきたの。あ、そろそろ行かないと……また後でね」

 

「また?」

 

私の言葉に彼が不思議そうな顔で首をかしげる。ふふ、可愛いな。ルシアさんは完璧な人だからこんな頃があったなんて想像もつかなかったけれど、やっぱり幼いころはどこにでもいる子供と同じなんだな。そんなことを思いながらアンナさんとルークさんの下へと向かう。

 

「フィアナ、いらしゃい。今日は貴女にお友達を紹介したくてね。それでね、そこにいる三つ子の事でちょっと相談に乗ってもらいたいのよ」

 

「はい。あの、相談ていったい?」

 

「詳しいことはとりあえず向こうについてから話すよ」

 

お母さんの言葉に尋ねるとお父さんがそう言って私達は雑貨屋さんを営んでいるルシアさん達の両親の家へと向かう。

 

「こんにちは、ルシア君、ルチアちゃん、ルキア君。久しぶりね」

 

「「「……」」」

 

アンナさんが微笑み店先で遊んでいたルシアさん達に声をかける。彼等は返事をすることもなくじっと私の顔を見詰めていた。知らない人が一緒に来たからきっと驚いているのね。ルシアさんは「また後で」の意味はこういうことかって思っていそうな顔でこちらを見ているが、何か声をかけるべきかと思った時店の中からおばさんが出てくる。

 

「あら、アンナ、ルークいらしゃい。待っていたのよ、さぁさぁ中に入って」

 

「お邪魔します」

 

笑顔で出迎えてくれたおばさんについて私は店の中へと入るとそのまま奥へと通され居住空間の方へと入っていく。

 

(店の奥まで来た事なかったけれど、こういう作りになっていたのね。お店の奥が居住スペースになっている建物だものそりゃそうよね)

 

私は20年目の発見をした気持ちでいると通された客間で待つように言われる。すぐにおばさんがお茶を人数分用意して持ってきてくれた。

 

「それでね、さっそくなんだけれど、アンナとルークに頼みたい事があってね。うちの子達の事なのよ。特にルチアは唯一の女の子なんだけれど男の子兄弟の中で育ったせいかどうも男の子っぽくってね。私はもっと女の子らしく育ってもらいたいって思っているのよ。ルキアはけんかっ早くて困りものでね。そのくせすぐにめそめそ泣いて帰って来るのよ。もっとみんなと仲良くしてもらえないものかと思って……それからルシアの事ね。あの子は手のかからないとてもいい子だけれどそれゆえに私達に話せない何かを抱えているんじゃないかって思ったら気が気じゃなくてねぇ」

 

「分かったわ。ルチアちゃんの事はうちのティアに任せて。女の子同士で遊ばせていれば自然と女の子の友達が増えていくと思うから。ルキア君の事も私とルークで何とかするわ。それでね、ルシア君の事は彼女に任せてもらいたいの。彼女ならきっとルシア君から上手い事話を引き出してくれると思うわ」

 

一息もつかずに一気に語ったおばさんの言葉にアンナさんがにこりと笑いうと私を指名する。急に注目を浴びる事となり私は苦笑いしかできなかった。

 

「そういえばアンナのお友達を連れてくるって言っていたけど、この方があんたが話していた友人さんって訳ね」

 

「人の心を動かすのも話を聞きだすのも彼女なら得意だから今日はお願いしてきてもらったのよ」

 

「わ、私で務まるのかどうかは分かりませんが、でも助けになりたいんです。ですからどうか私に任せて下さい」

 

心配そうな視線でこちらを見るおばさんにお母さんが私をべた褒めしてくるのでちょっと困ったが、でもルシアさんの助けになりたい。彼のためになるならばと勢いよく意気込みを語る。

 

こうしてルシアさんから上手い事本音を聞き出す役目を与えられた私は彼の姿を探して町へと向かう。

 

「やっぱりここにいた……」

 

噴水の事について調べている姿を見ていたので、彼の性格上謎が解けるまで広場に通い詰めるだろうと思っていたが、その読みは的中していたようで止まる事のない水を眺めながら考えこんでいるルシアさんへとそっと近寄っていった。

 

「まだ、噴水の水が枯れない原因を調べているの?」

 

「はい。どういう原理で水が枯れないのかを推測しておりました」

 

私が声をかけるとこちらに振り返った彼が素直に返事をする。ルシアさんて小さなころから誰にでも物おじせずに受け答えしていたのね。私は知らない人から話しかけられたら恥ずかしくて姉の後ろによく隠れていたのに。すごいな……って思っていると彼がこちらをじっと見つめているのに気づいた。

 

「少し座ってお話しない?」

 

「いいですよ」

 

私の言葉にルシアさんが快く了承してくれたので噴水の縁に座り込み雑談することにする。さあ、上手い事彼からいろいろと本音を聞き出すわよ。

 

「ルシアさんはお父さんとお母さんとは仲良くやってるの?」

 

「はい。一応俺が長男……ってことになるのでお父さんとお母さんに迷惑をかけないようには気を付けています」

 

私の質問にどうしてそんなこといきなり聞くのだろうと思っている顔で答える。流石にいきなり過ぎたかな? もっと違うことを聞いてみよう。

 

「それじゃあルシアさんはいろんなことを調べるのが好きみたいだけれど、将来の夢とか何か考えているの?」

 

「俺は……国の役にたつ仕事がしたいです。その為に一杯勉強して知識を身に着けて経験を積んで、この国のためになるそんな人物になりたいです」

 

「ルシアさん……」

 

彼の真っすぐな瞳に私は元の時代で待っていてくれているルシアさんの事を思い浮かべる。

 

「ルシアさんなら絶対になれるよ。将来、国王様を側で支え国を護りその知識と経験で皆の上に立ちしっかりと引っ張っていける。そんな立派な人になれるよ」

 

「そんな確証もないことを堂々となれるなんてどうして言えるんですか?」

 

「私は、ルシアさんなら立派な逸材になれるって信じてるから。そして、将来立派にお仕事を務めているって思うから……」

 

いつもいつも主幹のお仕事で忙しくて、それでも私達姉妹を気にかけてくれていて、お父さんとお母さんの手紙をわざわざ届けに来てくれる。国王様を支えながら国を護るそんな立派な大人になった姿を見てきたから。だから自信を持って言えるの。なんて言えるわけもないので曖昧に微笑み濁す。

 

「お姉さんは不思議な人ですね。俺の心にすっと入って来てしまうなんて……」

 

「え?」

 

「いえ、何でもありません。お姉さんになら話してもいいかな。俺の事」

 

私を見詰め何事か呟いていたが最後の方が聞き取れなくて不思議に思っていると彼は頭を振って小さく笑う。

 

それからルシアさんはいろいろな事を話して聞かせてくれた家族の事や学校でどのようにしているのか、何を学んでいるのかなど気が付いたらあっという間に時間が過ぎていてこれは一日では足りないと感じた私は何度か未来と過去を行き来し彼に会いに来た。

 

「お姉さん。今日も来てくれたんですね」

 

「ルシアさんとお話するのが楽しくて……でも」

 

笑顔で駆け寄って来るルシアさんに答えながら暗い顔をする。過去(ここ)に来すぎてしまった。皆の事が心配で側で見守っていたくて……そんなの言い訳でしかない。あんなことがあった後だからもう過去に飛ぶことはやめよう。そう思っていたのにルシアさんに会うたびに決意が揺るいでしまって気が付いたら長々とこちらにいすぎてしまった。

 

(私がいるべき場所はここじゃないのにね……)

 

未来で待っている愛しい人や家族や友人達の元に戻らないといけない。今日こそはお別れを告げよう。そう思いここに来たのだけれど笑顔で駆け寄って来てくれたルシアさんの姿を見ると心が揺らぐ。だめだよ。もう……もうここにいてはいけないのだから。

 

「お姉さん?」

 

「ルシアさん、少しお話しよう」

 

私の様子がいつもと違うことに心配したのか顔色を窺ってくる彼にそう言って噴水の縁に座って話を始める。

 

「そういえばいつも気になっていたのですが、その首に下げているペンダント。とっても巧妙なつくりをしていますよね。それって……誰か大切な人から貰った物なのでしょうか?」

 

「これはね時渡りのペンダントという物なの。魔石がはめ込まれていてその力を使って過去の時間に飛ぶことができるのよ。過去の時間ならどんな時代でも飛ぶことができるの。だけど、一日しか過去の時間に干渉できない。それを過ぎてしまうと時間の迷い人となり時間に取り残され一生時の中を彷徨い続ける事となる。だから扱い方を間違えてはいけないの……ルシアさんにはこのことを覚えていてもらいたいな」

 

「?」

 

ペンダントを見詰めながら尋ねてきた彼に私は首からぶら下げているそれを手に取り語る。そして願いを込めてルシアさんへと視線を向けた。言われた意味が分からないといった顔をする彼に私は小さく笑う。やっとわかった。このペンダントの話をした時にルシアさんがあんな悲しそうな寂しそうな顔をした理由を。私がこの話をして彼の下から去っていってしまったから……そうして何十年も会うことのないままルシアさんは私の姿を探しながら待ち続けていたのだ。初恋の相手がまさか私自身だったなんて自分自身に嫉妬していたと思うととても恥ずかしいけれど、ルシアさんがこんな昔から私の事を好きでいてくれたことに嬉しいと思ってしまう。

 

「私ね、もうここにはこられないの。元々ここにいちゃいけない人だから……待ってくれている人達がいるから。その人達の所に帰らないといけないの。だからね、ルシアさんにお別れを言わなくちゃいけないってずっと思っていた。だけど、ずっと言い出せなくてね。ルシアさんと一緒にいる時間が楽しくてつい長居してしまったけれど、大切な人をこれ以上待たせるわけにはいかないから、だからもう帰らないと」

 

「っ!? ……そう、ですか。そうですよね。お姉さんはこの国の人じゃないんだから、帰るべき場所があって待ってくれている家族や友人がいるのは当たり前ですよね」

 

私の言葉に彼が瞳を大きく見開くと途端に俯き震える声で言う。

 

「あの、お姉さん……いえ、なんでもありません。気を付けてお帰り下さいね」

 

「うん、有り難う。また、ね?」

 

「……また、なんて言わないでください。期待してしまいますから」

 

ルシアさんが何か言いかけて言葉を飲み込む。別れのあいさつに私は未来で会おうと伝えれず曖昧な返事をする。

 

その言葉に彼が本当は泣きたいのを我慢しているといった顔で言った。

 

「ごめんなさい。私、とても意地悪だね……もう行かないと」

 

「……」

 

そっと優しく抱きしめて謝ると彼から離れて歩き去る。一度も背後を見る事無く無心で前へと進んだ。きっとふり返ってしまったら私はここから動けなくなってしまいそうで怖かったから。彼には悪いことをした未来に帰ったらもう一度ルシアさんにちゃんと謝ろう。

涙で歪む視界で元の世界に戻る前に挨拶をしようとアンナさんとルークさんに会いに向かった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート