オレが彼女と出会ったのは兵士に捕まって城に連れて行かれた日だった。そこでカーネルと出会い「ここから出してやる代わりに暗殺者として働け」って言われてそれしか生き残る方法がなかったので了承する。
そのまま連れて行かれたのは訓練所。そこでの生活は最悪な物だった。戦闘の技術も何も知らないオレにいきなり本物の剣を使っての特訓。教官は完全にオレが死んだところで如何とも思わなかったのだろう。孤児で盗人のオレがどうなろうと自分の責任には問われない。だから初日から容赦なく刃を向けてきた。
そうしてようやく一日目の訓練が終わりオレは教官がいなくなった途端その場から走り出す。逃げる事なんてできやしない。それでもこの場所にいたくなかった。人を信じられない誰も頼れない。それが当たり前で、孤独なオレは人間を嫌った。もし技術を得たら真っ先にあの憎たらしい教官から殺してやろうかとすら考えるほどに。そんな時だ、あの人が声をかけてきたのは。
「……こんなところでどうしたのですか?」
「……」
独りになりたくて向かった場所でまさか人に声をかけられるとは思っていなかった。あの時のオレは心を閉ざしていたから周り全てが敵のように映っていた。だから答えすらせずに彼女を睨み付ける。
「ごめんなさい」
「!? ……なんてあんたが謝るの」
あの人が何を思いオレを抱きしめたのか分からない。でも優しさを始めて感じた瞬間で、今までは暴力と蔑みの中で生きてきたオレにとって聞いた事のない言葉に躊躇ったのは確かだ。
「そうですよね。変ですよね。でも、ごめんなさい」
「……お姉さん変な人だね、けど――」
嫌じゃない……そう思い戸惑いながらも抱き締め返す。母親の温もりを求める幼子のように。それが彼女との初めての出会いで、それからオレはあの人に会うために訓練が終わった後生垣の前へと向かう。そこにいれば必ず来てくれてお話してくれる。初めて感じた愛情と優しさを向けてくれる人に心を開いていく自分がいて、それも悪くないそう思い、地獄のような生活に光が差したような気さえした。
「お姉さん、今日も来てくれたの。オレに会いに来たいなんて本当にお姉さんって変わってるよね」
「レオンさんの事が気になって、ご迷惑でしたか?」
毎回同じ言葉しか言えない自分が情けないが、人と会話したことがないオレにとって如何話しかけたらいいのか分からなかったからしかたない。それでも嫌な顔をせずににこりと笑い答えてくれる。本当に優しくてこの人といる時だけオレは「生きている」そう感じた。
「お姉さんは特別だからいいよ。それより聞いてくれ。今日初めてあの憎たらしい教官を叩きのめしたんだ」
「そう、上達しているんですね」
彼女にならどんな話でもできた。それにオレが頑張っていることを知ってもらいたくてでも、今だから分る。オレがどんどん暗殺者としての腕を上げる度にあの人が悲しい気持ちを抱いていたのだと。
「お姉さんを守るくらいならもうできると思うから困った事とかあったらいつでも言ってね」
「有り難う。……そろそろ行かないと」
「また会える?」
「はい、もう暫くの間は、ここにこられますのでまた会いに来ます」
たった数時間もしかした数分しかたっていないのかもしれない。そんなあの人との時間はいつも彼女の言葉で終わり、いつも何かを気にしている様子の彼女にもう二度と会えなくなるのではと不安を感じる。「もう暫くはここにこられる」それが何時まで続くのか分からなくて何処にも行かないでほしいと願ってしまう自分がいた。でも困らせちゃいけない。オレに唯一優しくしてくれる人を悩ませてしまってはいけない。だから、オレは笑顔の仮面を作る。
「そっか、それじゃあオレまたここに来るから」
ここに来ればまた会えるよね? そう願い別れる。
「お姉さん、今日も来てくれたの? 本当に変わっているよね」
「えぇ、そうですね。ご迷惑でしたか」
それが何日か続いたある日、いつものように生垣の前で待っていたら雰囲気の違う彼女がやって来る。暗殺者としての技術を身に着け洞察力がすぐれてしまったから僅かな変化にも気づいてしまったのだ。
「お姉さん如何したの?」
「何でもないです。レオンさんどんどん腕が上達していって凄いですね。もう、卒業できるのではないですか」
「そうだね。そうなったらオレ……」
暗殺者として仕事するようになったらもう彼女の前にいてはいけないような気がした。人を殺す仕事。誰かの血に染まった身体で、この優しくて穢れのない綺麗な人の側にいてはいけない。そう思い黙り込む。
「ねぇ、お姉さんってさ、いつもそのペンダント付けてるよね。それ、とっても大切な物?」
「このペンダントはね、時渡のペンダントって言って、過去の時代に自由に移動することができるんです。ただし干渉できるのは一日だけ。一日を過ぎてしまうと時の迷い人となり永遠に時の中を彷徨い続けてしまうの。だから、扱い方を間違えてはいけない。……二度と元の世界に戻ることができなくなるから、だから扱い方を間違えないように気を付けないといけないんです」
でもいつまでも黙っていたら変に思われる。だからごまかすようにペンダントについて尋ねた。そうしたら彼女は真面目に答えてくれて、でもこの時はまったくと言っていいほど理解できなかった。それが分かるようになったのは大人になってからだ。あの時なぜあの人がオレに話して聞かせたのか悲しそうな顔でオレを見て来たのか、その理由を知るのはもう少し後になってからである。
「……私そろそろ行かないと」
「また、会える?」
また会えるのかどうか尋ねた時酷く悲しい顔をする彼女にオレは悟った。もうここで会うことはできないと。
「ここでの用事を全て終わらせてしまったから、もうこれ以上ここにいることはできないんです」
「っ……それじゃあさ、お姉さん――何でもない」
「名前を教えて、そうしたら必ず探して会いに行くから」そう言えずに飲み込んだ言葉。そして振り切るように彼女の前から逃げ出した。
「レオンさん!」
呼び止めるあの人の声を無視してひたすら駆けていく。そして暗い影を落とす石垣の裏で声を押さえて泣いた。後にも先にも悲しくてこんなに泣いたのはこの時だけだったような気がする。
それから本当に彼女とは出会うことなくオレは暗殺者として生活するようになり命令のまま動き生きているのに死んでいるような日々を送った。
フレン王子を殺すようにと命令された時だって特に何も思わずその任務に了承する。だけど、それが運命を変える事になるとは思ってもいなかった。道に迷い森の中で木の上から街を探していた時人の気配を感じて、暗殺者としての判断で敵かもしれないと飛び降りた時に見えた彼女の顔に俺は驚いたが怪我をさせてはいけないと方向転換する。それがフィアナとの出会い。そして彼女があの人と同一人物だって知るのはもう少し後になってからであった。
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