翌日王国魔法研究所へとやって来た私達は受付でヒルダさんに会いたいと伝え待つ。
今日は変装したフレンさんも一緒だ。変装と言っても父の服を着て帽子を目深までかぶっているだけなのだけれどこれでも十分に顔は隠せている。
「あれ、ティア、フィアナ?」
「え、レオンさん?」
「どうしてレオンがここにいるのよ」
誰かに声をかけられそちらを見ると不思議そうな顔のレオンさんが立っていて私達は驚く。
「俺ここの近くの家に居候させてもらってるんだよ。それで時々ここにも顔出しするんだ。ほら、王国魔法研究所なんて興味そそるだろ?」
「そうだったんだ」
「そうなのね」
レオンさんの言葉に私達は納得する。確かに王国魔法研究所なんて名前だけでもどんなところなのか気になるよね。観光するにはもってこいの場所かも。
「前に渡した紙にこの辺りの住所書いてあっただろう?」
「え? そ、そうだったのですか。ごめんなさいよく見てなかったです」
彼の言葉に私は前に貰った紙をよく見ていなかったからなと思いながら謝る。その言葉にレオンさんが苦笑した。
「お、お待たせしました。……わたしに御用だとか。それで、本日は如何されました? まさか昨日お渡ししたお薬に何か問題でも?」
「あ、いえ。今日は私達が用事があるわけではなくて、この人がヒルダさんに聞きたい事があるそうで……」
ヒルダさんがやって来るとちらりとレオンさんの姿を見てから私達に声をかけてくる。
それに姉が答えると背後に立っているフレンさんを見た。
「ちょっと聞きたい事があるのだが、あんたはザールブルブの魔法使いだろう。なら、俺の聞きたい事について何か知っているのではないかと思ってな」
「え? ……っ!?」
「っ!? あんたは……」
フレンさんが言いながら帽子をわざと外して顔を晒す。すると明らかにヒルダさんが驚く。
何故かレオンさんも驚いていたがまさか彼も関係者?
「ん? 俺の顔に見覚えでもあるのか?」
「ふ~ん……生きていたって訳ね。そんじゃあ仕方ないよな」
「ち、ちょっと待ってレオン。ここで騒ぎなんか起こしたらフィアナを……っ!」
フレンさんが鎌をかけるとレオンさんが鋭く冷たい眼差しで彼を見ながら低い声で言う。なんでか分からないけれど冷たく凍てついた空気に体が震えてきた。こんな怖い顔をしたレオンさん初めてみるかも。
ヒルダさんが慌てて彼を止めるように言うと一人でぶつぶつ呟き右手を掲げる。
「「「「!?」」」」
辺り一面が光に包まれたかと思うとそこに二人の姿はなかった。
「……逃げられたか」
「まさか本当にヒルダが黒幕と繫がる人物だったんだね。レオンも関係者っぽかったけど」
忽然と姿を消してしまったヒルダさん達がいた場所を見詰めながらフレンさんが呟く。
姉が未だに震える体で現実を受け止めようとするかのように話した。
「兎に角これ以上ここに留まっていてもしかたない。今すぐここで命を狙われなかったことはよく分からないが、相手が接触してくるしかない状況にはなった。一度家へと戻り作戦を考えるぞ」
彼の言葉に私達は家へと戻る。そうして作戦会議を始めるためリビングで輪になると話し始めた。
「ヒルダとレオンがどの様にして仕掛けてくるのかは分からないが、魔法を使ってくる可能性もある」
「そうしたら私達じゃあんまり役に立たないかもしれないわね」
フレンさんの言葉に姉が困った顔で呟く。
「おい、いるんだろう? 入るぞ」
「っ!? いまの声はルシアさん?」
作戦会議をしているとルシアさんの声が聞こえてきて私達は焦る。
「お前達宛ての手紙がまた送られてきたから届けに――っ!? フレン?」
リビングに続く扉が開かれ中へと入ってきた彼がフレンさんの姿を見て驚く。
「こうなっては仕方ない。ルシア、話しを聞いてくれ」
この家にフレンさんがいることがバレてしまいどうしようって思っている私達の様子を見た彼が口を開き今までの経緯を説明する。
「……なるほど、お前が行方不明になったのには何か思惑があるとは思っていたが、そういうことだったのだな」
「今まで黙っていてごめんね」
話しを聞いて納得したルシアさんへと姉が謝る。
「いや、それが正解だ。事情が事情なだけにな。だが、ここ最近のお前達の不審な行動の説明が一気に解けて安心した。俺も協力する。宮殿に戻る。少し待っていろ」
彼がそれだけ言うと家を出て行った。待ってろって言っていたけど一体何をするつもりなんだろう?
それから数時間後ルシアさんがルキアさんを連れて戻って来る。
「ルシアから話は聞いていたけど、本当に生きていたんだな。良かった!」
「心配かけさせてすまない」
ルキアさんが言うとフレンさんへと飛びつく。その行為を受け止めながら彼が申し訳なさそうに謝る。
「いや、いいってことよ。それでルシアとオレもフレンを助けたい。だからこれからはオレ達にも手伝わせてくれ」
「有り難う」
こんなに仲良さげで疑問に思っていたが後で知った事だが三人は友人同士で信頼しあっている関係だったらしい。だからフレンさんもすぐにルシアさんに事情を説明したのだと。それを知った私は納得した。
「それから、今の話ですっかり忘れてしまうところだったがご両親からまた手紙を預かっている。これだ」
「有り難う……え?」
「どうしたの?」
ルシアさんが最初の目的を思い出したといった感じで手紙を差し出す。それを受け取り中身を読み上げた姉が驚いた。なんて書かれてあったんだろう。
「お母さんとお父さん、近いうちにこっちに帰ってこれるかもしれないんだって」
「ほ、本当に? 本当にお母さん達帰って来るの?」
嬉しそうな顔で喜ぶ姉の言葉に私も確認するように尋ねる。世界中を飛び回りあんまりこの家に帰ってくることのない両親に久々に会えるのだ。血のつながりはなくとも会えるとなるとやはり嬉しいものである。
「うん。友達に会いに行くついでにこの家にも立ち寄るって書いてあるわ」
「わ~楽しみだな。それで、いつ帰って来るの?」
「そこまでは書いてないけど、でも近いうちにからなず私達に会いに来るって」
私達は手紙を読みはしゃぐ。その様子をフレンさんは不思議そうに見やりルシアさんとルキアさんは微笑ましげな顔で見詰める。
そうして興奮が治まらない様子の私達が落ち着くのを待ってからまた作戦会議をする事となった。
「ここ最近この辺りをうろつく怪しい人物が目撃されている」
「それでその不審者が現れた事で王国騎士団の間ではパトロールの強化とかで結構騒がしかったんだぜ」
ルシアさんとルキアさんから聞かされた話しに私は驚く。不審者がこの辺りをうろついていたなんて知らなかったな。
「その不審な人物ってもしかして……」
「あぁ、フレンの事を探し回っている黒幕が放った密偵の可能性は十分に考えられる」
時期的に考えても間違いないだろうと話すルシアさんの言葉に私達は神妙な顔をした。
「とにかくその不審者がこの家に入り込めないよう確りと戸締りはしておいた方が良いだろう」
「ってことで早速行くぞ」
ルシアさんの言葉にルキアさんが立ち上がる。私が二階の窓を閉めて回ることとなりしっかりと鍵をかけたことを確認してから一階へと戻る。
「うわっ!」
「今の声ルキアさん?」
階段を下りているとルキアさんの悲鳴が聞こえ慌てて声が聞こえてきた玄関へと向かう。そこには扉を必死に抑え込むルシアさんとルキアさんの姿があった。
「フィアナ、手伝え!」
「う、うん」
切羽詰まった声でルシアさんが言うので状況を理解できないまま私は扉を押さえ込むのを手伝う。
(まさかヒルダさん達が正面から堂々と攻め込んできたの? それともさっき話していた不審者が?)
なんて考えていたが聞こえてくるのは動物達の鳴き声で余計に何が起こっているのか分からなくて頭が混乱する。
「どうした」
「大丈夫?」
フレンさんと姉も悲鳴を聞いて駆けつけてきた。
「何か分かんないけど、大量の小動物達がこの家に押し寄せてきてるんだよ!」
「へ? し、小動物?」
ルキアさんの言葉に姉が呆気にとられた声をあげる。外からは扉をひっかく音が聞こえていてこのままじゃ扉が壊れちゃうかも。
「……俺が何とかしてみるから、三人は扉から離れてくれ」
「「「……」」」
フレンさんの言葉に私達は扉から離れる。そうして彼が扉を開け放つとイヌやネコやうさぎにイタチ。ありとあらゆる小動物達が皆興奮した様子で部屋の中へと押し寄せてきた。
「っ!」
部屋中がめちゃくちゃになると思ったとたん淡い光が辺り一面を照らして、次の瞬間動物達はおとなしくなっていた。
「いった、何が起こったの?」
「分かんないけど、凄い量だね」
姉の言葉に私も理解できないけどと言いながら大人しくなった小動物達を見詰める。あれ? あのうさぎどうしたんだろう。
一匹のうさぎがひょこひょこと動きフレンさんの側へと近寄っていく。その様子になんでか分かんないけど嫌な予感に駆られて彼の前へと飛び込む。
「フレンさん!」
「フィアナ?」
フレンさんの前へと飛び込むと彼の驚いた声が聞こえてくる。しかしそれと同時にうさぎの手の内にあった小瓶が投げつけられ私はその中に入っていた無色の液体を被ってしまう。
「っ……ゴホ、ゴホ!……な、何?」
それを吸い込んだ途端体から力が抜ける。酷い吐き気と頭痛に立っているのもつらくなり私はその場に倒れ込む。
「フィアナ!」
かすれていく意識の中で姉の悲痛な叫びを聞いたような気がした。
「ん……」
意識が浮上し目を開けると飛び込んできたのは心配そうな顔で見詰める姉達の姿で驚いて飛び起きる。
「ごめんなさい、貴女をこんな目に合わせて……わたしっ……」
「え、ええっと……」
ヒルダさんも泣きながら私に謝って来るのだけれど状況がつかめず困惑した。
「身体は大丈夫か?」
「え、身体? ……っ」
フレンさんの言葉に何を言いたいのだろうと首を傾げた時酷い頭痛に襲われる。
「……フィアナ。聞いてくれ。お前が被った薬は毒薬で、ゆっくりとだが確実に命を奪う薬らしい」
「それはある人を暗殺するために開発された特別な薬でね。不自然に思われないよう自然死に見せかける様に作られた薬なの。最初は軽い発作から始まりやがて激しい発作が起こり死に至る……そういう薬なの」
「え?」
ルシアさんが神妙な顔で語るとヒルダさんも説明してくれた。二人の言葉を聞いても私は理解が出来ない。いいえ、理解したくなかったといったほうのが正しいのかもしれない。
「そ、そっか。私、死んじゃうんだ。あははっ……そうか……」
そっか死んじゃうんだ私。私が死んだら姉達は悲しむだろうな。あの人も……カーネスさんも悲しんでくれるかな?
何故カーネスさんの事を考えたのか分からないけれど私が死んだら悲しんでくれるだろうかとふと考える。
「でも、手がないわけじゃないの。千年に一度花を咲かせる大樹の実。それを使った解毒薬を作れば貴女にかけられた魔法は解けるの」
「オレ達はこれからそいつが保管されているザールブルブのお城に忍び込むついでに封印の魔法を知っている人物を探し出し手伝ってもらえるように頼むつもりだ」
「待って、封印の魔法って?」
ヒルダさんが言うとルキアさんも説明するその言葉に私は尋ねた。どうやら私が眠っている間に話は大分進んでいたようでフレンさんの命を狙うよう指示していたのはザールブルブの女王様で、彼女は古代の破滅の魔法を復活させ世界と戦争をするつもりなのだと。それを阻止するためには魔力を封印することのできる封印の魔法を扱える人を探し出し手伝ってもらうしかないのだと。
「それで、魔法が何時発動するのか分からないからフィアナには私達と一緒に来てもらいたいのよ。薬を作ったらすぐに飲ませてあげられるようにしたいから」
「分かりました」
「それなら私はフレン達と行動するわ。何にも出来ないかもしれないけれどでも私だって何か手伝いたいもの」
ヒルダさんの言葉に私は頷く。すると姉がそう言ってフレンさんを見やった。
「分かった。それじゃあヒルダとレオンとルキアとフィアナはザールブルブに。俺達はオルドラの国王に女王のしようとしている企みを話しに行ってくる」
「お邪魔するわね」
フレンさんがそう声をかけた時ルチアさんの声が聞こえてきた。
「あぁ、やっぱりここにいたのね」
「ルチアどうしたんだ?」
深刻な顔で私達のいる部屋へと入ってきた彼女の様子にルシアさんが尋ねる。
「国王様からの伝言よ。ザールブルブの女王様がフレン王子の行方不明は我が国の陰謀だとして友好関係を裏切ったと言って戦争を起こすと言って乗り込んできたの。それで国王様は捕らえられ牢獄に。だけど国王様の事は心配いらないから貴方達は貴方達で動いてほしいと。ルシアとルキアにはフレン王子を手伝い事の真相を明らかにしてくれとの事よ」
「そうか、分かった。ルチアは動揺する民達を連れて中立国であるコゥディル王国へと非難するんだ」
「ルシア、ルキア、ティア、フィアナ……皆わたしには言えない事情に関わっているのね。分かったわ何にも出来ないんですものせめて街の人達を連れてコゥディル王国に避難しているわね。皆気を付けて」
「うん、有り難うルチア」
ルシアさんの言葉に何かを察したルチアさんがそう言って頷く。姉も泣きたいのをこらえた顔で無理矢理微笑みお礼を言う。
ルチアさんまで巻き込むわけにはいかない。この件は私達がちゃんと解決して見せるから、だからルチアさんは安全な所に避難していてね。
もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれないと思い涙がこぼれそうになるのを必死にこらえ私は両手を強く握りしめた。
「それで、貴方達にもう一つ暴露しないといけないことがあるの。わたしの本当の名前はドロシー。ヒルダという名前はここに潜伏するために考えたでたらめの名前なの。だからわたしの事はドロシーって呼んでちょうだい」
「分かった。ドロシー、フィアナのこと頼むぞ」
「分かっているわよ。さ、急ぎましょう。女王が攻め込んできているのならば猶予はないもの」
ヒルダさんいいえ、ドロシーさんの言葉にフレンさんが頷くと彼女がそう言って促す。
こうしてオルドラの王宮にいる女王の所にゆく組みとザールブルブ王国へと行きながら封印の魔法を扱える人物を探す組みとで別れて、それぞれの思惑渦巻く場所へと私達は向かうこととなった。
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