トカゲさんが出て行ってから時間はどんどん過ぎていき気が付いたら鉄格子の間から朝日が差し込んでいた。
「出ろ!」
「きゃ」
鍵が外され中に入ってきた兵士に乱暴に連れ出され私はとっさに悲鳴をあげてしまう。
「女の子に乱暴な」
「フィアナに手荒な真似はするな」
すかさずアルスさんとジュディスさんが非難するが兵士は横暴な態度で鼻を鳴らす。
「女だろうが子供だろうが罪人をどう扱おうがこっちの自由だろう」
「何だと……」
「気持ちは分かるでも今は堪えて」
兵士の言葉に怒りを露にするアルスさんへとジュディスさんが耳打ちする。不満そうな顔で黙り込んだ彼はその後は連れられるがまま歩く。
そうして向かった先は大きな広場。そこには民衆が集まっていて処刑の様子を見に来ているようだった。
「皆の者きけぃ! この者達は我に刃向かい命を狙った。よって我は今後このような事が起らぬよう公開死刑を取り行うことにした。皆の者よく見ておくがいい。我に刃向かった者達がどうなるのかをな」
物見台へとやって来た帝王が偉そうに宣言するとふんぞり返るように椅子に座る。
「冥途の土産だ」
「「っ」」
「……そんなっ」
帝王がにやりと笑い言うと兵士が何かをこちらに向かって投げる。それは人の姿をしておりよく見ると見知った顔で……ロウさんであると気付いた私は震えながら涙を流した。そんなに親しかったわけではないけれどもやはり一緒に過ごした人の死に悲しみを抱く。
「貴様等もすぐに仲間の下へと送ってやろう。……死刑を始めよ」
悲しんでいる私の耳に帝王の声が聞こえてきて三人の兵士が前へと駆け出ると剣を抜き放ちこちらへと近寄って来る。私は首を切り落とされる覚悟を決めて瞼を固く閉ざした。
「……へ?」
しかし一向に痛みも何も感じなくて変だと思い目を開けると私を縛っていた縄は全てきり落とされていて、隣を見るとアルスさんとジュディスさんも自由の身となっていて三人そろって呆気にとられた顔をする。
「何をしておる? 死刑を始めよ!」
「……あいにくとここで死刑される人物はこの三人ではない。帝王、貴様の悪行許し難し! ここでその命もらい受ける」
「ジャスティンさん、ルークさん、リックさんも」
帝王が怒鳴るが兵士達は一向に動く気配もなく。アルスさんの隣にいた兵士が兜を脱ぎ去り宣言する。私達の側にいるのもルークさんとリックさんであると分かり私は安心して少しだけ緊張がほぐれた。兵士のふりをして私達を助けてくれるなんて思っていなかったけれど助けてくれて有り難う。
「フィアナ、もう大丈夫よ」
「お姉ちゃん!」
民衆を掻き分け駆け寄ってきたアンナさんとドロシーさんに抱きつかれよろけたけれどしっかりと受け止める。お母さんの姿を見た途端安心する自分がいた。
「ほら、こいつを奪い返してきたぞ」
「三人とも無事だか?」
ハンスさんが人混みの間から駆け寄って来ると二つの剣をアルスさんとジュディスさんの足元へと投げつける。捕まった時に取り上げられたって言っていたけれどそれを見つけて奪い返してきてくれたのね。
アンジュさんと一緒にアイリスさんやロバートさんも見知らぬ二人の女性と一緒にやって来る。リックさんと顔がそっくりだからきっと無理矢理婚姻させられたっていうお母さんとお姉さんね。皆が無事にこの場にそろった。思わぬ展開に周りは呆気に取られて棒立ち状態だ。
「許さぬ。このような侮辱を許せるか。何をしている。そいつ等を全員残らず捕らえよ!」
呆気に取られていた兵士達が帝王の号令に慌てて動き出す。民衆もこの場が戦場になると理解して急いで逃げ出した。
「……ちゃんとある。これなら」
私は懐に隠しておいた小瓶がある事を確認するとこちらに向かってきている兵士達の前へと立ちふさがる。
「な、何をしているの? フィアナ危ないわ」
「大丈夫です。私に任せて下さい。それぇ」
アンナさんが慌てて声をかけてくるけれど勿論何の計画もなく躍り出たわけではない。私は懐から小瓶を取り出すと兵士達目がけ投げつける。
彼等は何をする気だと警戒し立ち止まったがそれはこちらにとってはこの上ない好機で、割れた瓶の中身が風に乗り周りに広がった。次の瞬間それを吸い込んだ兵士達は皆地面に倒れ眠りこける。
「睡眠薬です。ちょっと強力に作っている物なのでちょっとやそっとじゃ目を覚ましませんが」
これは私が被って眠ってしまった睡眠薬なだけにその効果は保証済みだ。気付け薬でも飲まない限りすぐに目を覚ますことはないだろう。
「さあ、これでお前を守る兵士はいなくなった。帝王覚悟しろ」
「ふん。小癪な。その程度で勝利を確信するとは笑止。貴様等なんぞアレで木っ端みじんよ」
ジャスティンさんの言葉を小ばかにすると帝王が赤黒い魔法陣を展開する。あれは女王が使った古代の破滅の魔法。
「アンナさん!」
「え?」
私が背後にいるアンナさんへと顔を向けると彼女は驚く。でもそんな事気にしている場合ではなくてすぐに口を開く。
「今すぐに私が前に行った事をお願いします」
「今すぐって……前にって……あ、あの古代の封印の魔法の事? それを今すぐにここでやってほしいというの。無理よ。踊った事もない踊りを今すぐになんて出来っこないわ」
意味を理解できていない様子だったが封印の魔法の事であることに行き付いた彼女が首を振って拒む。
「アンナさんにしかできません。大丈夫。私はアンナさんができるって信じてます」
「…………貴女って本当に不思議ね。なんでも本当になりそうな力を感じる。分かったわ。やってみる」
じっと瞳を見詰めているとアンナさんは小さく笑い了承してくれた。そして私達の前へと出ると一呼吸おいて舞を踊り出す。それは姉が踊った姿と同じであの時の光景が蘇り私は涙した。あの時お母さんが姉にならできるはずだといったことのその言葉の意味を今ようやく理解できた気がする。
「有難うお母さん、お父さん」
そっと呟いた時魔法陣が完成し封印の魔法が発動すると、帝王の魔力は封印され勝負がついた。
その後、アルスさん事カイルさんがザァルブルブ国を建設すると父親の後を継いでジュディスさんことライディンさんがオルドゥラ国の国王となる。一緒に旅をした仲間達もそれぞれの道を歩むこととなった。そして私も未来へと戻る前に皆に秘密を話す。皆驚いたけれど私の言葉に理解できたと言って笑ってくれた。
こうして私は過去の時代でお父さんとお母さんを、皆を無事に助ける事に成功し、見送られながら未来へと戻る。全ての事は終わったと思っていたけれどその後も国造りを手伝いに行ってあげてと両親に頼まれ暫く時渡を繰り返すこととなった。
しばらくの間時渡のペンダントを使い過去へと行っていた私だがある事件の後悲しすぎていくことはなくなった。
そんな私にしか助けられない子達がいるからと両親に切願され断れずもう一度だけ過去の時代へと飛ぶことに。
「お母さんとお父さんはカイルさんに会えばすべてが分かるって言っていたけれど……」
ザールブルブの王宮にやって来た私は城を眺めながら呟く。過去の時代のアンナさんとルークさんに頼んでひそかに会えるようにしてもらったのだ。今頃カイルさんの下にも連絡が行っている事だろう。
「っ、離せよ!」
「煩い、黙れこの盗人が」
その時誰かの声がして振り向くと兵士に乱暴に捕まえられ連れて行かれる少年の姿があった。
「レオンさん」
幼いながらにもその少年にレオンさんの面影がありすぐに気づいた。そう言えば前に盗みを働いて兵士に捕まって暗殺者になったって話してくれたことがあったな。彼の事も気になったがこれ以上カイルさんを待たせるわけにもいかず私は彼の寝室へと向かった。
「もう来てくれないかと思っていた」
「あんなことがあった後なのでもう来るつもりはありませんでした。でも……お母さんとお父さんに頼まれたのでカイルさんが困っているから助けてあげて欲しいと」
「有り難う。実は第一王子と第二王子の事についてなんだ。あの二人は兄弟なのに境遇がまるで違っていてな。王妃は第二王子ばかり可愛がる。それでいつも第一王子が孤独を感じているんだ。そのせいもあって兄弟仲が悪くて、俺は二人にはいつまでも仲良しでいてもらいたいと考えている。この国の未来を二人で作り上げて欲しいとな。それでフィアナには王子達の心を癒し仲良くできるように促してもらいたい」
第一王子と第二王子……フレンさんとアレンさんの事よね。今はとても仲のいい兄弟だから仲が悪かった頃の二人なんて想像ができないけれどでも実際に仲良くないのだから私が二人の仲を取り持つことが出来るならと考える。
「私にできる事なら何でもやります。その代わりお願いしたい事が……」
「ん? なんだ。俺にできる事ならなんでも言ってくれ」
私は数分前に見たレオンさんの事が忘れられずにどうしても会いたいと思ってしまった。
「さっき男の子が兵士に連れて行かれたのを見てその男の子に会わせてもらいたいんです。お願いできますか」
「その男の子は未来でお前の知り合いなんだろう。それも随分親しい仲と見た。分かったひそかに会えるように手を回しておこう」
「有難う御座います」
親しい中だって見抜かれている事に苦笑したくなったが、私の気持ちを察して会わせてくれるように計らってくれると言ってくれて嬉しくて頭を下げる。
こうしてフレンさんとアレンさんに会った後私はこっそりとレオンさんの様子を見に行った。
「……こんなところでどうしたのですか?」
「……」
暗殺者として生きる道を選んだ彼が初めて技術を学び終え誰もいない生垣の前で佇んでいた。その様子を遠くから見ていた私は彼に声をかけ近寄る。何も映さない瞳でこちらを見やったレオンさんの右頬に真新しくできた×の字型の傷跡に気付く。未来で見た位置と同じ場所にある傷。きっと修行を受けている時に容赦なく斬られたのだろう。傷口から滴る赤い滴を見た途端彼に駆け寄っていた。
「ごめんなさい」
「!? ……なんてあんたが謝るの」
貴方を助けられなくてごめんなさい。貴方がこんな生き方しか残されていない残酷な現実に、大人なのに何もしてあげられなくてごめんなさい。そういう気持ちで謝ると彼が狼狽えた様子で尋ねる。
「そうですよね。変ですよね。でも、ごめんなさい」
「……お姉さん変な人だね、けど――」
彼が呟くとそっと私の腰に手を回して抱き締め返してくれた。その小さな背に背負わされてしまった重いものに私はまた小さく謝った。
これがレオンさんとの最初の出会い。それから王宮でフレンさんとアレンさんの下を訪ねた後、カイルさんの計らいで何度か彼と二人きりで会えるようにしてもらい話をする。
「お姉さん、今日も来てくれたの。オレに会いに来たいなんて本当にお姉さんって変わってるよね」
「レオンさんの事が気になって、ご迷惑でしたか?」
二回目で名前まで教えてくれたレオンさんはいつも私を見かけると笑顔で駆け寄って来てくれて、毎回同じ言葉を言う。
「お姉さんは特別だからいいよ。それより聞いてくれ。今日初めてあの憎たらしい教官を叩きのめしたんだ」
「そう、上達しているんですね」
暗殺者として腕を極めていると教えてくれることに複雑な思いを抱きながら返事をする。だけどレオンさん会う度に腕をあげているなんて普通に考えたら凄い事なのかもしれない。
「お姉さんを守るくらいならもうできると思うから困った事とかあったらいつでも言ってね」
「有り難う。……そろそろ行かないと」
しばらく話しを聞いていた私はタイムリミットが迫ってきたため未来に帰らないとと立ち上がる。
「また会える?」
「はい、もう暫くの間は、ここにこられますのでまた会いに来ます」
いつも決まって聞かれる言葉。いつかそれにお別れを言わないといけない日が来ることを考えないようにしながら頷く。
「そっか、それじゃあオレまたここに来るから」
彼が言うと笑顔で手を振って立ち去る。その背を見送ると私は未来に戻る為誰も入れないようにしてくれた地下の小部屋へと向かっていった。
そうしてレオンさんと会う日々が続いたある日。ついにその時は訪れてしまった。
「お姉さん、今日も来てくれたの? 本当に変わっているよね」
「えぇ、そうですね。ご迷惑でしたか」
いつも通りの挨拶。いつも通りに話を聞く。でも今日は……
「お姉さん如何したの?」
「何でもないです。レオンさんどんどん腕が上達していって凄いですね。もう、卒業できるのではないですか」
「そうだね。そうなったらオレ……」
急に黙り込んでしまった彼の横顔をじっと見ているとちらりと視線を投げかけてレオンさんが口を開いた。
「ねぇ、お姉さんってさ、いつもそのペンダント付けてるよね。それ、とっても大切な物?」
「このペンダントはね、時渡のペンダントって言って、過去の時代に自由に移動することができるんです。ただし干渉できるのは一日だけ。一日を過ぎてしまうと時の迷い人となり永遠に時の中を彷徨い続けてしまうの。だから、扱い方を間違えてはいけない。……二度と元の世界に戻ることができなくなるから、だから扱い方を間違えないように気を付けないといけないんです」
ペンダントに視線を投げかけごまかすかのように尋ねる彼に私はそれを腕の中で遊ばせながら話す。
「……私そろそろ行かないと」
「また、会える?」
立ち上がり私が言うとレオンさんが不安そうに尋ねて来た。
「ここでの用事を全て終わらせてしまったから、もうこれ以上ここにいることはできないんです」
「っ……それじゃあさ、お姉さん――何でもない」
「レオンさん!」
駆け出して行ったその背につい呼び掛けてしまったが立ち止まってはくれず彼は生垣の向こうへと姿を消してしまう。私は未来に戻ってしまう前にどうしてもレオンさんに会っておきたかったが、そのせいで彼を悲しませてしまったのではないかと後悔する。
いつまでもここにいても仕方がないのでカイルさんに挨拶をして時渡のペンダントで未来へと戻って行った。
「「お帰り」」
リビングの景色が見えてくると姉とレオンさんが優しい微笑みを浮かべ出迎えてくれる。
「ただいま。……レオンさんちょっといいですか」
「ん?」
「それじゃあ私はちょっと買い物に行ってくるから、久々に二人でゆっくりお話してなさいな」
過去でレオンさんとの別れ方に申し訳ない思いを抱いて帰ってきた私はどうしてもお話したくて声をかけると、姉が気を使ってくれているかのように買い物に出かけてしまい部屋には私と彼だけが残った。
「何、どうしたの?」
「……さっき過去の世界での用事を全て終わらせたんです。それで、その」
如何話を切り出そうかと悩んでいるとレオンさんが口を開く。
「あー。あの時の話か……そうだね。オレがいきなり走り去って君を困らせてしまったあの時の事だね。ごめん。あの時のオレは子どもだった。だから感情のままに駈け出してフィアナから逃げるみたいな形になってしまって。あの時さ、本当はこういいたかったんだ。それじゃあさ、お姉さんの名前教えてくれ。そうしたら必ず会いに行くから……ってね。でも聞けなかった。だってオレは卒業したら暗殺者として仕事をするようになる。そうしたら君とは住む世界が違うから。だから聞けなかった」
「レオンさん……」
困った顔で話す彼の言葉に私はなんて言えばいいのか分からなかった。
「森で君と初めて会った時あの時のお姉さんに似ているって思った。そして君の事を見ていてフィアナがあの時のお姉さんなんだって気付いた。でも、これも言えなかった。だって、あの時の君はオレの知っているお姉さんではなかったから」
「レオンさんずっとずっと私の事を探してくださっていたのですか。それなのにずいぶん待たせてしまってごめんなさい」
私が謝ると彼が小さく溜息を吐き出し私と瞳を合わせる。
「フィアナ、オレは謝ってほしいなんて思った事ない。それに君の事を探していたのはあんな別れ方をした未練からだ。ちゃんと話しておけばよかったってずっと後悔していたから。だからフィアナが悪いわけじゃない」
「レオンさん、私もあの後後悔しました。あんな別れ方をして貴方を傷付けてしまったのじゃないかと思って――」
謝り続ける私をそっと抱きしめてくれるレオンさん。その行動に驚いて言葉が途中で止まる。
「もういいんだ。フィアナが戻ってくる場所はここで、オレのいる所なんだろう?」
「はい」
優しく言われた言葉に私は力強く頷いた。
「それから、あの時は何のことだか分かってなかったけど、この頬の傷のこともオレが暗殺者としてしか生きられなかったこともフィアナが謝るような事じゃない。だからもう気にしないでね」
「レオンさん……」
あの時の「ごめんなさい」の意味に気付いていたんだね。彼の右頬にある消えない傷跡を見ていたら小さく笑われる。
「この傷は勲章。そう思ってくれればそれでいい。それにこの傷のおかげで君に会えたってオレはそう思っているから」
「はい」
拒否を認めないよといいたげに見詰められ私は小さく頷く。
この傷があったからレオンさんと出会えたって思ったほうのが気持ちは落ち着くのかな。それから私達は姉が帰って来るまで暫く話をして過ごした。
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