リックさんの案内で山道へと出てきた私達は山を下ること二週間。ようやく麓までたどり着いた。
「……ここは」
辿り着いた麓に広がる森の景色に見覚えがあった私は息をのむ。
ここはラウラスの森に似ていたのだ。幼いころ私が父と暮らした森……そんなはずはないと思いながらも私の足は森の中へと勝手に進んでいった。
「あ、フィアナ?」
私の様子にアンナさんが声をかけてきたがそれに気付かずに私は森の奥へと足を進める。
「……」
「フィアナ、どうしたんだ?」
辿り着いた場所には山小屋が一軒建っていてその姿に私は動けなくなった。そんな私を追いかけてきた皆の中でルークさんが不思議そうに声をかける。
「フィアナ……どうして泣いてるだ?」
「え……?」
私の顔を見て驚いたアンジュさんが言った言葉でようやく泣いているということに気付いた私は慌てて涙を拭う。
「な、何でもないんです。なんだか懐かしい気がしてつい……」
「こんにちはロバート……あら、お客さん?」
森の奥から少女がやって来ると山小屋へと声をかけたが私達の姿に気付き近寄って来る。
「ロバートのお友達?」
「い、いえ。山越えをして来たらここに小屋があったのでちょっと気になって」
少女の言葉に私は慌てて答えた。でもこの人なんだかどこかで見た事があるような気がする。どこでだったかな?
「そうだったの。ちょっと待ってて……ロバート、ロバートいる?」
「……アイリス。そんな大きな声をあげなくても聞こえているよ」
少女が言うと山小屋へと向けて大声をあげる。すると中から青年が一人出てきた。その顔を見た途端私は父の面影を見たような気がした。
「……アイリスが友達を連れてくるとは、今日は雪が降るかな」
「違うわ。この人達は山越えをしてきたみたいで、旅の途中なのよ。ここまで来るのは大変だったと思うから貴方の家で休ませてあげてほしいの」
私達を見た青年が小さく笑い言うと少女が慌てて答える。
「冗談だ。分かっている……さぁ、皆さんどうぞ中へ」
彼がおかしそうに笑うと私達を小屋の中へと通す。山小屋の中は山積みにされた木材が並んでいる。
「俺は木こりでね。木ばかりの部屋で悪いがゆっくりしていってくれ」
彼の言葉に私達は座れそうな場所を探して思い思いにくつろぐ。
「台所借りるね。……ふんふ~ん♪」
少女が言うと台所で何か作っている様子。
「それで、あんた達こんなご時世に旅をするなんて一体どんな理由があって旅をしてるんだ? まさか相次ぐ戦争のせいで国が無くなりザハルまで逃げて来たのか? だとしたら止めておけ。ザハルは住めば都のような国じゃないぞ」
「違うわよ。私達がザハルを目指してるのは帝王を倒す為よ」
青年の言葉にアンナさんが答える。その言葉を聞いた途端彼の瞳が鋭くなった。
「帝王を倒すだって? ……止めておけ。今までもそういうやつが何人かここを通っていったが誰一人として生きては帰ってこなかった。皆帝王に殺されてしまったからさ。だから逆らうなんてやめた方が良い」
「だが、これ以上はどの国も持たない。戦争が続けば民達も生活に困る。誰かがこの戦争を終わらせなければ何も解決できないのだ」
彼の言葉にジャスティンさんが真面目な顔で答える。
「私達そのためにここまで来たの。だから今さら引き返せないわ」
「ロバート話は聞こえていたよ。私もこの人達なら帝王を倒せるんじゃないかなって思う」
「アイリス……」
お母さんの言葉に少女が飲み物の入ったカップを人数分持ってきて配りながら話した。その言葉に何を言い出すんだと訴えるような顔で青年が見詰める。
「貴方だってこのままじゃだめなことくらい分かっているでしょ。誰かが何とかしないと帝王を止めない限りいつまでもこの苦しみは続く。だったら何とかしないと」
「……それで、君は何が言いたいんだ?」
少女へと向けて青年が問いかける。その先の答えが分かっているとでも言いたげな顔で見ているけれどこの二人は付き合いが長いのかな? 幼馴染とか?
「何にもしないよりは変わるかもしれない未来のために私もこの人達と戦うことを選ぶわ。前に言ったでしょ。時が来たら私は例え貴方が止めようともここから出て行くって」
「……そうだったな。ここを出て行く時が来てしまった……そういうことか」
彼女の言葉に彼が寂しそうな顔をして呟くと考え込むように黙る。
「分かった。俺も協力しよう。アイリスだけを危険な所に行かせられないからな」
「えっと、話しが見えないんだけど?」
「つまりこのお二人はぼく達に協力してくれるということだと思います」
「一緒に帝王と戦ってくれるってことだろう。それならそうだって遠回しに言うことないのにな」
青年の言葉にルークさんが首をかしげた。ジュディスさんとアルスさんがにこりと笑い言う。
「なんだ、そういうことだったか。これは料理と洗濯もっと頑張らないといけないだな。ふふ、腕がなるだよ」
「こんなにたくさんの人が手を貸してくれるのだから、必ず帝王を倒せるだろう。わたし達ならやれますよ。いいえ、やり遂げましょう」
腕まくりして意気込むアンジュさん。ハンスさんも自信が出てきたようで意気込む。
「アルス様ようございましたね。これで貴方様の願いも叶いましょう」
「ロウ……変なことは口走るな。お前は黙ってろ」
ロウさんが涙ながらに何か呟いた言葉にアルスさんが彼を小突いて注意していたけど、何の話をしていたのかな?
「俺はロバート。こっちは幼馴染のアイリス」
「これからよろしくね。未来の英雄さん」
「え、英雄だなんて。そんな偉大な存在じゃないわよ」
ロバートさんが自己紹介してくれると、アイリスさんが笑顔で言う。
その言葉にアンナさんが慌てて手を振って答えた。
「あら、帝王を倒すんですもの英雄には違いないでしょ?」
「まぁ、そうかもしれないが、まだ俺達は英雄ではないからな」
不思議そうな顔で尋ねられルークさんが苦笑しながら答える。
こうして木こりのロバートさんとその幼馴染のアイリスさんが仲間に加わり私達はいよいよ帝王と戦うために国境の町へと向かい足を進めた。
そうして旅を続けること三週間。ようやく国境の町へとたどり着く。
「今日はこの町で泊まって。明日ザハルへと向けて出発するぞ」
宿屋へと向かいながらジャスティンさんが説明する。あ、そろそろ一度未来に戻らないと……私はそっと皆から離れて暗い路地へと入っていく。どこでもいいけれど人目につかない場所でやらないといけないからね。
「ちょっと待って」
「え?」
路地へと向かっていた私を引き留めた声に驚いて振り返るとそこにはアイリスさんの姿が。
「……貴女が持っているそのペンダント。それ、時渡のペンダントよね」
「ど、どうしてそれを?」
彼女の口から放たれた言葉に心臓が跳ね上がりながら尋ねる。どうしてこのペンダントの事を知っているの?
「大丈夫、私も同じものを持っているのよ。それでね、実は何度も時渡の能力を使って色んな時代に飛んで遊んでいたの。だから貴女がこの時代の人じゃないってことちゃんとわかっているわ。貴女はおそらく未来から来たのね。大丈夫、皆には内緒にしてあげるから。でも、こんなあからさまに消えていたら皆に怪しまれるわ。私が良い方法を教えてあげる」
アイリスさんの言葉に私は口を開いたまま驚いていたのだと思う。彼女も時渡のペンダントを持っている。それってつまり……まさか……アイリスさんは私の?
「いいこと、みんなの前から離れる時は誰にも気づかれないようにそっと抜け出せないなら何かしら理由を付けて立ち去るの。それから誰も追いかけてきていないことを確認してから人気のないところでそっと自分の時代に戻るのよ。今はロバートにも協力してもらっているから貴女がいなくなったことを不自然には思われていないはずよ。さ、今のうちに」
アイリスさんに教わったことを胸に私は小さく頷くと彼女と一緒に人気がない場所まで移動してペンダントを握りしめる。
「また、後でね」
(お母さん……)
笑顔で見送るアイリスさんの顔を見ながら私は涙で滲む視界でその姿を見つめ続けた。
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